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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜特技見せあいっこパーティ〜

 名門退魔家、葛織(くずおり)。
 ――その次期当主と目されているのは、現在弱冠十三歳の少女である。
 ただし、彼女は生まれつき『魔寄せ』の力が強すぎた。
 生まれてまもなく、彼女は別荘へと移された。結界の張られた――
 そしてそのまま十三年間。外の世界に触れずに育てられたのである。数人のメイドと、たったひとりの世話役とともに――
 そんな彼女のために、世話役・如月竜矢(きさらぎ・りゅうし)は提案した。人を呼び、特技を披露してもらってはどうかと……

     **********

「特技か」
 黒冥月は別荘の庭に招かれ、話を聞いてにっと唇の端をあげた。
「ではまず紫鶴、お前が先に得意の『剣舞』とやらを披露してくれないか。そのほうが私の能力をより楽しめるぞ」
「わ、私が先か?」
 葛織紫鶴は新たな客の来訪による緊張でわたわたとしながら、空を見上げた。
「竜矢、今日の月は三日月に近かったな?」
 世話役の名を呼ぶ。
「ご安心を姫。今日のこの昼間なら剣舞で寄ってくるものもろくなものじゃないですよ」
 竜矢は空を気にする自分の主人たる少女に、優しく言った。
 葛織家に代々伝わる『剣舞』。それは魔寄せの舞。
 月に強く影響され、満月には最大限の能力を発揮する。
 よし、と紫鶴は紅潮した頬を膨らませて気合を入れた。
「わ、私が先に剣舞をやる……つ、つまらないものだが、よろしく」
「楽しみにしてる」
 冥月はくすっと笑って緊張でがちがちの紫鶴を見た。

 紫鶴は両の手に、一本ずつ精神力で生み出した剣を持つ。
 地に片膝をつき、剣の刃を下に向け、クロスさせ。
 構える――それは剣舞の始まりを告げる姿。

 しゃん

 紫鶴の両手首につけられた鈴が、鳴った。

 しゃん
 しゃん
 しゃん

 舞い始めれば緊張などどこかへ行ってしまったらしい。紫鶴は立ち上がり、剣をかざして地を蹴り回る。
「ほう……」
 冥月はあごに手をやって、感心したような声を出した。
「なかなか綺麗じゃないか」
 ――紫鶴は赤と白の入り混じった、不思議な長い髪を持つ。
 舞うたびに、その髪が美しく広がって剣舞を飾る。
 紫鶴の瞳は緑と青のフェアリーアイズ。
 動く視線はまるで周囲の色を明るく変えていくようで。

 しゃん しゃん しゃん

 手首の動きもしなやかに、紫鶴は舞った。
 十五分ほど舞っただろうか――

 最後に、地面に片膝をつき、刃を下向きにクロスさせうつむく姿勢で舞は終わった。
 さらりと赤と白の髪が流れて、紫鶴の幼い顔を隠す。
 冥月は拍手をした。
「見事だった!」
 紫鶴が嬉しそうな顔で立ち上がる。両手の剣を消して、冥月と竜矢の元へ帰ってくる。
 と、冥月は空を見上げて太陽の位置をたしかめた。
「なかなかいい太陽の位置だ」
 昼下がり。影が、冥月の足元から伸びている。
 その影から――
 急に、にょきっと立体物が生まれた。
 紫鶴と竜矢は目を丸くした。
 その立体物は人間だった。赤と白の入り混じった長いストレートの髪、緑と青のフェアリーアイズ……
「どうだ?」
 冥月は誇らしげに影から生まれた立体人間の肩を叩く。
 それは、紫鶴をそのままコピーした複製人間だった。
「す……すごい!」
 紫鶴は飛び上がらんばかりに喜んで、複製紫鶴に近づいていく。
 おそるおそる手を伸ばすと、複製紫鶴のほうが先に手を伸ばして紫鶴の手を取った。
「わっ!」
 思わず手を引いてしまった紫鶴は、しまったという顔をして、慌ててもう一度複製紫鶴の手を握る。
 そんなしぐさを、冥月は笑って見ていた。
「言っておくが、これだけではないぞ?」
「え?」
「紫鶴、少し離れていろ」
 言われるがままに紫鶴が複製から離れると、複製の手が動いた。
 その手に、紫鶴と同じ剣が生まれる。
「あ……」
 そして複製紫鶴は、片膝を地につけた。
 刃を下向きにクロスさせる。顔は少しうつむき気味に。

