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<東京怪談・PCゲームノベル>


仮想東京RPG! 〜2.最強武器クエスト!〜

------<オープニング>--------------------------------------

「勇者」にしか探し出せない「勇者の剣」を探し出すべく、行動を開始する、勇者候補の者たち。

一方、魔王の配下たちも「勇者の剣」を探し出そうと策動していた…。

------------------------------------------------------------


「お兄ちゃん、こっちですぅ! この公園で、ジグちゃんと輝也ちゃんに会ったですよー」
妹である広瀬・ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)に引っ張られるようにしてやって来たのは、オフィス街の一角にある、緑の島のような公園だった。

「輝也ちゃーん! ジグちゃーん! 久々ですぅー!」
そう言ってぶんぶん手を振るファイリアの視線の先にいるのは、金色の蛇みたいな目が特徴的なワイルドな雰囲気の女と、いささか禍々しい雰囲気の甲冑と日本刀を装備した、背中に翼のある男だ。
『異世界から来た、というのは、嘘じゃなさそうだな…』
どう見ても作り物ではない男の翼や、本格的な甲冑を見て、阿佐人・悠輔(あざと・ゆうすけ)はそう判断する。
女の方が龍、というのも、本当であろう。強大な人外特有の気配を感じた。

『しかし、いつものことながら…珍しい事態に限って巻き込まれるヤツだな…』
ちらっと、妹を見る。
以前の事件の際、周囲をうろつき出したモンスターを軽く畳んだ悠輔だったが、帰ってきたファイリアから、事件の真相を聞かされたのだ。
魔王だの勇者だのという単語に、正直いかがわしさを覚えていた彼だが、こうして「実物」を見ると認めざるを得ない。

「おー! 待ったぜー!」
「そちらが、兄上か?」
蛇目の女と、翼の男がファイに応える。
悠輔は、ファイリアと共に彼らに近付いた。

「妹から話は聞いてる…あんたらがこの間、妹と一緒にバケモノを倒してくれた人たちだな? 俺はこいつの兄で、阿佐人・悠輔(あざと・ゆうすけ)だ。妹と共に戦ってくれた事、礼を言いたい」
悠輔は挨拶し、握手を求めた。
輝也、次いでジグがその手を握り返す。
「いや、前の時は、こっちこそ助かったぜ。アタシは大霊輝也。正体は龍なんだが、一応、東京を守るために戦ってる」
「ジグ・サと申す。魔王の元いた、こちらの世界から見れば『異世界』より参った」

見慣れない異世界の武装を纏うジグを見て、悠輔は、少しだけ三年前の事件を思い出した。
無論、彼がそんな存在でないのは分かるが、あの地獄以上の日々は、彼の内部にくっきりした影を今でも落とす。
あの異世界が、この勇敢な男のいる世界と繋がっていたら、まだ救いがあったのだろうか。
ふと、腕に温かい何かが触れた。
ファイリアが、さり気なく悠輔の腕に手を沿え、力付けるように叩いてくれる。微かに微笑んだ。

「あ、そーだ! 聞いて下さい〜!」
ファイリアが、今しがた遭遇した「モノ」について、可愛い頬をぷんぷんと膨らませながら二人に「報告」し始めた。
まさに「小悪魔」という感じの、小さい雑多なモンスターが、その辺をちょろちょろ飛び回っていた。また人間を襲うかもと思った悠輔とファイリアは追ったのだが、異様なすばしこさに逃げられたのだ。それが悔しいのだろう。

「…だが、どうも人間を襲う機会を狙っている、という風では無かった。だから、見逃したんだが」
悠輔は、冷静に説明し始める。あの過酷な経験を潜り抜けた彼は、下等なモンスターの行動パターンは熟知していると言っても良い。
「何かを伺うと言うか、探しているみたいだったな。二、三匹ずつ組になって動いているからには、目立たないように、だが見落とさないようにしている、という事なんだろう…」

