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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ねこノあくび



「こんにち……」
 は、のところでドアを閉められた。閉めたのは草間武彦。
 ここ、草間興信所の探偵だ。
「うわ〜ん! なにするんですかぁ〜!」
「うるさいっ。おまえが来るとろくなことにならん!」
「今日は何も持ってません〜! 手伝って欲しいんですぅ〜」
「断るっ!」
 ドア一枚を挟んで二人は言い合う。
「サンタ仲間というか……すごい上の人から集めて来いって言われたんですぅ〜! 手伝ってえ〜」
「おまえのトナカイにやらせればいいだろ!」
「レイは女の子のお尻なら追いかけるけど、動物はヤだって言って逃げちゃったんですぅ〜」
「はあ?」
「簡単ですよう。『猫の欠伸』を集めてください〜!」
「………………」
 武彦はそ、とドアを少し開ける。その隙間から見えるステラは捨てられた子犬のように……見えなくもない。
「帰れっ」
 ドアをバタン! と勢いよく閉めた武彦。
 ドアの向こうでステラがわんわん泣き出した。

***

「あら」
 事務所に帰ってきたシュライン・エマ。
「こんちは」
 片手を挙げる梧北斗。
「どうも」
 と、頭をさげて挨拶をする初瀬日和。
「こんにちは」
 と薄く微笑むのは神崎美桜。
 そんな彼らが事務所前でばったり遭遇した。
 戻って来たシュラインと違い、他の三名はここにやって来たらしい。遊びに来たのかもしれない。
「お?」
 さらにもう一人追加。
 歩いて来た草薙秋水も、どうやらこの事務所に用事があるようだ。
 シュラインは小さく笑った。
「今日は大繁盛ね。さ、みんな……」
 と、そこで盛大な泣き声が響き渡った。思わず秋水と北斗が耳を塞いだ。
 しかし声に聞き覚えのある四人は顔を見合わす。疑問符を浮かべたのは秋水だけだ。



 ドアの前でおーんおーんと、娘らしからぬ声で泣くのは赤い衣服の金髪少女だ。鼻水と涙を垂らし、大声で泣いていた。
「ああ、ステラちゃん」
 シュラインがステラの頭を撫でる。美桜がハンカチを出してステラの顔を拭いた。
「泣かない泣かない。どうしたの?」
「うえー……草間さんがぁー」
 濁った声でドアを指差す。
 秋水がドアをがっ、と開けた。すぐ側に居た武彦がびくっとしてすかさず部屋の奥に逃げていった。
「女の子を泣かすなんて!」
 全員がそういう目でジトリと武彦を責めた。武彦は脂汗を浮かべ、「ええい!」と口を開く。
「厄介事は御免なんだ! だから追い出したにすぎない!」
「ねごのあぐびをいっじょにあづめでっで言っだだげなのにー……」
 ステラがどばっと涙を流す。
 しかしそこに居合わせた全員が不思議そうにした。猫の欠伸とは?



 シュラインの用意したジュースを飲んで落ち着いたステラは、集まった面々にちょっと顔を強張らせた。
 いつの間にやらさらに人数が増えている。
「お手伝いさせてください」
 と、現れた樋口真帆。
「猫、ですか」
 気づけば居たジェームズ・ブラックマン。
「にゃんこ?」
 首を傾げている比嘉耶棗。
 ずらっと並んでいる人数にステラは「ふへ……」と妙な呟きを洩らす。どうやら緊張しているようだ。
「猫の欠伸を集める……。サンタさんなのに不思議なお仕事が舞い込むものなんですね」
 日和の言葉にステラがぎくり、と体を軋ませる。
「変わった上司だよな。サンタの上司ってどんなのなんだろ」
 北斗の言葉にさらにステラがぎくぎくっ、と軋ませる。
 顔色が悪いステラは「へへ」と笑った。虚ろな笑いだ。
「す、すいませぇん……上の方々がお仕事に使うものなんですぅ」
「どんな仕事……?」
 棗の質問にステラは再び涙をはらはらと流した。
「はうぅ〜! それは企業秘密なのです〜! その質問はしないでくださいぃ〜ッ!」
「わ、わかったわかった」
 また泣き声をあげそうだったので、秋水が慌ててそう言う。ステラは鼻をすすりあげ、涙を拭った。
 どうやらサンタの世界も色々と大変そうだ。
 ステラは肩からさげている鞄から何かを取り出す。
 どう見ても……小さな虫除けスプレー……だった。いや、ラベルがないだけ余計に怪しい。
「これで欠伸を集められます〜」
「……変わった道具ですね」
 ジェームズが一つ取ると、試しにプシュっと押してみた。なんの変化もない。
 しかしステラはばたばたと暴れ、両手を振って空気を掻き乱す。
「ひゃああああ!」
 彼女の奇行に全員が無言になってしまった。
 ひとしきり両手を振り回し、ステラは額から出た汗を拭う。
「お、お願いします……。不用意に使ったら大変なのです、この道具……」
「な……なんで……だ?」
 北斗が慎重に尋ねると、ステラは顔を背けた。
「…………目に見えないものが出ている……とだけ」
 しぃー……ん。
 静まり返った事務所内で、武彦が「あーあ」と溜息をついた。



