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【R1CA-SYSTEM #01】ウーゼル・ペンドラゴンを探せ!
「やぁ、いらっしゃい。丁度いいところに来た。キミに頼みたいことがあってさ」
ネットカフェ・ノクターンに入ると、カウンター内に立ってる男が人懐こい顔をして私にニッコリ微笑いかけた。
『ネットカフェ』という言葉を冠するものの、最近はここをカフェとして利用する客が多い。天井まで届く大きなガラス窓、品の良いチェアやテーブル、美味しい珈琲・紅茶にケーキ類、柔らかな自然光に映える観葉植物。前述の符号から、特に女性客の利用が多いようだ。尤も、特に女性客を見込んだ店作りという訳ではなく、このコーディネイトは単なる男の趣味だったりする。
男‥‥この店の主である雷火(ライカ)は、私をカウンターに手招きし、冷たい水を差し出す。彼がこういう態度を取るときは、大概ロクでもない実験や依頼を頼んでくるときだ。
「一応、話しは聞いてあげるわ」
「またまたぁ〜。本当は暇で暇で仕方なかったんでしょ? 新しいプログラム作ったんだよ、バグチェック付き合ってくれない?」
何のプログラムなのかと云えば、彼特製の疑似体験システム、ヴァーチャル・リアリティ【R1CA-SYSTEM】の新作だ。これまた曲者で、これだけ大きなシステムとなるとさすがの雷火でも「バグ」があるらしい。新しいプログラムができるたび、私は彼の実験台とされてしまうのだ。
「今回のはファンタジーなんだ。そうだねぇ、今日は『伝説の薬草』探しでもしてもらおうかな。こういうの結構好きでしょ、シュラインって」
――私、シュライン・エマは、こうして今日も彼の笑顔に騙されるのである。
如何にもネカフェなブースを通り過ぎ、さらに奥の個室へシュラインは案内された。
「はい。じゃ、今日はココ使って。ヘッドギアの使い方は大丈夫だよね?」
「‥ん、いつもと変わりなければ。ファンタジーなのよね?服装のコンバートはできるの?」
「あー、ご免。まだ本チャンじゃないから、コンバート機能付けてないんだよねぇ。今度までに入れとく」
あら残念、と云いながらシュラインは黒い革張りのリクライニングシートに腰掛けた。いつも感じているのだが、ココの店で使われている調度品はかなり程度の良い物を使っているように思う。この座り心地、クセになりそう。入眠プログラム(催眠術のようなもの、とシュラインは思っている)を使わなくても、背中を包み込む感触だけでぐっすり眠れそうだ。
「体験時間は2時間ぐらいで、一人だしね。じゃ‥」
「え? 初期設定しないの?」
「中のヘルプデスクでするように変えてみた。プログラムへ入る前に、ほかの人に設定見えちゃうとつまんないでしょ?」
掌をヒラヒラさせながら、そう云って雷火は部屋を出て行く。シュラインは慣れた手付きでヘッドギアを被り、リクライニングシートに身体を沈ませた。心地よい音と光が、彼女を眠りへと誘(いざな)う。
白と黒の幾何学模様、生命の誕生と死、宇宙‥‥さまざまな映像が浮かんでは消え、頭の中がクリアになっていくのが分かる。
瞳を開けば、そこはもうヴァーチャル・リアリティ【R1CA-SYSTEM】の世界。一面、緑の野原だ。遥か遠くには、城を囲んで街が発展しているようだ。そして、背後には深そうな森がある。
「――――で、どうしてあなたがいるの?」
「オレのこと云ってんの?」
シュラインは、隣りに立っている男‥‥雷火を横目で一瞥した。彼がここにいるということは、いったい誰がシステムを制御しているのか。まさかあの見習い君なのかしら、とシュラインはあからさまに顔に出してしまった。心外だ、というような顔をして雷火はシュラインを見る。
「マスターから聞かなかった? オレは『ダッシュ』ってーの。ところで、アンタはシュラインでOK?」
「‥‥雷火さん、キャラ変わってない?」
「だーかーらー、オレはダッシュなの!NPC!ヘルプデスク! 本体じゃないの、分かった?」
同じ顔なのに、しゃべり方が違うだけでこうも印象が変わるものなのか。シュラインは雷火、否、ダッシュの顔をまじまじと見た。彼は今、自分を「NPC」「ヘルプデスク」だと云った。コレが雷火の云っていたヘルプデスクだというのか。なんか想像していたのと違うわ、と思いながら。
「ヘルプデスク‥‥雷火さん、じゃないのね?」
「それは『質問』?」
腕組みしながら、ヘルプデスクが半眼でシュラインを見る。客にガンを飛ばすヘルプデスクって、いったい‥‥。
「そうね、『質問』よ。あなたはプログラムの一部ってことね」
「そう、オレはアンタらオキャクサマの分からないことを教えたり手伝いをするプログラムなの。‥‥で、時間無いからさっさとやろうと思うんだけど、いいかな?」
――私、ヘルプデスクに仕切られてる?