「…やっぱりか。アタシもさっき出くわして、何体か片付けたけどな。どうも、ありゃァ何かを探ってる雰囲気だな…」
悠輔の予想を、輝也も裏付けた。
「でも…探すって、あの人たちは何を探してるです? ファイや輝也ちゃんやジグちゃんじゃないですよね?」
ファイリアが首を傾げる。
モンスター召喚の拠点を潰してくれた相手を、報復すべく探し回るというなら分かるが、今回見かけたモンスターたちはファイリアの姿を見るや、そそくさと逃げたのだ。報復よりも優先順位の高い何かの指令が出ているのは確かであろう。

「…恐らくは、『勇者の剣』を探しているのだろうな」
ジグの言葉に、悠輔はふと目を細めた。
「『勇者の剣』って、勇者の人にしか扱えないっていう、ジグちゃんが探してた武器ですか?」
ファイリアが思わずといった調子で確認する。
「そうだ。魔王を倒せる唯一の武器だからな。当然『勇者』の手に渡らないように、自らの手元に置こうとしているのだ。私が元いた世界でも、魔王の配下はそれを探していた。もっとも、どうやっても魔王には見付けられる訳も無いのだが…」
「? どういう事だ?」
悠輔は、その言い回しに引っ掛かりを感じた。

「『勇者の剣』は、最初から武器として存在する訳ではないのだ」
ジグが、自分の世界の概念を、この世界のそれに慎重に置き換えながら、説明し始める。
「それを所有するに相応しい『勇者』が手にした時、初めてその力に目覚め、その勇者に相応しい形をとる。それまでは、大した価値も無い、ごく平凡な物品として眠っているのだそうだ」
「相応しい形? その『勇者の剣』というのは、剣じゃないのか?」
悠輔の疑問に、ジグは首を振った。
「剣、と呼ばれてはいるが、必ずしも剣の姿をしている訳ではない。それどころか、武器に見えない形かも知れないのだ…」

「ええと、『勇者の剣』は『勇者』の人が触るまで、ずーっと眠ってるですか? じゃあ、『勇者』の人じゃないと『勇者の剣』はぜぇえ〜っ…たいに、見付けられないって事、なんじゃないですか?」
ことん、と首を傾げたまま、ファイリアが言った。ジグが頷く。
「そういう事だ。勇者でない者がいくら探しても、見付かるはずも無い…」
「? じゃあ、あのモンスターどもは、完全に無駄骨なんじゃないのか?」
腑に落ちない、という表情の悠輔に、更にジグが言葉を重ねた。
「いや。恐らく、どこかにいる勇者が、偶然『勇者の剣』を目覚めさせてしまうのを待っているのかも知れん。勇者が真の力に目覚める前に、勇者の剣を取り上げ、始末しよう、ぐらいは考えているだろうな…」

悠輔は、思わずファイリアと顔を見合わせた。不安が漣のように、それぞれの瞳の中に走る。
「…そもそも…『勇者』とは何だ? ファイリアは、勇者なのか?」
悠輔が、異世界から来た男、そして難しい表情で何事か考えている輝也を見た。

「…正直、私にも分からんのだ。私の世界に伝えられている『勇者』とは、『魔王』を倒す力を神より与えられた存在だ、とされているだけでな…。それ以上の具体的な事柄は、全く説明されていない。ただ単に強ければ良い、という訳でもないようなのだが…」
文献に当たれるだけ当たったのだがな、と言って唇を噛む。

『実際に勇者の剣とやらを起動させるまでは、誰が勇者か分からない、という仕組みか…』

ある意味、合理的ではあるな、と悠輔は思った。
最初から誰が勇者か分かっていたら、魔王とやらは、丸腰の状態のままの勇者をさっさと責めれば良いのだ。無論、最初はゴブリンやスライムから、などという、親切過ぎる「お約束」など適応されないやり方で。


だが。


『俺に…勇者の資格などあるのか…?』

確かに自分は、三年前のあの事件を生き延びたかも知れない。
しかし。
真の勇者とやらだったなら、自分を犠牲にしてでも、街の人間全てを助けなければならないのではないか?
自分は逆だった。
それが精一杯だったし、それ以上は高望み、思い上がりに過ぎない、という事も理解している。

