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<東京怪談・PCゲームノベル>


商物「影法師」

「今日はとってもいいお天気☆」
ジェイド・グリーンは朝日の快さにうーん、と大きく伸びをして、ん? と首を傾げた。
「……お・天・気?」
東の空から住宅街を見下ろす太陽は、今日一日の晴天を約束して一片の翳りなく明るく、ジェイドを見下ろしている。
 明るい金色の髪に鮮やかな緑の瞳……単一民族で構成された島国、地方では未だ珍しい色彩を有して人目で他国の人間と解る容貌はどうしても人目を引く。
 しかし、それとは別に今日の彼は名状しがたい雰囲気を持っていた。
 居候しているマンションの出入り口で不審気に動きを止めるジェイドに、早朝の散歩を終えた老婦人が朝の挨拶と共に頭を下げる。
「おはよう、ございまーす」
それに応えてとっても良い笑顔で金色の頭を勢いよく下げ、ジェイドは其処でまた動きを止めた。
「……ございます?」
いつもの彼なら「おはようでーすッ♪」と元気全開で行くところなのだが。
 違和感を覚える口調は常の明るさを保っているものの、微妙に丁寧で、そして何処か可愛らしい。
「おかしい……」
我が事ながら、解せずにジェイドは首を傾げる。
「何か変なモンでも食ったかなー」
真っ先に浮かぶ選択肢に他の可能性は真っ向から除外しているが、それを突きつめてみても原因を特定するまでは至らない。
「まぁ、いっか!」
持ち前の適当さ、もとい明るさで以て、ジェイドは形のない懸念を蹴り飛ばす動作で高く空に放り上げた。
「今日も楽しくバイト、バイト、バっイトーッ♪」
自らの足下の影が奇妙に膨らんで居ることに気付かぬまま、ジェイドは軽やかな足取りで本日の職場へと向かった。


 職業、フリーター……のようなそうでないような。名刺に表記し難い肩書きを持つ、ジェイドの本日のお務めはウェイダーだった。
 登録してある派遣会社からの紹介による、さるイベントでの催場が職場、世界各国の地ビールと料理を集結させ、ふんだんにご賞味頂こうという主旨にビアガーデンが盛況になろうという時節に狙いを定めた企画は大当たりして連日盛況である。
 地下鉄駅から近いという地の利の良さ、併設されているアミューズメントパークの存在も一助となって老若男女を問わずお楽しみ頂ける力の入れように、活気に溢れた職場にジェイドも勤労意欲を刺激され、俄然張り切ってお務めに勤しんでいた。
 それもその筈、ドイツ語会話が出来れば望ましい、という主催者の拘りに、技能の分、特別手当が支給されるのだ。
「herzlich Willkommen!」(ようこそいらっしゃいました)
お客様がブースに足を踏み入れたと同時に店員が唱和する、こればかりは、日本語しか出来ない店員も、発音を骨身に沁みるまで叩き込まれて、店の雰囲気を一気にゲルマンに叩き込む小技を効かせている。
 なんちゃって金髪でもなく、カラコンの深みのない緑でもない、自前の色彩で立派な西洋人である所のジェイドは一際目立っていたのだが……今日は別の意味で目立ってもいた。
 昼時の少し前、そろそろけたたましい忙しさが訪れようという辺りで来店した女性の一群が、案内のウェイターを無視して、テーブルを片付けているジェイドに大きく手を振った。
「ジェイドくーん♪」
「あー、また来てくれたんだありがとー♪」
その姿を認め、満面の笑顔になるジェイドは、全く接客業に向いている。
 人目でその人数を把握し、てきぱきとテーブルを片付けてしまうと、手招きで5人の女性を呼び寄せる。
