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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「心臓・こころ」



「…………記憶を渡しても、お前に殺されても……おまえのことを直接覚えてるヤツは誰一人としていなくなっちまうんじゃ……」
 そう呟いた羽角悠宇は、涙を流していた。本人は、目の痛みが涙のせいだとは気づいていない。
 強いショックに、彼は理解できていないのだ。いいや、頭がそれを拒んでいる。
「そんなの……そんなの俺は納得できない」
「…………元々ボクは存在していない。それだけだ」
「目の前に!」
 悠宇は首を振った。
「目の前に居るのは誰なんだよ、じゃあ!」
「…………」
「記憶はないかもしれないけど、時間を巻き戻して過去をやり直すことはできないんだぞ! でも……生きてこれから新しい、おまえの本当の記憶を作る事ならできるじゃないか!」
 刃を突きつけている欠月は静かに口を開く。悠宇はその動きを目で追う。
「記憶など、もう……どうでもいいことだ」
「どうでもいい……? どうでもいいだと?」
「新しい記憶、思い出……そんなものを造ってなんになる? もう…………ボクは『終わる』んだ」
「体がもたないからって諦めるのか!?」
 責めるような悠宇の口ぶりに、だが欠月は怒りもしない。
 彼は冷たい氷。まさに真夜中の月だ。
「遠逆の家に求められたからって、命を差す出すなんて俺は絶対に納得いかない! そうまでして守らなきゃいけないのか、おまえの家は!?」
 懇願に近い叫びだった。
 欠月は無表情で悠宇を見ている。
「…………別に、家を守るために選んだわけではない」
「なに?」
「…………消えゆく命の使い道を、より有効なほうに費やすべきだと判断しただけだ」
「…………」
 愕然と、した。
 そう、目の前の欠月の命は風前の灯火。彼はその残った命の使い道を選んだにすぎない。
 たった一人の自分の命を、一族のために使う道を。
 それは、いいことなのかもしれない。むしろ……正しい道のような気がする。
 もしも死ぬとすれば……悠宇も同じことをしたかもしれない。自分の限りある、残り少ない命で自分の学友や、恋人が助かるとすれば――!
 欠月は間違ってはいない。彼は「正しい」と思われる道を常に選択しているのだ。
「それでも…………それでも、誰かの犠牲で、誰かを犠牲にして他は安泰なんて…………そんなのおかしい……」
 噛み締めた唇から、そんな声を洩らす。
 欠月は囁く。
「――そういうのは傲慢と言うのだ。ヒトは常に何かの犠牲に成り立つ存在だ。おまえも誰かの犠牲になっており、また誰かがおまえの犠牲になっている」
「そんなの……っ」
「例えソレが目に見えなくとも…………生き物は、常に、何かを犠牲にしている。心だったり、その肉体だったり…………様々なものを、だ」
 返す言葉がない。
 欠月の言葉は誰もが認める「正しい」もの。
「綺麗な世界しか見ないのは……気持ちがいいものだ」
 彼の言葉は刃のように悠宇に突き刺さる。
 流れる涙が地面に落ちた。
「どうして」
 悠宇は、呟いていた。
「もう、死ぬって決めつけてんだ! 誰も傷つかずに解決できる方法、生きて探しに行けよ!」
 それは訴えだった。そう願いたい、自分の。 
「なくても作れよ! 俺もできる事があるなら手を貸すから…………頼むから、生きたいって足掻いてくれよ…………」
 最後のほうは嗚咽に呑まれた。
 悠宇は鼻をすすり、喉をひくつかせる。目も喉も、痛くてたまらなかった。
 声をあげて思い切り泣ければいいのに――――!
 ひどいことを言っているのは、わかっていた。
 誰も傷つかない方法なんてものは、まやかしだ。そんなものが存在するはずがない。
 いま、欠月が言っていたじゃないか。
 見えないところで何かが犠牲になっている。目に見えるところだけ幸せなら、それでいいなどというのは傲慢だと。
「おまえに生きてて欲しいんだ……!」
 それは願い。
 もう涙で前もうまく見れなかった。
 欠月の冷たい顔も。その色違いの瞳も。――突きつけられた黒い刃すらも。
 なんて力のない自分。何もできない自分。自分は高校生になって、少しは大人になったと思っていた。だが、世間知らずなだけの子供だ。
 必死に欠月に言っても、自分は彼の命を留める方法を考えつかない。
 結局……なにもできないのだ。
 悔しい。とても。
 自分に対しての悔しさ。どうにもできない悔しさ。
 子供のように泣きじゃくる悠宇を、欠月はただ見つめている。声を洩らすまいと我慢して、涙を流し続けるその様子を。
「……………………記憶も命も、どちらも渡す気はないのか」
 彼のその言葉に悠宇は応えられない。
 殺されてしまう。自分は。
(俺じゃ……コイツに勝てねぇ)
 悠宇が行動に移す前に、欠月の瞬速で刃が振り下ろされるだろう。
 涙を拭う悠宇は、その視界に映ったものに怪訝そうにする。
 矛の柄を握る欠月の手が細かく震えていたのだ。
 刹那、あの夜の出来事が思い出された。
 傷だらけの欠月。ただ彼は回復を待っていた。無表情で。穴だらけの衣服――――苦戦した彼の無残な姿。
 アレは一ヶ月も前の話だ。
 欠月は「身体の制御ができない」と悠宇に言っていたではないか!
 悠宇は冷汗が出て、青ざめる。
(………………一ヶ月も経ってるんだぞ)
 自分の心の声はとても冷たく残酷に響いた。
 彼は死に向かっている。それは加速している。止まることのない疾走だ。
 一ヶ月も経っているのに、一ヶ月前でさえあんな姿になったのに。
(平然と俺の前に立てるワケが…………)
 欠月の手から武器がどろりと溶け、崩れ落ちる。まるで彼の命が崩れていくように。
「か、かづ……」
「…………泣くほどの、命じゃない」
 欠月は武器を持った時と同じ体勢でいた。
 その姿は悲痛。
「欠月!」
 悠宇は駆け出していた。
 よろめいて欠月は前に倒れていく。
「……………………なぜ嫌わないんだ。ここまでしたのに、おまえは何一つ変わらなかった…………」
 欠月を抱きとめるが、勢いで悠宇は尻もちをついた。
 見ると、欠月は完全に意識を失っていた。
 悠宇は拳を震わせ、唇をぐっと結ぶ。
「ば……っか野郎……! こんな身体で……!」

