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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


安堵知らせに一仕事


●発端、そして呼びかけ

 街の片隅にひっそりと佇む、熊太郎派遣所。ここはその名の通り、持ち込まれた依頼に対して適切だと思われる人材を派遣し、依頼をこなす事務所である。
「依頼です」
 所長である熊太郎が、総勢二人という所員を見て言った。熊太郎はもふもふの前足でがさがさと何かを取り出し、所員たちの前に置いた。
 因みに、熊太郎はテディ・ベアだ。そのくせ、喋るし動くし物まで食べる。どうしてそうなのか、深く考えてはならない。世の中には一つ二つ不思議な事があったほうが、きっと面白いだろうから。多分。
 熊太郎が出したのは、地方新聞だった。その中にある「怪奇?公園からする声」という見出しに蛍光マーカーでチェックがしてある。
「友崎公園にある花壇から、声がするそうです。なかなかナイスミドルっぽい、渋い声だそうですよ」
「熊様、それって幽霊とかその類でしょうか?」
 総務担当の所員である森谷・咲姫は、上目遣いに熊太郎に尋ねる。
「その可能性はあるでしょうね。ただ、僕には何の霊力も無いので良く分かりませんでしたが」
「熊公、お前その声とかいうのに会って来たのかよ?」
 もう一人の所員である野田・灯護は、怪訝そうに熊太郎に尋ねる。
「ええ。随分と礼儀正しく、心優しい方でしたよ。そして、嘆いてらっしゃいました」
 熊太郎はそう言って、説明を始める。何か依頼が無いか子ども達に聞いて回った所、友崎公園の声が怖いと言われたのだ。そこで実際に赴いてみたところ、その声の主は自分が怖がられているのが哀しいと、酷く嘆いていたらしい。
「当然だろう、そりゃ。何処の世界に、姿が無いのに声がするって言う状況を怖がらない奴がいるんだよ?」
「しかし、とても良い方なんです。もうすぐ暗くなるから気をつけて帰るように子ども達に言ったり、落し物をしたら知らせたり」
「だから、普通に考えて怖いだろうって言ってるんだよ」
 野田はびしっと突っ込む。むに、と熊太郎の体に手がめり込む。森谷が慌てて熊太郎を抱き上げ、野田に向かって「こら、トーゴちゃん!」と嗜める。
「それじゃあ熊様、結局どうするんですか?その声の方に消えていただくとか?」
「それは勿体無いでしょう?ですから、怖がられないようにできないかな、と」
 熊太郎はそう言って、前足を口元に持っていく。
「是非、アイディアを持ってきてもらおうじゃないですか」
 森谷と野田は熊太郎の言葉に納得し、動き始める。怖がられないアイディアを出し、そしてそれを実行に移してもらう事のできる派遣所員に声をかける為に。


●集合、そして命名

 シュライン・エマ(しゅらいん えま)が連絡を受けたのは、草間興信所にいる時であった。
「武彦さん、祝辞はない?」
 怪訝そうな草間とは反対に、シュラインはにこにこと笑いながら「熊太郎さん、事務所開いたのよ」と教える。
「ぬいぐるみが事務所を開いて良いのか?」
「めでたい事じゃない。それに、これで武彦さんだって煙草を飲みながらでも熊太郎さんと話せるし」
 シュラインの言葉に、それでも草間は眉間にしわを寄せながら「む」と唸る。シュラインは「笑顔笑顔」と言いながら、草間の頬をむにむにと触る。
「熊太郎さんだって、武彦さんの笑顔が見たいわよ」
「いや、あいつはそんな生易しいぬいぐるみじゃないぞ」
 真剣に言う草間に、思わずシュラインは吹き出す。そして「それじゃ、言ってくるわね」と草間に言い、足取りも軽く熊太郎派遣所に向かうのであった。