だがそれでも…
悠輔の心の奥深くの虚ろに、忘れられた声のような罪悪感は、今でも木霊しているのだ。

故に、悠輔の奥深くの闇は、彼に問う。
――オマエニユウシャノシカクガアルノカ?
と。

『それに…あの時ファイリアだって』
あの地獄から逃れた後、ファイリアは悠輔と引き離された。異世界の存在は危険とされて、研究所らしき場所に閉じ込められていたのだ。
結局、ファイリアは自力で脱出して来たのだが、悠輔は脱出の手助けも何も出来なかった。
異界に飛ばされた時に身に付けた力では、正面切っての戦いには対応出来ても、行方不明の妹の居場所を突き止める事は出来なかったのだ。

自分は誰かを救える存在なのか?
根深い恐れは、静かに今も彼を見詰めている。


「…ま、兎に角、だ。あんたらのどっちかが勇者なら、どちらかに見付けられるはずだ。手分けして探そうぜ」
輝也は腕組みし、悠輔とファイリアを交互に見る。
「二手に分かれようぜ。あんたらは、アタシかジグかどっちかを相棒に選ぶ。多分、見付かった途端に襲って来るってパターンになりそーだしな」
「それが良かろう。単独行動は危険だ」
ジグが頷く。

ふと。
まるで何かに突かれたように、ファイリアが前に出た。


「ファイ、ジグちゃんと行くです」


思わず、ファイリアを見る。
心底意外そうな表情を浮かべているのに、ファイリアはおろか、悠輔本人すら気付いているのかどうか。

「ん? そっか、じゃ、そっちのニイちゃんはアタシとだな。うっし、行くか。兎に角、アンタが何か拘ってる事に関係するらしーから、気が向いた方に進んでくれや」
輝也にぽんと肩を叩かれ、悠輔はファイリアを気にしながらも、公園を出た。
ジグと何かを話し込んでいる妹を、視界の端に留める。何かもやもやした気分になったが、それが何なのか、悠輔には判断出来ず…。




「…なー。悠輔さんだっけ、アンタ、どーしたよ? 妹が気になるかい?」

歩き始めるなり、輝也にそんな事を言われて、悠輔ははっとした。
「ああ、いや…。そういう訳じゃないが」
以前の事件の後に話を聞いた印象では、ファイリアは輝也の方により気を許している印象だった。
ジグ・サが嫌いというのではなく、あの殿様言葉とテンションに威圧感を感じているのかも知れなかった。輝也とは女同士、というのも無論あるだろう。
「あ、ひょっとして、ジグの奴がファイリアに変なチョッカイ掛けるんじゃねーかとかって思ってんの? 大丈夫、あの石頭じゃ、そんな事、しろって言われてもできねーよ」
「い、いや、そうではなくて…」
あひゃひゃ、と軽快に笑う輝也に、いささか顔が引き攣り気味の、悠輔であった。

「ファイリアも、元は異世界の出身なんだろ? その辺りでイロイロ訊きたいだけなんじゃねーの?」
「…そう…なのか?」
そう言われれば、ファイリアは、悠輔たちが飛ばされた異世界の、その更に外から召喚された存在なのだ。

今まであまり深く考えた事は無かったが…
ファイリアの元々の故郷とは、一体どこなのだろう?
ジグのいた異世界なのだろうか? それとも更に別の? ファイリア自身は、その事について、どう思っているのだろうか?

