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<東京怪談ノベル(シングル)>


おっきく、おっきく




 人から貰うプレゼントというのは二通りある。
 事前に中身が予測出来る物と、予測不可能な物。
 お父さんがあたしに贈ってくれるプレゼントは、後者に属することが多かった。
 ……というか、予測可能だったためしがない。


 突然郵送されてきたお父さんからの贈り物を前にして、あたしは頭を抱えていた。
 置き場に困る大きな物だとか、使用方法や目的がわからない物などではない。むしろ、よくわかるプレゼントだと思う。
 付属の説明書には、こんな謳い文句が載っていた。
『たった一粒で劇的変化! これでアナタもグラマー美人!!』
 軽い眩暈を覚える。それだけで説明書を詳細に読まずとも、効能どころか使用方法までわかっていた。瓶に入っている桜色の錠剤を飲むのだろう。デジャビュ――じゃなくて、前に飲んだことがあるのだ。思い出したくないけど。
(あれは、気の迷い。気の迷い……)
 なんて言い訳を自分にしつつ、記憶は遡る。胸がもっとあったらいいなあ――と思ってしまったばかりに、あたしは軽率にも錠剤を飲んでしまったのだ。“あの”お父さんから貰った物だというのに。
 謳い文句に嘘はなかったし、巷でたまに騒ぎになる薬のように危ないこともなかった。牛になったけど。
「ああ、もう……」
 あのときのことを思い出すと顔から火が出そうになる。牛になってしまったあたしは、ご飯を食べるのにも苦労して、大半の時間を居間でぼんやりとやり過ごしたのだった。
(あんな思いはしたくないもん)
 荷物は見なかったことにしてしまおう――と説明書を仕舞いかけて、ふと気が付いた。
 商品名のところに付いている、ハイパーの文字。
「はいぱー……」
 ということは、前の物とは違うの?
 少し速くなった鼓動を感じながら、閉じた説明書を開く。すると“副作用なし”の文字を発見した。
(それじゃあ……)
 視線の向かう先は、自分の胸。まだ発達中の身体にはどことなく幼さが残っていて、説明書に描かれているお姉さんと比べてしまう。
 この薬を飲めば、あたしもあんな風に――。
(って、だめだめ。だめよ、みなも。前も同じ考えで失敗したんじゃない)
 うーん。
 でもあのときは、副作用云々の文字は元からなかったし。確認しなかったあたしも悪いのかもしれない。それに、胸が大きくなったのは本当だったもん。今回は大丈夫――……。
「ううん、そんな訳ない!」
 こんなモノが目の前にあるから悩んでしまうのだ。箪笥の上とか、押入れの上とかに押し込んでしまおう!
 そう決断した矢先。
「……あれ?」
 説明書が上になっていたから気が付かなかったけど、その下に手紙が入っていた。“前はすまなかったね。今度こそ大丈夫、薬の効果は保証する。三日間だけ有効の試供品も付けておいたから、心配ならそれを使用しなさい”と書かれている。
「…………」
 こんなことを言われてしまったら、瓶を取り出さない訳にもいかない。
 見覚えのあるハート型の錠剤がひょっこりと顔を出す。試供品の物は大きさも小さく、色も淡い感じ。
(見た目は可愛いんだけど……)
 前回はこれで牛になったのだと考えると、途端に怪しいモノに見えてくるから不思議だ。
(でも大丈夫だよね……?)
 説明書に描かれたスタイルのいいお姉さんをちらりと見てからブラのホックを外して。