 熊太郎の指示により、無事に派遣所員を6名確保する事に成功した。熊太郎は集まった6名に対し、小さく「こほん」と咳払いをし(当然、礼儀よろしく前足を口元に当てて)向き直った。
「集まってくれて有難うございます。ではまず、自己紹介からお願いします」
 熊太郎はそう言って「そちらから」と前足で指示をする。端から順に、という意味だろう。
「じゃあ、私からね。シュライン・エマよ」
「それじゃあ、シュリーね」
 突如、不思議な言葉が挟まれた。所員である、森谷だ。森谷はにっこりと笑い、呆気に取られる皆を見ている。それを見かねた野田が「ええと」と口を開いた。
「咲姫には、不思議なニックネームをつける癖があるんだ。気に食わなかったら、すぐに言った方がいい。ネーミングセンスは期待できないから」
「あら、トーゴちゃん。あだ名はコードネームとしても最適よ。ね?シュリー」
 真顔の野田の言葉をさらりと流し、森谷はシュラインに問いかけた。
「え?……ええ、そうね」
 シュラインはくすくすと笑っている。野田は肩を竦め、熊太郎はこくこくと頷いている。
「次は、私ですね。マリオン・バーガンディ(まりおん ばーがんでぃ)なのです。熊太郎さん、こんにちはなのです」
 マリオンはそう言って、熊太郎に抱きつく。ふにふに具合が心地よい。
「マリオン・バーガンディってことは、マーディね」
 どこかにいそうな名前のようだ。
「天樹・燐(あまぎ りん)です。お久しぶりです、熊太郎さん」
「はい、久しぶりです」
 熊太郎がこっくりと礼をする。その間にあだ名を考えていたらしい森谷が「それじゃあ」と口を開く。
「リンリンね。可愛い名前だから、ばっちりね」
 何がばっちりなのかは、甚だ不明である。おそらく、森谷しか分からない。
「僕は藤井・蘭(ふじい らん)なのー。咲姫さんの『ねーみんぐせんす』に期待なの」
 蘭の言葉に、森谷は「あらあら」と言ってにこにこ笑う。期待されたならば、裏切るわけには行かない。
「ランタンね」
 裏切っている気がする。だが、蘭はにこにこと笑っている辺り、そこまで嫌ではなさそうだ。
「露樹・八重(つゆき やえ)なのでぇす。あだ名はよく分からないでぇすが、よく『不条理妖精』とか言われてたでぇす」
 更に「10センチちゃんでもいいのでぇす」と付け加える。すると森谷は首を横に振る。
「そんな可愛くない名前にはしないわよ。そうね、やっちぃなんてどう?可愛いでしょう?」
「やっちぃ……」
 微妙な気がする。
「最後は俺ですね。櫻・紫桜(さくら しおう)です。先日、熊太郎さんにナンパされました」
「その件はどうも」
 熊太郎が頭を下げている。それよりも、ナンパ云々の弁明をして欲しいところだ。
「桜っていう漢字がいっぱいなのね。ならやっぱり、さくらんかしら?綺麗なイメージで」
「さくらん、ですか。おかしくなっていそうそうですね」
 それは錯乱である。言葉だけ聞くと、到底綺麗なイメージとは言いがたいかもしれない。
「これで全員ですね。それでは、依頼についてお話します。……咲姫さん、まずは皆さんに所員証を渡してください」
「はーい」
 熊太郎に言われ、皆に所員証を手渡す。「熊太郎派遣所所員証明書」と書かれたそれには、名前と先ほど命名されたあだ名が書かれてある。
「今回は、公園で声だけ聞こえるという事態を、恐ろしい印象にしないようにする事です」
「声だけなの?それって、幽霊さんなのー?」
 蘭の問いに、熊太郎はゆっくりと首を振る。
「それは分かりません。何せ、僕はしがないテディ・ベア。幽霊を察知する事はできないからです。ただ分かるのは、その声に子ども達が怯えているという事だけです」
 熊太郎の言葉に、紫桜は頷く。
「姿が見えず、声だけ聞こえるから怖いというのは分かります。見えないものに対する恐怖は、何でもないものでも想像力がつく分、膨らむものですからね」
「一番いいのは、存在を認知して貰う事ですよね。周知すれば『正体不明』ではなくなりますから、怖くなくなるはずです」
 ぐっと拳を握る燐だったが、熊太郎に前足でひょいひょいと振られる。
「いえ、でもやっぱり見た目というのは大事だと思いますよ」
 熊太郎の言葉に、マリオンも頷く。
「声だけだから怖がるのですから、声がでているのが不自然じゃないようにするのです」
「ナイスアイディアです、マーディ」
 熊太郎がびしっと前足を指す。どうやら、森谷だけではなく熊太郎もつけられたあだ名を使うらしい。
「姿が見えないで声が出るのを怪しまれないように、でぇすね。なら、放送スピーカーなんてどうでぇすか?」
 びしっと八重が手を上げる。小さい手が頑張って伸ばされている様は、なんとも愛らしい。ただ愛らしいだけの存在ではないと分かっている者も、数名いるが。
「近くに花壇があるから、花壇の近くに何か置いてみればいいかも、なの。風見鶏さんだとか」
 蘭はそう言って、以前風見鶏を作ったことを皆に伝える。
「大きなお花を設置するのもいいわね。そういうのをちょっと作らないといけないけど」
 シュラインも提案する。せっかくの花壇だから、という発想が生きている。
「ぬいぐるみもいいと思うのです。人形だと好き嫌いがありますから、熊太郎さんと似た感じで」
 マリオンはそう言ってちらりと熊太郎を見る。確かに、見た目は可愛らしい。
「スピーカー、人形とかぬいぐるみ、花や植物、までは考えてみたんですけど。皆さんと似通いましたね」
 紫桜はそう言って微笑む。そして最後に「風見鶏と周知は思いつきませんでした」と付け加える。
「ともかく、どれが一番子ども達に受け入れられるかやってみましょう」
 熊太郎はそう言い、立ち上がる。それにつられたように、皆も立ち上がるのであった。