「そんな事よりもさ、兄さん。アンタの内面に呼応して、勇者の剣ってヤツが目覚めるかも知れねーんだぜ? 何かこー、拘ってる事とかねーのか?」
そう問いかけられ、悠輔はふと、立ち止まった。
周囲は、再開発されて真新しいビルが並ぶオフィス街から、何時の間にか古びた雑居ビルが並ぶ薄暗い一角になっていた。

思い出す…
あの街も、こんな風に古びて…

「輝也さん。あんた、東京を守るために戦ってるって…そう、言ってたな?」
悠輔に言われ、輝也はああ、と頷いた。
「それが、どーかしたか?」
「…あんたは、何故、東京を守って戦うんだ? あんたがどんなに強くても、東京丸ごとなんて、余程の理由が無いと、守れないんじゃないのか?」
日本の人口の、ほぼ十分の一を抱え込む巨大都市。国内外、果ては異次元その他から流れて来た人外、神を含めれば、どのくらいになるのか。
それをそっくり守ろうとする、その動機が、強烈に知りたかった。

その理由を知れば…自分が求めているものがはっきりする。
理由は分からないが、そう思えた。

「…ん〜。まぁ、理由は一つって訳じゃねーんだが…敢えて言うなら、『アタシが龍だから』かなぁ」
「龍だから…?」
意外な答えに、正直驚く。特定の種族が理由、というのは。
「基本的に、龍…一応、神が付いて『龍神』て言われる存在は、何かを司ってたり、守護してたり、何らかの責任を負ってるモンなんだ。無論、色んなヤツがいるし、一概には言えねーけど、少なくとも、アタシが属してる一族はそーだ」
「…あんたに課せられた責任が…東京の守護って事、なのか?」
神と呼ばれるような種族も、楽では無い。
分かっていたつもりでも、こうして最初から説明されると、それを実感する。巨大な力の代償は、その力を振り絞って果たさねばならない、その責任なのだろう。
「ま、アタシなんかはガキだから、まだ楽な方なんだよ。更に格上の、古株の龍なんかだと『天体の動きを司る』とかなんだぜ〜? ウチの親父なんかは日本丸ごと全部とかだしな」

ふと。
悠輔は質問を付け加えた。
「もしも…あんたが、今のような力を持っていても、龍に生まれていなかったら…東京の守護をしようとは思わなかったか?」
言ってからいささか失礼な質問だったかも知れないと気付いたが、輝也は気にしなかったようだ。
「…いや。きっと、守護してたと思うぜ。そうだと意識しなくても、な。あのお袋から生まれたら」
「…お母さんが?」
そう言えば、龍を生む女性とは、どんな人間なのだろう。輝也の口調では、龍ではなさそうだが。
「ウチのお袋の家系ってな、元々江戸幕府に旗本として仕えてたらしーんだが、その実、江戸の霊的な守護をしてたんだと。ま、どの道、アタシにゃ責任があるってこった」
あはは、と笑う。
「でも、ま、そういう家に生まれてなくたって、アタシは似たような事はしてたって気はするけどな。江戸っ子だからさ、東京が好きなんだよ。究極の理由は、結局これかね」
そう言った彼女の満足げで陽気な笑みに、悠輔は、ふと釣られて微笑んだ。

好きだから。
ただ好きだから、守る。
それ以上の理由があろうか?

「…アンタは、どうなんだい?」
不意に問い返され、悠輔は輝也を見返した。
「ファイリアからちょっと聞いたけどさ、結構キツイ目に遭って、それ以来、その力を使って戦ってるって。アンタ、異能はあっても、人間だ。神じゃない。世界に責任なんか持てないし、持たなくてもいいんだぜ?」

悠輔は一瞬目を閉じ、次いで顔を上げた。

「…俺は、三年前のような光景を、繰り返したくないだけなんだ」

静かな、だが力ある声音だった。
「…三年前?」
「あの日。俺が、異能を手に入れ、それと引き換えに『日常』ってヤツを失った日だ…」
悠輔は、輝也に説明した。

突如、現実から切り離され、異世界に放り出された彼の故郷は、魔物と異界の法則とに浸食された。住人は次々と魔物に襲われて殺害され、悠輔のような異能に目覚めた僅かな人間がどうにか戦い続けた。
しかし…
結局、生き残ったのは、召喚されたファイリアを除けば、悠輔たった一人だった。
あの悪夢の記憶から立ち直る事が出来たのは、今思っても奇蹟に近い。

