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<東京怪談・PCゲームノベル>


Crossing ―彼と彼女の狂想曲―



 借りているアパートのドアを浅葱漣は開ける。薄暗い室内が、ここからでも見えた。
 ドアを大きく開けて、連れている彼女に入るように促した。彼女は少し戸惑ったように漣を見遣る。
 彼女は不安なのかもしれない。何が不安かは、漣にはわからない。
 彼女はゆっくりと尋ねた。
「……いいの?」
 漣は勿論、頷く。
 病院に居させるのが不安だった漣は、彼女に住処を提供したのだ。とは言っても、自分との同居だが。
 目の届くところに彼女が居るほうがいいし、毎日病院通いでは漣も辛い。いや……非効率的だ。
 頷いた漣を見てから、彼女は再度部屋のほうへ視線を向けた。
 漣は一生忘れないだろう。
 彼女は頬を少し赤く染め、照れたように漣に向けて微笑んだのだ。
「これから、よろしくお願いします」
 そう――囁くような声で。



 誰かと一緒に暮らすというのは、やはり色々とトラブルが起こるものだ。漣はそれを思い知る。
 実家では別館で暮らしていたせいか、誰かと過ごすというのは慣れない行為だ。
(まあ、でも)
 目の前に座って朝食を食べている少女を一瞥し、漣は隠れて微笑む。
(俺の作った料理を食べてくれる人がいるっていうのは……いいものだな)
 漣の体調はあまり優れない。だが日無子と暮らすようになってからは多少安定しているようだ。しかし……学校へ行って万が一倒れてしまうと困る。そういう理由で学校は休みがちになっていた。
「漣、今日もお休み?」
「え……そうだな。熱はあるみたいだけど……」
 どうなんだろうか。実際、日無子の傍を離れたくないというのもある。
「じゃあ休んだほうがいいよ。無理するのはよくないから」
 薄く微笑む日無子に、「そうか?」と漣は尋ねる。彼女は頷いた。
 彼女は漣の体調不良について訊いてこない。漣が言うまでは何も訊かないつもりのようだ。
 寝巻きがわりの浴衣姿の日無子は箸を置くと両手を合わせた。
「ごちそうさま」
「お、お粗末さまです」
「ふふっ。別に返事しなくていいのに」
 くすくす笑う日無子を見つめ、ぼーっとしてしまう。
 彼女と暮らすようになってもう三日。まだ信じられない。これは夢ではないのかと、途中で何度も思ったほどだ。
 そういえば、この三日間で漣は色々と大変だったことを思い出した。



 同居一日目。

 風呂に入ろうとした時、ついいつもの癖でドアを開けたら――そこに日無子がいた。
 彼女は脱衣前だったので漣は慌てて回れ右をしたのだが、がし、と肩を掴まれた。
「ど、どう、した?」
 声が上ずったことに、漣は恥ずかしくなる。裸を見たわけでもないのになんて動揺の仕方だ!
「一緒に入ろ」
 彼女の明るい声に漣はくらっ、と眩暈を起こした。思わずよろめく。
「なっ、なにを言ってるんだ……こっ、こんな、せ、せせせっ、狭いところに二人で入れるわけないだろっ!」
 真っ赤になって日無子から距離をとる。だが彼女は更に近づいてきた。
「だって漣、体調が良くないみたい。頭とか、体、洗ってあげるよ」
「いいっ! いらない!」
 彼女が自分の体調を心配してくれたのは素直に嬉しかったが、正直困る。
 日無子は呆れたような目をして肩を落とした。
「恥ずかしがってる場合じゃないと思うけど。熱は結構あるし……本当はかなり辛いんでしょ?」
 図星だった。高熱ではないが、熱はやや高めだ。
 彼女の言葉に甘えるべきだろうか?
(……自分で洗うよりは……助かるけど)
 思案していると、いつの間にか日無子が自分の衣服を脱がせ始めていた。漣は悲鳴をあげて慌てて離れる。
「なっ、なにするんだ!」
「脱がせてあげたほうが早いと思って」
「一人でできる!」
「ふーん。じゃあ早く脱いで。背中流してあげるから」
 問答無用で言われて、結局漣は従う羽目になった。男の自分のほうが恥ずかしがるなんて……状況は間違っている。
 いいと言うまで絶対にこっちを向くなと言うと、日無子はさらに呆れた顔をした。彼女は平気かもしれないが、見られるほうとしてはたまったものではない。
 振り向くと、腕組みして律儀に背中を向けている日無子の姿が目に入った。ジャージ姿の彼女はすらっとしている。
(ジャージだから濡れても大丈夫か)
 あまり待たせると怒るかもしれないので、おずおずと口を開いて彼女の背中に声をかける。
「あ、ひ、日無子……」
「用意できた?」
「う、うん」
「そう」
 呟くと、日無子はジャージのフャスナーに手をかけて一気に下ろす。ジー、というあの特徴的な音に漣がぎょっとした。
 上着を勢いよく脱いだ彼女は下に何も着けていなかった。白い背中に漣はガタガタと震え、青ざめる。
(さ、サラシはどうした!?)
 混乱している漣の前で日無子はズボンに手をかけ、下ろ――。
 慌てて漣は前を向いた。青くなっていた顔が、じんわりと赤くなっていく。
「よし。これで濡れても大丈夫」
 背後から日無子の声が聞こえて、漣はどきっ、と身を強張らせた。ふ……振り向けない。
「……なんでそんなに緊張してんの? 頭洗うから早く座ってよ」
 後ろから顔を覗かれて漣はぎくりと顔を強張らせた。助かったのは、日無子がバスタオルを身につけていたことだった。
(よ、良かった……)
 一気に脱力した漣を日無子は不思議そうに見遣り、シャワーを手に取って漣の髪の毛を容赦なく濡らしたのであった。
 そこで終われば漣としても良かったのだろうが、彼女の手洗いは拷問に近かった。しなくていいと言っているのに日無子は漣の全身を洗おうとして、二人は喧嘩になったのである……風呂場で。
 熱でふらふらの漣と、一般人並みの力しかない日無子。二人の腕力は五分。
 狭い風呂場を逃げ回る漣と、追いかける日無子。なんとも滑稽なやり取りだ。
「なんでそんなに嫌がるの!?」
「おまえには恥じらいってものがないのか!」
 赤くなって喚く漣の前で、はらり、と日無子のバスタオルが落ちた。あれだけ二人で追いかけっこをしていれば当然の結果だろう。
 思考が完全に凍り付いた漣を素早く殴り、日無子は彼を浴槽に叩き落とした。浴槽の底で彼は頭をゴン、とぶつける。
「ふぅ……往生際が悪いんだから」
 腰に手を当ててから、ぶくぶくと泡を出している漣を浴槽から引っ張りあげた。彼女にとって幸いだったのは、意識がないので文句を言われずに済んだことと、スムーズに作業が終わったことだった。
 次の日、漣は密かに落ち込んだ。全部見られたことにショックを受けてしまったのだ。