「Ich bereitete einen Sitz auf Sie vor」(貴女のためにお席をご用意いたしました)
食器と布巾は通りすがりの同僚に任せ、一人一人に椅子を引く紳士的なジェイドに、友人を誘ってきたと思しき一人が胸を張った。
「ねー、可愛い子が居るってホントでしょー」
ホントホントとさざめくように笑う女性達に、可愛い、と表されたジェイドは唇を尖らせた。
「成人男性捕まえてそれはないでしょ、お姉さま方ー。そんな事言ってたら彼氏に怒られるよ?」
「それはそれ、これはこれ!」
一同、声を揃えてきっぱりと言い切られては、ジェイドははいと答えるしかない。
「でもホンットイイカンジよねー、もう少し筋肉つけたらモデルもいけそう」
「それはアンタの好みでしょー。ねね、日本語上手ね。何処の出身? やっぱドイツ?」
元々単一民族である日本人は西洋人の国籍を見分ける事が出来ない。先ずお約束的に問われるそれに、ジェイドは軽く答えた。
「うん、俺エロマンガ島出身ー」
めっちゃポリネシア圏である。
 それがジェイドの冗談である、という事を理解するのに軽く3秒かかった面々は、気付くと同時にどっと笑い出す。
「ホント面白いわー」
「サイコー」
笑いを引き出すことに成功し、満足げなジェイドは前掛けのポケットに入っているオーダー票を取りだした。
「さ、お仕事させて下さいな」
そう何処となくおしとやかに告げて……はその違和感に首を傾げつつ、一番間近の客が取り敢えずビール、と五本の指を立てた。
「あら、昼間からアルコール? 御仕事は大丈夫なの?」
懸念に眉を顰め、立てた人差し指を頬にあてて無意識にしなを作る、ジェイドの口調は言葉・イントネーション共に女性のそれで、ぶっちゃけおかまにしか見えない。
 無自覚なジェイド、どう反応すればいいのか解らない客達、と気まずい沈黙が場を支配して、それに漸く気付いた本人がスチャと姿勢を正して、今度は反対方向にわざとらしく悩殺的なシナを作った。
「うっそぴょ〜ん♪」
突然の変貌に場の空気が凍り付く。
 紛れもなく、滑った、と言われるその状況に心中で涙しつつ、ジェイドは明るくペンを取り直した。
「Ich wiederhole eine Reihenfolge.Es ist funf Bier」(ご注文を繰り返します。ビール五つですね)
職務を遂行しようと、ペンを手にした小指が立っているのに、本人気付いていない。
「ジェイドくーん?」
またもや意識の外の行動……客からすればネタを続けて笑いをとろうと言う涙ぐましい努力に見えなくもないが、一度外した空気は生半可では修正が効かないのが世の常だ。
 引き気味の視線が集中する己の手元に漸く気付いて、ジェイドは恥じらい深く、両手で己が頬を包み込んだ。
「やんッ、恥ずかしい〜」
見ないで見ないでとくねくね動くジェイドの奇行に、駆け付けたウェイター二人が両腕を掴み、抱え込むようにして奥へと引きずっていく。
「お騒がせいたしました、お客様。ご注文をお伺い致します」
冷や汗を隠せないフロアチーフが後を引き継ぐに、呆気に取られた五人の客はそれぞれに指を五本突きだして、合計25杯の中ジョッキを注文した。


「つ、疲れた……」
人目のないのを良いことに、ジェイドはスチール製のゴミ箱に懐いた。
 陽光に晒され続けた金属は触れる頬に熱いが、それよりなにより脱力感の方が勝って、支えていたくない体重を預ける。
「どーしたんだよもー、俺ェー……」
しくしくと嘆いてみても、聞いているのは足下に伸びる影のみだ。
 その後、トレイを片手で支えてモンローウォークでテーブル間を練り歩いてみたり、と意識の範疇を超えた行動は己で御しがたく、きっぱり裏方仕事に回されたジェイドである。