●作戦、そして実行

 一同は事務所から問題の友崎公園に移動した。公園には子ども達が遊んでいる。
「ここが問題の声がする、花壇です」
 熊太郎はそう言い、きょろきょろと辺りを見回してから「すいません」と声をかける。
「今日もいらっしゃいますよね?」
「あ、はい」
 突如声がした。噂の、ちょっと渋い声だ。確かに、いきなり声がすると怖い。
 紫桜はじっと声がした方を見るが、姿が見えない。
「幽霊だったら、見えると思ったんですが」
 ぽつりと呟いて再び見るのだが、やはり見えない。
「それだったら、色を塗るわけにもいかないのでぇす。……探してみて、声の主しゃんが誰か分からなかったら、でぇすけど」
 八重はそう言って「うにゅう」と呟く。一応探そうとはしているらしいが、実際のところは声の主自体を塗ってやりたいと思っているようだ。
「どうしてここでやってるのー?」
 きょとん、としながら蘭が尋ねる。すると、ため息と共に「良くぞ聞いてくれました」と声が答える。
「気づいたら、いました!」
――は?
 一同の顔が、疑問形に変わる。一体何を言っているのか、そもそも質問に全く答える気がないのでは、と不思議に思えてならない。
「いえいえ、その表情は尤もです。ですが、本当に気づいたらいたんですよ、これまた」
 ノリが軽い。
「元々なんだったか、というのは分からないんですか?」
 シュラインの問いに、声は「ええ」とあっさり認める。
「何だか分からないですけどここにいるから、せめて人の役に立とうと思ったんですけどね。怖がられてしまって」
 寂しそうに言っているが、もっと別のところに疑問を持って欲しいところである。
「公園の案内役とかをやられたらどうですか?それで、怖いというイメージを払拭するんです」
 燐が言うと、声は「それは」と口ごもる。
「確かにそれが出来たら、一番良いでしょう。ですが、現状がこれでは……」
 呟く声に、燐は哀しそうに「仕方ありませんね」と言いながら頭を垂れる。
「ならば、さくっと消滅していただくしか」
「へ?」
 驚く声に、燐は顔を上げる。何故か顔がにこやかだ。
「リンリン、物騒ですよ?」
 慌てて熊太郎がいさめる。
「そうなのです。ちょっぴり、大変なのです」
 マリオンも慌てて進言する。ちょっぴり、というか、かなり、なのだが。
「御本人は苦しいかもしれません。ですが、この世での自分の存在は苦しみながら得るものですから、頑張らないと消滅も致し方ありませんよね?」
 にこ、と微笑むその顔は、やさしく見えるはずなのに何故か怖い。
「ちょ、ちょっとそれは」
「駄目なのー。消滅は、駄目なの」
 怯える声に、蘭が加勢する。
「努力すれば良いだけの話ではないですか?」
 紫桜が言うと、ぴた、と騒動が一瞬静まる。声も拍子抜けしたように「そうですよね」と頷いたようだ。
「気合が入ってよかったですね」
 胸をなでおろす熊太郎に、八重は肩を竦める。
「さっさと作業に入るのでぇす」
 その言葉に、皆がこっくりと頷く。幸い今は子ども達もいるし、今出ている案を試してみるいい機会となるからだ。
「公園の許可はとってあるのかしら?」
 シュラインが尋ねると、熊太郎はこっくりと頷く。
「そこら辺にぬかりはありませんので、順番にやっていきましょう」
「確か、1.スピーカー、2.人形かぬいぐるみ、3.花や植物、4.風見鶏、5.周知でしたね」
 熊太郎の言葉に、紫桜が整理して答える。
「4の風見鶏は、2に入れて良いと思うのでぇす」
 八重が言うと、蘭もこっくりと頷く。
「置くのは一緒だから、入れてもいいのー」
 提案者である蘭も頷き、とりあえず4は2に組み込まれる事となった。人形とぬいぐるみ、そして風見鶏の内から何かを置いてみることになりそうだ。
「そして5の周知は1から4までを成功させる事によってある意味、可能になるのです」
 マリオンがそう言い、こっくりと皆が頷いた。燐も渋々といった様子で頷いている。
「それじゃ、早速1から試してみましょうか」
 熊太郎がそう言い、皆が「おー」と拳を空につきあげた。


