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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ヒーロー少年の切なる願い

□Opening
「ヒーローにね、なりたいんですよ」
 ランドセル片手に、その少年は分厚いメガネを持ち上げ、草間・武彦にこう伝えた。
「そうか、少年、帰りはあちらの扉だ」
 依頼と言うからにはと、一応応接間に通したのが間違いだった。武彦は、引きつった顔を冷静に保とうと己を押さえながら、びしりと興信所の扉を指差した。
「あ、僕は広田のぞむ、希望は特撮系ではなく格闘系のヒーローです」
 しかし、のぞむ少年は武彦の言う事などなかったかのように、身を乗り出して訴えた。
「良いか坊主、良く聞け、ここは遊び場じゃない、お兄さんは仕事中なんだ」
 だから、とっとと帰れ、と。もう一度武彦はドアを指差す。
「そうですね、報酬は……、前金で100万出しましょう」
 仕事と聞いて、少年は頷き、武彦の目の前で小切手を切って見せた。
 ごくり、と。武彦の喉がなる。何故こんなガキが小切手など切っているのか、目の前の100万に目を奪われながらも、疑惑の目を少年へ向けた。
「ふぅ、良いですか? 最近の小学生は、株など当たり前それなりにお金も持っているんです、で、僕をヒーローにしてもらえるんですか?」
 のぞむ少年は、こんな事当然と言う風にひらひらと小切手を振りながら、武彦に問う。
「いや、しかしだなぁ、もちっと大きくなればどうにでもなるんじゃ……」
 武彦は、ふよふよと小切手に手を伸ばしながらも、ようやく理性を保ち首を横に振った。
「ダメなんですよ! 進路希望の提出が迫っているんです! 僕がヒーローであると言う証明を提示しなければ、進路希望に堂々とヒーローを主張出来ない」
 だん、と、机に両手をつき少年は訴える。
「だから、何としても、僕がヒーローである証明が必要なんです」
 彼の目はかなり真面目であったし、小切手も本物だった。
――ヒーローの証明だと?
 武彦は、何だか眩暈を覚えながら助けを求めた。

■01
 目の前で100万円の小切手をついに手に取って、しかもしっかりと握り締めた武彦の姿を見ながら、シュライン・エマは、ため息をついた。
 確かに、梅雨を抜ければそこに待っているのは煌く夏だ。
 まず、クーラー代がかさむ。その上、冷涼を求めてアイスやかき氷など、魅惑の食料も必要になるだろう。お金はいくらあっても足りない。それどころか、明日をも知れぬこの草間興信所に、目の前に掲げられた100万円と言う即物的な数字は、きっと非常に重要だった。
 苦笑いを堪えながら、武彦の真後ろに歩み寄る。正面には、思いつめたようなのぞむ少年が、両手を膝に乗せ座っていた。シュラインの気配に気がついたのか、武彦が見上げる様に首を上へ向けた。
 目が合う事は合ったのだが、その、何となく空ろな感じの武彦を励ます様に、シュラインはにこりと笑顔を作る。
「ヒーローねぇ……、武彦さんはどんな特徴思いつく?」
 特徴……。その言葉を武彦は口の中で反芻し、それから、何も考えられないと小さく両手を広げた。お手上げ、もしくは、面倒くさいと言うポーズだ。そんなポーズが出来るのならば、まだ大丈夫、シュラインは武彦に答える様に肩をすくめ、再び少年を見た。

