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<東京怪談・PCゲームノベル>


東京ダンジョン

 第2次世界大戦末期、本土決戦に備えて東京の地下に広大な通路が築かれた、なんて話はゴシップ記事としてはあまりにも有名だ。新宿の市ヶ谷駐屯地の地下に入口があるとか、いろいろ噂は後を絶たないが、もし本当の入口が見つかったとしたら、どうする?
 誰もが笑い飛ばすよな。そんなことあるわけないって。でも、見つけちまったんだから仕方がない。何人か噂に釣られて見に行ったって話だ。でも、潜った連中がどうなったかはまだ誰も知らないんだ。少し気にならないか?
 そういや、旧日本軍はナチスと結託して心霊兵器を造ったなんて話もあったよな。なにか関係があるかもしれないな。
 まあ、興味のある奴は地下への入口を探してみちゃどうだ?
 噂じゃ渋谷にあるって話だぜ。

 byボーン・フリークス

    あるアングラ掲示板の書き込みより抜粋

 渋谷の片隅にあるパブラウンジ。地下へ続く階段を下り、イリスフィーナは店に入った。
 薄暗く、煙草とアルコールの臭いに混じってドラッグがかすかに香る。店にいるのは若い人間ばかりだ。それも10代から20代前半までに限定されている。
 左肩から長さ1メートルほどのバッグを下げたイリスを見て、店にいた若者たちが少し驚いたような顔をした。中にはイリスを見て笑う者もいる。
 渋谷の裏側を知る人間にとって、この店がストリートギャング『colors』の溜まり場であることは周知の事実であった。現在、渋谷最大規模のストリートギャングにまで成長した『colors』は、なおも勢力を拡大させ、地元暴力団に迫る勢いだ。
 カウンターの隅に1人の男が座っているのをイリスは見つけた。
 男へ近づき、その隣に腰を下ろした。男はイリスを一瞥したが、再び手元のロックグラスへ視線を戻した。
 若い男だ。まだ25にも達していないだろう。この男が『colors』のボスであると、この店にいる何人の客が知っているのだろうか。
「なんだ?」
 手の中でグラスをゆっくりと回しながら男が言った。
「地下通路が発見されたと聞いたのですが?」
「耳が早いな」
「ボーン・フリークスという方が掲示板に書いていらっしゃいましたから」
「そうか」
 そう言って男はグラスに口をつけた。イリスの後ろを10代とおぼしき男女が嬌声を上げながら通り過ぎて行った。
「潜るのか?」
「はい。少し気になることがありますので」
「そうか」
「入口は、どこにあるのですか?」
「渋谷川の暗渠だ」
「暗渠、ですか」
 渋谷川(古川水系)は新宿御苑を水源として東京湾まで続いている。新宿御苑から渋谷駅前までは広大な暗渠となっており、渋谷駅東口の渋谷警察署付近で地上に姿を現す。渋谷川は渋谷駅北側で分岐し、東は渋谷川、西は宇田川となっている。
 渋谷川と宇田川を合わせた暗渠の総延長距離は約29キロ。当然、そのすべてを人間が入れるわけではなく、宇田川の上流部では幅40センチほどまで狭まるという。人間が入れるのは暗渠の中でも下流部に限られ、その距離は3キロほどとなっている。
「ウチのメンバーも何人か潜っている。帰ってきたヤツの話を信じるなら、地下通路で化物を見たそうだ」
「化物?」
 悪霊や怨霊といった類いのものだろうか、とイリスは思った。そうした現象は確かに存在する。本当に第2次世界大戦時に造られた通路だとすれば、そこで無念の死を遂げた人間がおり、そうした成仏できない人間が悪さをしているのだろうか。
「もし、地下でウチの人間を見かけたら、よろしく言っといてくれ」
 意味深な言葉にイリスは疑問を感じたが、小さくうなずいて店を出た。
 時刻は午後8時。渋谷の街はこれからが賑わいを増す。徐々に増えつつある人込みを縫うように歩き、イリスは渋谷駅方面へと向かった。
 渋谷駅の構内を抜けて東口へ出ると、イリスは稲荷橋の上に立って暗い川を眺めた。周囲の光を水面がわずかに反射しているのが見えた。川の両側にはビルが背を向けて建ち並び、その換気ダクトから漏れる様々な臭いが辺りに立ち込めている。両岸はコンクリートで固められ、川というよりも巨大な側溝を連想させた。
 イルミネーションに包まれ、多くの人間で溢れ返る渋谷の街で、ここだけは違う場所のように感じられた。
 探索を夜にしたのは、街を歩く人間に暗渠へ入るところを見られたくないためだ。目撃した人間が警察などへ通報すれば、厄介事が増えるだけでしかない。喧騒に包まれた渋谷でも、深夜を回れば人はわずかにだが少なくなる。それに地下通路の探索に昼夜は関係ない。どのみち暗渠には照明など設置されていないし、彼女には闇も関係ない。
 イリスは周囲に人がいないのを確認して、橋の欄干から川岸に飛び下りた。コンクリートの狭い岸の上に着地すると、悪臭が鼻をついた。腐った水の臭い、金属臭、汚水の悪臭。様々な臭いが入り混じり、イリスは思わず顔を顰めた。目の前には暗渠の入口がポッカリと開き、その真ん中には澱んだ水がゆっくりと流れている。
 イリスはバッグに入った物の感触を確かめ、暗闇の中へと足を踏み入れた。