 幾ら思い返してみれど、居候先で饗される食事で痛んだ食べ物を摂取した覚えはなく、拾い食いなど日本では以ての外、と、どうしても経口摂取にしか原因を求められず居れば首を捻るしかない。
 夏場の営業だけあって終業は9時まで、しかしジェイドは朝からのシフトで入っていたため、そろそろ上がる事が出来る。
「帰って……。また変なことして弓弦ちゃんに不気味がられたら……どうしようぅぅッ」
複雑な男心から来る煩悶に、またくねりそうになる身を、ゴミ箱に抱き付くことで制し、ジェイドはふふふと不気味に笑いを零した。
「そうだ、こうやって耐えればいい……よし、家まで付き合って貰うぞ、友よ!」
友情を覚えられたゴミ箱は、業務用の誉れも高く、内容物の廃棄の際はフォークリフトで以て移動する重量物だ。
 それを如何にして持ち帰ろうと言うのか、取っ手に手をかけてふんぬ! と力の限りに引くジェイドの行動は無茶としかいいようがない。
 それを証拠に引けども押せどもびくともしない友に、あっという間に溢れる汗を手の甲で拭いながら、ジェイドは説得にかかる。
「まぁいいじゃないか。ここでただゴミを護ってても風雨に錆び付くだけだろ? 今夜くらい、一緒の布団で語り合おう、兄弟……」
ついには肉親にまで発展した一方的な関係は、だが、ゴミ箱の意には沿わなかったらしく、ひたすらに沈黙を守るのみだ。
 相手は無機物なのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
「そうか……それなら俺にも考えがある」
凄味を漂わせて、ジェイドはゴミ箱に宣告する。
「イヤだと言っても着いてきて貰うぜ?」
ニヒルに笑ってジェイドは片耳のピアスのキャッチに手をやり、翡翠のそれを外そうとしてふと、足下の異変に気付いた。
 西に沈みかけた太陽の赤々とした光を受けて東に延びる影……それとは別に陽に向かって長く濃い黒がもう一つ。
「影が……二つ?」
ぱちくりと目を瞬かせ、次いで袖口でごしごしと目を擦ってみても現実は変わらない。
 明らかにおかしい、と思われる影を凝視して、ジェイドはシルエットすら判然とせずにただ人の形をした輪郭ばかりのそれに、呼びかける。
「弓弦ちゃん」
迷いなく口にした名に影は反応を示し、地面をするすると動いてジェイド本来の影に重なった。
「えー、弓弦ちゃんどうしたの影だけって……ちょっと逃げないで!」
踏み出す足に、自然と影も動く。
 夕陽を背に走れば当然先を行く影を追って敷地を駆け、ジェイドは壁際にようやく奇妙な膨らみに身幅より広い影を追い詰めた。
 ジェイドの影に隠れるように、こっそりと身を乗り出すそれは、遠慮がらな弓弦がジェイドに声を掛けかねた時に時折見せる仕草だ。
「弓弦ちゃん、大丈夫、怖くないよ」
そっと声を掛けながら壁に、影に触れる。
 もぞりと動いた弓弦の影が、その手に掌を合わせてくれていると何故か確信して、ジェイドは微笑んだ。
 彼女の影が、今日の女っぽい行動の原因だろう、と思い至ったジェイドはしかし怒る気にはなれず却って胸を満たす想いに愛しさが増す。
 一日、自分と共に居てくれたのだ、彼女が。
 学生である弓弦の休日は土日と長期休暇と安定しているが、フリーターのジェイドは仕事の都合、稼ぎ時の休日をそう無碍にする訳に行かず、やはり生活パターンから来るすれ違いも多い。
 だからこそ、ここぞと言うときは張り切るジェイドだが、やはり二人で過ごす時間は多いほどいい、というのがやはり正直な見解だ。
 喩え影でも、多分に彼女がそうと望んで共に過ごした一日であるなら、ジェイドにとっても喜ばしく……そして何より愛おしい。