□05
 さて、皆が一堂に会した所で、葉月・政人は少年に優しく語り掛けた。
「残念だけどヒーローという職業も進路もありません、自分の仕事、自分の役目に精一杯力を尽くした人だけがヒーローになれるんですよ」
 優しい物腰に、優しい物言い。ゆっくりとはっきりと、少年に伝わる様に政人は少年の目を見て語った。けれど、のぞむ少年は、無言で俯くだけ。その言葉に、一番大きく頷いたのは黒・冥月だ。
「とくに、未熟なガキにはな、望んで得られる物でもない」
 我が意を得たりと、のぞむ少年を小突く。
「……、だけど、けれども」
 しかし、少年は諦め様とはしなかった。必死で首を横に振り、一度は項垂れた首を精一杯上に向けて、反論する。
「日本は自由の約束された国、僕が何を目指そうと僕の自由のはずです」
 クセなのだろう。メガネを持ち上げ、少年はまた冷静にそんな事を言った。冥月は、このこまっしゃくれたガキに、ぐらぐらと何かが煮えたぎるのを感じる。
「そうね、けどあくまで進路希望なのでしょう? ならヒーロー未満のままでも問題ないと思うのだけれど」
 その様子を黙って見ていたのだが、会話の途切れた所をシュライン・エマがすいと発言した。あくまで、進路希望。そう、希望なのだから、彼が今すぐ本当のヒーローになる必要は無いのだ。
 シュラインの意図が伝わったのか、のぞむ少年は何か反論しようと顔をしかめる。
「そうすると、仕事の話だ」
 が、それは三葉・トヨミチの声に遮られた。のぞむ少年が、依頼として金額を提示した時点で、これはビジネスなのだ、と、ようやく気がつく。
「そうだね、ギャラさえ貰えれば、広田君を主役に脚本や演出を手がけても良い」
 確かに、劇の中ではヒーローになれる。
 しかし、だ。
「僕はヒーローの証明が欲しいんです、それに劇中だけのヒーローじゃあ……」
 のぞむ少年は、あくまでもヒーローの証明に拘っていた。
「証明となると……、カメラを入れても良いが」
 そう、トヨミチの演出はとことん劇場向きだから難しいかもしれない。さて、どうしたものか。
「カメラですか、……映像は証拠になるかもしれない」
 しかし、のぞむ少年はその案に納得した様だった。まっすぐトヨミチを見上げ、実行は今か今かと言う雰囲気だ。
「内容は……、提案がいくつかあるわ、だから」
 シュラインは、どうやら話がまとまった頃合を見計らって提案する。
 つまり、内容は各々の思うヒーロー像やヒーローへの道をのぞむ少年に提案する。のぞむ少年は、それに答えヒーローである事を示す。その様子をカメラで捉えると言うのはどうか、と。
「そうだな、ガキに世間の厳しさ教えねば」
 先ほどから、目の前のガキの言い様にふつふつと腹を立てていた冥月は、にやりと笑いながら拳を振るわせた。
「おい、若干ずれてやいまいか、兄さん」
 その様子に、こそっと武彦が反応する。しかし、冥月の耳にそんな言葉は届かなかった。
 さて、乗りかかった船だ。この少年の話をもう少し聞いても良いかもしれない。政人は、だからその提案に、こくりと頷き同意を返した。
 どうやら、意見がまとまったようだ。一同は、早速行動に取りかかった。

□07
「さっきの言葉、おじさんは、ヒーローになる方法を知っているんですね?」
 トヨミチがカメラ機材の準備のため席を外した。その間に、のぞむ少年が政人に近づく。どうすればヒーローになれるのか。少年は子供心に、政人なら答えをくれるのでは無いかと感じたようだった。
「僕から言えるのは、ヒーローになると言うのはあくまでも結果であって、それを目的としてはいけません」
 穏やかな政人の言葉に、のぞむ少年は首を傾げた。
「ヒーローになったと言う結果が色々あるなら、僕だって可能性が無いわけじゃない、だから、その方法を……」
 そして、すがる様にそう訴える。
「あのね、ヒーローって根本的に自分が言うのでなく他人がその人の行動を見て言うものじゃないかしら」
 その少年の様子に、シュラインが付け加えた。
 自分でヒーロー言っているうちは、程遠いと。少し、可哀想な気もしたけれど、それは現実だった。
「そうですね、本物のヒーローというものは自分のことをヒーローだとは決して言わないものです」
 政人は、シュラインの意見に同意する。二人の言葉は、少年に届いただろうか? のぞむ少年は、それ以上食い下がるような事はしなかった。
「けれど、今日はヒーローの証明を貰います」
 ただ、少年の決意は固く、二人は顔を見合わせた。
 そして、二人は、それ以上何も言わなかった。行動を起こす事で、見えてくる事もあるだろう。それを、少年に期待して。

■08
「あの、道路を掃除して、何の意味があるんです?」
 ほうきでつまらなさそうに興信所前の道路を掃きながら、のぞむ少年は呟いた。
「そうね、グローバル視点のヒーローなら株価や経済世情なんかに明るいのは良い事だとも思うけれども、まずは今出来る事を進んでやるって大切じゃないかしら」
 シュラインは同じようにほうきを使いながら、少年に語りかける。その隣には、何となく付き合わされる形となった武彦の姿もあった。
 体力作りや格闘術なら他の人に任せた方が良い。それよりも、今何が出来るのか、少年に考えて欲しいと言うシュラインの判断だった。
「あら? ここ、釘が出てるわね、武彦さん」
「ああ、管理局に問い合わせるか」
 それは、二人にしてみれば普通の会話だった。
 シュラインは、当然のように柵をチェックし釘の出ている部分を確認する。武彦は、ちりとりを肩に担いでそれを覗き込んだ。
「釘なんて、こんな木の柵じゃ当たり前じゃないか」
 その様子を、のぞむ少年はぼんやり見ていた。
 何より、小さな釘一つで管理局に連絡だの、何故そんな事をするのか良く分からなかったからだ。
「そうね、けれど、危ないでしょう? 誰かがやらなくちゃ、ね」
 誰かがやらなくてはいけない事。
 今出来る事を進んでやる事。
 例えば、こんな当たり前の事を、のぞむ少年は目の当たりにした。

