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<東京怪談ノベル(シングル)>


廃墟奇譚 2

 あの日から雨はずっと降り続いていた。
 もうどれぐらいこの廃墟の中にいるか分からない。何日なのか、それとも何年なのか、ここにいると時間の感覚までもが怪しくなってくる。
 過ぎていく時間を持て余すかのように何度も外に出て行くのだが、気がつくとこの場所に戻ってきてしまう。今日も小一時間ほど雨の中を歩いて、結局また玄関先で同じ会話を繰り返すのだ。
「くそっ…また戻って来ちまった」
 ナイトホーク…夜鷹は毎日降る雨にうんざりしていた。そして目の前にいるこの男にも。
「また外に出ようとしたのか?無駄だと言っているのに」
 いつものようにタオルを用意しながら、黒いスーツ姿で自分を観察している男、ジェームズ・ブラックマン…ジェームズには研究所から助けてもらったという恩はあるが、それも彼の言う『取引』の一つだ。だが、いつまで経ってもジェームズはその『取引』の内容を夜鷹に教えようとはしなかった。
 ただ毎日顔をつきあわせ、食事を取り、本を読んだりする毎日。
 研究所という名の鳥かごから出してもらったことに感謝はしているが、これでは鳥かごが変わっただけで何の解決にもなっていない。自分のことを見てないようでいて、ジェームズはしっかりこちらを観察している。その考えが読めない事にも夜鷹は苛ついていた。
 ジェームズから渡されたタオルを頭にかぶったまま、夜鷹はいつものようにソファに仰向けに倒れ込む。
「なあ、いい加減『取引』の内容を言えよ。まさかこのままずっとあんたと一緒にいろって事はないよな?」
 ここに来てジェームズから言われたことは『しばらくこの家から出るな。私がいいと言うまでここに監禁だ』だけだ。それ以外はその辺を自由に歩き回ろうが、棚にあったカクテルの本を読んでそれを台所で作ろうが、時折何かから逃避するように自殺の真似事をしようが何も言わない。何もかも分かっているというような、その態度に夜鷹はますます苛つく。
 ジェームズはテーブルの上にあるチェスの駒を片づけながら、溜息をついた。
「それをいつ言うかは私が決めることであって、お前にその権利はない」
「じゃあとっと決めろ」
「断る」
 会話はいつもそれで途切れる。それ以上何を言っても平行線だと言うことも分かっているし、一方的に夜鷹が苛ついているだけで、端から見れば聞き分けのない子供がだだをこねているようだろう。
 別に夜鷹はジェームズが嫌いという訳ではない。自分を助けてたくれたことにも、時間を与えてくれたことにも感謝している。それに最初の『ヨタカを引き取る』という取引をわざと失敗させた事に関しても礼は言いたいと思っているのだ。だが、本人を目の前にしてその銀色の瞳で見つめられると、何故か言い様のない感情にとらわれるのだ。
「さて、今日は何をするのかな?手首でも切るか、それでも首でも吊るか?」
「………」
 もう次の行動すら予想されている。夜鷹はバスタオルで乱暴に頭を拭いた後、それをジェームズに投げつけた。ジェームズはそれを無表情で受け止める。
「うるせぇ、面倒だからもう死ぬのはやめだ」
「じゃあ何をして時間を潰す?」
「本ばっかを読んでるのも飽きたから、ありあまってる酒でカクテルでも作るさ。あんたが納得するようなマティーニをな」
 夜鷹がそう言うと、ジェームズは少し驚いた表情をした後クスクスと笑う。
「何がおかしい?」
「いや、それは至極建設的でいいことだ。『カクテルはマティーニに始まり、マティーニに終わる』…そのレシピを選んだのも素晴らしい」
「くだらねぇ。単に倉庫にジンがあったからだ、他の理由なんかない」
 夜鷹はそう言い捨てると、濡れた服を着替えるために自分の部屋へと向かった。その様子を見てジェームズは気付かれないようにそっと微笑む。
 夜鷹はやっと自殺の真似事以外の退屈しのぎを見つけたらしい。
 ジェームズが夜鷹を監禁していたのには理由があった。あのまま夜鷹を空に放てば、自分が死なないことを利用しておそらく復讐に走るだろう。それに今の彼は、自分から見れば融通の利かない体の大きな子供と同じだ。自分の力に振り回されて周りが全く見えていない。
 それにジェームズは純粋に夜鷹に興味があった。自分と同じように永遠に近い闇を飛べる存在。一体次に何をやらかすのか、もう少しだけ観察してもいいだろう。

