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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


総帥探偵セレスティの事件簿 〜カーニンガム邸殺くま事件〜

 爽やかな朝のことだった。
 朝といってももうだいぶ日も高い頃だ。
 マリオン・バーガンディは、カーニンガム邸の、庭を眺められるダイニングで遅い朝食をとっている。
 ふわふわとオムレツを楽しみながら、届いたばかりのオークションのカタログをめくる。食べながらそんなことをするのは行儀が悪いと、誰かにたしなめられそうではあるが、給仕は差し出がましい口は挟まないし、屋敷の主人はこの時間になってもまだ起きてこないのだ。
 誰に邪魔されることもなく、ゆっくりと、カタログを眺める。
 ふと、その中に、テディベアを見つけた。
 高名なドイツのメーカーが製造した、価値あるアンティークの、くまのぬいぐるみだった。これは、とマリオンの目が輝く。さまざまな美術品・骨董品に目が高いマリオンだ。彼はまたさまざまなもののコレクターでもあり、くまのぬいぐるみも、そのひとつなのである。実際、カーニンガム邸にいくつもあるコレクションルームのひとつは、マリオンの手になるテディベアコレクションのためのものであり――
「あ」
 小さく声をあげると、マリオンはナイフとフォークを音を立てて皿においた。
「そういえば、昨日、鍵をかけ忘れたような気がするのです」
 テーブルをそのままに、マリオンはあわてて、カーニンガム邸の厚い絨毯が敷かれた廊下を走る。
 案の定、テディベアのコレクションルームのドアがすこし開いていた。
「あ〜」
 大事なくまたちに何かがあっては大変だ。マリオンはきちんと閉めておこうとドアに近付き、なにげなく部屋の中をのぞきこむ――
「……!」
 マリオンの目が丸くいっぱいに見開かれた。
 ちいさな部屋である。窓のある面をのぞく全面に棚が排され、大小さまざまのくまたちがそこにひしめいているという、くま好きの天国のような部屋だった。どこにでもあるような、ぬいぐるみから、アンティークの高価なものまで、世界中からマリオンの集めたコレクションが展示されているのである。
 その部屋の、絨毯の上に――
 ふわふわと散っているのは、白い綿の切れ端だった。
 そして、ぽつんと置き去りのように残されている丸いものは……耳だ! テディベアのちぎれた耳なのだ!
 マリオンの口から悲鳴が迸った。
 それが、カーニンガム邸殺人――もとい、殺くま事件の幕開けであった。

  ◇ ◇ ◇

「大変なのです! くまさんが! くまさんが殺されたのです!」
 マリオンの慌てた声が、午前中のカーニンガム邸に響き渡る。
 おたおたと、走り回っては、出会った人に窮状をうったえ、しかしだからといって何をどうせよというのかと困り顔の使用人たちを放っておいて、またどこかへ駆け出してゆく。
 そんなことをしばらく続けた果てに。
「……まずは落ち着くのです。それになんだか、お腹が減ったような……」
 朝食を食べ切っていなかったのことを思い出す様子もなく、マリオンは使用人にお茶とお菓子を頼む。
 そして、椅子に坐って息をつくと、マリオンの意識はもうお菓子のほうへ集中してしまったようで。
「マリオン、おはようございます」
 あるじであるセレスティが起きてきたときには、マリオンはただにこにこと、タルトをつまみながら10時のおやつにお茶を飲んでいる、といった風にしか見えなかった。
 セレスティはけだるげに、マリオンの対面の席につくと、給仕に、フルーツジュースと「ごく軽いサンドイッチがなにか」を命じるのだった。
「今日はいいお天気なのですね」
「はい。いいお天気なのです」
「マリオン、こんな時間から、ずいぶん甘いものばかり食べているんですね」
「脳をはたらかせるには糖分が必要なのです」
「なにか、考え事をしていたのですか?」
「ええと……」
 セレスティの言葉に、マリオンは一瞬、ぽかん、とした後、あっと声をあげて立ち上がる。がちゃん、と、紅茶の注がれたカップが音を立てた。
「なんです、マリオン。急に」
「セ、セレスティさま! 大変なのです! くまさんが! くまさんが!!」

