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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「心臓・こころ」



 黒崎狼はただ、呆然と佇んでいた。
 うまく、頭の中が処理できない。
 痛みが頭の奥底で反響し、それを目頭に訴える。
 え……と?
(なんだ……?)
 じん、と指先が痛む。
 その痛みの元を確かめるように視線を遣ると、狼はいつの間にか欠月が突きつけていた矛を握りしめていた。握手でもするように。
(あ……イテ……)
 だがその痛みがあるおかげで、意識が吹っ飛んでいない。
 だって……だってさ。
(欠月が…………欠月が、全部「嘘」だって……)
 思い返しても、狼にとっての欠月との思い出など……いいものはない。
 彼はいつも意地悪だったし、ひどいことを平気で言った。
(……俺、いっつも酷い目にあってたような気がする…………)
 ああ。でも。
 ふいに狼は思う。
 自分は彼のことを、やはり何も知らないのだ、と。
 じゃあ。どうして。
(驚くんだ……? 知らなかったんだから、驚く必要はないじゃないか……!)
 自分の知らない欠月。それは『当然』のことなのに!
「……目の前に立ってるおまえだって、欠月には違いない」
 狼の呟きに、欠月は反応しない。
「今までが演技だったから……なんだって言うんだ」
 矛から手を放し、拳を握りしめた。痛みで少し顔をしかめる。
「どうしたって死んでしまうおまえを忘れるなんて、ゴメンだ!」
 叫び、狼は彼を見つめる。
 そうだ。忘れるわけにはいかない。
「辛いから忘れてしまえばいいなんて、そんな程度の気持ちで……おまえを追いかけてたわけじゃない。記憶も命も……どちらも渡してやらない……!」
 それは宣言だった。
 狼の決意。
 記憶も命も、どちらもむざむざ欠月に渡す気はない。
「…………」
 欠月は冷たく、こちらを見ている。
 だから言ってやるのだ。狼は、自分の気持ちを。
「俺はおまえを忘れない。欠月が確かに存在したって事実を消させたりしない」
 それは狼ができる唯一のこと。同時に欠月に対しての、日頃の、ちょっとした仕返しだ。
 忘れろなんていう言葉に、従うものか!
 欠月は目を細める。
「では…………ボクと戦うのだな」
「それしか、道がないのか……?」
「…………おまえは勘違いをしている」
 囁くように欠月は言った。
「ボクは元々、この世に存在などしていない。ボクは幻。居ない者なのだ」
「…………っ」
 ぎり、と狼は歯軋りした。
「そうかよ。じゃあ俺が見ているのも、マボロシってわけか!? 違うだろ!」
「……『今』は見えていても……やがて見えなくなる」
「俺は絶対忘れるもんかっ」
「いいや……忘れるだろう。人間は永遠に憶えておける生物ではない。細胞は衰え、記憶力は低下する」
「そうだとしても! 今すぐ忘れるもんか!」
 自分は彼の生き証人なのだ。彼が存在したことを、忘れてはならない。
 狼は欠月を睨みつけた。
「…………死にたいのか?」
 ぽつり、と欠月は呟いた。
「記憶など、命よりも価値のあるものとは思えない……。おまえはボクに勝てる気でいるのか?」
「……勝てないだろうけど、負ける気はない。どっちも渡す気はないからな」
「…………」
「おまえが死んだら……俺しか、おまえのことを憶えてるヤツがいなくなる!」
 だったら、せめて俺だけでも。
 その悲痛な思いが届いたのか、欠月はゆっくりと両手を降ろした。武器を手から落とし、影へと戻す。
「欠月……? 諦めて、くれたのか……?」
 そうだとすれば狼にとっては嬉しい。
 狼は欠月をうかがう。油断をしたところを一気に襲ってくる、ということも考えられた。
「…………ボクはもう死ぬと言っているのに、強情なことだ」
 欠月は小さく、本当に小さく呟いた。
「ボクを憶えておくと言ったな? おまえは、自分が死ぬということを考えてないだろう?」
 短絡的、とでも言いたいのか。欠月は呆れたように言う。
「ボクに殺されれば、おまえが憶えていようといまいと…………関係ないのに」
「そ……それはそうだが……。でも、俺は決めたんだ。結果としておまえに殺されてしまっても、俺はおまえを忘れないと」
 真摯な眼差しで言う狼。
 欠月はまた目を細めた。
「…………本当に嫌になる。おまえは学習しない」
「欠月……」
 ずき、と胸が傷んだ。欠月の言葉は刃と同じだ。
「………………殺す気が失せた」
 彼ははっきりとそう言った。狼は目を見開く。
 じゃあ……じゃあ!
 歓喜に染まったのは一瞬。すぐにそれは苦いものに変わる。
 自分の記憶と命は守った。だが、欠月は? 彼はどうなる?
 結局――いつも、自分は何もできないのだ。
「お、おい……いいのか? 殺せって言われてたんだろ?」
「…………ボクがせっかく見逃すと言っているのに……話を蒸し返すということは、よっぽど死にたいらしいな」
「ちっ、ちが……っ! で、でもおまえ……」
「…………ボクを心配するのか、自分を心配するのか、どちらかにしてくれないか」
 そう言われて、狼はぐっ、と言葉を呑み込む。
 そうなのだ。全てを手に入れることはできない。
 わかっていたことじゃないか。記憶も命も渡さないと言った時に。欠月が、困ることだって。
「わっ、悪かったな……! 俺はおまえみたいに頭よくねぇから…………全部一緒に、一度に考えちまうんだよ!」
「………………」
 歩き出そうとした欠月の背中に狼は慌てて声をかける。
「欠月!」
 去っていく彼を引き止めることはできない。自分は……彼を救えないのだから。
「……その、ゴメン、な」
 謝りたくて。どうしても。
 欠月は無反応だったが、小さく呟く。
「………………本当に、子供だな」
「なっ……!」
 むっ、としてしまう狼だったが、ぎょっとしてしまった。
 欠月がその場に両膝をついた。
「えっ? お、おい?」
 慌てて駆け寄る。
 そこで気づいた。狼は、欠月の様子がおかしいことに。
「ちょ……欠月、おい、しっかりしろよ……」
「………………時間切れ、か」
 小さく洩らして彼は気を失ってしまう。
「じ、時間切れ……?」
 はっ、とした。
 そうか。だって欠月の身体は……! 