 シュラインはスプレーを見て不思議そうに首を傾げた。
 近所で猫を飼っている家を訪ねて欠伸を集めたのだが……。
 武彦が持っている大きめのビニール袋の中には、膨らませたガム風船のようなものが詰め込んである。
「ど、どういう仕組みなんですかねぇ……」
 全員の心の声を代表したような美桜の言葉に……しん、と静まり返る。
 地図を持つ秋水は、引きつった顔で言う。
「ま、まあいいじゃないか。あまり深く考えないほうが……いいと思うぞ?」
 ぞろぞろと歩く五人は、地図を見ながら辺りを探す。
 猫の集まる場所というところは決まっている。
 やって来たのは寂れた神社だ。この近辺では一番猫が多いところである。
「マンションとかアパートとか……そのへんはもうひととおり集めたしね」
 棗は手に持っているビニール袋を揺らす。小さな紫色の塊たちはわたあめのようでガサガサと小さな音を出す。
 しかし警戒心の強い猫が多いので、素早く逃げてしまう。集めるのも一苦労だ。

 スプレーを持つシュラインは武彦から餌を受け取り、隠れている猫に見せるように掲げる。
 警戒をしていた猫がこちらをうかがってきた。
 その様子がなんとも可愛らしい。
 シュラインは餌を置いてさらにそこから退がった。
 ちょこちょこと出てきた猫に向けて素早くスプレーを吹きかける。猫がばたばたと苦しみ、すぐに欠伸をした。
 欠伸は紫色のわたあめのようになり、ふわふわと浮かぶ。梅干のようなサイズのそれを摘み、武彦はビニール袋に入れる。
 なかなかのコンビネーションだ。
「……な、なんだか可哀想ね、少し」
 途中のもがくシーンさえ見なければいいのだろうが……。
 シュラインの言葉に武彦は頷く。
「強制的に欠伸を出させてるんだろ……。あまり気持ちいい光景じゃないな」
「ああっ」
 触ろうとしたのに、その手をすり抜けて猫が逃げてしまう。残念そうにするシュラインだった。

「あ、集まってください……」
 鳥居のところでそわそわしながら呼びかける美桜だったが、彼女の声に猫は反応しない。
「だ……大丈夫か……?」
 秋水の言葉に美桜は無言になる。
「お、おかしいです……普通はこれで寄ってくるんですけど……」
「猫なんだから、言うことをきくとは思えないんだが……」
 もっともだ。秋水の言葉に棗が頷く。
「そうそう。猫は、きまぐれ……」
「で、でも……」
 なんだか泣きそうな美桜の肩をぽんぽんと棗が軽く叩いた。慰めているらしい。
 どの動物だって素直に言うことをきくわけではない。美桜はがっくりとした。
 秋水は猫を探しにウロウロと歩き回る。
 棗は棗で、見つけた猫を見てにへにへと笑顔で観察していた。観察している場合ではないのだが。
「比嘉耶さん、スプレー吹きかけないと」
 一緒に草陰に居る猫を見ていた美桜の声に、棗は人差し指を立てた。
「しー。逃げちゃうよ、にゃんこ」
「え……あの、欠伸を集めないといけないのでは……?」
「あの肉球……かわいーねえ」
「…………そ、そうですね」
 そんな二人のやり取りなど知らず、秋水は一人でスプレー片手に猫を追いかけていた。
 なぜだ。なぜ逃げる?
「くっそー」
 素早い猫に追いつけるわけがない。
 肩で息をする秋水は、ふと気づいた。
 やるからには懸命にやるべきだが……。
(……これ、金にならないな、絶対に)

