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<東京怪談・PCゲームノベル>


Crossing ―セイレーンの唄声―



 仕事帰りに、この学校から聞こえる聖歌隊の歌が……すき。
 疲れた心を癒してくれる。
 綺麗な声。綺麗なウタ。
 ――――それなのに。



 神崎美桜は、そ〜っとドアを開けた。こっそりと家屋に侵入すると、枕を抱きかかえている腕に力を入れて彼を探した。
 案外簡単に見つかった。
 美桜はそっと覗き込む。
 上海から長い遠征を終えて戻って来た遠逆和彦はもう寝るつもりらしく、布団の中に入って眼鏡を外しているところだった。
「美桜」
 呼ばれて、ドアの外で美桜がぎくりと身を強張らせる。彼は眼鏡を枕もとに置く。
「どうした?」
 美桜はおずおずとドアを開ける。フローリングの床の上には不自然に畳が敷かれている。なんだかこの足触りに美桜は慣れない。
 彼は上半身を起き上がらせ、こちらを見てきた。
「あの……あの、あの」
 やっと彼が帰ってきたことに喜びが隠せない美桜は、頬を染めてもじもじとする。
「い、一緒に寝てください!」
 かあっと顔を真っ赤に染めた美桜の言葉に、彼は無言だ。ややあって、嘆息する。
「……なんだ。まだ一人で眠るのが怖いのか?」
「えっ、あ、はい」
 美桜は激しく頷く。彼は呆れた。
「まったく。一人で寝るのが怖いなら、こんな大きな家にしなければいいのに」
「い、いえ……あの、私が作ったわけではなく……」
「知ってる。あの過保護な人がやったんだろ、どうせ」
 それはそうなのだが。
 和彦は元々鈍いところがあるため、美桜としても時々歯痒くなることがある。
 ここに来たのは……寂しいからというのもあるが、彼と一緒に居たいのが一番の理由なのに彼は気づきもしない。
「あっ、あのですね!」
 なんだか恥ずかしくなって美桜は大きな声でそう言いだした。和彦は不思議そうな顔でこちらを見る。
「最近ですね、うちの学校でですね、『神隠し』と言われることが起こってるんです」
「神隠し?」
「はい。聖歌隊の子が、行方不明になっているようで……」
「警察は?」
「警察も色々と調べているみたいなんですが……」
「そうか。それは大変だな」
「あのぉ……それで、お暇でしたら……一緒について来てくれません……か?」
「……俺が?」
「あ、いえ! あの、忙しいならいいんです! ただ、歌の練習もあるので……その」
 和彦は「ふぅん」と呟いた。
「わかった。護衛としてついて行けばいいんだな?」
「は、はい!」
 美桜は顔を輝かせ、心の中でガッツポーズをとった。
 和彦は、ふと気づく。
「……美桜の分の布団がないな。隣の部屋にあったかな……」
 立ち上がって隣の部屋へ行こうとする彼の浴衣の裾を、美桜は思わず握った。自分でやっておいて、「あ」と美桜は顔を赤くする。これではまるで…………。
「…………」
 不審そうに見てきた彼は、無言になってしまう。
 それから……薄く笑った。
「そうだったな……『一緒に』寝るんだった」



 今日は土曜で学校は休み。けれども練習があるので美桜はやって来ていた。
 教会まで来た美桜は、和彦を連れて中に入る。
 荘厳とした様子に和彦は反応すらしない。
「あ、あの……それでは終わるまで待っててもらえますか?」
「わかった」
 頷いた彼はきびすを返して歩き出す。
「和彦さん、どこへ?」
「……様子見だ。どこか変なところがないか、少し見てくる」
「わかりました。練習が終わるのは……」
「知ってる。朝、寝惚けてる時に聞いたぞ」
 そう言われて「えっ」と美桜は慌てた。まったく憶えがない。
「そ、そんなこといつ言いました?」
「いつだろうな」
 小さく笑うと彼は歩き去ってしまう。
 残された美桜は困惑しつつ、集まっているメンバーのところに近づいていった。
 と、いきなり腕を引っ張られ、美桜は仰天する。彼女はあっという間に友人たちに囲まれてしまった。
「今の誰!? すっごいかっこいい人じゃない!」
「もしかして神崎さんの彼氏?」
「やっだー。いつの間に!?」
 一度に言われて美桜はうまく反応できない。だが、何を言われているかはわかった。
「まあまあ皆さん。神崎さんも困っているようですし」
 神父が楽しそうに笑顔で近づいてくる。女生徒たちは「はーい」と残念そうに言う。
 助かったと安堵する美桜だったが、神父が笑顔のまま尋ねてくる。
「それで、彼は神崎さんの恋人ですか?」
「しっ、神父様!」
 美桜は真っ赤になってしまった。

