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<東京怪談・PCゲームノベル>


みどりの黒髪



***

金の髪は夜空に溶ける事はなく、ふわふわ、足が進むたびに舞うように揺れている。細い足は韻を踏むように軽やかに。
…ふと、その歩みは止まる。金糸の髪は風に揺れておくれ髪のように少女、…アヤカの頬へと張り付いた。紅い大きな目を瞬かせ、見るのは鳥居。

「…面白そう」

小柄な口元が弓なりに反る、スカートを翻し行くは鳥居へ。月光は強く、アヤカの影を強く路地へと焼き付けている。

ざざざと、風に木の葉が舞って音が鳴る。それはざわめきのようにも感じ、耳が痛い。風の啼く音は止まず、絶えず吹きつけ舞うのは木の葉だけではない様子。…さて、一つに括られた黒髪は、しなやかな鞭を思わせる艶やかさ。パンツスーツ、みどりの黒髪。
かつん、アヤカのかかとはわざと鳴らされたのか。小気味良い音が境内へと響く。…アヤカの鳴らした靴音に、反応を示す黒髪…寺田聡呼。釣り目勝ちの目は気の強さを表し、月光を反射する。アヤカを見据える目は、夜の蒼さを称えていた。

「…良い目線ね」

聡呼の目線を受けたアヤカは楽しげに笑う、それは無邪気な少女のそれと何ら代わりはないもので。聡呼は気を張っている為か、鋭く彼女の正体を見抜いた様子、射抜くような厳しい目線は未だ変わらずアヤカへと注がれている。

「貴女みたいな気の強そうな人が、絶望に泣き叫ぶ姿…」

くすりとアヤカの笑う声が境内の空気を揺るがした。紅い目を瞬かせ、両腕を緩く広げて指を動かす。聡呼の弓を持つ手に力が入ったか、聡呼の手の間接部分は白くなっていく。
月光の煌きを反射する細い細い糸のようなもの、それは雨上がりの蜘蛛の巣の糸と良く似ているように思えた。だが、あれの様に柔いものではない様子。聡呼は倒れた魔物の身体を片手で掴み、空へと掲げるようにして持ち上げた。気味の悪い音が鳴る、其の直後…魔物の首は皮一枚を残す事無く切り取られ、地へと転げ落ちた。

「と〜っても、楽しみだわ…」

魔物の首を落とし、血飛沫が弾ける其の向こうでは…無邪気、と言うよりは、妖艶な笑みを見せるアヤカの姿。その声音が境内へと再度響く、聡呼は周囲を浮遊している管狐へと目線を向ける、弓を引いた場所へ矢となるのはその管狐。光る矢となり、アヤカに狙いを定めるが…じっとしているわけが無い。

「戯けた事を!」

駆けるアヤカの姿を追いながらも、糸の存在に気付いていないわけが無く、聡呼も境内を駆け巡る。軽やかに跳ね糸を避けるも、次々と糸は聡呼へと襲い掛かる。
聡呼は駆けながらも鋭利な鏃を向けた、アヤカが糸を操ろうと腕を引いた時にそれはしゅんと放たれる。空を裂き光の軌跡を描いてアヤカへと牙を向ける矢…。

「遅いわ」

しかし、易々と其の牙に喰らわれるアヤカでもない。す…っと、残像でも見えてしまいそうなほど、素早く避ける。ただそれは、とても極僅か、最小限の動きで聡呼の攻撃を避け、聡呼の矢は空しくも空に弧を描いただけとなる。

「チッ!」

思わず聡呼は舌打ちを。…それでも、背後から迫る糸を避けるために腰を屈める。これでは、堂々巡りだ、手立てが見つかるまでは下手に動くこともならぬ…。聡呼の眉間には深い皺が刻まれ、苦悩が手に取るように見える。
それに比べ、アヤカの表情は対比するように面白そうに笑っている。舞うようにして糸を繰り出し、月光に煌く銀糸は聡呼の周りへと張り巡らされていく。聡呼の蒼い双眸はアヤカの姿を捉えたまま、再度弓を引けば、矢となっていた管狐が戻って来た。

「便利な子ね…、その子」

管狐の事を言っているのだろう、アヤカの細い人差し指が聡呼の矢へと先端を向けた。聡呼がそれにつられるように、矢に戻った管狐へと目線を落とした瞬間だ。

「っ!!!」

「アッハハ!駄目よ!余所見なんかしちゃ」

アヤカの人差し指から放たれた一本の糸、それは聡呼の背後に在る石灯籠に食い込んでいた。糸から垂れる液体、それはぽつりと一滴、地面を穢す、黒い液体。…聡呼にも穢れている箇所が見受けられる、わき腹。切り裂かれたスーツから見える白い肌に滲み出る黒い液体、恐らくは血だろう。夜と言うためもあってか、紅さを見せず黒い物。
怪我を負っても、退魔師と言うプライドと責任感からか、傷を押さえる事も無く、ぐっと力の篭った視線でアヤカを見据える。軽症なのか、血はすぐに乾き傷を塞いでくれたのが幸いだが…アヤカは微笑んだままに、休まず糸を繰り出すのは必至。今度は聡呼もすぐさまに矢を放つ、光の軌跡はアヤカへと真直ぐに伸び、迫るは足元。