複雑そうな表情をし、シュラインは渋々といった様子でダッシュに頷いた。
「今日は『伝説の薬草』って呼ばれてる『ウーゼル・ペンドラゴン』を探してもらう。これは、病気や怪我を立ち所に治すっていう薬草‥‥まぁ、本当はなんでもいいんだけど。で、ゲームを始める前にこの世界での役職を決めるんだけど、なんかある?」
「セージやそれに類する役職はある?」
「賢者‥ね、OK 今日はアンタ一人だから、オレが同行者として参加することになるから。先に云っておくけど、オレは薬草のありかや正体は知らない。マスターにロック掛けられてて、プログラム根幹にはアクセスできないことになってるからね。それじゃ、どこから行く?」
「街に行きたいわ。実際に出掛ける前に、形状や色・大きさ‥‥取れる地方とか載っている文献があるか調べたいの。図書館があるといいんだけど。それに、街に行けば人も居るわよね? ヒーラーや魔法使いとか、実際に薬草を使いそうな人が居れば、薬草の情報を聞き込みもしてみたいし」
「いいんじゃない。じゃ、今日はパーティいないから特別。シュライン、あの街に行きたいって念じてみ?」
遥か彼方の城を、ダッシュは指差した。シュラインは瞳を閉じ、城下町に自分が立っている様子をイメージする。一瞬、耳鳴りのような低い音が届く。ゆっくりと瞳を開くと同時に辺りは喧騒に包まれた。人の気配と息遣い、活気のある街とその生活臭。ここがゲームの中だということを忘れてしまいそうなくらい、それはリアルに感じられた。通りの真ん中に出てしまったらしく、人とぶつかる。
立ち止まっているシュラインの心を見透かすように、ダッシュはクククッと笑った。
「臭覚を刺激するシステムができた、現実のほうにね。まぁ、不快過ぎる匂いは出てこないから安心しなよ」
「‥‥凄いわね、格段に進歩してるみたい、このシステム。ヘルプデスクは、ちょっと調整する必要がありそうだけど」
「――云うねぇ。図書館は街の西のほうにある、どうやって調べたいか指定してくれればオレも手伝う。分からないことがあれば『質問』すればいい。何なら、シュライン用のPC作るよ?」
大丈夫と首を横に振ると、シュラインは思案した。
文献を調べることは、云わばルーチン・ワーク。ダッシュのオリジナルは雷火本人なのだろうから、そういった作業は彼のほう適任だろう。あとでシステムの感想を根掘り葉掘り云わされるのだ、ダッシュ以外のNPCの動きなども見ておきたい。そのためには、自分がこの通りに残って情報収集をした方が良いかもしれない――。
「ダッシュ、図書館で文献を調べてきてくれる? 『ウーゼル・ペンドラゴン』に関しては勿論だけど、竜の生息地や好む物‥‥食べ物でも固執している物でもなんでも良いわ、とにかく竜に関すること。あと、竜の頭部に似た岩や地形がないか、この近辺の地図が欲しい」
「OK ちなみにオレは今シュラインのPCだから、ヘルプデスクとしての能力は期待しないで。調べ物は、ちゃんと図書館に行かないと調べられない。云ってみれば、今のオレの基本能力はアンタやマスターと一緒ってコト」
両手を開き、ダッシュは肩を竦める。
「現実世界で体験時間は2時間って云われてきてるだろうけど、時間の進ませ方はアンタが決めていい。さっさと済ませたけりゃ一気に駆け抜ける、時間を掛けたきゃ何日も旅をする。それは任せる、でも『宣言』してくれる?」
「そう‥‥じゃ、折角だから『薬草を手に入れるまで』にするわ」
「OK アンタはココで情報収集ってことでいいのかな?」
シュラインは軽く頷き、ダッシュを見る。日没までにお互い調べ、ここで落ち合うことにした。
ウーゼル・ペンドラゴン。
伝説の薬草と云われているが、取引されている形状が乾燥した藁のようになっているだけで、本当に「薬草」なのか分からないらしい。希少なものらしく、実際に手にしたことがあるという者は多くなかった。街で過去手にしたことがあるという数人に出会ったが、皆一様に「藁のようにしか見えなかった」「藁だった」「何か毛のようなもの」と抽象的なことを云う。
アーサー王伝説だと、ペンドラゴンは「竜の頭」となる。