1.スピーカー(屋外)

 用意したのは、屋外用のスピーカーだ。それを皆で分かりやすいように設置し、声に「ここから出しているようにするように」と指示を出す。そして熊太郎が子どもを呼びに行き、皆はその近くでそっと身を隠す。
 熊太郎に連れられ、子ども達がやってきた。一人の子がスピーカーの存在に気づき、不思議そうに近づいてきた。
「や、やあ!」
 びくっ。
 突然した声に、子ども達が驚く。そして、一同は声がしたらしいスピーカーを見る。
「こ、こんにちは!」
「こんにちはー」
 子ども達は一応返してくれたものの、ちょっと声が緊張しているようだ。無理も無い、今まで怖がられていたのに、いきなり挨拶を返してくれるようになったのだから。
「成功っぽいのでぇす」
 八重が誇らしげに胸を張る。皆も当然これは上手く行ったと思った。一発目で上手くいってしまった、と。しかし、皆が思ったその瞬間だった。
「おじさん、どこから話してるの?」
 皆の動きが固まった。まさか、スピーカー本体が話しているとはいえないだろう。声が上手い事いえたらそれでもいいのだが。
「ここですよ」
 そう、言ってしまった。子ども達は慌てて辺りを見る。だが、何も無い。声を出しそうな、スピーカーを使っていそうな人もいない。
 一人、また一人とスピーカーから離れていく。「あ」と熊太郎が前足を差し出したが、それも虚しく子ども達は去っていってしまった。
「……やる気が感じられなかったら、消えてもらうと言ったばかりですよ」
 ぽつり、と燐が呟いた。やっぱり、物騒な発言であった。


