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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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+ 白雪姫・継母の鏡 +
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「これ? これは白雪姫の継母の鏡だよ」
蓮は小さなコンパクトタイプの鏡を手にしたまま、本日の客である秋月・律花 (あきづき・りつか)を見た。
「もちろん話自体は童話だからこれをあたしに持ってきた人がそう呼んでいただけなんだがね。よくある話だよ。持ち主の感情が篭りすぎて、鏡自体が曰くのつくものになっちまったのさ。―――― そして白雪姫の話くらい知ってるだろう?」
彼女は困ったように微笑み、そして一呼吸おいた後言った。
「これの一番最初の持ち主はあまりにも自分の美に執着しすぎてたらしくてね。あの継母のようによく鏡に向かって『一番綺麗なのは誰?』と言ってたらしい。だがその持ち主が運悪く事故で亡くなってねぇ。しかも誇っていた美しい顔がぐちゃぐちゃになったらしくて報われない。おかげで彼女の怨念が宿ったこの鏡は……」
そういって手に収まる程度の鏡を相手に向ける。
じぃっと見つめていれば、其処にある違和感を覚えた。眉を寄せて蓮を見上げる。
「そう、この鏡は誰も写さなくなっちまったのさ。化粧鏡としては不本意だろうねぇ」
同情するかのように寂しそうに呟く。
誰も写さない鏡は、人物を通り抜けて背後の棚を映し出していた。
秋月は自分の姿を全く写さないその鏡を蓮から受け取る。念のため顔の傍まで近付けてみるが、それでも全く人を映す様子はない。カバンの中から自身の化粧用コンパクトを取り出しそれを右手に、継母の鏡を左手に持って並べてみる。
右は秋月を映し、左は相変わらず何も映さない。
両方の鏡が映さないと言うのならば自身に何か問題でも有るのかと疑うが、この場合は蓮の言うとおり鏡自体に問題があると考えて間違いないだろう。
蓮を見遣りながら彼女は瞬きを繰り返す。相手は困ったように肩を竦めた。
秋月は鏡を並べみたままついでとばかりに化粧直しを始める。
どこか可笑しい場所はないか最終確認をした後、自分の鏡だけ折り畳み再びカバンの中に仕舞いこんだ。
「綺麗でありたいと思う事自体は女性としてはごく普通の心理ですよね。それが何のためか、誰のためかは人それぞれですけれど」
「当たり前の心理なんだろうけどね。でもその『当たり前』もいつどこで歪んじまうかは本当に分かりゃしない。この店の中にも幾つもその『歪んでしまった』商品がある。鏡の役割は自分を映すことが主だけど、時には他人を映すこともあるだろうよ」
「好きな人や恋人がいるならその人の前ではより綺麗でいたいと思うのは当然だし、そうじゃなくて女同士のコミュニティの中でだって他の人に劣りたくないという心理が働く事だってありますしね」
「無意識な競争心ってヤツだね。……ま、その鏡の持ち主は少々表面に出ていたらしいがねぇ」
「そこまで自分の外見に想いを強く持てることって、結構素晴らしい事だと思うんですけど」
「自分に自信が持てているってことだろうからね」
「……本当に、それだけなんでしょうか」
秋月は鏡を両手でそっと包み込む。
彼女の手の中でひたすら人物以外のものを映しこむそれはどこか寂しそうに見える。違和感だけじゃない感覚が彼女の中で沸き起こる。
寂しさ? 懐かしさ? それとも……。
静かに瞼を下ろし、視界を閉じる。蓮が訝る様に瞬いた。
「『自分のためだけの美』に死んでからまでそれほど執着できるものなんでしょうか?」
「と、言うと?」
「自分以外の誰かのための美……つまり誰かの一番になっていたかったと考える方が何よりも自然だと私は思うんです」
「なるほどね。確かにそうだ」
女としての感覚が鏡の持ち主と完全に重なっているかどうかは分からない。けれど、秋月にはどうしても持ち主が自身の美しさだけを追い求めていたとは到底思えない。
美しさなんてものは他人に賞賛されてこそ意味がある。もちろん、誰構わず褒めて貰っても嬉しいかもしれない。
だけど、好んでもいない人よりも、好んでいる人。言うならば家族や友人や恋人など身近な人に言って貰う方が何倍も心が満足を覚えるだろう。
事故で亡くなった持ち主。
その怨念が宿った鏡は誰も映さなくなった。
ほら、どこか矛盾している。
女性は美しさを持続させたかったんじゃない。
「彼女は一体誰の一番でいたかったんでしょう?」
『映したくなかった』。
そう考える方がとても自然だ。秋月はコンパクトを再度眺め、白雪姫の物語を思い出す。あの身勝手だと言われている継母の話を思い出していた。
美しさを誇っていた白雪姫の母。
誰よりも美を象徴する顔を、誰よりも美しい身体を、誰よりも艶のある肌を、誰よりも流れるような麗しい髪形を。
誰よりも誰よりも誰よりも。
『鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは、誰?』
『それは貴女様です』
『鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは、誰?』
『それは白雪姫です』
さあ、一番になるために白雪姫を殺そう。
銃を剥け、呪いをかけ、毒を盛り。
ああああああああああああああああああああああ。
―――― 今の世界を保つためには、早く『あの子』を殺さなければ。
「秋月っ」
「――――っ、ぁ……」
「鏡を見たままぼうっとしてるんじゃないよ。そろそろそれをお返し」
「……あ、はい」
半ば奪うように蓮はコンパクトを掴む。
秋月の手を軽く叩き、意識を現実に引き戻してやる。それでも彼女はしばしの間動けずにいた。
「今日のところはお帰り。顔色が悪い」
「そう、ですね。用もすみましたし、今日はこれで帰ります」
「こっちこそ、辛気臭い話をしてすまなかったね」
「いえ、興味深い話を聞かせて頂きまして有難う御座います。では失礼しますね」
カバンを手にした秋月は出口へと身体を向ける。
表情はいつもと変わらず気丈そうに見えるが、化粧をしているとは言えその表情は暗い。蓮は煙管を口に銜え、ふぅーっと白い煙を吐き出す。
だが、ふと思い出したかのように今にも出て行こうとしている秋月に声を掛けた。
「ああ、そういえばこんな話を知っているかい?」
「? 何ですか?」
「白雪姫の母親は本当は継母じゃなくて、本当は実の母親だったっていう話」
眉を顰めて蓮を見返す。
初版の白雪姫は実の母親が実の娘を殺害しようとするという近親殺人を含んだ童話だった。だが、その残虐性のために二版からは継母に変えられたのだ。
血の繋がらない母よりも血の繋がった母の方が憎しみもより深く、そしてより浅ましく感じられるのは何故だろう。
自分の分身だから?
その年齢だった自分を思いだしてしまうから?
世界の誰よりも美しくて、誰よりも愛されていた。
なのにその世界は、自分より若くて美しい娘に奪われてしまう。
「その話なら知ってます」
最後にたった一人で死んだのは誰。
最後に笑いながら殺されたのは誰。
「つまりは、そう言う事だよ」
―――― 愛したものを取り戻すためには、早く『あの子』を殺さなければ。
鏡の世界はいつまでも閉じたまま動かない。
……Fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【6157 / 秋月・律花 (あきづき・りつか) / 女 / 21歳 / 大学生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、今回はお待たせしてしまい大変申し訳御座いませんでした;
話と致しましては、事件性&ミステリアス雰囲気を出せているといいなと(笑)少しでも気に入っていただけることを祈ります!
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