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正しい夏の過ごし方?
蒸し暑い日が続いています。
仕事のある日でも同じです。
空調が効いていても結局気分的にはあまり変わりません。陽射しは相変わらず強いです。
…と言うか、リンスター財閥総帥様――セレスティ・カーニンガムの場合は素性からして特に暑さには敏感だったりするもので余計です。
苦手なものはなるべく避けたいのが人情です。
空調やら何やらのおかげで、屋敷内に居る限りは――ある程度は普通に過ごせていますが、それでも気分の方が暑いです。
そんな訳で。
お仕事中でも、ちょっとばかり気がそぞろです。
何か良い――涼しい過ごし方はないかなぁ、と。
考えてもみます。
折角なので――夏らしくて、を条件に入れてみましょうか。
でも、涼しい過ごし方。
セレスティは思わず仕事の手を止めて考え込んでしまってもいます。
そのくらい自分にとって『暑い』事――暑い時に涼しく過ごす事は重大な問題です。
…それは表現が大袈裟過ぎるかもしれませんが。
まぁ、総帥様はとっても暑さに弱い事は確かです。
と。
仕事をしつつもちょうどそんな事をつらつら考えていた総帥様の執務室のドアが外からノックされました。
それと同時に、声が掛けられます。
セレスティにすれば聞き慣れた声です。
どうぞと促せば、声の主がドアを開けてするりと猫のように部屋に入って来ました。
丁寧に梱包された小さな箱を大切そうに持参しています。
…訪れたのは、マリオン・バーガンディでした。
用件は――セレスティがお願いしていた美術品の修復が終わりました、と言う報告で。
そうなれば、ちょうどマリオンは手が空いたところ――にもなります。
セレスティはちょうど良いとばかりに、たった今考えていた事をマリオンにも振ってみました。
何か夏らしく涼しく過ごせる良い方法は無いですか、と。
そんな話を振られたマリオンは、うーん、と小首を傾げてちょこっと考え込んでみます。
で。
冷たいスイーツを食べれば気分転換になるですよ、と、にこっと笑ってすぐ提案。
と、セレスティはそれも一興ですね、と同意。そして――私はやっぱり例年のようにプールで遊びましょうか…と思っていたのですが、一つよりは二つ、両方やりましょう、とマリオンを見ながらこくり。満足そうに頷きます。
それから、ひとまずマリオンが持参した品の出来映えをセレスティは確認。いつもの事ながら問題無し。それで――マリオンは当の品を所蔵、セレスティは切りの良いところまで仕事を仕上げてから――室内プールに直行、プールで遊んで、マリオンの希望通り冷たいスイーツも食べましょうと言う話になりました。
無論、マリオンの方には反対する理由は無く、はいなのです、と諸手を挙げて大賛成。
思い付きで言ってみたその通り、冷たいスイーツの御相伴に与れるのはとっても嬉しいお話なので。
■
…暫し後。
執務室のドアがノックされていました。
が、応答無し。
少し考え、もう一回ノック。
同じ。
そこで、そろりとドアを開いて中を覗いてみます。
…居ません。
また少し考えます。
部屋の主が居ない理由。
…そろそろティータイムの時間なのですが。
さて主は――セレスティ・カーニンガムは何処に行ったのか。
幾つか心当たりを頭の中で検索、小さく息を吐き、執務室を覗いた彼――モーリス・ラジアルは取り敢えずその心当たりを一つ一つ探してみる事にします。
…とは言え。
まぁ、今は夏、それも暑い盛りですから――多分。
モーリスにはある程度の見当は付いています。
■
…誰かが泳いでいると思しき水音が聞こえます。室内プール。モーリスの考えた幾つかの心当たり――の中でも、可能性が高いだろうと思っていた当のそこ。足を踏み入れると、モーリスが探していた主ことセレスティの姿もすぐに確認出来ました。
普通の人が遊ぶにはちょっと水温低めになる水が満たされたプールの中では――悠々と泳いで寛いでいるセレスティの姿。それから水上、プールサイドに置かれたビーチテーブルのところには――マリオンの姿があります。
どうやらいつもの定番ティータイムを通り越し、二人で結託してここで遊んでいた模様です。
…と、そこまではいいとして。
ここに来て、モーリスの目が思わず引き寄せられてしまったのは、マリオンの前、ビーチテーブルの上の状況。
