 |
藍玉 ＋ 歌声 ＋
☆ ★
「っ・・・！そんな・・・！無理・・・ですっ・・・！」
沖坂 鏡花がいつになく声を荒げ、目の前に座っている女生徒に抗議の声を上げる。
しかし、彼女はそんな鏡花の訴えを片手を振ってかわすと、視線を落とした。
「あのね、沖坂さん・・・だっけ？間違いだろうが何だろうが、貴方はエントリーされているの」
そう言って鏡花の前にピっと一枚の紙をつきつけた。
歌のコンクール概要と書かれたその下には、出場者一覧が乗っており・・・その中には鏡花の名前も入っていた。
「でも、これ・・・私が出したんじゃない・・・ですっ・・・」
「そんな事言われても、こっちも困ってるの。今回は外からお客さんを招いているにも関わらず、出場選手が少なくてね・・・今抜けられると非常に困るのよ」
「・・・っ・・・でも・・・」
全く取り合おうとしない委員の子の前で、鏡花は俯くとギュっと目を瞑った。
胸の前で組んだ手が微かに震え・・・
「確かに、ね、エントリーの取り消しは出来ないけど、パートナーを見つけてくるんなら大歓迎だわ。それなら先生に掛け合ってあげる」
「パー・・・トナー・・・？」
「そう。１人で舞台に立つよりは気分が楽になるでしょ？」
「でも・・・」
まだ何かを訴えようとする鏡花から逃れるように、ひらひらと手を振ると委員室から鏡花を追い出した。
鏡花の手には歌のコンクールのお知らせが握られており、そこには作詞作曲も出場選手がやらなくてはならないと書かれている。
作詞・作曲・演奏・歌を１人でやるなんて―――――
作詞・作曲・演奏なら何とできる。でも、歌を１人で歌うなんて・・・絶対に出来ない。
大勢の人の前で歌うなんて・・・
ギュっと手に持った紙を握り締める。
コレだって、きっとクラスの女の子グループのうちの誰かがやった事なのだろう。
けれど、鏡花はそれをイヤと言う事が出来なかった。
たった１人の前で喋る事すらもままならないのに、歌を歌うなんて・・・
絶望的な気持ちになって、鏡花は冷たい廊下にペタンとしゃがみ込んだ―――――
★ ☆
そう、それは何となく・・・
どうしたのかな？その程度の心があったのかどうかさえも定かではないほどに、本当にささやかな感情から、オールド スマグラーは神聖都学園の前で足を止めると、その無機質な建物を見上げた。
鏡花の事を思って足がこの場に赴いたわけではない。
現に、この建物を見上げて初めてふわりと、あの銀色の髪をした儚げな少女の姿を思い出したのだから。
けれど、ここまで来てしまった。
その事実は、心のどこかであの少女が佇んでいるからなのだろう。
きっとイジメられている少女。
同じ年頃の少年少女を閉じ込めた、コンクリートのこの空間の中で・・・鏡花は毎日どんな日々を送っているのだろうか。
そんな事は分からないけれども―――――
オールドは暫くその場で建物を見上げていた後で、ふっと視線を落とすと踵を返した。
会って、どうすると言う事もない。
何か用があるわけではないし・・・・・・・・・
けれど足は一向に前に進む気配がなかった。
心の奥底、ふわりと過ぎる影。
思い出す姿はどれもこれも哀しそうな、寂しそうな顔をした鏡花ばかり。
この前に会った時はお弁当を食べて、笑顔も見せていたけれど・・・どうしてなのか、オールドが思い出す鏡花はどれもこれも今にも泣き出しそうな表情をして、助けを求めているかのようにこちらをあの淡い色の瞳でジっと見詰めているのだ。
どうすれば・・・・・・・・
考え込むオールドの隣を、ふわりと淡い色の何かが通り過ぎる。
銀色の長く美しい何かが甘い香りを撒き散らしながら―――――
「鏡花！？」
見知った後姿に声をかけると、少女が長い髪を大きく靡かせながら振り返った。
端正な顔立ちに、スラリと細い肢体。
限りなく澄んだ淡い色の瞳・・・それが、今日は濁っていた。
泣いた後―――――？？？
「鏡花・・・？？」
「・・・お久しぶり・・・です」
鏡花がふわりと微笑むが、その笑顔はあまりにも辛いものだった。
無理をして笑っていると言うことが分かってしまうほどに、痛々しい笑顔だった。
「どうしたんだ？」
「ちょっと、驚いた事があって・・・」
「・・・大丈夫なのか？」
その問いに、鏡花は曖昧に笑むばかりで答えてくれない。
きっと、大丈夫ではないといえばオールドに心配をかけてしまう、困らせてしまう・・・そう言う気持ちがあるのろう。
けれど、大丈夫だと言えるほどに鏡花は強くなかった。
「何があったんだ？」
俯いた顔を覗き込む。
その途端、鏡花の強張っていた表情が柔らかくなり・・・大粒の涙を零し始めた。
「鏡花・・・！？」
これには流石のオールドもビックリだ。
どうして良いのか分からずに、とりあえず学校の中に連れ立って、この間一緒にお弁当を食べた中庭のベンチに腰を下ろさせる。
「すみません・・・」
「や、別に」
「ちょと、悲しい事があって・・・取り乱しちゃいました」
そう言った後で、鏡花がゆっくりと事の経緯を話した。
「そっか・・・。そんな事が・・・」
「でも、仕方ないですよね。変えられないものは変えられないんです。私が、頑張るしかないんです」