 ゴクリ、と少しの空気と共に、錠剤と水を飲み込む。
 期待に胸を膨らませながら、居間の時計とにらめっこ。変化はすぐに現れた。
 ねこじゃらしでくすぐられているみたいに、胸が痒い。それに少しチクチクする。
 耐え切れずに笑い声を漏らしながら、畳の上に崩れ落ちるように倒れた。くすぐったい胸を押さえながら身をよじる。
 胸が膨らみ始めた。
(身体の一部が急激に膨らむのって、こんな感じなんだ)
 子供の頃に水風船で遊んだことを思い出す。水道に水風船を装着して蛇口を捻ると、どんどんと膨らんでいくあれだ。
(すごい……)
 喜びかけたのもつかの間――掌の中で収まりきらなくなったというのに、まだ胸は成長を続けている。
「え…………や、やだっ」
 手に力を入れて胸を押さえ込もうとしたけど、効果がある筈もない。柔らかい感触を味わっただけだ。
 どうしよう、とパニックになりながら手足をあちこち動かしてみる。勿論意味はなく。
 オーブンに入れたケーキの生地みたいに、目に見えて大きくなっていく胸。その感触は、あたしの成長中の胸よりも柔らかくて、自分でも少しドキドキする。
(大人になったらこんな感じなのかなぁ)
 なんて思ったりして――……って、今はまず確認しないと。
 鏡の前に立ってみると、心配した通り、巨乳過ぎて恥ずかしい。胸が目立ちすぎて、今着ている服では外を歩けそうにないのだ。それに季節柄いくら薄い生地とはいえ、胸が締め付けられているのだから苦しい。
『たった一粒で劇的変化! これでアナタもグラマー美人!!』
 ……嘘ではないけど。本当過ぎるくらい本当だけど。度が過ぎて困ってしまう。
「とにかく、服を変えなくちゃ」
 あたしの持っている服では着られそうにないから、家族の服を探す。“事の張本人”のワイシャツを見つけたので、それを着た。上半身の一部以外はサイズが大きくて、袖は指先すら出ないけど、仕方ない。
(……じゃあ学校はどうすればいいの?)
 いつもの制服では、とても着られそうにない。それに下着だって、今持っている物ではホックを留めるのは無理だ。ブラがないってことは――想像するだけで青ざめる。こんな状況では学校なんて通えない!
(で、でも休む訳にもいかないし……)
 熱があるならともかく、胸が大きくなったからって欠席したらズル休みと同じ。なるべく学校は休みたくない。
「あ……そうだ!」
 送られてきた箱をひっくり返す。“送り主”ならこの事態を予測出来ている筈だもの。
 調べてみると箱は二重底になっていて、今回のために作られたと思われる制服と下着が入っていた。
「良かったぁ」
 安堵しての独り言。
 お父さんに感謝――じゃなくて、これってからかわれているんだよね。溜め息をつく。
 ――それにしても歩き辛い。部屋の中を移動しているだけでも、胸の揺れがいちいち気になる。俯くと視界が胸で埋まって足元が見えないし。立ったままだと靴が履き辛そう。
(お姉様よりもずっと大きい程だしね)
 もっと小さくて良かったのに、なんて普段とは逆のことを思う。
 でも何だかんだ言って、鏡に映っている今の自分の姿は新鮮で、ちょっぴり嬉しい気もする。もう少しお尻も膨らんでいたらバランスが取れて良さそうだ。恥ずかしいけれど。
(なかなか体験出来ないことなんだし)
 服も用意されているし、薬の持続期間もわかっているのだ。気持ちに余裕も出てくる。
 いつもと違うスタイルで生活するのも良いかなって思った。