「うん、弓弦ちゃんがついて来ちゃった理由は帰ってから弓弦ちゃんに聞くよ。でも弓弦ちゃんがここに居たら、弓弦ちゃんが困ってないかなぁ?」
何やらややこしげな呼称を駆使して影に話しかけつつ、ジェイドは尤もな懸念は口にした途端、その事実が重くのし掛かるのを自覚した。
「そうだ、弓弦ちゃん困ってないかなぁ! 弓弦ちゃん、弓弦ちゃんに言って出て来た? そうでなきゃ書き置きとか、あ、流石にそれは無理か。携帯……は、更衣室のロッカーの中か!」
慌てて連絡を取ろうと、お仕着せの制服のポケットを探るが就業時間中に携帯電話を身につけて居よう筈はなく慌てる。
「大丈夫だよ弓弦ちゃん、俺もうすぐ上がりだから、そしたら弓弦ちゃんに連絡を取って安心させたげたら直ぐ、弓弦ちゃんの所に連れてったげるからね!」
拳を握って請け負ったジェイドは壁の向こう……ドイツ料理の飲食コーナーから響く騒ぎに気付いた。
「何だろ」
酔っぱらいが暴れ出すのは、アルコールを出す以上避けられない事態だが、何やらいつもと騒がしさの質が違う。
「弓弦ちゃん、はぐれないで着いてきてね!」
何か手に負えない事態が発生したなら……他人には出来ない、自分に出来ることがあるかも知れないと、ジェイドは影に一声をかけてフロアに向かって駆け出した。


「弓弦ちゃん?!」
酔漢二人と向かい合い、傍目に一触即発を見て取るのが可能な緊迫した空気を打つように、遠くから呼びかけられた名に、弓弦はそちらを振り向いた。
「ジェイドさん……ッ」
感極まって声を震わせる、それは外見通りの可憐さで、事の次第を知らない人間が見れば弓弦が被害者だとしか思えない。
 テーブルと騒ぎに集まる人の間を掻き分けて、ジェイドは弓弦の盾になる位置に割り込んだ。
「なんだてめぇ!」
少女を相手に拳で訴えるのは流石に気が引けていたのか、手を出しかねていた男達の内一人が、鬱憤をぶつける対象の出現に俄然、元気を出す。
「そこどけよ、女に虚仮にされて黙ってられるかよ!」
唾を飛ばして怒鳴る言葉は虚勢もいい所だが、傷つけられた自尊心を立て直そうとする涙ぐましさは却って周囲の失笑を買う……それが却って彼等の退路を断った。
「その女寄越せ! 身の程を思い知らせてやる……ッ」
ギリギリと歯噛みする男達にジェイドは一つ息を吐き、眼光鋭く二人を睨め付けた。
「Kommen Sie, und guten Tag!」(いらっしゃいませこんにちは)
低音で吐き出される、言葉に男達があからさまにたじろぐ。
 その機を逃さず、ジェイドは弓弦を背後に庇ったまま……そして前に出ないよう、片手で制して一歩を踏み出した。
「Ist eine Reihenfolge ublich?」(ご注文はお決まりですか)
低い語調は重々しく、男達を追い詰める。
「な、何言ってんだよ日本語で喋れよ!」
低音に怒りを滲ませたジェイドの言に怖じ、相手はすっかり及び腰だ。
「Wie geht es zusammen einer Kartoffel?」(ご一緒にポテトは如何ですか)
言葉はわからない迄も、自分達が責められている……もしくは脅されているという事実を肌で感じ取り、紛う方なき西洋人であるジェイドの外見にも威圧され、緊張に冷めた酔いは拙い相手に喧嘩を売ったことを理解させるが、逃げ出す事も出来ずに相棒の出方を見ようとちらちらと視線を交わす。
 それに大仰に息を吐き、肩まで上げた掌を天に向けたジェイドはやれやれと首を振る。ありがちなオーバーアクションで一旦場の空気を緩めたジェイドは、その好きを突いて腹の底から吐き出す声に、大喝の響きを持たせた。
