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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「心臓・こころ」



 衝撃が強すぎて、理解はできない。混乱したままで、守永透子は真っ直ぐに欠月を見つめた。
「ご、ごめんなさい」
 一番最初に口を出たのは、その言葉だった。
 透子はどこかぼんやりとした瞳で、頭に手を遣る。
「私……嘘か本当か、まだ、よくわからないけど…………けど、でも」
 欠月の紫色の瞳をひた、と凝視した。
「欠月さんを忘れることなんてしたくなくて、欠月さんと一緒に居た事を無かった事になんてしたくないから…………ごめんなさい」
 自分でも、うまく言葉がまとまらない。
 けれども確かなことがある。緩く、首を左右に振った。
「私、記憶、あげられない…………」
 涙がまた零れた。
 大切な大切な、記憶。渡せるはずがない。
 透子にとってかけがえのないものなのだ。例え欠月の願いでも、それは従えない。
「私……私は、欠月さんと一緒に居た時も、欠月さんのことを考えている時も、今まで知らなかった色んな幸せを教えてもらったから…………これから辛くなるとしても、憶えておきたい」
 支えにしたいのだ。自分の。
「忘れる事なんて…………できない」
 搾り出すように、透子は呟く。
 欠月は目を細めた。
「…………そうか」
「ごめ、んなさ……い。私……何も知らなかったから、貴方に迷惑いっぱいかけて、かけたままで…………ごめんなさい」
 私は殺される。欠月さんに。
 透子は覚悟した。
 選択肢は一つ。記憶を渡さないと言った以上、残された道はそれしかない。
 欠月の手にかかって死ぬのなら…………それでもいい。彼がそれで楽になれるのなら、それでいい。
「欠月さんに、殺され……ちゃうかもしれない……けど、それでも、いいから」
 精一杯の、笑顔を浮かべた。
 彼はなんとも思っていないかもしれないけど、せめてその心に負担を残してはいけない。
「私が死んで、貴方が少しでも幸せになれるのなら、それでいいから……」
「…………」
「貴方からもらった幸せを少しでも返せるなら……どうなっても、いいから」
 欠月はぴくりとも動かない。透子の話しを聞いているのかさえ、不思議になる。
「私の知っている貴方の全部を抱いたままでもいいのなら――――――殺してください」
 はっきりと、透子の声が響き渡った。
 透子は深呼吸し、拳を握った。
 彼ならば、苦しまずに殺してくれるはずだ。
 命よりも、記憶のほうが大事だ。これだけは渡すわけにはいかない。
 目を閉じていたほうがいいだろうか? ああ……でも死ぬ寸前まで欠月を見ていたい。
「……………………さっきから、ゴメンナサイ、ばかりだ」
 彼は小さく呟いた。
 矛を構え、刃を透子に突きつけたまま、彼は静かに口を開く。
「死を覚悟するのは、いい度胸だ。記憶のほうが、おまえにとっては命よりも価値あるもの…………そういうことだな?」
「……はい」
「…………だが間違っている。おまえが死んだとしても、別にボクは幸せでもなんでもない」
 それは刃のような言葉だった。
 決死の覚悟をした透子の体が震える。
 そう、透子が命を差し出しても、彼の幸せに繋がるわけではない。
 彼の言葉を理解していないのだ、自分は。
(…………そ、だ……。だって欠月さんは………………私が死んでも)
 欠月を待っているのは「死」という、単純明快な答えだけ。
 彼は実家から出された命令を実行しているだけにすぎないのだ。
(私が死んでも…………欠月さんは)
 救われることがない。
 流れていく涙は止まることがなかった。
「本当に、命より価値がある…………そう思っているのか、おまえは」
 欠月はそう訊いてきた。
「思っています」
 断言できた。
 透子にとって、彼との様々な出来事は命よりも重く――何にもかえることができない大切なモノ。
「…………記憶ではなく、命を捨てる。足掻きもしないな」
「しません。私は…………もう決めましたから」
 彼に抗っても仕方がないし…………もういいのだ。彼のためなら死ねる。
 誘惑に負けて、瞼を閉じそうになる。だが閉じてはいけない。最期の最期まで、彼を見つめて、この心に焼き付けなくては。
「ごめんなさい…………最期まで、迷惑かけて」
「…………また、ゴメンナサイ、か」
 欠月は呟き、それからゆっくりと両手を上にあげていく。
 刃が透子の目の前から、斜め上へと……。
 終わってしまう。自分の命が呆気なく。
 ああ、怖い。やっぱり死ぬのは少し怖い。
 振り下ろされる刃――――!
「っ!」
 ぐ、と透子は拳に力を込め、唇を噛んだ。
 だが。
 その刃は透子の首に到達しなかった。
 欠月は手を振り下ろしている。けれども――武器が握られていない。
 透子は目を見開いた。
 彼の手から泥のように垂れ落ちていくのは……彼の武器だ。漆黒の矛。
「欠月さん……?」
「…………」
 欠月はゆっくりと手を降ろす。彼の手は、よく見れば微かに震えていた。
 彼は呟く。
「なぜボクを責めない?」
「責める……? なぜ?」
「…………そこまでして守る価値のある記憶ではない」
「私には、価値のあるものだから……」
「………………」
 彼は軽く息を吐き出す。
「…………謝ってばかり。ボクを罵ればいいものを…………」
「え……?」
 透子はそこで気づく。彼は目が見えていないのだ。
 透子のほうを見てはいるが、その焦点が微妙にずれている。
(う……そ…………)
「欠月さん……目、目が……?」
「……………………どうして嫌わないのか、本当に不思議だ。己の命よりも、ボクとの記憶のほうが大事だなんて…………どうか、し……て……」
「欠月さんっ!」
 目の前で、欠月はどしゃ、と音をたてて倒れた。
 駆け寄って抱き起こすが、欠月は完全に意識がなかった。
「欠月さん! 欠月さんしっかりして――ッ!」