「…アンタ…その、何て言うか…よく、発狂しなかったな…」
流石の輝也も凄まじさに唖然としたようだ。
「…だな。自分のしぶとさに、驚くことがあるよ」
思わず漏れる、苦笑じみたもの。
が、すぐ口元を引き締めて、彼は強い光を帯びた眼差しのまま、言った。


「…俺は、もう三年前のような光景は、絶対に見たくない。だから、俺は戦う…もう、何も失わないようにするために」


その言葉と同時に。
ごうっと音を立てて風が吹いた。空気の巨大な塊が、悠輔と輝也を殴り付ける。

「!?」
悠輔は、思わず顔を顰めた。
その空気に含まれた、強い匂いに気付いたからだ。

「ンだこりゃ…火山ガス…? 硫黄の匂いみてーな…」
輝也が鼻を鳴らし、異臭に顔を顰めた。
「…!」
悠輔の背に、緊張が走る。
ある意味、彼には懐かしい匂いだ。あの三年前に起こった事件の時、こんな匂いがうっすらと空気に漂っていたのを思い出す。

「!? おい、周り!!」
輝也に肩を掴まれる。
はっとして見回した周囲の光景は、すっかり色褪せた、廃墟と残骸だ。
一般人なら、テレビで見る遠い異国の内戦の光景みたいだ――と感想を抱いたかも知れない。
だが、悠輔にとっては遠い話ではない。
同じ光景を見たのは、たったの三年前、自分の生まれた街で…

「馬鹿な…ここは!?」
驚愕の叫びが、彼の口から飛び出した。
何か大きな力に曝されて崩れ去ったその町並みは、紛れも無い彼の故郷のそれだ。
ひしゃげて瓦礫に埋もれた看板、煤けた書店、全て見覚えがある…。

「…一体、何時の間にこんな場所に転移されやがったんだ? …どうしたんだ? 見覚えでも…」
そう問いかける輝也を、悠輔は、壊れた看板の元に連れて行った。
「――この看板…」
「? 歯医者の看板…? これがどうか…」
「…俺が、小学生の頃、通っていた歯医者の看板だ。珍しい名前だろ? よく覚えてる」
弾かれたように、輝也が振り返る。
「…確かなのか…じゃ、ここは!?」
「…故郷だ。魔物に破壊されたはずの」

沈黙が落ちる。
悠輔は意識をはっきりさせようとでもするかのように頭を振った。
故郷のあの街は、今でも封鎖されたままだと聞いている。恐らくこの先ずっと、外の人間が移り住み元のような賑わいが戻る、という事は有り得ないのだろう。
街を封鎖した側は、魔に曝された街に人間が戻る事で、再び同じ事態が引き起こされる事を恐れているのか。
それとも…あの異世界化のメカニズムの解明が、まだ済んでいないのか。
あの事件は、未だ終わっていない、のかも知れない。

だが。

「…違う。あの街そのものじゃない」
悠輔は顔を青褪めさせつつも、冷静に見抜いていた。
「俺の故郷は、あの事件の後、国の管理下に置かれ、厳重に監視されているはずだ。だが、ここには人の気配が無い…」

暴力に曝されて荒れ果てている以上に、その街は命あるものの気配というものが無かった。
言うなれば「街の抜け殻」だ。
中身を構成すべき良い物も悪い物も、まるっきり異次元にでも放り捨てられたかのような空虚が広がる。

「くっそ、タチ悪い真似しやがって。どこのどいつだ!!」
誰かが仕掛けた魔術的トラップだとでも思ったのか、輝也は鋭い目で周囲を見回し、シャアッと呼気で威嚇した。
「いや…これは…」
罠ではない、と悠輔は思った。
以前の事件の幻を見せ、精神的に追い込もうと言うなら、もっと生々しいやり方で来るはずだ、と悠輔は思う。
ここは廃墟ではあるが、魔物もいなければ死骸が転がっている訳でもない。悠輔を追い詰める意図は感じられなかった。

「…だが、何か目的はあるんだろうな。何がしたいんだ…?」
この空間を司っているであろう何者かに向かって話しかける。
何一つ見逃さないように、周囲に気配を探り…ふと、何かを感じて振り向いた。