名前の連想から竜の頭部の毛などの体毛、もしくは竜の頭に似た岩だとか地形をした場所に生えているものなのかもしれない、とシュラインは考えていた。
ダッシュに頼み入手したこの近辺の地図には、竜の形をした岩や地形はないようだ。
竜の生息地は存在した。このゲーム内に入った時すぐ背後に広がっていたあの森の中ほどに水場があり、竜はそこを中心に生息しているらしい。
「その湖に行ってみましょうか。何か手掛かりが掴めるかもしれないし‥‥」
翌朝、宿の食堂で地図を挟んで向き合っていたダッシュにシュラインが肩を竦ませると、彼もまた同じように肩を竦ませ頷いた。
森の湖へ向かう道中、ダッシュは云った。
「ペンドラゴンはウェールズ語で「竜の頭」って意味。これはアンタの察しの通りだな。あと、偉大な人物を表現するのに用いられる敬称らしいね。ウーゼルは、なんだか写本の誤読からきてるって話しもある。意味無いのかね、ウーゼルに」
念のため、街で剣や回復用ポーションなどを買い込んだ。2人は今、現代服に鞘の付いたベルトへ長剣を差してぶら提げるという、なんともシュールな格好になっていた。剣が買えるのなら、服も買ってみればよかったわ、などと思うシュラインであった。
「ここね」
鬱葱と茂った森を暫く進むと、岩場の多い湖が開けた。湖面にはしっとりと霧がかかっていた。上段の岩場から下へと霧が流れ落ち、なんとも幻想的な雰囲気だ。その様子を、しばらくシュラインは眺めていた。
ぽちゃん。
湖面が揺れる。
その音にシュラインは顔を上げた。霧の奥に影が映っていた。じっと見据えているとソレはどんどん大きくなり、2人の前に姿を現した。
そこには、大きな恐竜のような青緑のものが佇んでいた。水に濡れているせいもあるのだろうが、ツヤツヤした表皮(イルカのような気もする)に、長い首。脚はあるのだろうか、地上からではその様子をうかがい知ることはできなかった。某湖の想像上の水棲爬虫類を思わせる風貌だ。そして、その頭部には同じ色の毛のようなものが生えていた。
『私を呼んだのは、お前か?』
ヒトの言葉ではなかった。しかし、シュラインは何故か理解できた。セージ‥‥賢者としての能力だろうか。
『あなたのその立派な毛を、少し頂きたいの』
特殊な、ヒトの言葉ではない言葉がシュラインの口から零れた。
『私の、毛を? 何ゆえそのようなものを望む?』
『探している薬草があるの。それは毛だから薬「草」ではないけれど、多分あなたと関係があるんじゃないかって思って』
竜と対峙しているシュラインの横顔を、ダッシュはじっと見守る。2人は、まるで詩(うた)のような美しい旋律を含んだ言葉で喋っていた。
『よかったら、これと‥‥それかこれで交換してもらえないかしら?』
そう云うとシュラインは、いつも胸に下げている眼鏡と自分の髪の毛を一房持った。
『‥‥構わぬ、好きなだけ持ってゆけば好い。それではお前のその房と交換するとしよう』
竜はシュラインの前に頭を擡げた。その様子から、シュラインが交渉に成功したのだとダッシュは分かった。
シュラインは「ありがとう」と云いながら、ほんの少しだけ竜の頭髪を携帯用裁縫道具の鋏で切った。そして、自分の髪を一房持ち鋏を入れる。近くに咲いていた茎の長い花を取り、散けないようにそれで髪を束ねた。竜の口元にその束を差し出すと、竜はそれを受け取り再び身体を起こした。
『さて‥‥役に立てば良いが?』
『ありがとう、そう願いたいわ』
シュラインはにっこり笑った。
竜は現れたときと同じように、再び霧の中に消えていった。その様子を、シュラインとダッシュはじっと見ていた。
「どうかな、それが『伝説の薬草』?」
「‥‥分からないわ、なんだか自信ないの。あっさりし過ぎて」
湖を向いたままシュラインは呟く。ダッシュはシュラインの手の中にある竜の毛を持った。
「‥‥ああ、うん。こりゃ違うね」
「――あなたもあっさり云い過ぎなのよ」
溜め息をついてシュラインはダッシュを振り返った。
「あなたも薬草がなんだか知らないんでしょう、どうしてすぐ違うと断言できるの?」
「うん? だってほら、一応ヘルプデスクだからね。薬草が本物だったら持てば分かるわけ。アンタが決めたでしょ『薬草を手に入れるまで』って。キーワードっていうか、そのアイテムが手に入ればこのゲームは終わりのはずなの。でも、終わらないだろ?」