 同居二日目。

 目を覚ますと朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
「?」
 不思議そうにする漣はぼんやりとする目を擦る。
(あれ……? 俺、いつの間に布団に入ったっけ……?)
 まだ頭がきちんと働いていないためか、よく思い出せない。パジャマもいつ着たのだろうか?
 漣は自分が何かにしがみついていることに気づき、さらに疑問符を浮かべた。
(……こんなあったかい物……うちにあったっけ?)
 そういえば自分は布団に潜り込んでいる。朝方寒かったのも原因の一つだろう。寒くて、手近にあったものに擦り寄った、と考えるべきだ。
 頭の上のほうでくしゃみが聞こえた。勿論、自分ではない。
 くしゃみの衝撃で漣の頭が揺れる。目の前の物体が、くしゃみをしたせいだ。
「………………」
 徐々に頭が冴えてきた漣は完全に硬直してしまった。
 自分がしがみついているのは、腰だ。顔を埋めているのは、胸、だろう。
 浴衣の薄い布地越しに、緩く上下する呼吸の振動。それが漣にダイレクトに響く。
(ま、まさか……)
 その「まさか」である。
 嫌な汗をかいた漣は、そっと手を放してから……距離をとろうとした。
 どうやら寝ている間に漣が彼女に擦り寄っていったらしく、彼女の浴衣は少し乱れていた。合わせ目から覗く谷間に漣は口を開閉し、赤くなって顔を背ける。
(いくら寒いからって……俺は! 俺ってやつは!)
 布団から逃走しようとした漣は、腕をがしっと掴まれて「ひっ」と青ざめた。
 ぎぎぎ、と油を差していないブリキ人形のような動きで振り向くと、日無子が瞼を擦りつつ起き上がったところだった。
「おは、よ……」
 声がまだ寝惚けている。
「お……おはよう」
 つい、返事をしてしまう漣。
「…………」
 ぼうっとする日無子は、やっとそこで顔をしかめ、瞬きして目を凝らす。
「……漣?」
「起きたか?」
「うん」
 安堵する漣の手を放し、日無子はすっくと立ち上がった。
「朝ご飯作らなきゃ……」
「えっ、ちょ、それは俺の仕事……」
「いいのいいの。漣は体調が良くないから寝てて」
 清々しく言う日無子だったが、漣としては彼女に料理をさせるのは危険だと考えていた。慌てて浴衣の裾を掴むと、日無子はがくんと後ろに引っ張られた。
「なにするの!」
「料理は俺がやるから!」
「は、放して……ってば!」
 日無子が帯を解いた。すると、漣は浴衣を引っ張っていた勢いで部屋の隅まで一気に転がり、後頭部をぶつける。
 痛みに悶絶する中、漣は自分の手に握られている浴衣を見て青くなる。
「れ、漣……大丈夫?」
 心配そうに声をかけてくる相手のほうへ、漣は反射的に顔を向けた。
 彼の意識が、ふっ、と遠のいたのは…………仕方ないことと言えるだろう。



 思い出していた漣はうんざりしたような顔をしていた。
 嬉しいのか嬉しくないのかよくわからない……。痛い思いを何度かしたし、思いもがけない光景を直視しては気絶していたような気がする。
「今日は買い物に行ってくるから」
 にっこり微笑む日無子の声に、漣はハッとして我に返る。
「あ……俺もついて行こうか?」
「大丈夫だよ。漣は寝てて」
「でも……」
 せめて自分がいつもと同じ状態なら、荷物持ちくらいはするのに。
「さすがに多くは買えないから、少しだけ。デパートとかは、また今度にする」
「そ、そうか……」
 残念そうに呟く漣は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 出かける彼女を玄関先で見送る。
「じゃあ、気をつけて」
「はいはい。心配性なんだから」
 ひらひらと手を振る日無子は、思い出したようにくるりと漣のほうを向いた。
「『行ってらっしゃいのキス』」
 目を閉じる日無子の行動にぎくっとするものの、漣は誰も見ていないのに周囲を見回してから顔を近づけた。
 普通は逆じゃないのか? と、頭によぎるが……。
(まあいいか)
 彼女との生活は始まったばかりなのだから――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 ドタバタでベタな感じを目指してみました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!