□10
「うーん、これは、ヒーロー劇じゃあないな」
 VTRを見返しながら、トヨミチは苦笑した。
 どうにも、のぞむ少年を撮影したVTRは、のぞむ少年の颯爽としたヒーローの姿とは程遠く、むしろ、彼が大人達にヒーローについて学んでいる姿が等身大に映し出されている。
 ただ一つ、分かった事と言えば、彼がヒーローになりたいのだという思い。
「なぁ、どうしてヒーローになりたいんだ?」
 VTRを見て戸惑うのぞむ少年に冥月が問いかける。彼のその妙な意気込みが多少気になったのだ。倒されても叩かれても自分に向かってくる姿は、ただミーハーにヒーローになりたいと言うだけでは済まされない気がした。
「理由如何では、悪者を倒す手伝いをしてもいい、鍛えてもやるし世間で有名にもしてやる」
 何故ヒーローになりたいのか。
 その、あまりにストレートで当たり前で、そしてはじめての質問にのぞむ少年はちょっとだけ俯いて、冥月を見上げた。
「……、母さんを助けるためです」
 そして、どこか気恥ずかしそうに、メガネを持ち上げる。
 彼の話が気になったのか、皆は作業を中断して、のぞむ少年の話に耳を傾けた。
「母さんは、凄いんです……、いつも僕のためにお弁当を作って、学校まで送り届けてくれる、帰りだって迎えに遅れた事なんて一度も無い」
 それは、当たり前の彼の日常だった。
「お坊ちゃま?」
 その内容に、こそっと武彦がシュラインに内緒話。
 シュラインは、首を振り、またこそっと返事をした。
「物騒な世の中で、最近は送り迎え必須の学校も沢山あるようね」
 なるほど、送り迎え一つ取っても、親と言うのは大変なのだろう。そして、子供はそれを肌で感じていた。
「だから、僕は、母さんを助けたい……」
 で、ヒーロー。
 いかにも子供の発想だったが、誰も彼を笑わなかった。
「ならずっと側で守ると宣言すればいい」
 少年の主張に、冥月は納得して口の端を持ち上げた。
「不特定多数を助けるヒーローになる必要はない」
 そして、少年の頭を撫でる。
 彼女にとっては、最大級の賛辞だった。

□Ending
「あの、このビデオ貰って良いですか?」
 それは、彼のヒーローとしての証には程遠い無いようだったのだけれども、のぞむ少年は大切そうにビデオを胸に抱えた。
「うん、構わない、予算から差し引けるからね」
 少年の申し出に、トヨミチは笑顔で応えた。
「でも、良いのか? それじゃ、ヒーローって事には」
 武彦が、一応クライアントに気を使う。
「ええ、今はまだダメだったけど、やるべき事が分かったから」
 少年は、そう言いながら冥月とシュラインを交互に見上げ、笑顔をこぼす。
「いつかは、ヒーローになれそうな気がします」
 そして、しっかりと政人を見つめた。
 政人は、頷きほほ笑んで少年へ視線を返す。
「進路や職業に関係なく、自分自身が精一杯全力で生きていけば、いつかはヒーローになれますよ」
 それから、優しく少年の頭を撫でた。
「大切なのはヒーローだと誰かに認めてもらうことじゃなくて、ヒーローとして自分自身に恥じないようにする心なんです」
 政人のその言葉は、とても深かった。
 少年は満足したように何度も頷き、嬉しそうに笑った。
「よしよし、一件落着だな」
 そして、その様子に武彦も満足そうに頷いた。手には、しっかりと100万円の小切手。
「と言うわけで、これは貰うよ」
 トヨミチは、その小切手を武彦からするりと取り上げる。
「機材の使用やロケのセッティング、……、足りないぐらいだな」
 確かに、素人の家庭用ビデオ撮影では無い、プロが使う機材なのだ。トヨミチのそのもっともな言い様に、武彦は何一つ言い返す事ができなかった。勿論、100万円を取り戻す事など!
「……、くっ、友よ、あの五百万……」
 しかし、武彦は諦めない。
 すぐさま冥月へ歩み寄り、両手を差し出す。
「悪いが、私の依頼はこの依頼を断る事だったはず」
 無効だな、と、冥月はぴしり武彦の手を跳ね除けた。
「武彦さん、気を落さないで?」
 つまり、諦めましょうと、シュラインはがっくり肩を落した武彦を慰める。
 報酬は、ただ少年の笑顔か。
 興信所の苦労は、まだまだ続きそうである。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778 / 黒・冥月 / 女 / 20 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【6205 / 三葉・トヨミチ / 男 / 27 / 脚本・演出家+たまに役者】
【1855 / 葉月・政人 / 男 / 25 / 警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課】

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■         ライター通信          ■
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 皆様、少年の願いについての依頼参加、お疲れ様でした。ライターのかぎです。この度は、彼のお願いを聞いて頂きまして、ありがとうございます。
 □部分は集合描写(2PC様以上参加のシーン)、■部分は個別描写になります。また、付随する数字は時間軸を表しますので、他の方がどう言う物語を歩まれたのかご確認の際の基準にして頂ければと思います。

■シュライン・エマ様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。そして、少年への厳しいとも取れる見事なツッコミも有難うございます。ただ、それはシュライン様の優しさなのかもしれないと思って、書かせて頂きました。
 少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。