元は何かスイーツでも入っていただろう使用済みと思しき涼しげで上品なデザインであるガラスの皿やら器にスプーンフォーク、トッピングに添えてあったと思しき果実の皮や種等々が――山となっています。
そしてそんなテーブルに齧り付いたままで、未だ残されたスイーツを攻略中のマリオンの姿を見――現在マリオンが口に運んでいるのは涼しげな青と緑のゼリーをメインにしたパフェのよう――、良く食べましたねとモーリスは思わず感心。…この様子では、セレスティとマリオン二人で結託して――とは言えこれらのスイーツの山を食べたのは殆どがマリオンであろう事は当然のように察しが付くのですが。
で、モーリスの呟きをすかさず聞き止めたマリオンは――はいたくさん食べましたのです! と御機嫌な笑顔で思い切り頷きます。そして――モーリスさんも食べませんですか? と御機嫌なままマリオンはモーリスを誘ってもみます。…口の周りにちょこんとホイップクリームが付いてしまっているのは御愛嬌と言う事で。
が、マリオンのお誘いについてはモーリスは取り敢えず保留としました。何故なら――セレスティの方がモーリスが来た事に気付いたのかプールサイドまでゆったりと泳いで来た為で。それで、セレスティは来て下さいとばかりにモーリスを見て手を差し伸べています。モーリスにしてみれば主のセレスティが最優先である為、マリオンの誘いよりそちらが先なのは当然。…それはマリオンも承知の事。と言うかマリオンも立場としてはあまり変わらないのかもしれませんけれども。
…プールからあがるのでしょうか。まぁ、手を差し伸べられたモーリスにすれば素直にそう思うもので。マリオンの周辺含め目の前の状況からして、セレスティは結構長く水に浸かっていたようにも見えます。それはセレスティは本性が人魚故に、水の中の方が楽だろう事も確かだとは言え――現在は人の姿を取っている以上、少しは水からあがって休む必要もまたある訳で。…いやもしくは、そろそろお遊びも終わりにする…と言う事なのかもしれません。ちょうど、そんなタイミングだったのかも。
と、手を伸ばしてのジェスチャーだけで何の言葉を発さないセレスティの態度に特に疑問も持たず、モーリスはセレスティへとすたすた近付いて行きます。それで――少し屈んでセレスティのその手を、取った時。
にっこり。
セレスティが嬉しそうに笑って見せました。
絶世の美貌も相俟って、天使の微笑みです。
面食いのマリオンならばめろめろになってしまうような笑顔です。
でも何故ここでそんな笑顔を? とモーリスの場合はちょっとだけ頭に疑問が過ぎります。
が。
そう思った時には――既に遅く。
次の瞬間。
ぐい、とモーリスの腕がセレスティに力強く引っぱられました。
それは、決してモーリスのその腕を頼りにプールからあがろう――と言う力の入れ方では無く。
…むしろ、逆。
ばしゃん。
派手に水飛沫が上がります。
きょとんとしてマリオンが振り返りそちらを確認。
と、セレスティがプールサイドに引き上げられたのでは無く、モーリスが水の中、セレスティの前に落ちていました。
…何だか昨年もあったような風景。
いきなりプールの中に引きずり込まれ、何事ですかと目をぱちくりさせるモーリス。だが目の前で楽しそうに笑っているセレスティの顔を見てしまえば、つまりは初めからこうするつもりだったんだなとすぐにわかる訳で。
…まぁ、この人は元々こんな人でもある。
毎年騙される人が居て下さって嬉しいですよ。茶目っ気たっぷりに己が主からそう言われてしまえば、モーリスも苦笑するより他はありません。
それを見、気が変わったのか――私もそろそろ泳ぐ事にするのですー、と、ついでにマリオンまでモーリスとセレスティの側まで来て、ばしゃんとプールの中に飛び込んで来、更には用意の無いまま――普段のスーツ姿のままプールに落っこちたモーリスに悪戯がてらじゃれ付いていたりします。
そうなると、今は水着を着ていないとか騙し討ちでプールに引きずり込まれた…とか、モーリスとしても何だかどうでも良くなって来る訳で。
――…セレスティとマリオンの、とっても楽しそうな姿とその笑顔を見てしまうと。
…まぁ、暑い事は暑い訳ですし。
これも一興、と言う事で。
【了】
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