すっと、人影が曲がり角を横切った。
見覚えのある学生服と、バンダナ。

「!!」
悠輔は無言で走り出す。
「おい!? どーしたんだよ!?」
事態が把握出来ないまま、輝也は大慌てで悠輔の後を追った。
「…俺がいた」
「あん!?」
「中学生の俺…あの異変に居合わせた時の…俺だ!」
「!?」

角を曲がる。
記憶違いでないなら、そこは…

「んん? 何だ、ここだけキレイだな…」
輝也が、思わず呟くのが聞こえた。
いままでの廃墟のような瓦礫の山と違い、そこだけは、今でも人が生活していそうな雰囲気を漂わせていた。
地元の、ささやかな商店街。
悠輔の中学校への通学路になっていた。

そこにあったのは。

「…? 幻か? 何やってんだ?」
中学生の悠輔が、古びた店のショウウインドウの前で、何かを見ている。
今の悠輔より少し小柄で、顔立ちも幼さを残す。
何より、表情が違う。
修羅場をくぐって来た「戦士」のそれではなく、日常をごく素朴に信じている、ごくごく普通の「少年」の顔。

ほんの二、三メートル脇にいる、数年後の自分にも気付かぬ様子で、少年はウインドウに展示された「それ」を、じっと見ていた。

「…あの事件の少し前に、な」
唐突に話し始めた悠輔を、輝也が振り返る。
「俺の通っていた中学校で、文化祭があった。そこに、地元出身だという奇術師が来てたんだよ」

それは、日常の延長にある、ちょっとしたイベントの記憶。
奇術師は日本より先に海外で認められ、成功を収めた。
一時帰国の際に、故郷に立ち寄り、母校である悠輔の学校の学園祭に特別参加したのだ。

「その時、彼が手に着けていた、紳士用の絹の手袋が、当時の俺には何だか眩しくてな」

種があると分かっていても、仕立の良い手袋に包まれた、優雅で俊敏な指先から次から次に素敵な術が現れる様は、悠輔の心に鮮烈な印象を残した。
「馬鹿だろう? あんな手袋があれば、俺も、あんな風にみんなを喜ばせる事が出来るのかなって、思えてな」
あんな手袋が欲しい、と、悠輔は、近所の紳士服専門店に顔を出した。
「丁度、ショウウインドウに、紳士用の似たような手袋が展示されていてな。物凄く欲しくなった」

黒い縁取りの付いた、シンプルなデザインだが、実に仕立の良い、フォーマルな白い手袋。
手首のところの、紐で編んだ上品な飾りボタンがアクセントだ。

しかし。
付いていた値札に記されていた値段は、万単位。到底、当時の悠輔に支払える金額ではなく。

からん、と紳士服店の扉が開き、背の高い、これぞ老紳士という雰囲気の年配男性が出て来た。
『悠輔くん。その手袋が欲しいのかい?』
その穏やかな老紳士は、ショウウインドウに張り付いた中学生の悠輔に話しかけた。
「…俺は、このおじさんと知り合いだった。親父の行き着けの店でな、俺を子供の頃から可愛がってくれた人だ」
あの異変で、この老紳士も亡くなっている。
幻と分かって尚、悠輔の胸は懐かしさにうずいた。
『うん。でも、高いなぁ。もう少し安くならない?』
今の悠輔からは考えられない程、子供らしい無邪気な言い回し。
思わず、悠輔は苦笑する。
何百年も前であるかのように思える、過去の中のひと時。