「っ!…もう、女の子の肌に傷をつけるなんて…最低よ?」

「人の事を言えた義理か…!」

アヤカの足元には微かなかすり傷、相手の体力を奪い取るほどの傷をも負わせられない…聡呼は考えを巡らせる、彼女の動きと糸は…どうすれば封じることが出来る?

「…ほうらっ!ぼやぼやしてると、ミンチになるわよ!」

相して聡呼へ迫る糸、それは全方位、四方八方からと遣ってくる。ぎりりと奥歯を噛み締め、痛むわき腹に叱咤しながら弓で避け行くも…しゅんと、耳元で風の裂く音、はらりと落ちるのは己の黒髪。数本空へと舞った。

「!小生意気な!」

頬にあるのは鋭い切り傷…いいや、爪痕だろう。紅く蚯蚓腫れのような線が3本、聡呼の頬に張り付いている。ぐっと険しい顔を向ける聡呼の目に映るのは、ちろりと赤い舌を少し出し長く伸びた己の爪を舐めるアヤカの姿。不敵な笑みを浮かべ、更に此方へと近づいてくる。ただしかし、アヤカの歩みはゆっくりと。施しを焦らすように、時が進むのさえ緩く感じられた。
弓で何とか、大半の糸は払っているも、無論避け切れないものもまた出てくる。その糸は、聡呼の服や皮膚をやわやわと切り裂いていく。それに加えて、アヤカのあの爪の鋭いこと。アヤカは依然焦らす様子をとめる事無く、聡呼の皮一枚一枚を傷つけるように、糸、爪を振るう。

「!くぅ…!」

何とか弓で反撃を試みようと弦を弾く、しかし、指に上手いように力が入らないのか。すぐに二の腕が痙攣を起こし、無常にも長らく連れ添った弓の弦は元の形状へと戻ってゆく。立っているのもやっとの様子、聡呼の腰は低めに落とされ、何とか足を踏ん張り耐えている。誰が見ようと、圧倒的にアヤカが優勢…しかし、依然目の厳しさは変わっていないのは、心情の強さゆえだろうか。
だが、アヤカにとっては、その目線は更に心の奥底、昏い物が疼くのを感じさせた。アヤカは足を聡呼へと踏み込み、糸ではない、直接己の長く伸びた爪で聡呼の太股を爪で切り裂いた。
それは尋常でない痛みだろう、破れたズボンの切れ目からは張った白い肌が見え、にじみ出る赤い血が其処にとても良く映えた。間合いは一歩程度未だ空いているまま、アヤカは聡呼の表情をのぞき見るように、大きな紅い目を瞬かせた。

「この、くそ…!」

慌てて身体を引くも、捌かれた片足を引きずっての移動はたいした事はできない。数メートルほど間合いは何とか空けられた…いいや、空けてもらえた、と言うべきだろう。聡呼は背に糸の感触が二本ほど感じた、慌てたような動作で弓を振るって其の糸を避ける。…が、縦横無尽に張り巡らされた其れを、避けきるのは至難の業と言えよう。

「フフ、大変ね。片足、それじゃあ…避けるの大変でしょ?」

アヤカの声は天真爛漫そのもので、猫を被っているようにも聞こえた。その声は聡呼の神経を逆なでし、頭に血を巡らせるも、更に動きが鈍くなる作用しか働かせてはくれない。
アヤカの繰り出す糸は、依然として聡呼をやんわりと…真綿で首を絞めるように、じっくりと追い詰めてくる。…当分、蜘蛛の巣すらも見る事は出来ないだろう。いや、むしろ、生きて帰れるのかどうか…。聡呼の脳裏にふと、その様な考えが、背に流れ落ちる冷や汗と共に浮き上がってきた。

「もっと、もっともっと、遊びましょうよ」

口元には微笑をたたえたまま、腕を振るい魔力を紡ぐ、細い糸は神社に張りめぐり、見えはしない鉄条網が編みあがりそうなほど。肌に薄らと感じる魔力は、聡呼の肌を針で突いている様な刺激を与えるだけ。
細い指をアヤカが動かせば、糸は間隔を狭め聡呼を苦しめた。アヤカの口元には未だ笑みが張り付いている、心底愉快で、楽しそうな…愉悦に塗れた表情は、正気の沙汰とは思えないほど美しい。
聡呼は痛む太股に足を引っ張られながらも、懸命に避ける…が、それがすぐに尽きる体力の元だというのは、アヤカにも、また、聡呼にも判りきった事だった。


