コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


主なき掛け軸

 アンティークショップ・レン。
 そこは曰くつきの代物が集まることで有名だが、蓮が見せたそれはいつにも増して奇妙な物だった。
「面白いだろ?背景だけあって中身がないんだよ」
 それは柳の木とその下にある水たまりだけが描かれている奇妙な掛け軸だった。明らかに真ん中が妙に開いている。
 おそらくそこに、本当は何かが描かれていたのだろう。奇妙な違和感を感じつつもそれを見ていると、蓮はキセルを吸いながらこう言った。
「悪いんだけど、この掛け軸にふさわしい物を探してきてくれないかい?あんたならきっと探せるはずだよ…」

 蓮に無理矢理手渡されるようにされた掛け軸を持ちながら、ジェームズ・ブラックマンは考え込んでいた。この意匠の掛け軸に封じてみたい物はたくさんあるのだが、かといってそれを全部封じるというのも風情がない。
「柳の木に水たまりですか…」
 そう考えると、日本的な物がいいであろう。ここに西洋的な物を封じて渡せば、蓮に何を言われるか分かったものではない。最悪買い取りを命じられるだろう。自分もそんなアンバランスな物を持つのは本意ではない。
「まずはコーヒーでも飲んで考えますか」
 そんなことを呟きながらジェームズはいつもの場所に向かった。
 蒼月亭。そこならきっとこれにふさわしい物を見繕ってくれるだろう。
「いらっしゃいませ、蒼月亭にようこそ」
 ドアを開けると、いつもの声ではない明るい少女の声がした。昼間のせいか客が全然おらず、カウンターの中には立花香里亜が立っている。ジェームズがいつもの席に座ると、レモンの香りがする水がコースターと共にそっと出された。
「こんにちは、ジェームズさん」
 それに口を付けジェームズは辺りを見回した。ナイトホークの気配が全くない。
 香里亜がそれに気付いたのか、くすっと笑う。
「ナイトホークさんは何かお気に入りの煙草が少なくなったって言って、お買い物に行きました。だから今は私がお留守番です」
「そうですか…じゃあブレンドを」
「はい、かしこまりました」
 いつものようにコーヒーを頼み、ジェームズは頬杖をついた。ナイトホークがいると思ってきたのだが、生憎タイミングが悪かったらしい。だが、カウンターの中でコーヒーミルに豆を入れている香里亜を見て、ふっと顔を上げる。
 たまにはこの子の意見を聞いてみるのもいいかもしれない。
 人じゃないものが見えたりすると言う香里亜のことだ。掛け軸からいなくなった主のことが分かるかも知れないし、きっと女性らしい視点で主を決めたりしてくれるだろう。
 この店のことはよく知っている…ジェームズはそっとカウンターに入りコーヒーミルを手に取った。
「コーヒー豆を挽くのは私がやりましょう。その代わりに相談に乗って頂けませんか?」
「わっ!あ、ありがとうございます。でも相談って…私でいいんですか?」
「ええ、香里亜くんの意見が聞きたいんです」