2.人形かぬいぐるみ、4.風見鶏

「人形かぬいぐるみ、又は風見鶏ですけど……やっぱり、ぬいぐるみが良いと思うのです。人形は好き嫌いがありますから。公園ですから、雨対策をしなければいけませんけど」
 マリオンの言葉に、皆がこっくりと頷く。
「実際に会ってからイメージで決めようと思っていたんですが、声が結構低いですよね?だから、あまり可愛らしいものはどうかと思うんです」
 紫桜はそう言って並べられたラインナップを見る。
 ウサギのぬいぐるみ、日本人形、風見鶏。
「日本人形は女の子だから、男の人の声がしたら怖いと思うのー」
 蘭はそう言って日本人形を指差す。
「それを言ったらウサギしゃんも、怖いのでぇす」
 八重はそう言ってウサギのぬいぐるみを指差す。
「ウサギという愛らしさが、ここにきて弊害となりましたか」
 熊太郎はぽつりと呟く。どうやら、ウサギのぬいぐるみが一番自信を寄せていたものらしい。
「それなら風見鶏が一番いいかしら?」
 シュラインの言葉に、皆が賛成する。
「今度こそ、しっかりやってくださいね?先ほどのような失敗は許されませんよ?」
 にこ、と笑いながら燐が釘をさす。声は恐縮しながら「は、はい」と頷いた。
 そうして再び子ども達を呼ぶ。先ほどのことがあるから、熊太郎に呼ばれても子ども達は多少慎重になっているようだ。
「こんにちは、風見鶏です」
 今度は落ち着いて挨拶できた。子ども達も多少警戒を解いたようで、風見鶏を見ながら「こんにちは」と答える。
「これなら、怖くないでしょう?」
 熊太郎がそう言い、子ども達も頷きかけたその瞬間だった。
 びゅう、と風が吹いたのだ。その途端に風見鶏は風を受け、カタカタと音を鳴らしながら子ども達に尻を向ける。
「凄い風ですね、はっはっは」
 更に余計なことを声が言った。子ども達は大変そうに身体を動かしているにもかかわらず、平気そうな態度に疑問を抱く。
「風見鶏、なんだよね?」
 恐る恐る一人の子どもが尋ねる。声は「はい」と答えた。
「なら、どうして凄く風が吹いているのに、平気なの?」
 声が黙る。どう答えていいのか分からないのだ。しばらくし、ようやく声がする。
「風見鶏だから」
 カタカタカタカタ……。激しい動きとは裏腹の、静かな答え。
 子ども達は一人、また一人と去っていった。完全な失敗ではなかったが、成功とはいえそうに無かった。


3.花や植物

 シュラインは針金やビニール等、防水加工をした材料たちを持ってくる。
「これで、顔のついた大きな花を作りましょう。声からして、渋めのサングラスとかひげとか帽子とか……そういうのがついた、おじ様風の花が良いかもしれないわよ」
「なるほど、それはいいですね。それならば、声のイメージとも合いますし」
 紫桜が感心したように頷く。
「今度こそ失敗できませんからね。……努力、というものをいい加減に見せてもらわないと、消す事になりますし」
 燐の言葉に、声が「は、はいっ!」と大きく返事をする。隙あらば、消さんとせんばかりである。
「眼鏡でもいいのです。こう、ジェントルマンっぽく」
 マリオンも楽しそうに案を出す。
「針金を使ったりするので、ランランとやっちは僕と一緒に待っていましょうね」
 熊太郎が言うと、蘭と八重の二人はこっくりと頷く。が、すぐに八重が「うにゅう」と唸る。
「ただ待ってるだけは、つまらないのでぇす」
 八重の言葉に、熊太郎は腹のチャックを開けて何かを取り出して手渡す。ベッコウ飴だ。ちょっと変な形をしているが。
「あ、ベッコウ飴なのー。相変わらず変な形なのー」
「これでも食べていましょう」
「わあい、食べるのでぇす!」
 三人がベッコウ飴に舌鼓をうっていると、その内にビニールと針金による花が完成する。黒縁眼鏡に、にこにこした目。ヒゲと帽子がついたその花は、どことなく紳士風だ。
 皆はそれを早速設置し、再び熊太郎が子ども達を呼んだ。これで駄目なら、燐の言うとおり消滅するか時間をかけて説得するしかない。
 恐る恐る子ども達がやってくる。熊太郎は「今度こそ、大丈夫」と言って子ども達を励ましながら、こちらへと向かう。
 そうして、ご対面。
 子ども達の目の前にあるのは、ビニールと針金で出来た、顔のついた大きな花。
「こんにちは、子ども達」
「あ……こんにちは」
 同じ声のはずなのに、子ども達は臆することなく挨拶をする。花の顔とあっている声だからであろうか。
「もうすぐ日が暮れるから、気をつけて帰るんですよ」
「はーい」
 風がびゅう、と吹く。だが、花はゆらゆらと動くだけだ。落ち着いた雰囲気のまま。
「どうやら、成功といえそうなのです」
 マリオンがいい、皆がこっくりと頷いた。
「子ども達も、安心しているみたいだし」
 シュラインはそう言って微笑む。
「頑張った甲斐がありましたね」
 紫桜はそう言って和やかに話す花と子ども達を見る。
「声しゃんに色は塗れなかったのでぇす」
 ちょっと残念そうな八重。
「良かったのー」
 蘭は素直にぱちぱちと手を叩いている。
「ま、頑張っているようですし。いいでしょう」
 燐は最後まで物騒な考えを捨て切れなかったようだ。
 こうして、友崎公園の声は無事に花として存在する事になったのであった。