 ―――― 一ヶ月ほど経っても、病院に運ばれた欠月は目覚めはしなかった。
 彼はただ静かに眠り続けている…………今も。



 病院のベッドで横たわる欠月は、瞼をしっかりと閉じたままだった。
 だがなぜか、『見えていた』。
 ベッドのすぐ横に、白い着物の長い髪の少年が立って、こちらを見下ろしている。
「かづき……」
 自分とそっくりの男に、欠月は意識をそちらに向ける。
「……そうか。あなたはこの肉体の持ち主か」
 口は開いていないが、言葉が出た。
 とても病弱そうで、儚い感じの少年だ。欠月の元気な様子を見ていては信じられないほどの。
 病で苦しみの生活を送っていた遠逆影築。その一生のほとんどを、布団の上で過ごした。
 短い一生を終えてしまった悲劇の男。
「君が羨ましい……」
「……どうしてそう思う? ボクはあなたこそが羨ましい」
 感情がある。死にたくないと思える。
 だが欠月には何もない。
 生きたいという感情さえ、わからない。
「とても元気で……私ができなかったことが、できたから」
 恨めしそうな瞳で欠月をじっと見下ろした。
 今にも欠月の首を締めそうな雰囲気だ。だがそうはしなかった。
「私も戦いたかった。私たちが仕えていたあの方たちだけ、いつも戦いに出るから。
 傷だらけで帰ってくる……。
 私はくやしい」
 影築は吐露し、それから歪んだ笑みを浮かべた。
「くやしい……くやしい……。
 ただ待っているのがくやしい。
 あの方たちの無事を待っているだけ。
 死がやってくるのを待っているだけ。
 私はいつも、ただ『待つ』ことだけしかできなかった……」
 欠月はそれをただ聞いていた。
 いや、聞くことくらいしかできない。感情のない自分は、彼の悔しさはわからない。
「だから……赴いてしまった。手助けできるかもしれないと思って。
 でも……結果はわかるだろう?」
「…………そうか。妖魔の氷に閉じ込められたのか」
「私は冷たい氷に閉ざされてしまった。でも最期に、思ったように行動して、良かった」
「……後悔はしていないのか」
「してる。すごくしてる。
 君みたいに走り回って、戦いたかった。役立たずじゃないって思いたかった。
 必要とされているんだって、思いたかった……!」
「…………」
「でもいいんだ。私の夢は叶った」
 欠月はそれが不思議でならない。
「いつ壊れるかわからない心臓に怯えることのない日々……手に入れたかったのはそれ。
 私は手に入れた」
「…………そうか。この肉体はあなたに返せるのか」
 欠月は苦笑した。
「……そのほうがいい。ボクがいることで……心配させてしまう人がいるのだ。これ以上、迷惑をかけたくない」
「……ほんとうにそう思うのか」
 冷たい声で影築が顔を近づけてくる。
「私がその身体を君から取り上げて……君になりすますことがいいと思うのか?」
 欠月は無言だ。
 それがいいことかどうか、わからないから。
「私はそんな情けはいらない……! 君の『代わり』なんて嫌だ!」
「…………」
「いいか……? 君の魂の一部は私でできている……。私がいることで、君は感情が発生した……!」
「なんだって……?」
「人造の魂は生きることをしない。憑物封印をするためには『生きる』ことが必要だった。
 そのために私の魂の残りカスが使われた……。私は君なんだ、欠月」
「うそだ……」
「でなければ……君が『迷う』ことはなかった」
 影築は近づけていた顔を離す。
 その穏やかな笑みに欠月は泣きそうになった。
「こうして話すことはもうない……。もう君の中の私は全て消耗されてしまう」
 微笑む影築は続ける。
「だから目覚めなさい。私の分も生きてくれ。私のできなかったことを成し遂げてくれ。
 その肉体はもう君のもの。だけど、私のためにも生きると誓ってくれ」
 欠月は選択を迫られた。
 だが心は決めている――――もう、迷いはしない。



 狼はこっそりと病院に来ていた。欠月がここに入院しているからだ。
 花を持って、個室のドアを開ける。どうせ今日も彼は眠ったままだろうが……。
 狼の目が、大きく見開かれた。
 ベッドの上から開け放たれた窓の外を見ていたのは――――。
「気持ちいい風が吹いてる……」
 その声はとても静かに――――囁かれた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/『逸品堂』の居候(死神の獣)】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました黒崎様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。