 前回のときも感じたけど、スタイルが良い人は良い人の悩みがあるみたいだ。
 三日間とは言え、胸は思っているより重いのか、猫背になってしまいそうになる。
(ずっと荷物を持っているみたい)
 気をつけて姿勢を正すけれど。ずっとこのままでいたら、肩が凝りそう。あたしはまだ肩凝りに悩まされたことはないけど、今なら少しは理解出来そうな気がする。
 それに大変だったのはここから。
 土日はまだ家にいたから良かったけど、三日目の月曜日からは学校があったのだ。
(みんなに何て説明しようかなぁ……)
 この胸を見られるのも恥ずかしい。前日の夜は緊張してなかなか寝付けなかった。
 そうすると、どうしても胸に意識が行ってしまう。寝返りを打つだけで胸が動く。これが気になって仕方ない。圧迫感もある気がする。
(ブラを取ったら、ちょっとは楽になるかな)
 寝るときは外した方がいいという話も聞いたことがある。ブラを取ってパジャマを着なおし、横になってみた。
(な、何、これ……)
 パジャマの冷たい感触が直接胸に触れる。おまけに支えるものがないから、胸の移動がより激しいのだ。わずかに動いただけで生地と肌が擦れて――くすぐったいような、変な感じがする。
(だ、だめ。これはなし……!)
 慌てて起き上がって着替えなおした。まだ膨らみに生地の感触が残っている。ブラがこんなに大事な物だったなんて、思いもしなかった。
(余計に目が覚めちゃった……)
 そのせいか、いつもより起きるのが遅れてしまった。
 急いで支度をして、いざ靴を履こうとして――ああ、足元が見えない。
(そうだったんだ)
 座って丁寧に靴を履く。
 走るのも大変だ。胸が上下するのをどうしても意識してしまうからだ。
 人のいない道で少し走ったかと思うと、歩く。手もいつの間にか胸を隠すようにしている。
(胸が大きいのも恥ずかしいんだなぁ……)
 あたしは今まで羨む側で、相手と自分とを見比べては恥ずかしく思っていたけど。
 その逆もあるのだと、新鮮な驚きを感じた。想像は出来たけど、自分自身で体験したのは初めてだったから――。
(うーん)
 家で野菜を切ったときも思ったのだけど、胸は邪魔になることが多い。
 ブラとパットの試着アルバイトなのだと説明して、友達には納得してもらったものの、授業開始の時間になると早くも悩みを抱えた。
 ――机の上に載った胸が気になる。
 邪魔だからと身体を一度机から離してみても、ノートに書き込もうとすれば、すぐにまた胸を机に載せてしまう。お陰でノートの下の行になるにつれてカゲに隠れていく。最後の行などは下敷きにされているのだ。
 胸を離す。載せる。離す。載せる。離す。載せる。離す。載せる。
 授業中にこんなことして、あたしは何をしているんだろう。近くの席の男子がこちらを怪訝そうに見ていることに気が付いて、頬が熱くなった。
(もういい……仕方ないよね……)
 諦めて、胸を机に載せたまま授業を受けた。
 先生の中には、あきらかにあたしの胸を見て驚いている人もいて。こちらから積極的に説明する訳にもいかないし、気付かないふりをするしかなかった。
 ――大変な一日だった。
 救いだったのは、ここ数日は梅雨で雨続きだったこと。プールの授業があったら、あたしは相当困っていたと思う。身体の周期的な意味でも、何もない今で良かった。苦労が倍になるから。


 もしかしたら、お父さんは、あたしをからかうためにこの薬をくれたのではなくて、別のことを言いたかったのかもしれない。
(胸の大きさを気にしていたあたしに、それぞれ悩みがあるんだって教えてくれたのかも)
 そう考えるのは、甘いのかな。
 ――それぞれの体型の人に、それぞれの悩み。
 痛感したような気がする。
(そうそう)
 自分でも不思議に感じたのは、三日目の夜のこと。
 学校にしろ家にしろ、視界を邪魔され続けたあたしは、胸って何であるんだろうと思い始めていた。邪魔なだけかも――って。
 それなのに、乳児に授乳している女性の映像をテレビで観たとき、胸を邪魔に思っていた気持ちが一気に吹っ飛んでしまった。いいなぁと思えたのだ。
 ――苦労したけど、終わってみれば興味深い期間だった。
(色々学んだ気もするもん)
 まさかお父さんはここまで考えて――……。
 って、そんな訳ないよね。絶対。




 終。