 しゃらん

 いつの間にか複製紫鶴の手首にも生み出されていた鈴が、鳴った。

 複製が立ち上がる。舞が始まる。紫鶴と寸分たがわぬ動きで。
 紫鶴が呆然とそれを見ていた。隣に立つ世話役に、
「竜矢……私の舞は、ああいうものか?」
「ええ……そっくりそのままですよ」
「す……すごい……すごい!」
 紫鶴ははしゃいで喜んだ。彼女からしてみれば、初めて外から自分の舞を見たということにもなる。
 複製の赤と白の髪がなびく。ふわりと広がり、舞を飾る。
 しゃん しゃん しゃん
 フェアリーアイズは美しく輝き。
 舞は太陽の下、最高潮に達した。
「わ、私の舞より綺麗だ、絶対に! すごい!」
 紫鶴は興奮で頬を赤くして手を叩いた。
「紫鶴の舞をコピーしただけだ。紫鶴の舞がこれほど美しいのさ」
 冥月は涼しい顔で言う。
 複製の舞は、きっちり紫鶴の舞と同じ時間で終了した。
 片膝をつき、下向きに刃をクロスさせた姿勢での――
 次に複製が立ち上がったとき、紫鶴は駆け寄って複製の手を取った。
「すごいすごい! 綺麗だったぞ!」
 ――自画自賛になってしまうのだが、もちろん紫鶴はそんなつもりはかけらもなかった。
 冥月はそんな紫鶴を目を細めて見て、
「どうだ? この影と手合わせしてみないか」
 と言った。
「手合わせ……」
「いい動きをするぞ。訓練にもなる」
「そ、そんなこともできるのか?」
 する、する! と紫鶴は大喜びで剣をもう一度生み出す。
 複製と紫鶴は向き合った。互いに同じ剣を持ち、互いにまったく同じ姿で。
 先手をとったのは複製だった。
 ひゅおう
 細身の剣が、空を切る。
 紫鶴がかがんでそれを避ける。そして下から剣を突き出した。
 きぃん
 複製の剣の戻りが早い。紫鶴の剣が受け止められる。
 紫鶴はわくわくした表情で、後ろに引いた。
 そこからは一進一退――
「素直ないい子だ」
 冥月は竜矢の隣に立ち、微笑ましげに手合わせをする自身の『影』と紫鶴を見ていた。
「素直だけがとりえですよ」
 竜矢がくっくと苦笑気味に笑う。
 冥月はゆったりと唇に笑みを広げた。
「――残念だ」
 とん、と地面でつま先を打ち。
「殺さねばならないとはな」
「―――!」
 竜矢が驚いたその時にはすでに遅し――
 冥月は体内の『闇』を支配し、竜矢の動きを拘束していた。
 声ひとつ、出すことはできなかった。
 冥月は冷笑した。
「私を呼んだのは貴様だったな……機会をくれた貴様に感謝する」
 動けない竜矢の唇に人差し指を触れ。
「もう7年も前の依頼だ。調べても判らなかったろう」
 ――竜矢の視線の先――
 複製と手合わせしていた紫鶴が次第に苦戦し追い込まれ、複製の剣が紫鶴の赤と白の髪をひと房切り落とした。
 切り落とされた髪が空中を舞う。それさえも美しく。
「さあ、どう殺そうか」
 冥月の体から、黒い黒い気が発される。
 その気の名は、『殺気』――
 竜矢が苦しげな息を吐いた。眉根が寄る。焦りが表情ににじみでる。
 はははっと冥月は笑った。心底おかしげに。心底――あざけるように。
 複製紫鶴が本物の紫鶴の心臓を狙う。
 竜矢が息を止めた。その瞬間に――
「冗談だ」
 ぴたり。
 複製の剣が紫鶴の心臓の手前で止まる。紫鶴がそれを弾く。手合わせは続く。
 冥月は竜矢の拘束を解いた。
「――あなたは――」
 竜矢がはあと大きく息を吸って、吐く。
 冥月はにやりと笑った。
「依頼の話は本当だが、その組織は私が潰した。安心しろ。だが――」
 どん、と竜矢の胸を肘で押し、
「こんな様で大切な“お姫様”を守れるのか。私の様な異能者は幾らでもいるぞ」
 冷たい目で竜矢を見た。
「―――」
 竜矢はその目を見返した。なんとも言いがたい表情で。
「……何か、言いたそうな目だな」
 冥月は竜矢の胸に腕を置いたまま言った。
 竜矢は息を吐いた。
「……思い出しただけですよ」
「思い出した?」
「俺の存在の本当の目的を――です」
 髪をかきあげて、青年は紫鶴を見やる。
 紫鶴は相変わらず楽しそうに、複製と手合わせをしていた。髪を切られたことなど気にしていないようだ。
「貴様の目的は“お姫様”を護ることだろうが?」
 冥月は眉を寄せる。
 まさか、と竜矢は片頬を引きつらせて笑った。
