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<東京怪談・PCゲームノベル>


サバイバル・ゲーム

 通りに面したオープンカフェ。その一席に黒いスーツで全身を包んだ長身の男が座っていた。目の前を行き交う多くの人間を眺めながらコーヒーを飲んでいると、不意に携帯電話がメールの着信を知らせた。懐から携帯電話を取り出してメールを開封し、その内容を読んだジェームズ・ブラックマンは眉をひそめた。

From: AAA
Sent: Friday, June 10, 2006 10:00 PM
To:○○○様
Subject:ご案内

 退屈な毎日に嫌気が差したりしたことはありませんか?
 上司に嫌味を言われたり、家族に疎まれたりしてイライラしたことはないですか?
 そんなストレスはゲームをして発散しましょう。
 内容は簡単。1対1で戦い、生き残ったほうの勝ち。
 時間は無制限。使用する武器は自由。非常に単純なサバイバルゲームです。
 相手を殺し、無事に建物から出られれば良いのですから。
 どうですか? たまには暴力的になり、発散することも必要ですよ。
 もし参加を希望される方がいらっしゃいましたら、下記メールアドレスまでご連絡ください。

[mailto:*******@AAA.**.jp]

(スパムメールですかね?)
 最近はこうした変なメールが増えたと思いながらジェームズはメールを消去しようとして、ふと思い直した。
 もしかしたら良い退屈しのぎになるかもしれない。そんなことを思いながら記載されたアドレスへメールを送った。

 メールを送った翌日、再びジェームズの許へ着信があった。
 そこには午前零時までに城南島のとある倉庫へ来るようにとだけ記されていた。
 ジェームズは夜の首都高速湾岸線を愛車で飛ばし、大井南ランプで降りて多くの輸送トラックが行き交う湾岸道路を南下した。
 大田区にある城南島は東京湾に面した羽田空港の北側にある。空港を離着陸する航空機が間近に見えるが、この辺りは工場と倉庫が建ち並び、空港の賑わいが嘘であるかのように思える。それでも昼間は働く人間の姿が見えるが、この時間ともなれば誰もいなくなる。
 目的の倉庫はすぐに発見することができた。東証一部にも上場している国内では有名な会社の物流倉庫であるようだ。
 敷地に車を滑り込ませると、ライトに人影が浮び上がった。ロービームに切り換えると倉庫の入口に1人の人間が立っているのが見えた。
 ジェームズはエンジンを切り、ライトを消して車を降りた。途端に周囲が暗闇に包まれる。辺りを照らすのは空港と港湾の光だ。薄明かりの中でジェームズは男を見やった。
 似たような格好をした男だった。全身、黒ずくめのスーツ姿。夜なのに顔の半分を巨大なサングラスで覆っている。そのため、表情も年齢も窺い知ることができなかった。
「ジェームズ・ブラックマンさんでいらっしゃいますか?」
「ええ。そうです」
「お申し込み、ありがとうございます。こちらへどうぞ」
 男は踵を返し、倉庫へ向かった。人間が通れるほどの幅で倉庫の扉を開けると、中から蛍光灯の光が漏れた。男が中へ入り、ジェームズもそれに続いた。
 入ってすぐのところに、同じ格好をした4人の男がいた。男たちの背後には数人の大人が収まってしまいそうな巨大な箱が置かれている。
「失礼します」
 先ほどの男が言い、ジェームズの身体検査を行う。思わずため息を漏らしたが、ジェームズは逆らうことなく従った。
 武器や道具がすべて取り上げられ、いくつかのアタッシュケースに収められた。
「それ、返していただけるのでしょうね?」
「はい。生きて戻られた際には、お返しいたします」
 そう言うと、男は巨大な箱の蓋を開いた。
 ジェームズが中を覗き込むと、そこには無数の銃器や刃物類が入っていた。
「武器はこちらで用意した物をつかっていただきます。どれを選んでもらっても構いません。ただし、ゲームの途中で補給などはできませんので、ご注意ください」
 試しにジェームズは1挺のサブマシンガンを手にしてみた。その重みと質感から、本物であることを実感した。
 弾倉は装着されていない。安全装置を解除。レバーを引いて引金を絞る。
 カチン、と音が響いて撃鉄が落ちた。
 手入れはされているようだ。しかし、照準が合わされているのかは初弾を撃つまでわからない。
「試し撃ちはさせていただけるのですか?」
「申し訳ございません。それは禁止させていただいております」
 つまり、最悪の場合は戦いながら調整するしかないようだ。きちんと照準などが調整されていることを願うしかない。
 箱の中を覗き込んでいたジェームズは、一挺の拳銃に目を留めた。
 ベルギーのファブリック・ナショナル社製、FNファイブ・セブン。非常に珍しい拳銃だ。ジェームズも現物を見るのは初めてであった。
 これはFN社が開発したニューコンセプトの拳銃である。銃弾はアサルトライフル弾と同等の弾速を誇る口径5.7ミリ弾を使用し、その貫通力は200メートル先のケプラーヘルメットを貫き、50メートル以下ではレベルVAクラスの防弾チョッキをも貫通する。
 現在、各国の部隊が使用している防弾ベストの多くが役に立たないこの拳銃は、その有効性ゆえに、テロリストが暗殺などに用いる可能性も考慮されるため、FN社では販売と管理を徹底しているという話だ。
(面白いものがありますね)
 FNファイブ・セブンを手にとり、動作を確認したところでジェームズは獲物をそれにすることに決めた。
「これにしましょう」
 そう言うと、男が少し驚いたように声を上げた。
「それだけでよろしいのですか?」
「ええ」
「銃器1挺につき、マガジンは5本までしかお渡しできませんが」
「そんなにはいりません。2本もあれば充分です」
 その言葉にも、男は戸惑ったように言葉を詰まらせた。
 別の男が銃弾が装填された2本の弾倉をジェームズへ渡した。弾倉を受け取り、弾数を確認して1本を銃把に叩き込んだ。遊底を引いて初弾を薬室へ送り込む。
 1本の弾倉につき、20発の銃弾が入るようになっている。40発もあれば充分だとジェームズは考えたのだ。
「では、ルールを説明いたします。この倉庫のどこかにターゲットが潜んでいます。見つけ出し、殺してください。降参や逃亡は認められません。勝利した場合のみ、ここから出ることができます。与えられた時間は6時間です」
「もし、なんらかの事故があった場合はどうなるのでしょう?」
「戦場に事故はつきものです。いかなる事態に陥ろうとも、ゲームは続行されます」
「この倉庫が破壊されるようなことになっても、ですか?」
 意味深なジェームズの言葉に男は少したじろいだ。
「倉庫が破壊されるなど、ゲームの続行が不可能であると判断された場合には、我々が駆けつけます。その場合はゲームを中断します。なにか、質問はございますか?」
「いいえ」
「では、ご健闘を」
 そして男たちは倉庫から出て行った。
(なんだか妙なことになってしまったかもしれませんね)
 胸中で呟くと、ジェームズは倉庫の奥へ向かって歩き始めた。