「……なるほど」
 杖に体重を預け、セレスティは部屋を見回した。
 床に散らばる無残な残骸。よもや、邸宅の一室がこのような凶行の舞台となろうとは。
「屍体(?)は持ち去られているのですね」
「猟奇的な事件なのです!」
「被害者が誰かはわかっているのですか?」
「残っている耳の形と、棚の空いているスペースからして、金毛の、スイス製のくまさんなのです。可愛いくまさんだったのに……」
 そしてマリオンは、ぐっと握りこぶしに力をこめると、宣言するのだった。
「今すぐ屋敷の全員のアリバイを確認するべきなのです! アリバイのなかったものがあやしいのです。私の推理ではどうも庭師の人がにおうのです」
「マリオン、それは推理じゃなくて予断だと思います」
 セレスティは苦笑しつつ、自らの考えを整理するように話す。
「犯行時間は、昨晩、マリオンがこの部屋の鍵を閉め忘れて出てしまってから、今朝発見するまで……ざっと十二時間もの幅がありますね……死亡推定時刻がわかればいいのですが、そうできない以上、アリバイを絞り込むのも難しいですね。私だって、夜間、寝んでいるあいだはアリバイはないわけですし」
「なら動機の面から捜査をするといいのです。セレスティさまはくまさんを殺す動機がないので除外されます。やっぱり庭師の人がアヤシイと思うのです」
「だからそれは予断ですって。……マリオン、あの窓はいつから開いていました?」
「え……? あっ」
 出窓のひとつが、半分ほどの隙間をあけているのをセレスティに指摘され、マリオンは声をあげた。
「気がつきませんでした」
「ふむ」
 窓辺に近付いて、そこをしげしげと眺めるセレスティ。
「犯人は、どこから侵入し、どこから逃走したのでしょうか。ドアだけでなく、窓も開いていたのですよね。窓を開けたのはマリオン?」
「……昨晩、すこし暑くて開けたような……」
「ではここも開けっ放しだったわけです。とはいえ、この屋敷に部外者が入れるとも思いませんし」
「やはり内部のものの犯行なのです!」
「マリオンはこの頃、推理小説をよく読むのですか」
 セレスティは笑った。
 そして、おもむろに、椅子に腰を下ろした。
「さて。探偵ゲームはこのあたりにしておきましょうか」
「えっ、でも」
「マリオンは『モルグ街の殺人』は読みましたか?」
「はい?」
「わたしには犯人がわかりましたよ」
「ええッ!?」
 驚くマリオンに、セレスティは湖面のさざなみのような微笑で応えた。
「謎はすべて解けました」
「だ――、誰なのですか! 犯人は……!」
「マリオン、そもそもね。……時間を遡ってみれば、あなたならすぐわかることじゃないですか」
「あ――」

 異なる場所のみならず、過去の時間へと通じるドアさえ開けられるのがマリオンの能力。自身の力のことさえ忘れていたとは、よほど動転していたのか、つくづく気持ちがそぞろなのか。
 たしかに、そうすれば、推理もなにもないのである。
「では見に行きましょう、そのときを!」
 セレスティの手を引いて、マリオンは、そのドアを開けた。

 一時間前。
 そこは発見時と変わらぬ状態だった。

 二時間前。
 同様の状況。

 三時間前。
 同じく。

 そして四時間前――。
(あっ)
 ちいさく声を立てそうになったマリオンに、セレスティがしっと人さし指を立てて見せ。
 半分開いた窓を通り、6時のひんやりした空気とともに、するりと部屋に忍んできたちいさく、しなやかな影。
(猫……!)
 おそらく、窓からの風に、そのくまの金毛がゆれ、動いたように見えでもしたのだろう。猫は野性の素早さで、くまに飛びかかると、耳をくいちぎり、そのまま、くまの軽い身体をひきずって、再び窓の外へ――。
「ああ……」
「お持ち帰りされてしまったようですね」
「猫さんのしわざだったのですか……」
「さあ、マリオン。そうとわかれば、一分前に戻って、きちんと部屋の戸締まりをしましょう?」

  ◇ ◇ ◇

「でもセレスティさま。どうして、猫が犯人だって、わかったのですか?」
 今度のお茶は、くまも一緒に。
 ひざの上の、金毛のベアをなでながら、マリオンは訊ねた。
「窓枠に猫の毛がありましたからね」
 あっさりと答えるセレスティ。
「それだけ……?」
「くまは耳をちぎられていたのです。ドアから部屋を出たのなら、綿が廊下に落ちていてもおかしくないはず。それがないということは、犯人と屍体は窓から出たことになります。しかし、あの開き具合の窓を通り抜けられるのは――それでいて、くまを運べるのは、猫くらいですからね」
 ああ、と息をつくマリオン。
「……とにかく、くまさんを助けることができてよかったのです」
「でももとはと言えば、マリオンが鍵をかけ忘れるのがいけなかったのですから。これからはしっかり頼みますよ?」
「気をつけるのです」
 ぺこりと頭を垂れる。
 マリオンの膝のうえで、くまの表情がふわりと微笑んだように見えたのは、そよ風が見せた錯覚だったろう。

(了)