『値段もそうだけどね、これは、大人になってから、紳士が身に着けるものなんだよ。悠輔くんには、まだほんの少し、早いなあ』
過去の悠輔が、首を傾げた。
『大人になったらいいの? 二十歳になったらって、事?』
老紳士は首を振った。
『いやいや、年齢の問題じゃないんだよ、悠輔くん。大人っていうのはね、自分に責任が持てる事。そして紳士って言うのはね、自分以上に他人を思いやれる人の事』
三年前の悠輔は、ピンと来なかったのか、首を傾げたままだった。老紳士は優しく微笑む。
『…君が、これに相応しい人物になったら、君のために手袋を作ってあげよう。約束だ』
『本当!? 本当に!?』
三円前の悠輔の顔が、ぱっと輝いた。
『ああ。私は、紳士のつもりだからね。約束は破らないよ』
無邪気なままの、悠輔が頷く。
『分かった! 俺、頑張って立派な紳士になるよ!』

そう言って、悠輔は駆けて行く。
街の雑踏の中に、その姿が消えた。

ふと。
老紳士が振り向いた。
現実の、現在の悠輔の方へ。

『ああ、悠輔くん。約束を果たしに来てくれたんだね』
幻だと思っていたものに、急に話しかけられて、悠輔はぎくりとする。
「おじさん…俺の姿が…?」
『ちょっと見ない内に、大きくなったなあ。それに、立派になった。もう、自分だけじゃなく、誰かの為に戦える、一人前の紳士で、そして戦士の顔だ』
大きく頷く。
悠輔は何か言おうとしたが、言葉にならない。

『さあ、約束のものだ。受け取ってくれ』
老紳士が差し出したのは、あの、欲しくてたまらなかった手袋。

悠輔は、一瞬躊躇した。
背中にそっと輝也の手が触れ、無言で促す。
悠輔は手を伸ばし、受け取った。

『ああ…これでようやく、約束を果たす事が出来た。有り難う、悠輔くん。今の君なら、それを使いこなせるだろう…』

声と、気配が途切れた。
悠輔は、まるで最初からそうするつもりだったかのように、手袋に自らの手をくぐらせた。
まるで、あつらえたかのようにピッタリと、その手袋は吸い付く。

飾り紐のボタンを留めた途端。
悠輔の全身を何かが走り抜けた。
全ての細胞に火を点されたかのような衝撃、だが不快も苦痛も無い。

認識しようのない何かが走りぬけ、悠輔は一瞬だけ目を閉じ、そして開けた。


「…? 何だ? 周りが元に…」
困惑したような、輝也の声が聞こえた。

何時の間にか、あの街は消えていた。

そこに見えたもの、は。



「…オメーら!? そこで何してんだ? 向こうに行ったんじゃなかったのかよ!?」
「貴殿らこそ、何故ここに戻っておられる!?」

ほぼ同時に、輝也とジグが叫んでいた。
彼らが出くわしたのは、スタート地点の公園。
それぞれ、反対側の入口から入ってきた格好になる。

「…お兄ちゃん? 聞いて下さ〜い! ファイ、見付けたですよ〜!!」
「お前もか? 俺も見付けた。忘れてた、過去の中にあったよ」
兄妹は、まるで全て知っているかのような、穏やかな笑みを交わした。
ファイリアの両腕にはリングが、悠輔の手には手袋が、それぞれ装備されている。

これこそが…彼らの「勇者の剣」。

ある意味、外ではなく、彼らの内なる部分から拾い上げた、彼ら自身と連動した剣だ。


「…しかし…ファイのは…チャクラム(戦輪)みてーなヤツかぁ。何かえらい高度っぽい武器だな」
「…悠輔殿は、手袋、か。よく似合う…何か縁のようなものがあるのだろうな…」
互いの相棒の「勇者の剣」の意外さに、感心していた輝也とジグだったが、ふと、同じ事を考えた。
ファイリア、悠輔の手元を交互に見る。

「…でもさ、どーやって魔王チャンとやらをブン殴るんだろーな? 刃とか棘とか、付いてるようには見えねーな…」
「うむ…それは、さっきから気になっていたのだが…」

見た目は武器でなくとも、武器として使用出来る。
そのはずだが、輝也は勿論、異世界出身のジグにさえ、その使用方法が分からない。

「…もうすぐ、分かる事になりそうだぜ?」
悠輔が、珍しく悪戯っぽい調子で言った。
「やっぱり、悪いヒトが来たですよ〜」
まるで怪談で友達を怖がらせるような調子で、ファイリアが声を潜める。
「…って、んあっ!?」
「やっぱり、嗅ぎ付けおったか!」