 ―――― 一ヶ月ほど経っても、病院に運ばれた欠月は目覚めはしなかった。
 彼はただ静かに眠り続けている…………今も。



 病院のベッドで横たわる欠月は、瞼をしっかりと閉じたままだった。
 だがなぜか、『見えていた』。
 ベッドのすぐ横に、白い着物の長い髪の少年が立って、こちらを見下ろしている。
「かづき……」
 自分とそっくりの男に、欠月は意識をそちらに向ける。
「……そうか。あなたはこの肉体の持ち主か」
 口は開いていないが、言葉が出た。
 とても病弱そうで、儚い感じの少年だ。欠月の元気な様子を見ていては信じられないほどの。
 病で苦しみの生活を送っていた遠逆影築。その一生のほとんどを、布団の上で過ごした。
 短い一生を終えてしまった悲劇の男。
「君が羨ましい……」
「……どうしてそう思う? ボクはあなたこそが羨ましい」
 感情がある。死にたくないと思える。
 だが欠月には何もない。
 生きたいという感情さえ、わからない。
「とても元気で……私ができなかったことが、できたから」
 恨めしそうな瞳で欠月をじっと見下ろした。
 今にも欠月の首を締めそうな雰囲気だ。だがそうはしなかった。
「私も戦いたかった。私たちが仕えていたあの方たちだけ、いつも戦いに出るから。
 傷だらけで帰ってくる……。
 私はくやしい」
 影築は吐露し、それから歪んだ笑みを浮かべた。
「くやしい……くやしい……。
 ただ待っているのがくやしい。
 あの方たちの無事を待っているだけ。
 死がやってくるのを待っているだけ。
 私はいつも、ただ『待つ』ことだけしかできなかった……」
 欠月はそれをただ聞いていた。
 いや、聞くことくらいしかできない。感情のない自分は、彼の悔しさはわからない。
「だから……赴いてしまった。手助けできるかもしれないと思って。
 でも……結果はわかるだろう?」
「…………そうか。妖魔の氷に閉じ込められたのか」
「私は冷たい氷に閉ざされてしまった。でも最期に、思ったように行動して、良かった」
「……後悔はしていないのか」
「してる。すごくしてる。
 君みたいに走り回って、戦いたかった。役立たずじゃないって思いたかった。
 必要とされているんだって、思いたかった……!」
「…………」
「でもいいんだ。私の夢は叶った」
 欠月はそれが不思議でならない。
「いつ壊れるかわからない心臓に怯えることのない日々……手に入れたかったのはそれ。
 私は手に入れた」
「…………そうか。この肉体はあなたに返せるのか」
 欠月は苦笑した。
「……そのほうがいい。ボクがいることで……心配させてしまう人がいるのだ。これ以上、迷惑をかけたくない」
「……ほんとうにそう思うのか」
 冷たい声で影築が顔を近づけてくる。
「私がその身体を君から取り上げて……君になりすますことがいいと思うのか?」
 欠月は無言だ。
 それがいいことかどうか、わからないから。
「私はそんな情けはいらない……! 君の『代わり』なんて嫌だ!」
「…………」
「いいか……? 君の魂の一部は私でできている……。私がいることで、君は感情が発生した……!」
「なんだって……?」
「人造の魂は生きることをしない。憑物封印をするためには『生きる』ことが必要だった。
 そのために私の魂の残りカスが使われた……。私は君なんだ、欠月」
「うそだ……」
「でなければ……君が『迷う』ことはなかった」
 影築は近づけていた顔を離す。
 その穏やかな笑みに欠月は泣きそうになった。
「こうして話すことはもうない……。もう君の中の私は全て消耗されてしまう」
 微笑む影築は続ける。
「だから目覚めなさい。私の分も生きてくれ。私のできなかったことを成し遂げてくれ。
 その肉体はもう君のもの。だけど、私のためにも生きると誓ってくれ」
 欠月は選択を迫られた。
 だが心は決めている――――もう、迷いはしない。



 花瓶の水を入れ直し、新しい花を飾って透子は病室に戻って来た。
 個室の名前を見て、哀しい笑みを浮かべる。 
 ドアを開けるとふわっと、風が吹いてきた。
 だが、透子は驚愕して目を見開く。
 ベッドの上から開け放たれた窓の外を見ていた彼は振り向いた。そして微笑む。
「やあ」
 その声はとても小さく――――囁かれた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5778/守永・透子(もりなが・とおこ)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました守永様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。