 シュラインたちはというと、相変わらずじっくり待つスタイルを変えていない。
 警戒心を解こうとして、シュラインは欠伸までしていた。武彦は面倒臭い様子でいたが、黙ってシュラインの横に居る。
 餌に寄ってきた猫の様子にシュラインは今度こそと手を伸ばした。
 今度は素直に撫でさせてくれた。
「武彦さん、見た?」
 瞳を輝かせて小声で言うシュラインの横で、彼はスプレーを取り出す。ぎょっとしてシュラインは彼を突き飛ばした。
 座っていた姿勢が姿勢なので、武彦は無防備にごろんと横に転がってしまった。
「せっかく懐いてくれてるのに、なにしようとしてるの!」
「…………欠伸を集めるために来てるんじゃないのか?」
 やれやれというように起き上がった武彦は、猫が欠伸をしたのを見てスプレーを吹きかけた。すると赤色のわたあめが空中に発生する。
「おお……。猫が自発的にすると赤色なのか」
 なぜか感心している武彦と違い、シュラインは猫の喉元をなでなでしており、顔は緩みっぱなしだ。

 寝ている猫を発見した棗は、その猫の肉球をつんつんと指先で突付いていた。
(かわいい……)
 美桜も一緒になって猫を眺めていた。しかし、彼女はハッとする。
「あの……欠伸を集めないと」
「うーん……忘れてないけど」
 このままこうしていたい……。どちらかと言えば。
 目を覚ました猫はぎょっとしたように硬直した。刹那、棗がスプレーを吹きかける。
 顔を掻くような仕種をして、猫が欠伸をした。
「はい。一丁上がり」
「……一つ集めるのに物凄い時間がかかったような……」
「いいのいいの。だってにゃんこ、かわいーもん」
 えへへと笑う棗は、空中をさ迷っている紫色のわたあめを摘んでビニール袋に入れた。

 ぷしっ、ぷしっ、とスプレーを発射させている秋水は、ほとんど機械的な動きだった。
 猫をこちらに引き寄せようとするのがマズイのだ。
 見つけたらすぐに吹きかけて欠伸を回収。我ながらなかなかのアイディアだ。
 辺りにふよふよと浮かんでいる紫色のわたあめを軽く摘み、ビニール袋に入れていった。
 しかし……なんだろう。少しむなしい。
(ふふ……効率的な方法を見つけたのはいいが、悲しくなってきた……)
 なにせスプレーを吹きかけるたびに猫が転がって暴れる。なんだか悪者のような気分になってしまうのだ。
(早く帰りたい……)



 集めた欠伸を持った面々が興信所に戻って来た。
 最初は一緒に行動していた者たちも、途中でバラバラに集めに行ったようで、全員が集合したのは夜の七時過ぎであった。
 集まったビニール袋を見てステラが喜ぶ。
「わぁーい! ありがとうございますぅ!」
 飛び跳ねて喜ぶ様子は、とても16歳の娘とは思えない。
「これで怒られなくて済みます! 皆さん、どうもありがとうございました」
 深々と頭をさげるステラに、全員は肩を落として微笑んだ。
 しかし、次の瞬間ステラがびーっ、と泣き出した。
「わぁぁんっ、持って帰れないぃぃぃ……」
 全員分を持ち帰るとなるとなかなかの大仕事だ。
 シュラインが電話を差し出す。
「レイくんに迎えに来てもらいなさい。ソリで」
「うえぇぇんっ、そうしますぅ〜」
 なんだか最後まで騒がしい、そんな興信所の一日でしたとさ――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】
【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女/17/高校生・見習い魔女】
【5128/ジェームズ・ブラックマン(じぇーむず・ぶらっくまん)/男/666/交渉人&??】
【6001/比嘉耶・棗(ひがや・なつめ)/女/18/気まぐれ人形作製者】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 猫の欠伸集め、草間氏とセットで行動していただきました。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!