「うちの本家がそんなに優しいわけがないでしょう……姫をこんなところに閉じ込めて、滅多に会いにこないようなお父上が」
「こういう家ではよくあることだが」
「まあね。何にせよ、俺は姫が生まれたときから側役としてついていましたが」
 ――護れと――
「護れと、命じられたことは、一度もないですよ。かつて一度も」
 冥月がほんの少しだけ片眉をあげた。
 竜矢は紫鶴の姿を見て、悲しそうに微笑した。
「あなたにも分かったでしょう。“護る”には、俺はあまりにも弱すぎる」
「それはそうだが――」
「……俺が世話役に選ばれたのは、体が頑丈であることと、鎖縛師であったということ。このふたつだけです」
「鎖縛師……」
 それは精神力で生み出した何かを使い、ターゲットの動きを止める。そういう能力者のことを指す。竜矢の場合は“針”だ。
「鎖縛師だから選ばれた……? それじゃまさか貴様は」
「――他にいますか? いざというとき、怪我をさせずに『捕縛』だけする必要のある存在が」
「………」
 冥月は沈黙した。
 竜矢はずっと、自分の主たる娘を見ていた。
「俺は……姫を束縛する最大の『結界』です。この家ではない。他ならぬ俺がね」
 すっかり忘れていましたよ――と青年は苦笑した。
「いつの間にか、俺も姫を護るのだと錯覚していたようだ――」
「……意外だな。貴様もそれで合意したのか」
「俺は分家です。本家に抵抗などできません」
「それでも」
「姫に」
 言われたんですよ――と竜矢は言った。
「魔寄せの能力がいかに危険か分かり始めた頃かな。他ならぬ姫自身に言われましたよ。『いざというときはお前が私を止めてくれ』ってね」
「………」
 冥月は彼女の影と戦う『姫』を見る。
 楽しそうに手合わせするその姿――
 その肩に背負わされた重責。生まれつきの能力ゆえの束縛。
「……別に同情はしないがな。世の中そういうやつはたくさんいる」
「同情などさせません」
 青年は強く言った。
「同情などさせません。誰にも」
「………」
 冥月はずっと竜矢の胸に置いていた腕を離した。ぽん、と掌でそこを叩いて。
「――何かあったら草間探偵事務所に来い。あそこは異能の集まりだ」
「ありがたく聞いておきます」
「紫鶴!」
 冥月は竜矢から離れ、紫鶴の元へ行った。
 複製の動きが止まる。勢いで紫鶴の剣が複製の頬をかすめる。
「わ、わっ! すまん大丈夫か!?」
 自分の複製相手に、紫鶴は真剣に謝っている。
「心配するな」
 冥月は影の中から、ぽんと傷薬を取り出して見せた。
「ほら、このとおり薬はある」
「冥月殿の影はすごいのだな……!」
「他にもあるぞ? ほら」
 ぽん。取り出されたのは髪きりバサミ。その他調髪用具。
「せっかくの髪が乱れてしまったな。髪を整えてやろう」
 紫鶴の複製にハサミを持たせ、紫鶴に後ろを向かせてそのの髪を適当に整える。
 切り落とした赤と白の髪は、すべて冥月の影に吸い込まれた。
「うわあ……!」
「せっかくの庭に落としっぱなしもないだろう」
 紫鶴は目を輝かせて、冥月と冥月の影を何度も見た。
 冥月はそれからも色々な芸を見せては、紫鶴を喜ばせた。
 竜矢の視線を感じる。

 ――護るためじゃなかったんですよ。

(それでも……)
 冥月は心の中で思う。
(貴様は護りたいのだろう……)
 目の前に、顔に大輪の花を咲かせている少女がいる。
(――この笑顔を、な……)
 冥月は微笑んだ。

 庭に涼しい風が吹きぬける。
 これから――暑い季節がやってくる。
 この少女の笑顔は、それでも清涼剤としてこの庭を吹き抜けるのだろう。どれだけ束縛されていても。そう、どれだけ――


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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黒冥月様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回はゲームノベルにご参加頂きありがとうございました!納品が大幅に遅れて申し訳ございません。
今回、少々竜矢と語って頂きました。こんな裏もあったということで。冥月さんのおかげで表に出せた設定ですwありがとうございました。
よろしければ、またお会いできますよう……