 遠雷が鳴る…雨音はまだ規則正しいリズムを刻んでいる。
 夜になると廃墟の中は闇が支配する。自分の手先さえも分からないような真の闇。
 ベッドに入っていたジェームズは、その闇が揺れたことに気がついた。おそらく普通の人間なら全く気付かず寝首を掻かれていただろう。それは静かでいて、奥に冷たい炎を秘めた殺意だった。
「…甘いな」
 闇の中、自分の喉元にナイフを突きつけようとしたその手を、ジェームズは掴んで捻りあげた。奥歯を食いしばるように痛みに耐える声が漏れる。
 夜鷹が弱い訳ではないが、これは経験の差だった。伊達に長生きしている訳ではない。そのまま夜鷹の右手を捻りあげながらふっと笑う。
「おいたが過ぎるな…流石にここまで敵意を向けられれば、少しはお仕置きが必要か?」
 ぎしっ…と骨が鳴る音がする。だが、相当痛いはずなのに夜鷹は声をほとんど上げない。
「やせ我慢は体に毒だぞ。痛いなら痛いと言えば、少しは力を抜かんでもない」
「うる…せぇ…こんなの、痛い内に…くっ!」
 その瞬間夜鷹の体が宙に舞い、床にたたきつけられた。ジェームズは夜鷹が落としたナイフを拾い、俯せになっている夜鷹の喉元にナイフの刃を当てる。
「痛い目を見ないと分からないとは、お前は本当に子供だな」
「ナイフで脅したって効かないぜ…俺が何やっても死なないって分かってるんだろ?」
 足で背中を押さえつけ、もう片方の手で髪の毛を掴みながらジェームズは夜鷹の顔を見た。こんな状況なら少しは自分の行動に反省しそうなものだが、夜鷹は逆に挑戦的な目つきをしている。それは自分が死なないから…という理由だけではないだろう。
 夜鷹は本能的に分かっているのだ。
 自分に何をされても、その魂は絶対に屈しないことを。
「何がおかしい?」
 ジェームズは笑っていた。そうだ、この声。研究所で聞いた、この生命力溢れる力強い声に自分は惹かれたのだ。それと同時にあの時聞いた言葉が脳裏に蘇る。
『どんな死に方をしても、細胞がひとかけらでも残っていれば再生し蘇ってくる…』
 本当にそんなことが人間に可能なのだろうか?
 目の前にいる夜鷹は神の気まぐれ…いや、悪魔の悪戯で完全な再生能力を手に入れたのか。死してもその魂は不変なのか。ジェームズの心にサディスティックな興味がわく。
「何がおかしいんだって聞いてるだろ!」
「大したことじゃない…それより、私の寝首を掻こうなどずいぶん大胆なことをする」
「あんたが死ねば、ここから出られると思ってね…それより足どけてくれない?それともそういう趣味?」
 夜鷹の挑発するような口調に、ジェームズは足下に力を入れる。
「くうっ…もしかして、図星か?」
「寝室を血で汚したくはないが、少しその口を閉じた方がいい。じゃないと痛い目を見ることになる…こんな風に」
 突きつけていたナイフに力を入れ、ジェームズはそれを横に動かした。闇の中でよく見えないが、生暖かい液体が顔に飛ぶ。空気の漏れる音が風の音と混ざる。
「さて…口の利き方だけでなく、その態度も少しは改めてもらわないとな。これでも私は優しい方だ…と、今は聞こえてないか」
 足下でぐったりと力の抜けた夜鷹を抱え、ジェームズは寝室を出た。
 試してみたいことや知りたいことはいろいろある。だが、ここではあまりにも狭すぎるし、少しは痛い目を見せないといけないだろう。
 夜鷹が今までいた籠の中はあまりにも狭く、ただ死なないというだけであんな態度をとり続ければいつか本当に死ぬ目に遭う。それはジェームズの本意ではなかった。
 自分が生きている限り、同じ闇夜を飛び続けてもらわなければ取引の意味がない。今それを夜鷹に言ったとしても、おそらくその意味を本当には理解できないだろう。だから時間を必要としていたのだが、荒療治になるのは仕方がない。
 ジェームズは夜鷹を抱えたまま、地下へと続く隠し階段へ姿を消した。

「気がついたか?」
「最…悪な目覚めだ…」
 目が覚めたそこは、壁の上に小さな灯り取りがあるだけの石造りの部屋だった。夜鷹は手足を縄で縛られたままジェームズを見てニヤッと笑う。
「少しお仕置きをしないと分からないようだからな、しばらく付き合ってもらうぞ」
「やっぱそういう趣味じゃん。俺は絶対屈しないからな」
 ジェームズは夜鷹を見下ろしながら同じように笑い、長い刀を目の前に突きつけた。
「それで結構。屈してしまうようなら、私の見立てが甘かっただけだ」
 ……雨はまだ、止みそうにない。

                                fin

◆ライター通信◆
ご指名ありがとうございます、水月小織です。
続き物でいきなり本編に行ってOKということでしたので、そのようにいきなり本編です。
最初の話から続きなので、これはこれでいいですよね…ジェームズさんがかなりクールで夜鷹がいいように扱われてます。おそらく経験の差です。今の夜鷹にあるのは「若さ故の無謀さ」だけっぽい…orz
一体二人の間に何があって、今のあんなつきあいになっていったのか…続きもちゃんと考えておりますので、またよろしくお願いいたします。