●終了、そして報酬

 再び熊太郎派遣所に戻った一同を目の前に、熊太郎は「こほん」と咳払いをする。皆の前には、森谷の入れたコーヒーが置かれている。
「皆さん、お疲れ様でした。それで、報酬なんですが」
 熊太郎がそう言うと、元気良く「はい」と八重が手を上げる。
「御代は要らないので、もふもふさせてくだしゃいっ!」
「それでいいんですか?」
 きょとんとする熊太郎に、八重はこっくりと頷く。
「でも、冬がいいのでぇす。夏は、暑いでぇすから」
 熊太郎はこっくりと頷き「では、冬にお待ちしてます」と約束をする。
「私、報酬は熊太郎さんの身体がいいです」
 突如言い出す燐に、一同が目をむく。
「だ、駄目ですよ、リンリン!熊様は、うちの大事な所長です」
 森谷が慌てて止める。すると燐は「なら」と口を開く。
「腕一本とか、一日レンタル券でもいいですけど」
「レンタルくらいならいいぜ。な、熊公」
 野田が言うと、熊太郎は「ええ、まあ」と頷く。
「なら、是非家にも来て欲しいのです」
 マリオンの言葉に、野田は「どうぞどうぞ」と言う。熊太郎の意思はどこにあるのか。
「いいのですか?熊太郎さん」
「いいですよ。勿論、毎日と言うわけには行きませんから、多少日にちを調整したいですが」
 一応の本人確認に、熊太郎は頷く。
「本来の報酬は、どうなっているんでしょうか?」
 紫桜が尋ねると、熊太郎は森谷に合図をして封筒を持ってこさせる。その中から出てきたのは、百円玉6枚。
「こんな感じになってますね。今お三方は僕の身体で支払いますので、残りのお三方には二百円ずつ、ということで」
「それよりも、皆の家にそれぞれ行った方がいいんじゃない?一人百円ずつ、それと熊太郎さんと一日デートって感じで」
 シュラインが提案すると、蘭と紫桜もこっくりと頷いた。
「わあい、熊太郎さんとデートなのー」
 蘭は嬉しそうにそう言い、熊太郎の前足と握手する。
「僕は別に構いませんが……」
「なら、決まりですね。……というよりもむしろ、百円も別に構わないんですけど」
 紫桜の言葉に、森谷が「駄目です」ときっぱりと言う。
「一応の報酬なんですから、受け取ってください」
「たかが百円、されど百円ってな」
 野田がそう言うと、八重が「上手い事いうのでぇす」と言ってにこっと笑う。野田は八重を見てにかっと笑う。
「それでは、乾杯しましょう。とりあえず、依頼を終えたという事で」
 熊太郎はそう言い、コーヒーカップを高く掲げた。皆もそれに倣い、コーヒーカップを手にする。もっとも、八重だけはコーヒーカップの変わりにティースプーンを掲げているが。
「コーヒーカップで乾杯って、初めて見るな」
 野田だけが一人、その異様な光景に対して冷静な判断を下すのであった。


<デート権と百円を得て・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ(シュリー) / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1009 / 露樹・八重(やっち) / 女 / 910 / 時計屋主人兼マスコット 】
【 1957 / 天樹・燐(リンリン) / 女 / 999 / 精霊 】
【 2163 / 藤井・蘭(ランタン) / 男 / 1 / 藤井家の居候 】
【 4164 / マリオン・バーガンディ(マーディ) / 男 / 275 / 元キュレーター・研究者・研究所所長 】
【 5453 / 櫻・紫桜(さくらん) / 男 / 15 / 高校生 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。ライターの霜月玲守です。このたびは「安堵知らせに一仕事」に御参加いただきまして有難うございます。熊太郎派遣所という異界、第一弾の依頼となります。
 シュライン・エマさん、いつも御参加いただきまして有難うございます。声に合った雰囲気を提案していただきました。ヒゲはもちろんカイゼル髭ですよね。
 今回、皆様に不思議なあだ名がついております。気に食わない場合はお知らせください。次回参加時にまた違ったものにするか、御指定いただければそちらに致します。
 御意見・御感想など心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時まで。