「はぁ…これは中の人が逃げちゃったんですね」
 香里亜は掛け軸を見ながらそんなことを呟いていた。そして柳と水たまりの間に手をやりながら、興味深そうに掛け軸を見ている。
「逃げたとは?」
 そんな香里亜を見ながらジェームズは入れ立てのブレンドを口にした。いつもナイトホークが入れる研ぎ澄まされたブレンドとは少し違い、香里亜が入れたブレンドは優しい味がする。だが、それも悪くはない。すると香里亜はちょっと小首をかしげながらジェームズの方を見た。
「ものすごく出来がいい絵とか、掛け軸の中には魂が宿ることがあるんですよ。多分この中にいた人も、それで出て行っちゃったと思うんです」
「それがどんな方か分かりますか?」
 すると香里亜はうーんと考えた後、首からさげていた物をジェームズに渡した。それは自分で作ったお守り袋のようで、中に何かが入っている。
「ちょっと持ってて下さいね。多分これなら分かると思うんですけど…」
 香里亜の力を目の当たりにするのは初めてだ。ジェームズは香里亜がそっと掛け軸に手を当てるのを見ていた。特に外見から何かが変わったというような感じはしないが、当たりに流れる気が変わったのが分かる。研ぎ澄まされた意識が何処か遠くに入っていく。
「………」
 しばらく掛け軸に手をかざした後、香里亜は大きく息をついた。そしてジェームズの手にあるお守りをまた首に下げ、服の中にいそいそと隠す。
「ここに書かれていたのは幽霊画のようですね。女の人っぽい意識が残ってます」
「幽霊画ですか…」
 ジェームズはそう言いながら溜息をついた。柳の下に幽霊画とは、確かに夏向きの意匠かも知れない。香里亜はそんなジェームズを見ながら少しだけ考え込む。
「でもこの人水辺に行ったみたいです。水辺…川沿いとかでしょうか?」
 そう言いながらぱたぱたとカウンターに戻りカップを拭いたりする香里亜を見て、ジェームズは顔を上げた。先ほどお守りを自分に手渡したが、香里亜は怖くなかったのだろうか。自分の本当の姿を見ても、どうして普通に笑っていられるのか。
「どうしました?」
「いえ…さっき私のことが怖くなかったのかなと、少しだけ思ったんですよ」
 その言葉に香里亜はちょっと目を丸くした後、くすっと可愛らしく微笑んだ。
「大丈夫です。ジェームズさんはお客様ですし、ナイトホークさんの大事なお友達ですから。それより、掛け軸の中の人を探さないといけませんね。お仕事が終わってからお手伝いしますよ…って、私でよければですけど」
「そうですね、私一人では心許ないですからお手伝いして頂きましょうか」

 夜の営業時間になり、香里亜は薄手のカーディガンにピンクのコサージュがついたワンピース姿で蒼月亭に現れた。ナイトホークが心配すると困るので、ジェームズから前もって掛け軸の話は通してあった。
 ナイトホークは入り口で香里亜に一生懸命言い含めている。
「あんまりクロに迷惑掛けるなよ」
「はい、邪魔にならないようにします」
 そんな二人を見ながらジェームズは苦笑した。
「私が頼んだのですから大丈夫ですよ」
「まあ、見つからなかったら大根となすでも封じ込んで『仲良きことは美しきこと哉』とか書いとけ」
「それはちょっとセンスなさすぎです、ナイトホークさん…」
 そんなことを言うナイトホークに、今度は香里亜が苦笑する。それはそれで面白いかも知れないが、ふさわしいと言うにはほど遠いかも知れない。
「それは香里亜くんの言う通りで、風情がない」
「日本のアンティークには詳しくなくてね。終わったら香里亜送りがてら飲みに来いよ。さっき煙草買いに行ったとき、いいスコッチ手に入れたから」
 そう言いながら見送るナイトホークを尻目に、ジェームズは香里亜をエスコートして歩いていった。道を歩くときも決して香里亜を車道側へは出さない。
「なんかいつもと違うからドキドキしちゃいますね…」
 そう言いながら香里亜は無邪気に笑った。本当にこの子はよく笑う。時々吃驚するような目にも遭っているのに、泣いていたりするところを見たことがない。
「東京には慣れましたか?」
 ジェームズの問いに、香里亜はまた微笑む。
「皆さんいい人ばかりなので慣れました。でも、時々乗り換えとか間違っちゃうんですよ…あ、東京の地下鉄って急行があるんですね。この前知らないで乗って慌てちゃいました」
 そんなことを話ながら歩いているうちに、柳の木が並ぶ川沿いにたどり着いた。確かにこの辺りの風景なら、雨が降れば掛け軸の意匠にかなり近くなるだろう。ジェームズはそっとあたりの気を探った。水辺は悪い物もよく溜まる。そんなところで香里亜の能力を使わせたくない。
「ふむ、このあたりにいるようですね」
 ジェームズが指を指すと、そこには水辺を見ながら立ちつくしている和服姿の女性がいた。彼女はずっと水辺を見ており、全くこちらには気付いていないようだ。
 周りには家路へ急いでいる通行人も多いのだが、誰も彼女に目を留めてはいない。
「あのー、何かお探しですか?」
 そこに香里亜がひょこっと顔を出し、彼女に声を掛けた。その声に気付いたのか、彼女はジェームズ達の方に振り返る。
 それは美しい女性だった。
 幽玄的で儚く、その目は何処か遠くを見ている。白い肌と口にさした紅が夕暮れを過ぎたのにはっきりと見える。
『あちきに何の用でござんしょう…』
 香里亜をかばうように後ろにやり、ジェームズは交渉を開始することにした。無理矢理封じてもいいのだろうが、それでは自分のプライドが許さない。それに無理に封じても彼女はまた出て行ってしまうだろう。出て行った理由をちゃんと解決しない限りは。
 ジェームズは掛け軸を取り出してそっと彼女に差し出した。
「お忘れ物ですよ」
『ふふ…あちきがわざと忘れたものでありんす』
 そう言うと彼女は掛け軸を見ながらふっと妖艶な笑みを浮かべた。だがそれは何故か悲しそうにも見える。
『やっぱり戻らないとお困りになりんしょうね…あちきも待つのに疲れんした』
「何かを待っていたのですか?」
 すると彼女はすうっと水の向こうを指さす。そこには見事なシャクヤクが咲いていた。それを見ながら彼女は遠くを見つめる。
『あちきを書いてくれたお人が言ったんでありんすよ…あちきの手にシャクヤクを描きんしょうって。でも、その前にあの人と別れ別れになりんして…』
 彼女が待っていたのはシャクヤクだったのか。ジェームズはその話を黙って聞いていた。
 多分彼女は水辺を越えられないのであろう。元々絵である彼女が水を越えれば、その姿はかき消えてしまう。だからシャクヤクが見える場所でそれをただ見つめていたのだ。
 自分が本当は絵の中の住人であることも忘れ、ただ一心に花を恋う…いつの世も女性という者はわがままなものだ。
 ジェームズが溜息をつくと、香里亜が後ろからそっと何かを差し出した。それはワンピースの胸元についていた、ピンクのコサージュだった。
「あの…シャクヤクほど綺麗じゃないんですけど」
 すると彼女はそれを両手で包み込むように受け取る。
『これをあちきに?』
「シャクヤクより小さいですけど、もし良かったら代わりにどうぞ」
 ああ、そうか。ジェームズはそこで気がついた。
 蒼月亭に足が向いたのも、香里亜に協力してもらおうと思ったのもすべてこのためだったのだ。彼女の欲しい物を手渡し、元いた場所に戻ってもらう…ただそれだけのことだが、それでも物事には必要な順序というのがある。
 これは、彼女に戻ってもらうために必要な事だったのだと。
「よろしいですか?それともまだ本物のシャクヤクを求めますか?」
 ジェームズの言葉に彼女がゆるゆると首を振った。目には涙が浮かんでいるが、その微笑みはさっきまでの悲しいものではなく、柔らかで美しい笑みだった。
『本物よりも美しいでありんす…あちきは幸せ者でありんすね』
「そうですね。絵師に愛され魂を持ち、そして私達と話が出来た貴女は、本当に幸せですよ…」
 箱から取り出し開いた掛け軸に、ぱぁっと光が宿る。
 主のなかった掛け軸には、ピンクの花を持った幽霊が幸せそうな笑みを浮かべながら天を仰いでいた。