 うずたかく積まれた木箱やコンテナで区切られた通路を曲がろうとした瞬間、目の前の木箱が弾け、白い粉が宙に舞った。
 瞬時に攻撃を受けたと判断したジェームズは、素早く木箱の影に身を潜ませて周囲の様子を確認する。
 ジェームズが木箱から顔を覗かせると同時に、乾いた音が断続的に響き、木箱へ数発が着弾した。
 木箱の端から拳銃だけを覗かせ、銃弾が飛んできたほうへ向けて何発か発砲する。
 それに呼応するように立て続けにジェームズの周囲へ銃弾が着弾した。恐らく相手はサブマシンガンを使用しているのだろう。
(サイレンサーも使っていますね)
 その、くぐもった銃声から敵は銃にサイレンサーを装備していると判断した。
 サイレンサー――消音器といっても銃声が完全に消せるわけではない。だが、確実に音は小さくなる。こうした密集した場所で消音器を使われれば、銃声から相手の位置を推測することが困難になる。
 また、こうした密集地帯での戦闘――市街戦闘などでは、待ち伏せするほうがはるかに有利だ。いかに彼我の戦力差があったとしても、遮蔽物を効果的に利用されれば、戦局は無駄に長引くだけである。
 マガジンを予備の物と交換し、ふとジェームズは考えた。
 直後、彼の体がふわりと飛び上がり、高さ6メートル近いコンテナの上に降り立った。
 そこから周囲を見回すと、10メートルほど離れた通路の角に、1人の男がサブマシンガンを構えているのが見えた。
 二十歳くらいだろうか。若い男だ。金色の長髪を後ろで束ね、ご丁寧にも都市迷彩柄の野戦服を身に着けている。
(あの男が敵なのでしょうね)
 男はジェームズの姿を見失ったらしく、先ほどまでジェームズがいた辺りへ銃口を向けながら、せわしなく辺りの様子を探っている。
 ジェームズは狙いを定めて発砲した。
 銃声が倉庫に反響する。
 血しぶきが舞い、男はサブマシンガンを取り落とした。
 そして、コンテナの上にいるジェームズへ怯えたような目を向け、左肩を押さえながら脱兎のごとく逃げ出す。
 ジェームズもコンテナの上を移動して男の後を追う。
 散発的に銃声が響く。男が逃げながら発砲しているのだ。しかし、それらはコンテナや木箱に着弾するだけで、ジェームズにはかすりもしない。
 やがて、男は倉庫の北端まで走ったところで逃げ道を失った。
 コンテナから飛び下り、銃口を向けながらジェームズが男へ近づく。その姿を見た男が恐怖に駆られて闇雲に拳銃を乱射するが、まともに照準していないので1発もジェームズには当たらない。
 男の拳銃がスライドを後退させたまま停止した。弾切れだ。
 慌てて予備のマガジンを取り出そうとするが、それよりも早く、ジェームズの撃った銃弾が男の拳銃を弾き飛ばしていた。
 男は衝撃で痺れた右手を押さえながら怯えた目でジェームズを見る。
「もう終わりですか? 意外と呆気ないものですね」
 ため息混じりに言い捨ててジェームズは拳銃を構える。
 次の瞬間、カラン、カランと金属音が響いてジェームズの足元に1つの鉄塊が転がってきた。
 一瞬、ジェームズの表情に驚きが浮かんだ。
 それが手榴弾だと認識した直後、鉄塊はジェームズの足元で破裂した。
 爆発音が響き渡り、無数の鉄片が飛散する。
 反射的に飛びのき、手榴弾の直撃を回避したジェームズであったが、爆風に吹き飛ばされ、大量の鉄片を全身に喰らって床に叩きつけられた。息が詰まり、激痛でしばらく身動きが取れそうにもない。
「ぎゃははははははッ! マジで引っかかってやがる! こんなにマヌケとは思わなかったぜっ!」
 男は血まみれで床に転がるジェームズを指差して笑いながら懐から新しいサブマシンガンを引き抜いた。マイクロ・ウージー。肩吊りのホルスターにも収まるサイズで、主に要人警護用に使用されているサブマシンガンだ。
 右手にウージーを携え、男は床に倒れるジェームズに近づいた。
「このクソが! 肩撃ちたがってッ。痛えんだぞ、この野郎!」
 そう吐き捨てながら男は身動きの取れないジェームズを何度も蹴った。
「死ね! 死ね! 死ね!」
 悪態をつきながら、所構わず、容赦なく蹴り続ける。
 しばらくして蹴ることにも飽きたのか、男はウージーの銃口をジェームズに向けた。
「もうイイや。このゲームはオレの勝ちだ」
 男が引金を引こうとした瞬間、不意にジェームズが体を起こした。一瞬、なにが起きたのか理解できず、男の動きが止まった。
 ジェームズはゆっくりと手を伸ばし、自分に向けられていたマイクロ・ウージーを掴むと、手首をひねってサブマシンガンの向きを180度、変えた。
 鈍い音が響き、男の指があらぬ方向に曲がった。
 男の口から悲鳴が漏れたが、それを無視してウージーを奪い取ると、まるで何事もなかったかのようにジェームズは立ち上がった。そして、ボロボロになった自分の服を見て思わず嘆息を漏らした。
「これ、お気に入りの服だったのですが、また新調しなければなりませんね」
 手榴弾の破片で切り裂かれ、血と埃で汚れたスーツは捨てるしかなさそうだった。
「結構、良い線を行っていたと思うのですが、どうもツメが甘いですね」
 うずくまる男へウージーの銃口を向けてジェームズが言う。
「私を殺したいのなら、倒れたからといって油断してはいけません。即座に頭を潰しなさい。でないと、こういうふうになってしまいますよ」
「た、助けて……」
 怯えた瞳で男が懇願した。
「あなたもわかっているでしょう。これはゲームです。ゲームならば、ルール通りに進めなくては、ね?」
 男は首を振った。それを見下ろしながらジェームズは静かに引金を絞った。