 休憩時間になっても戻ってこない和彦のことが心配になり、美桜はそっと教会を抜け出した。勿論、すぐに戻ってくるつもりだ。
(和彦さんに限って迷子になることはないとは思いますけど……)
 渡り廊下を歩いていた美桜は、ふと気になって中庭のほうを見る。
 穏やかな風を受けて揺れる木々の葉。それなのに……。
(?)
 なんだか違和感。
 だがそれがなんなのかわからず、美桜は視線を前に戻した。
「綺麗な声ね」
 背後から声をかけられて、振り向く。
(……だれ?)
 渡り廊下の向こうに立っていたのは、長い髪の女だ。スーツ姿なので、新しく来た教師かもしれない。
 彼女は薄く微笑む。
 美桜は瞬きし、褒められていたのだと気づいた。
「あ、ありがとうございます」
「熱心に練習していたけど……今日はとても調子が良かったようね。惚れ惚れしたわ」
「えっ!? あ、はい……う、嬉しいです」
 照れてしまう美桜は、微笑む。
 女はすぅ、と指を美桜に向けた。
「美しい声ね……。本当に……」
「…………あの、新しく来た先生……ですよね?」
 美桜の問いかけに女は応えない。
 視線を下げると……女の足もとに影が無いことに気づく。
(……実体がない……?)
 美桜は顔が強張るのを感じた。
 女は後ろに遣っていた手を前に出す。そこには大きな鳥篭。
 様々な鳥がそこに居た。
 美桜は先ほどの違和感の正体に気づいた。鳥だ。中庭に一羽も鳥がいなかったのだ!
 慌ててきびすを返して美桜は走り出す。
「……美しい声は、その姿に不似合いよ」
 女の囁きが背後から響く。美桜の長い髪から徐々に姿が変貌していった。
 まるで汚染だ。
 髪から女の力が浸透していく。髪の色が変わり、それが羽の一部になっていく。
(……! 和彦さんっ)



「行方不明者は聖歌隊の人たちだけなんですか?」
 通りかかった老シスターに話を聞いていた和彦に、彼女は頷く。
「ええ……。どの子も遅くまで練習していた子だったの……だから今は遅くまで学校に残らないようしているのですけど」
「その事件が起こる少し前に、他に変わったことは?」
「そういえば……」

 校舎の裏手にある道路。裏門まで案内してくれたシスターに礼を言って和彦はそこに残った。
 一ヶ月前に……交通事故が……。
(霊体……いや、この粘着性のニオイは……)
 彼はそこで、上空で鳴く鳥に気づいて顔をあげる。
(カナリア……?)
 なんでそんなものがここに?
 くるくると上空を旋回していたカナリアは、和彦のところに一気におりてくる。そして肩にとまった。
 彼は苦い表情をした。和彦は動物が得意ではないのだ。
 むぅ、と眉間に皺を寄せていたが、はたとする。
 カナリアがコツコツと嘴で和彦の頬を突付いたのだ。
<カズヒコ、サン……>
(テレパス……)
「美桜か。どうした」
 すぐに気づいてくれたことに喜ぶカナリアは、首を小さく傾げた。
<アクリョウ……デス。ミンナ……トリ、ニ……>
「よく逃げてこれたな」
 感心したような彼の声に美桜は微かに翼を羽ばたかせる。どうやら喜んでいるようだ。
<ワタシ、オトリニ……ナリマス。ミンナヲ……タスケテ……>
「その必要はないだろう。すぐそこまで来ている」
 生暖かい風が吹いた。
「美桜、少し離れてろ」
 美桜は和彦の肩から離れ、空へ舞い上がる。
 彼は薄く笑っていた。
 振り向いた先には、美桜が先ほど見た女が立っている。左手にはやはり、鳥篭。篭の中の鳥たちはただならぬ様子に落ち着きがない。
「…………わたしの鳥……わたしの歌声…………」
「おまえの娯楽に付き合っている暇はない。捕まえた人間を解放しろ」
 ぎょろ、と女は眼球を和彦のほうへ向けた。
「お、ま、え、は、だ、れ、だ?」
「知る必要はない」
 呟いた時にはすでに和彦の姿はそこから消え去っていた。
 一瞬で詰め寄った彼は、手にしている漆黒の刀で女の左腕を斬り落とし、そのまま一気に女の首を刎ねた。
 まさに瞬速。
 篭が派手な音をたてて落ち、中の鳥はバタバタと暴れた。
 落ちた頭。女は呟く。
「綺麗な歌はわたしのもの……わたしのものなの……」
 どろり……と頭と、佇んでいた胴体が溶けていく。溶けながら空気に混ざるように消えていった。
 上空を飛んでいた美桜はゆるゆると肉体が元に戻っていくのに驚く。翼が両腕になり、羽が消え……。
「え」
 完全に戻った美桜は地上に一直線に落下していく――!
 地面にぶつかるかと思われたが、落ちた先は和彦の腕の中だった。
「おかえり」
 にっこりと微笑む和彦に、美桜は呆然とした。
 受け止めた和彦は視線で美桜を促す。そちらを見て、美桜は安心した。
 篭は消え去り、鳥になっていた……行方不明者たちは皆、無事に元の姿に戻っていた。全員気絶しているようだが、どこにもケガはない。
「よ、良かったですぅ……」
 安心して脱力した美桜は、完全に体重を和彦に預けていた。
「ありがとうございます、和彦さん」
「いえいえ。お安い御用です」
 丁寧に囁く和彦にすがっていることに気づき、美桜はぎょっとする。けれども……。
 顔を赤らめて、彼の首に手を回して絡めた。
「い、今だけ……です」
「何が?」
「和彦さんに頼りっぱなしです……私」
「それが?」
「それじゃ、いけないですよ。でも…………今だけ、甘えてもいいですか……?」
 上ずった声で、小さく尋ねる。
 すると彼はきょとんとしてから……吹き出してくすくす笑った。
「別に今だけじゃなくて、ずっと甘えたらいいだろ。遠慮することないのに」
「そっ、そんなことできませんっ!」
 真っ赤になって言う美桜に、彼は意地悪く囁く。
「昨日の夜だって、あんなに甘えてきたくせに」
「な、なあっ!? なんてこと言うんですか! 和彦さんのばかぁ!」
「はいはい。では、お姫さまは甘えてください。わたくしめはなんなりと、ご命令をお聞きしますよ」
「なっ、なんですかその言い方ーっ!」
 赤い顔で言うものだから少しも怖くない。
 暴れる美桜を抱きかかえたまま、和彦は笑いが止まらないようだった――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 上海帰還後の初ラブラブ……いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!