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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「心臓・こころ」



 あれほど晴れていたはずなのに、すぐにでも雨粒を落としそうな空模様だ。二人の、今の混沌とした状態を表したような空である。
 浅葱漣は突きつけられた刃を見つめ、それからゆっくりと腕をあげた。
 刃を、握り、しめる。
 彼の掌から赤い血が滴り落ちた。痛みに漣は少し顔をしかめた。
(痛い……)
 だが、それが意識をはっきりさせる。
 脳裏に過ぎったのは、除夜の日の日無子の呟き。
 ――必要とされますように。
 あの言葉で自分は、そう……俺は!
 漣は日無子を見上げた。
「記憶は、やれない。そして……命もだ」
 日無子はぴく、と小さく反応する。
 漣は強く刃を握りしめた。日無子はたじろいだように、薙刀を引く。だが漣はそれを許さなかった。
「…………放せ」
 冷たく言い放つ日無子の言葉など、漣にはどうでもいいものだ。
 もう自分は決めたのだ。一番近くで彼女を見てきた! 自分が信じなくてどうする!
 今まで生きてきて、なに一つ執着したものはなかった。それなのに。
(俺には彼女が必要だ……!)
 生まれて初めて心の底から生きたいと。そう思わせてくれたのは日無子がいたからだ。
 漣はゆっくりと膝に、足に力を入れて立ち上がる。刃を強く、強く握り。
「俺は……俺は自分の命も、記憶も……そしておまえの命さえも諦めない!」
 ぎょっとしたように日無子が目を見開いた。
 そんな彼女を漣はまっすぐ見つめる。
「おまえと一緒に生きていきたい……! 必ずあるはずだ! 俺とおまえが共に生きる道が! 俺は諦めないぞ!」
 絶対に!
 日無子は呆然とそれを聞いていたが……ややあって、俯いた。前髪で表情が見えなくなる。
「………………馬鹿な男だ」
 彼女の今のセリフは、聞き憶えがあった。
「演技だと言って……」
「俺が生きていくには、おまえが必要だ」
 日無子の言葉を遮って、はっきりと漣は言い切る。
「…………どうしてだ」
 そう呟いた声は、震えていた。
 漣は目をみはる。
 日無子は涙を流していた。
「なぜ……嫌わないんだ。全部嘘だと言っているだろうが」
「嫌いになんて、ならない」
 そう呟いた漣の言葉に、日無子は唇を引き結ぶ。搾り出すように、言った。
「…………おまえといると、心臓が痛い……」
 顔をあげた日無子の表情は、ない。美しい人形が泣いているようにしか見えなかった。
 彼女は薙刀から手を放し、よろめきながら後退する。胸元を強く握り締めた。
「なぜ……おまえは、あたしを痛めつけるんだ……。おまえの言葉の一つ一つが…………あたしの死を早めているのに……」
 よろよろと後退していく日無子は虚ろな瞳だ。
「おまえがあたしに何か言うたびに、あたしは壊れていく…………」
「日無子……」
「心臓が痛い……痛い……んだ……」
 悲痛な囁きに漣は眉をひそめる。
 自分の想いが……これほど彼女を苦しめていたとは知らなかった。
 好きだと言った時も、そういえば彼女はひどく不快な様子でいたのを思い出す。
「なぜそんなにあたしを想う? ここまでされて、なぜ……。理解、で……きな……」
 うまく舌が動かなくなってきたらしく、日無子は荒い息を吐き出した。
 漣はその様子を呆然と見ていることしかできない。
「…………はず……では――――」
 うまく聞き取れなかった。怪訝そうにする漣の前で日無子は首を、緩く左右に振った。
「こんなはずでは――――!」
 呟いた日無子が意識を失ってその場に崩れ落ちた。電池の切れた人形のように見えた。
 漣は慌てて彼女に駆け寄る。
「日無子!」
 抱き起こした彼女は息をしてはいなかった。
 愕然とした漣は震える手で彼女の頬を撫でた。
「な……んで……?」
 ああ……そうだ。
 だって彼女は、もう……ほとんど動けないはずなのに。
 『ここ』に……わざわざ、目の前に現れたのは――――。
「俺に……嫌われる……ため…………?」
 心無い己を哀れと罵り、蔑んで。
 嫌われれば……日無子が死んでも漣は悲しまないと――――彼女はそう判断したに違いない。
 漣の頬に、雨が当たる。まるでそれは涙のように頬から顎を伝い、落ちた。
「ば……か、は……おまえだ……」
 喉がひくつき、目頭が熱くなった。
 地面を打つ雨の音がひどくなっていく。
 漣は彼女を横たえ、涙を拭った。
「死なせない……。死なせるもんか……!」
 顎を掴み、少しだけ持ち上げる。そして唇を合わせて息を吹き込んだ。
 それから胸元を探る。心臓の位置を確認し、両手を交差させて日無子の胸の上に置いた。ぐっ、と体重をかけて押す。
「頼む……! こんな……こんな終わりは嫌だ……! 俺のために……」
 激しい雨の中、漣は流れる涙を何度も拭い、人工呼吸と心臓マッサージを繰り返した。
「俺のために生きてくれ……っ!」