咄嗟に振り返った輝也とジグの目の前に、巨大な空間の歪みがあった。

そこから飛び出したのは…
まるで背中に森を背負っているような、全身に植物を絡みつかせた巨大狼。
そして、宙に浮くマントを纏った死骸のような、奇怪なモンスターだ。

「…ファイとお兄ちゃんの、内面の『畏れ』を利用したつもりですか? 無駄ですよっ!」
ファイリアが「勇者の剣」たる、銀のリングを放った。
空中に浮かび上がったそれは、表面から銀色の魔力の刃を吹き上げた。
それは丁度、複雑な形の魔方陣にも似ている。
回転しながら飛来した二本一組の刃は、化け物狼の首を瞬時に落とし、もう一本が残った胴体を魚よろしく開きにした。

「…お前みたいな半端な魔物に、この約束の証はどうこう出来ないぜ」
悠輔が、無造作に拳を振る。勇者の剣たる手袋がその力を増幅した。
当たらないと思われたそれは、まるで金に彩られた蒼白く燃える拳のような、巨大なエネルギー体に増幅された。
あたかも、神が天界より下した手の如く。
それは死骸を直撃し、霊的な炎で燃え上がらせた。

「お帰りは、あちらですぅー!」
「お前の居場所は、この世界には存在しない…」

ファイリアのリングが、彼女の描いた魔方陣の力を増幅した。異界へ続くゲートが、狼を呑み込み。
まるでカーテンを払うかのように振られた悠輔の手に押されたように、空間の歪みが死骸をどこかに持ち去った。

後は、水面のような、静かな空間が残るのみ。



「…結局、アタシとジグが何もしてねーっつーのは、禁句な」
ちょっとイジケながら、輝也が呟いた。
「…まぁ…仕方なかろう…」
ジグもちょっぴり寂しそうだ。

勇者となった兄妹は、顔を見合わせて笑った。

勇者になった、その事よりも。
もっと大切な、置き忘れた宝物を、時の向こうから拾い上げる事が出来たのが嬉しい。

この思いがあれば。

「「魔王なんか、怖くない」」

偶然声が重なり、兄妹は再び笑いあった。



 <終>







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【6029/広瀬・ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)/女性/17歳/家事手伝い(トラブルメーカー)】
【5973/阿佐人・悠輔(あざと・ゆうすけ)/男性/17歳/高校生】

NPC
【NPC3819/大霊・輝也(おおち・かぐや)/女性/17歳/東京の守護者】
【NPC3827/ジグ・サ(じぐ・さ)/男性/19歳/異世界のサムライ】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、ライターの愛宕山ゆかりです。
「仮想東京RPG! 〜2.最強武器クエスト!〜」にご参加下さり、誠に有り難うございました。
記念品として「異界のコイン(オリハルコン)」(←最後のモンスターが落としたものです)と、無論「勇者の剣」を進呈いたします。
これで、悠輔くんは、ファイリアちゃんと並んで正式な勇者となられました!
後は魔王を倒すだけ!(笑)

さて、今回の悠輔くんの「勇者の剣」である手袋(布製のもの)ですが、こういうちょっと凝ったアイテムに思いが残るのは、きっと何かあったのだろうな、という事で、あの仕立て屋さんのエピソードを膨らませました。
イメージとしては「誰かを救う手」の具現化です。
誰かを救いたい、と思って、手袋をした手を伸ばせば、例えその人物が異次元にいても救い上げる事が出来る、という感じですね。
武器としては、神聖な炎を纏った手が魔を滅する、という感じで描写させていただきました。お気に召していただければ幸いです。


最終回「仮想東京RPG! 〜3.最終決戦!〜」(仮)は、六月末くらいにはお目見えさせたいと思っております。もし、よろしければご参加下さい。

では、またお会い出来る日を楽しみにしております。

愛宕山ゆかり 拝