 地下通路への入口はすぐに発見することができた。暗渠の入口から渋谷川を1キロほど遡ったところで、コンクリートに覆われた側壁の一部が崩れていた。地震かなにかで崩壊したのだろう。歩いてきた距離と方角から判断するに原宿駅の近くだとイリスは思った。
 地下通路に入る前、イリスはバッグを下ろして中から一振りの剣を取り出した。魔剣クリムゾンカイザー。対異形用の愛剣であり、彼女の家に伝わる代物だ。
 鞘を腰に下げ、イリスは地下通路に足を踏み入れた。闇の中でも彼女は光を必要とはしない。明かりがなくても見通すことができるのだ。通路は高さ2メートル、幅1メートル半ほどで、土や岩盤を掘ったところへタールを塗り固めたらしく、その表面は硬化していた。通路は徐々に下っており、湿気のせいか足元は滑りやすくなっている。
 ここに来るまで特別な物は発見していなかった。暗渠の所々に巨大なネズミや野良犬の死骸が転がっていただけである。
 闇の中を進むと十字路に出た。その右へ続く通路の壁際にストリートギャング系の身なりをした人間が横たわっていた。イリスが近づいてみると、その人間はすでに死んでいることがわかった。死んでから時間が経過しているらしく、腐敗が始まっている。
 服装から若い人間であることは容易に想像できた。そして、『colors』のボスが言っていたことも、なんとなくだが理解することができた。彼は地下へ潜ったまま帰ってこないメンバーがすでに死んでいることを予測していたのだ。
 この地下通路のどこかには人間へ危害を加えるなにかが存在しているということなのだろう。化物を見たという証言も、あながち嘘ではなさそうだとイリスは思った。
 死体を横目に再び通路を進むと、前方から銃声が響いてきた。イリスは剣を引き抜きながら通路を駆け出す。
 やがて彼女は広い場所に出た。地下に築かれた直径20メートルほどのドーム状の部屋で、土埃がかぶさった大量の古い機械が設置されている。室内の至るところに水銀灯のような照明が吊るされ、ドームの中は明るく照らし出されていた。
 部屋の中央付近には十数人の男女がいた。だが、その姿を見たイリスは、異様さに思わず眉をひそめた。旧日本軍の軍服を着ている者もいれば、明らかに一般市民としか思えない女性もいる。彼らに共通しているのは、生気のない土気色の顔で足を引きずるようにして歩くということだった。まるで歩く屍――ブードゥー教のゾンビを連想させた。
 そのゾンビもどきたちに囲まれるように、1人の女性が両手に構えた拳銃で攻撃を行っていた。明らかに動きが違う。女性がゾンビもどきに襲われていると判断したイリスは、剣を構えながら突進した。
「燃えなさいッ!」
 最上段から振り下ろした剣がゾンビもどきを左右に切り裂いた。と同時に断面から炎が生じ、ゾンビもどきは瞬く間に紅蓮の火に包まれた。
 イリスの愛剣、クリムゾンカイザーには炎の魔力が付与されている。そのため、斬ると同時に対象を燃やすことができる。
「助太刀いたします」
「ありがたい」
 女性は言って拳銃を乱射した。中国製トカレフ。通称『黒星』と呼ばれる物だ。
 イリスも1体、2体とゾンビもどきを切り伏せる。撃たれ、斬られ、燃やされて瞬く間に数が減って行く。
 しかし、女性に撃たれたゾンビもどきが次々と起き上がり、何事もなかったかのように2人へ襲いかかる。
 そしてイリスに斬られ、燃やされた連中も、炎が収まると傷口の細胞が異常なうねりを見せ、斬り分けられた半身と結合した。炭化したままのゾンビもどきも2人に迫る。
「これじゃあ、キリがないよ!」
 苦々しい表情をしながら女性が吐き捨てた。