「おめでとうございます。ジェームズ・ブラックマンさん、あなたが勝利者です」
 再び現れた黒服の男たちを冷ややかに見詰め、ジェームズはウージーを放り捨てた。
「あの場面からの逆転、お見事でした。てっきり死んだものだとばかり思っていました」
 少し興奮したようにまくし立てる男とは対照的に、ジェームズはたいした感慨もなく足元に転がる1体の躯を見下ろした。
 普通の人間ならば手榴弾の直撃を受けて確実に死んでいた。生き残ったのはジェームズの再生能力があればこそだ。
「オーナーたちも、大変、満足しております。またのご参加、心よりお待ちしております」
 そう言うと、男はジェームズにアタッシュケースを手渡し、会釈をして歩き去った。
 静寂に包まれた倉庫にはジェームズと1体の躯だけが残された。
 アタッシュケースを開くと中には取り上げられた武器や道具の他に、見覚えのない封筒が入っていた。
 封筒の中には帯封のされた1万円札の束が入っていた。恐らく100万円なのだろう。
 ジェームズはアタッシュケースを閉じ、倉庫の出口に向かった。腕時計を見ると午前2時を少し過ぎていた。
(たいして暇つぶしにはなりませんでしたね)
 もっと面白い退屈しのぎはないものだろうか、とジェームズは思った。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??

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■         ライター通信          ■
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