「Ich werde jetzt mit einem Satz preisgunstig!!」(只今セットでお安くなっております)
その一喝に、男達は背を見せて脱兎の如く逃げ出す。お定まりの捨て台詞を肩越しになりと吐こうとするが、それは出口で伝票を持って待ちかまえていたチーフに阻まれ、会計を終えるまでの間衆目に晒される恥辱に封じられてほうほうの呈でスペースを後にした。
「Auserdem, gehen Sie bitte〜♪」(またお越し下さい)
こればかりはいつもの明るさで、手を振って見送ったジェイドは、何とか納まった事態に肩の力を抜く。
「弓弦ちゃん、大丈夫? 怖かったでしょ、ゴメンね」
改めて弓弦に向き直ったジェイドは気遣いに優しく声をかけ、震える肩にかけようとした手が……すかっと宙を掴んだ。
 ジェイドに空振りを食わせ、その場にしゃがみ込んだ弓弦はぺちぺちとその足下の地面を叩く。
「あ、そういえば弓弦ちゃんの影、朝から一緒だったみたいでさー。仕事終わったら直ぐに帰るつもりだったんだけど。大丈夫だった? 困ったりしなかった?」
弓弦と目線を合わせる為か、ジェイドもその場にしゃがみ込んでその顔を覗き込んだ。
「ジェイドさんにご迷惑をおかけして……っ、私こそ申し訳ありません……ッ」
どうにか影を引き剥がそうとするが、地面に貼り付いたそれは掴む手がかりもなく弓弦の努力を無にする。
「取り敢えず、家に帰ってから考えようよ。なんで俺について来たかわかんないけどさ、落ち着いたら弓弦ちゃんの気も変わるだろうし」
頬に朱を昇らせて懸命な弓弦も可愛いな、と呑気なジェイドと裏腹、落陽が自らの影を取り戻す刻限と知る弓弦は必死である。
 弓弦の足下の影はその場凌ぎに購入したモノ、影を扱う不思議の店の主が薦めの通り、気弱な弓弦を補って弁の立つ……姐さん、と呼びかけたいような気の強い影と終生沿うのは頂けない、と酔漢に絡まれてから一連の出来事に骨身に沁みていた。
 しかし、弓弦には自分の影を取り戻す為の、最後の助力を影に乞う。
「影さん……お願いします、私の影を説得してください」
元より、恋しい人と共にという、弓弦の願いのままジェイドと共に在る影を説得する目的だ購入した影だ。
 その本分を発揮して貰おうと、弓弦は影に身体の自由を明け渡そうと目を閉じた。
「弓弦ちゃん?」
目を閉じ、動かない弓弦に、次の行動をしばし待っていたジェイドが、訝しく呼びかける……それに対し、ぽっかりと目を開いた弓弦は正面のジェイドをきっと睨みつけた。
「ど、どうしたの?」
先に酔漢と対峙した迫力は何処へやら、たじたじとなるジェイドに弓弦の眼にじわりと涙が浮かび上がる。
「どうしてちゃんと言ってくれないんですか〜……」
しくしくと泣きだしてしまった弓弦に、ジェイドが「え? え?」と答えを求めて周囲を見回すが、相変わらず二人を見守る人の壁には、彼女を守った男気のある彼氏、からはっきりしない態度で女の子を泣かす男、に認識を変えたらしく、冷ややかな視線が集中する。
「ちょ、弓弦ちゃん? 言ってくんなきゃわかんないのは俺の方だよ? どうしたの泣かないで〜」
自分の方が泣きたい気持ちで宥めようとするジェイドの足下、光源と裏腹に動く弓弦の影が重なった。
「私、影だけじゃなくてジェイドさんと一緒に居たいです」
ぽつり、と呟くように弓弦は言葉を落とす。
「影でなく、自分自身でちゃんと……寄り添って居たいんです」
揺れる声に、涙がぽつりと影に落ちる。
「ずっと一緒に居てくれた、私の影があってこその、私ですから、失くしたくないんです、お別れ、したくありません……っ」
声を詰まらせる弓弦の言葉は、どう聞いても別れ話だ。
「え、弓弦ちゃん俺とお別れするの?!」