「本当に不死身だとでもいうのでしょうか!?」
 そんなことを口にしながらイリスはさらに2体のゾンビもどきを切り刻んだ。
 本当にキリがない。いくら斬っても、燃やしても復活してくる。仮にこの連中が不死身だとすれば、今の自分には倒せる術がない。不死身でなかったとしても、現状では数の多さに押されている、とイリスは思った。
「燃え尽きなさい!!」
 剣から複数の火炎球が飛び、ゾンビもどきを包んだ。2人を囲んでいたゾンビもどきの一部が床に倒れ、そこに道ができた。
「一旦、引きましょう!」
「それが、よさそうだねッ」
 イリスの言葉に女性が大きくうなずいた。
 攻撃を繰り返しながら女性を先頭にして通路を戻り始めた。ゾンビもどきたちは部屋から出て、しばらく2人を追いかけてきたが、出口が近くなる頃には姿が見えなくなった。
 地下通路を出たイリスたちは、暗い暗渠を出口に向かって歩いた。
「あれは、ゾンビなのでしょうか?」
「さあね」
 女性は肩をすくめた。改めて見ると、美しい女性だとイリスは思った。歳は20代半ばくらいだろうか。短く刈った黒髪に小麦色の肌。一見すると男性に間違えてしまいそうだが、その豊満な体がいくら抑えようとしても女性を強調している。
 どのみち、対策を講じて再び潜る必要があるとイリスは感じていた。異形を狩る者として、このまま放っておくわけにはいかない。
「ジジイなら、なにかを知ってるかもしれないけどさ」
「どなたですか?」
「ウチのジジイさ。昔、なんだか日本軍の手伝いをさせられていたことがあるとか言ってたことがあるからな」
 そう言って女性はニヤッと笑った。
「あ、遅くなりましたが、わたくし、イリスフィーナ・シェフィールドと申します。イリスとお呼びください」
「あのタイミングじゃ、自己紹介もなにもなかったからね。オレは葉明。危ないトコを助けてくれてありがとよ」
「いいえ。当然のことをしたまでですから」
「キミも掲示板を見た口かい?」
「はい。そうです」
「やっぱりね。あの書き込みを見て、潜るヤツが増えると思ってたんだ」
 再び肩をすくめ、葉明は懐から煙草を取り出した。
 煙草の火を眺めながらイリスは考えた。あの化物が地上に現れることはないのだろうか。すべてを探索できたわけではないが、別の場所に地上へ通じる出入口がないとは言い切れない。今のところは平気なようだが、そのうち化物が地上を闊歩する日が訪れるのかもしれない。地上を歩き、人間を襲うゾンビもどきの姿を想像してイリスは嘆息した。
「また、キミとは会いそうな気がするよ」
「そうですね」
 そんなことを話していると、暗渠の出口が2人の前に見えてきた。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 6507/イリスフィーナ・シェフィールド/女性/540歳/吸血鬼の何でも屋

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■         ライター通信          ■
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 このたびはご依頼いただきありがとうございます。
 お待たせしてしまい、申し訳ありません。
 地下通路の全容を解明するには文字数的に不可能であるため、このような取っ掛かり的な話となってしまいました。
 また、ゾンビもどきに関しましては、通常の攻撃方法では倒すことができません。消化不良かと思いますが、ご了承いただきたく存じます。