「…最初の威勢はどうしたの?随分と大人しくなったのね」

くすりと小さく嗤う息遣い。すでに聡呼は体力を消耗しきってしまったのか、痛む太股に眉を顰めながら、糸に囲まれる中へたり込んでしまった。
蒼の双眸は地へと視線を落とし、既に戦意喪失とも取れる…。アヤカは目を細めた…さあて、止めはどうやって刺そう…。不敵に笑うアヤカの表情から、その考えは易々と見得てしまう。聡呼は恐怖と言うよりも、怒りの色濃い表情を地に向けていた。それは、相手への憎しみか、歯の立たない不甲斐ない己へか。

「…大人しく…?」

問い返すように聡呼の口が開いた、それは鸚鵡返し。思考能力まで奪われたと見えてか、アヤカの笑みはより深いものへと変わっていく。それは無邪気ながらも、残忍な笑みで…、子どもその物とも言えようか。

「暴れてくれても良いわ、このまま大人しく殺しちゃうなんて、つまらないもの…ね?」

…アヤカの答えはひどく残忍。聡呼の片眉がピクリと動く…。
体中を切り裂かれ、かすり傷がほとんどと言えども、太股の出血は多量、頭もくらりと目もかすむのか目線は最初よりもきつくは無い…。だが、ぐっと食いしばった口は大きく開けられた。

「っしていられるわけがあるかぁ!!」

聡呼は遂に激昂を上げる、その声は神社中に響き渡り森すらも揺るがした。さすがのアヤカもまさかまさか、体力が尽きたとばかり思っていた相手が此処までの大声を張り上げるとは。紅い目を剥いて聡呼を見る、其の瞬間、黒い瞳孔に煌くものが見える。…幾つだろうか、いち…に…さん…。全て併せて4つの光。それは鋭く、アヤカの体目掛けて放たれた。

「っぁあ?!」

逃げよう!いや、逃げられないか?!いや、最低限、避けるものは避けねば……殺られてしまう!!
本能的な動きはアヤカに救いをもたらした、しかし、それは僅かなもの。聡呼の放った矢は、見事とは行かない…アヤカの肩口へと光の軌跡が通っていく。アヤカの体は矢に引っ張られ、ぐんと後ろへ移動した。
引き裂かれんばかりの痛みにアヤカは吼え、射抜いた矢の痕を掌で押さえる。それでもどうにも、血は止まらない。どんどんと顔が紙の様に白く変色していく。

「っは…はは、ざまあ…ない…っ」

息も絶え絶えと、聡呼は何とかアヤカへと屈辱の念を晴らす言葉を投げつけた。そうして、引かれる弓の弦。アヤカの眼に映るのは、煌々とした鏃の灯り。…次の矢は、避けられるか…?

「…〜っ覚えて、なさい…!!」

綾香の顔が怒りと屈辱に歪む、ぐっと眉間に皺が寄り、紅い目は凶暴なまでの光を灯して聡呼を見据えた。アヤカの発する狂気に、聡呼さえ目を細めてしまう。
聡呼の体力が回復しないうちに、此処は一旦、背を向けるほか手段は無い。肩口を遣られてしまえば、まともに糸すら操ることは出来ないだろう。ましてや爪など…片腕でどうなろう事か。



「最悪…っ!!」

血を吸い黒く変色してしまった制服は、更にアヤカの気を滅入らせる原因となる。どうしてくれようこの事態、まさかまさかと、考える中で、アヤカの体は神社から抜け出ていた。
追ってはこない様子、ほっとするよりもまずはアヤカに怒りがこみ上げる。…さあ、次に逢った時は…どう手を施してやろう。


…アヤカを照らす月光は、既に空は白んで霞んでいるせいか、とても弱々しいもの。…今朝は霧が濃い、アヤカの頬や胸元に、細やかな水滴が当たっては砕けた。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 6087 / PC名 アヤカ・レイフォード / 性別 女性 / 年齢 16歳 / 職業 半魔】

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■         ライター通信          ■
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■アヤカ・レイフォード 様

初めまして、発注有難う御座います!ライターのひだりのです。
戦闘重視の物でとても書き手としては、書き応えが在りました。アヤカさんの雰囲気をどうだそうかと
かなり試行錯誤しながら進めたのですが、如何でしょうか?主に糸の攻撃で聡呼を痛めつけてみました。(笑)
気の強いと言うか、妖艶でも少女らしい感じが出るようにと注意してみました。

では、此れからも精進しますので、機会がありましたら是非、宜しくお願いいたします!

ひだりの