「あ、ほら。やっぱり今日も来た」
 看護婦が小さく呟く。視線の先には、重い足取りで歩く高校生の少年がいた。
 看護婦たちに気付いて軽く頭をさげ、慣れた様子で病室へ向かう。
「学校帰りに必ず寄ってるみたいなのよね……。もう一ヶ月でしょ? 律儀ね〜」
「あの病室の患者……意識不明なんでしょ? 目覚める可能性も少ないとかって」
 そんな会話を遠くに聞きながら、漣は角を曲がり、個室のドアを開けた。
 引き戸を閉めると部屋を振り向く。
 漣は鞄を下ろし、ベッドの横のイスに腰掛けた。
「……今日も元気そうだな」
 微笑みを向けた先には、今日も眠り続けている日無子の姿があった。
 一ヶ月もの間……彼女は意識が戻らないまま。このままの可能性もある。
 遠逆家の息のかかった病院だけに、彼女を一人にさせておくのは怖い。だから毎日ここに来ている。どれほど身体が辛かろうとも。
 ふいに唇をわななかせ、漣は涙を浮かべた。だが、ぐっ、と堪える。
「今日も……綺麗、だ」
 無理に笑顔を作ってそう言うが、ダメだった。漣は堪えきれずに泣いてしまう。嗚咽を洩らし、膝の上の拳を固く握った。
 今日も彼女は生きていてくれた……そんなことが凄く嬉しくて、残酷だ。
 部屋の中に響くすすり泣きの声に反応せず、日無子は、ただ緩く呼吸しているだけだった。



 病院のベッドで横たわる日無子は、瞼をしっかりと閉じたままだった。
 だがなぜか、『見えていた』。
 ベッドのすぐ横に、白い着物の長い髪の娘が立って、こちらを見下ろしている。
「ひなこ……」
 自分とそっくりの娘に、日無子は意識をそちらに向ける。
「……そうか。あなたはこの肉体の持ち主か」
 口は開いていないが、言葉が出た。
 とても病弱そうで、儚い感じの娘だ。日無子の元気な様子を見ていては信じられないほどの。
 病で苦しみの生活を送っていた遠逆雛。その一生のほとんどを、布団の上で過ごした。
 短い一生を終えてしまった悲劇の娘。
「あなたが羨ましい……」
「……どうしてそう思う? あたしはあなたこそが羨ましい」
 感情がある。死にたくないと思える。
 だが日無子には何もない。
 生きたいという感情さえ、わからない。
「とても元気で……わたしができなかったことが、できたから」
 恨めしそうな瞳で日無子をじっと見下ろした。
 今にも日無子の首を締めそうな雰囲気だ。だがそうはしなかった。
「わたしも戦いたかった。わたしたちが仕えていたあの方たちだけ、いつも戦いに出るから。
 傷だらけで帰ってくる……。
 わたしはくやしい」
 雛は吐露し、それから歪んだ笑みを浮かべた。
「くやしい……くやしい……。
 ただ待っているのがくやしい。
 あの方たちの無事を待っているだけ。
 死がやってくるのを待っているだけ。
 わたしはいつも、ただ『待つ』ことだけしかできなかった……」
 日無子はそれをただ聞いていた。
 いや、聞くことくらいしかできない。感情のない自分は、彼女の悔しさはわからない。
「だから……赴いてしまったの。手助けできるかもしれないと思って。
 でも……結果はわかるでしょう?」
「…………そうか。妖魔の氷に閉じ込められたのか」
「わたしは冷たい氷に閉ざされてしまった。でも最期に、思ったように行動して、良かった」
「……後悔はしていないのか」
「してる。すごくしてる。
 あなたみたいに走り回って、戦いたかった。役立たずじゃないって思いたかった。
 必要とされているんだって、思いたかった……!」
「…………」
「でもいいの。わたしの夢は叶った」
 日無子はそれが不思議でならない。
「いつ壊れるかわからない心臓に怯えることのない日々……手に入れたかったのはそれ。
 誰かに必要とされ、生きていることを実感すること……求めていたのはそれ。
 わたしは手に入れた」
「…………そうか。この肉体はあなたに返せるのか」
 日無子は苦笑した。
「……そのほうがいい。あたしがいることで……悲しませてしまう人がいるのだ。これ以上、それは見たくない」
「……ほんとうにそう思うの」
 冷たい声で雛が顔を近づけてくる。
「わたしがその身体をあなたから取り上げて……あなたになりすますことがいいと思うの?」
 日無子は無言だ。
 それがいいことかどうか、わからないから。
「わたしはそんな情けはいらない……! あなたの『代わり』なんて嫌よ!」
「…………」
「いいこと……? あなたの魂の一部はわたしでできているの……。わたしがいることで、あなたは感情が発生したの……!」
「なんだって……?」
「人造の魂は生きることをしない。憑物封印をするためには『生きる』ことが必要だった。
 そのためにわたしの魂の残りカスが使われたの……。わたしはあなたなのよ、日無子」
「うそだ……」
「でなければ……あなたが『迷う』ことはなかった」
 雛は近づけていた顔を離す。
 その穏やかな笑みに日無子は泣きそうになった。
「こうして話すことはもうないわ……。もうあなたの中のわたしは全て消耗されてしまう」
 微笑む雛は、日無子のベッドに泣き疲れて突っ伏している人物を見遣る。
「羨ましいわ……。わたしには、こうして心配してくれる人はいなかったもの」
「雛……」
「だから目覚めなさい。わたしの分も生きて。わたしのできなかったことを成し遂げて。
 その肉体はもうあなたのもの。だけど、わたしのためにも生きると誓って」
 日無子は選択を迫られた。
 だが心は決めている――――もう、迷いはしない。



 眠り込んでいる漣を見下ろし、彼女は小さく笑った。
「…………漣、起きて」
 彼の髪を優しく撫で、囁く。
 あたしの声が――――――聞こえる?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました浅葱様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。