対して、衝撃を隠せないのはジェイドである……突然宣言される別れに硬直にする、彼に不意に影が差した。
 それは、弓弦の足下に沈黙を守っていた影だ。
 ジェイドの前身を黒く染め、立ち上がった影は、ジェイドを操って弓弦に手を伸ばす。
「あれ? ちょっと?!」
突然勝手に動き出した身体に驚くジェイドを無視して、影はそって弓弦の髪に触れ、優しく撫でた。
「よくお言いだね。大事なコトはそうやって、他人に頼らず自分の口で、自分からお告げ?」
そして穏やかな、初めて聞く女性の声がジェイドの口から出る。
 それが人生を後悔しないコツだよ、と微笑んで……影はするりと落ちるようにしてジェイドから離れ、止める間もなくテーブルの影に紛れてしまう。
「……何、今の」
自分の顔、特に口の周辺を恐る恐ると触り、ジェイドは何気なく足下に視線を落としてその視線の先を指差した。
「弓弦ちゃん!」
突然呼ばれる名に、弓弦が「はいッ」と短く返じ、つられて指が示す先、自らの足下を見る。
「影、戻ってる!」
喜色を示して告げられる声に、確かに馴染んだ影の形が自分に繋がっている様に弓弦は安堵の息を吐いた。
「よかったね弓弦ちゃん!」
事態の把握はしきれないまでも、変事が納まった事に対して我が事のように喜色を示し、ジェイドは弓弦の頬の涙を袖口でそっと拭う。
「……お騒がせしました」
よく解らないが事態は収拾したらしい、と判断した周囲から拍手が起こる。
 それによって半ば以上、二人の世界に居たジェイドと弓弦は現実に置かれている状況に慌てふためいて立ち上がろうとした。
「弓弦ちゃん」
す、とジェイドが弓弦の目の前に手を差し出した。
「俺も、弓弦ちゃんと居たいな。ずっと一緒に」
真っ直ぐな言葉は、重ねる手の迷いを消す。
 こくりと小さく、しかし確かに了承の意に頷いて、弓弦は強くジェイドの手を握り締め、ジェイドは相好を崩して弓弦の細い身体を優しく抱き締めた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0322/高遠・弓弦/女性/21歳/高校生】
【5324/ジェイド・グリーン/男性/21歳/フリーター…っぽい(笑)】

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■         ライター通信          ■
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 初めましてにお世話になります、闇に蠢く駄文書き、北斗玻璃に御座います。
 大変お待たせしてしまい申し訳ありません……ッ<m(__)m>平伏
 所詮は底の見えた真面目さよな、と鼻でせせら笑って欲しい、そんな卑屈な気持ちにてお届けさせて頂きますが、笑い所だけは是非に笑って欲しい、そんな素朴な願いもこもっております。
 フリーターっぽいと言うことで、飽くまでも、ぽく。且つバイリンガルな特技を活かした職場をご用意させて頂きました……ドイツなんてそんな未知な言語! とネタが降臨した際に思ったのですが、やはり耳慣れなさと英語じゃありきたりという主観からチョイスさせて頂きました。
 因みにドイツ語部分は、翻訳CGIをお借りしております……おかしな部分等目につきましたら、北斗のやる事だから、生暖かくご指摘下さいませ。
 大変にご迷惑をおかけしてしまいましたが、魅力的な関係を築いたお二方をお預け頂け、機会が許せば、というより不心得者をお許し頂ければ是非まか書かせて頂きたいとお詫びと共に厚かましくもお願い申し上げる次第に御座います。
 それではまた、時が遇う事を祈りつつ。