な?とシュラインを見る。
「さぁ、どうする。まだアイテムを手に入れていないから、ゲームを続けることもできる。それとも、今回は諦める? もう、考え及んでいたことは全部確認したみたいだけど」
「――――! 勝手にスキャンしたわね」
眉を寄せ、シュラインはダッシュを正面に見据えた。ダッシュは「‥ヤベ」というような表情をして、口元に手をやる。
「それは、ヘルプデスクとして『越権行為』じゃないのかしら」
「フィルタ掛けたからほかは見てないから。どうする、コンティニュー?キャンセル?」
「そういう問題じゃ、ないと思うけど‥‥今はバグチェックだから、ということにしておくわ。そうね、キャンセルしておく。思い出したの、雷火さんがファンタジーもの得意じゃないって。多分、答えは私の考えの及ぶ範囲じゃないのね」
そう云うとシュラインは腰に手を当て鞘の付いたベルトを外す。戦闘は余程のことがない限り回避したかったので、結果オーライと云われればそれまでだ。装備していた道具などすべてダッシュに手渡した。この行為は意味がないのだが、シュラインは何故かいつもそうしてしまう。
「それじゃ『ログアウト』を」
「OK 『ログアウト』」
意識が途切れる瞬間、ダッシュの唇が「またな」と云った気がした。
なんだか、頭が重い。
「‥‥新しいシステムに、酔ったのかしら?」
目覚めたシュラインは、リクライニングシートの上で独りごちた。座ったときは気付かなかったが、シート上部のフード面に、メッシュ状のカバーが付いていた。これがあの臭覚を刺激する装置なのだろう。
暫くすると、雷火がアイスティーを持って部屋へ現れた。
「疲れちゃったみたいだねぇ」
同じ顔、いつもと同じ飄々とした喋り方。雷火だ。身体を起こし、シュラインはグラスを受け取った。
「あのヘルプデスク‥‥少し調整したほうがいいかも」
「なにか変だった、特別な設定してないんだけど。それよりどうだった?」
「あー‥ええ。ヘンに予備知識があるからかしら、結局分からなかった。NPCの動きなんかは問題なさそうね」
『彼』以外は、と心の中で付け加えた。
「え、本当に? シュラインでも分からなかった?」
雷火は、嬉しそうに笑いながらシュラインに詰め寄ってきた。
「‥‥楽しそうね」
「そりゃ、勿論。聞きたい? アレ、どこにあるのか」
「いい。なんか悔しいから」
アイスティーを一気に飲み干し、シュラインは溜め息を付いた。
ヘルプデスクのことは少々気になったが、特別な設定はしていないという。彼なりの脚色なのだろうか、シュラインは深く考えないことにした。
――私、シュライン・エマは、こうして次も彼の笑顔に騙されるのである。多分。
【 了 】
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【 0086 】 シュライン・エマ | 女性 | 26歳 | 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
【 NPC 】 雷火、雷火'
_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひとこと _/_/_/_/_/_/_/_/_/
こんにちは、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。この度はご参加誠にありがとうございました。
ウーゼル・ペンドラゴンは、ちゃんと何か決めてありました。が、あまりにも‥‥な設定のため、今回はあえて明かさない方向にいたしました。ギャグです。この店の主、実はセンスがないと思います。
お独りの参加だったため、NPCとの会話多めとなっております。ご了承ください。
【R1CA-SYSTEM】新作プログラム公開の折は、ぜひまた体験しにいらしてください。
2006-06-24 四月一日。
└→ blogにてナニやらボヤいている時がございます
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