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<東京怪談ノベル(シングル)>


と ま ど い




 授業中、何気なく教室の窓に目をやることがある。
 屋上と違って一年生の教室からは、せいぜい校庭の木々が見える程度だけど、教科書とにらめっこをするのに疲れた日に眺めると心が休まる気がする。
 今目立って見えているのは、校庭に植えられた木々の緑色。以前に窓を眺めたときよりも、その色は更に濃くなっていた。
 それもその筈。
(もう六月なんだよね)
 梅雨の時期だけど、今日はよく晴れている。
 プール開きをしたばかりで、生徒たちの楽しそうな声が微かに聞こえてきていた。
 ついこの間まで、少し肌寒かったのに。
(そのうち梅雨があけて、どんどん暑くなって……)
 あんまり考えたくないけど、テストもある。
 あたしが思っている以上に、時間が経つのは早いみたいだ。

 そんなときだった。
 うちの学校が中高一貫校になるという話を聞いたのは。


「いいよね、受験の悩みが一応なくなる訳だし」
「工事してるな〜って思ってたら、高等用だったんだぁ」
「それにしては敷地小さくない? 足りるの?」
「新しく作るのは、通常授業用と、専門的なことをする特殊教室だけでいいから平気らしいよ」
「授業も面白いのが増えるんだって」
「専門学科があるからじゃない? 楽しみだよねー」

 噂が広まるのは早い。一年生のクラスでもこの話でもちきりになっていた。
(出所は、父兄からかな)
 さすがに話が行っているだろうし。
 あたしはみんなから聞くばかりで、詳細はよくわからないんだけど――。
(テレビで、中高一貫校が増えるってやっていたような気はしたけど)
 まさか自分の学校もそうなるなんて、考えていなかった。
 何でも、専門学科を取り入れることで今までとは違う個性的な授業が増える……らしい。
 それはクラスのみんなにとって楽しみなこと。
(ううん)
 喜んでいるのはクラスの人たちだけじゃないみたいだ。
(演劇部の先輩も、水泳部の先輩もはしゃいでいたし……)
 そうだよね。選択の幅が広がるんだから。

「……の授業があればいいなー」
 そう言って笑う友達がいる。それをきっかけに、どんな授業があったらいいかで話が盛り上がっていった。
 今好きなこと、体験してみたいこと。実現できそうなことから、笑ってしまうような無茶苦茶な授業内容まで。
 こういう話をするのは楽しいんだと思う。
(自分にやりたいことがあるのなら――)
「みなもはどんな科目があればいいって思う?」
「え……」
「ほら、みなもがやりたいことってなーに?」
 ふいに飛んできた質問。
 笑顔で訊いてきた友達と視線が交差する。
(何か……返さなきゃ……)
 反射的に苦笑いしたあたし。
「パッとは思いつかないなあ。みんなが色々言っちゃうんだもん」
「そうだよねえ。もう、みんな提案しすぎだよー。みなもが言えなくなっちゃったじゃん!」
 ――違う。
 本当は、最初から何も浮かばないだけ。
(あたしには何もやりたいことがない――)

 学校の制度が変わって、選択の幅が増えることは良いことだと思う。
(あたしだって喜んでいる……筈)
 だけど、不安だ。
 広がっていく選択肢を前に、立ち止まったままでいる自分。
 そんな想像をしてしまうから。
(……やめよう)
 今は出来ることをすればいい。
 いつかやりたいことが出来たとき、自由に動けるように、目の前にあることをこなしていく。
 たくさんの可能性を潰さないように、自分に今出来ることをしていくことって、すごく大事なんだと思う。きっと、大人になっても。


 学校から帰って、冷蔵庫の中の食材とにらめっこをして献立を考えて、料理をして――。
 今は机の上にノートを広げている。宿題があるためだ。
 こうして日々が過ぎていく。いつもと同じ、今日という日。
 ――目の前にあることをこなしていくこと。
(わかってる。わかってるけど……)

「みなもがやりたいことってなーに?」

 訊かれた言葉を思い出す。そのときの友達の笑顔と一緒に。
 あのとき、あたしも何か言いたかった。

(他の子と一緒で、漠然としたことでいい)
(叶えられないことでもいい)
(笑われちゃうようなことだっていいから)


 みんなと同じように、あたしも夢をみたい。




 終。