 ―――― 一ヶ月ほど経っても、病院に運ばれた欠月は目覚めはしなかった。
 彼はただ静かに眠り続けている…………今も。



 病院のベッドで横たわる欠月は、瞼をしっかりと閉じたままだった。
 だがなぜか、『見えていた』。
 ベッドのすぐ横に、白い着物の長い髪の少年が立って、こちらを見下ろしている。
「かづき……」
 自分とそっくりの男に、欠月は意識をそちらに向ける。
「……そうか。あなたはこの肉体の持ち主か」
 口は開いていないが、言葉が出た。
 とても病弱そうで、儚い感じの少年だ。欠月の元気な様子を見ていては信じられないほどの。
 病で苦しみの生活を送っていた遠逆影築。その一生のほとんどを、布団の上で過ごした。
 短い一生を終えてしまった悲劇の男。
「君が羨ましい……」
「……どうしてそう思う? ボクはあなたこそが羨ましい」
 感情がある。死にたくないと思える。
 だが欠月には何もない。
 生きたいという感情さえ、わからない。
「とても元気で……私ができなかったことが、できたから」
 恨めしそうな瞳で欠月をじっと見下ろした。
 今にも欠月の首を締めそうな雰囲気だ。だがそうはしなかった。
「私も戦いたかった。私たちが仕えていたあの方たちだけ、いつも戦いに出るから。
 傷だらけで帰ってくる……。
 私はくやしい」
 影築は吐露し、それから歪んだ笑みを浮かべた。
「くやしい……くやしい……。
 ただ待っているのがくやしい。
 あの方たちの無事を待っているだけ。
 死がやってくるのを待っているだけ。
 私はいつも、ただ『待つ』ことだけしかできなかった……」
 欠月はそれをただ聞いていた。
 いや、聞くことくらいしかできない。感情のない自分は、彼の悔しさはわからない。
「だから……赴いてしまった。手助けできるかもしれないと思って。
 でも……結果はわかるだろう?」
「…………そうか。妖魔の氷に閉じ込められたのか」
「私は冷たい氷に閉ざされてしまった。でも最期に、思ったように行動して、良かった」
「……後悔はしていないのか」
「してる。すごくしてる。
 君みたいに走り回って、戦いたかった。役立たずじゃないって思いたかった。
 必要とされているんだって、思いたかった……!」
「…………」
「でもいいんだ。私の夢は叶った」
 欠月はそれが不思議でならない。
「いつ壊れるかわからない心臓に怯えることのない日々……手に入れたかったのはそれ。
 私は手に入れた」
「…………そうか。この肉体はあなたに返せるのか」
 欠月は苦笑した。
「……そのほうがいい。ボクがいることで……心配させてしまう人がいるのだ。これ以上、迷惑をかけたくない」
「……ほんとうにそう思うのか」
 冷たい声で影築が顔を近づけてくる。
「私がその身体を君から取り上げて……君になりすますことがいいと思うのか?」
 欠月は無言だ。
 それがいいことかどうか、わからないから。
「私はそんな情けはいらない……! 君の『代わり』なんて嫌だ!」
「…………」
「いいか……? 君の魂の一部は私でできている……。私がいることで、君は感情が発生した……!」
「なんだって……?」
「人造の魂は生きることをしない。憑物封印をするためには『生きる』ことが必要だった。
 そのために私の魂の残りカスが使われた……。私は君なんだ、欠月」
「うそだ……」
「でなければ……君が『迷う』ことはなかった」
 影築は近づけていた顔を離す。
 その穏やかな笑みに欠月は泣きそうになった。
「こうして話すことはもうない……。もう君の中の私は全て消耗されてしまう」
 微笑む影築は続ける。
「だから目覚めなさい。私の分も生きてくれ。私のできなかったことを成し遂げてくれ。
 その肉体はもう君のもの。だけど、私のためにも生きると誓ってくれ」
 欠月は選択を迫られた。
 だが心は決めている――――もう、迷いはしない。



 学校帰りにお見舞いに来た悠宇は、個室のドアを開けた瞬間驚愕し……その場に佇んだ。
 ベッドの上から開け放たれた窓の外を見ていたのは――――。
「今日はいい天気だ……」
 その声はとても穏やかに――――囁かれた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました羽角様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。