 数日後、ジェームズはアンティークショップ・レンにその掛け軸を持って来ていた。
 美しい幽霊が描かれた掛け軸を見ながら、蓮は満足げに頷く。
「やっぱりあんたに任せて正解だったよ。幽霊画なのに悲壮感がないのがいい…そして、手に持っているシャクヤクの紅が濃いのも」
 それを聞きながらジェームズはふっと笑う。
 本当に一番美しかったのは、女性同士の時を越えた優しいやりとり。自分はただそのお膳立てをしただけだ。だが、そのおかげでこんなに美しい物を見られたのなら…。
「どうしたんだい?何か可笑しいことでも?」
「いいえ、美しい物が見られて良かったと思っただけです。では、失礼」
 ジェームズは蓮の店にその掛け軸を置いていった。もう彼女が掛け軸から出ることはないだろう。彼女は一番欲しい物を手に入れたのだから。
「さて、いつもの場所に行きましょうか」
 梅雨の晴れ間の中、ジェームズは蒼月亭へと足を向けた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128 /ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??

◆ライター通信◆
こんにちは、水月小織です。
「主なき掛け軸」でしたが、今回は交渉と必要なセッティングをするための狂言回し的存在になって頂きました。何となく女性同士のやりとりを、静かに見つめているというのも絵になるかと思いまして…。リテイクなどは遠慮なくお願いします。
ナイトホークとの話が多かったので、今回は香里亜がちょこんとくっついてます。
そして絶対女性を車道側に歩かせないイメージが…(笑)
では、またよろしくお願いいたします。