健気と言うよりは、ほとんど自己犠牲に近い言葉だった。
「それってさ、俺も出ちゃ駄目なのか？」
あまりにも痛々しい鏡花の横顔に、オールドは半ば無意識にそんな言葉をかけていた。
鏡花が驚きに染まった瞳を上げ「別に駄目と言う事はないのですが・・・？」と言って首を傾げる。
サラリと髪が揺れ、甘いシャンプーの香りが、初夏に染まりつつある風の香りと混じる。
「演奏とか、作曲とか・・・作詞とか、全然出来ねぇけど、歌なら何とか・・・」
そう言って口篭るオールドだったが、歌なんてやったことがない。
けれど、鏡花を１人で放って置く事は出来なかった。
「でも・・・良いんですか？」
「何が？」
「私と、一緒に歌なんて・・・良いんですか？」
眉根を寄せて、心配そうな表情でジっとオールドを見詰める鏡花。
いつもそうだ・・・
嬉しいと言う感情を素直に出せない。けれどその反面、哀しいと言う表情は素直に表に出す。
だから、オールドの思い出す鏡花の表情は大半が今にも泣き出しそうな、困ったような、哀しそうな・・・そんな表情なのだ。
「１人じゃないからな」
一緒だから大丈夫なのだと暗に込めて、オールドは大きく頷いた。
鏡花がその言葉を受けて嬉しそうに微笑み・・・今後の予定を細かく打ち合わせる。
夕暮れの空を、２羽のカラスが長く尾を引く鳴き声を上げながら飛び退って行った――――――
☆ ★
鏡花が用意してくれた服に袖を通し、着慣れないソレに違和感を覚えながらもオールドはジっと順番を待っていた。
ふんどしにカーテンの布と言う普段の出で立ちから一変、鏡花の従兄妹が着ていると言う大人し目の服を身に纏い、どうにも似合っていない感を胸に抱く。
何度か鏡花に変じゃないかと尋ねてはみたのだが「凄く似合ってますよ。変なんて、全然です」とにこやかな笑顔で言われるばかりだ。
鏡花の恰好は真っ白なノースリーブのワンピースだ。
腰の部分に紐がついており、後ろでリボンにしてある。
長い髪が幾度となく結び目に絡まり、鏡花が驚いたように髪を払っている。
細く伸びた腕が真っ白な楽譜を抱き締め、緊張しているのだろうか？小刻みに震えている。
あれから何度か練習し、鏡花のピアノの上手さはオールドも認めていた。
歌の方は―――――
考え込もうとしたオールドの頭に、柔らかい少女の声が割って入った。
「行きましょう、時間です」
そう言ってにこやかに手を伸ばすのは、鏡花だ。
その手に触れる・・・
今回は、鏡花も怯える事はなかった。
そのまま強い力でオールドを引っ張っていくと、ピアノの前でそっと手を放した。
黒いグランドピアノが強いスポットライトを浴びて艶やかに光り、鏡花がその前に腰を下ろした。
オールドと鏡花の視線が合わさり、確かめるように頷くと・・・柔らかな旋律が響き始めた。
鏡花の指が滑るたびに、美しい音が奏でられる。
視線はオールドの瞳と合わさったまま、楽譜に落とされる事も、鍵盤の上に落とされる事もなかった。
彼女は目隠しをしていてもピアノが弾ける。
最初は嘘だと思ったのだが・・・鏡花の指は全ての鍵盤の位置を覚えているようだった。
曲が段々と明るさを帯び、鏡花とオールドがほぼ同時に息を吸い込んだ。
柔らかくどこか弱々しい曲とは違い、歌は明るいものだった。
甲高い鏡花のソプラノの声が響き、それを支えるようにオールドの声が響く。
２人が舞台に上がった時にザワついていた客席は今やシンと静まり返っており、ピアノの細い旋律と２人の紡ぎ出す歌声が全ての音になっていた。
オールドの脳裏に、散々練習した日々が思い出される。
歌なんてやった事がない・・・けれど、鏡花と一緒に歌うからには、頑張らなくてはならない。
鏡花と２人の時でなく、オールド１人の時でも、何度も何度も歌った・・・
ピタリと合わさった歌は綺麗で、酷く心が落ち着く何かがあった。
自然とオールドの表情が和らぎ、鏡花も小さく微笑みながら歌っている。
鏡花の指が最後の音を叩き、ゆっくりと・・・手を放す。
音が長く尾を引き、踏んでいたペダルと放せば―――――シンと、全ての音が掻き消えた。
次の瞬間には割れんばかりの拍手が会場全体を包み込み、オールドと鏡花は丁寧に頭を下げるとその拍手に応えた。
オレンジ色の陽光を浴びながら、鏡花の銀色の髪が淡く光る。
サラサラと長い髪を風に靡かせ、クルリとオールドに向き直り、手に持っているトロフィーをジっと見詰めた。
「まさか、賞貰うなんて思ってませんでした」
「だな」
オールドも、片手に持った賞状を珍しげに眺めながら苦笑する。
鏡花は純粋に受賞を喜んでいるらしく、何度もトロフィーを見詰めてはキュと胸に抱いている。
「でも、良かったのか？」
「何がですか？」
「友達、出来たんだろ？」
オールドの言葉に、鏡花が曖昧に微笑んだ。
コンクールが終わった後、控え室には鏡花のクラスメイトが数人訪れ、仲良くお喋りをしていたのだ。
今まで喋れなかった分を埋めるかのように、女の子達は鏡花の歌声を褒め、ピアノの腕を褒め・・・そして、オールドにも色々と話し掛けてきた。
「お友達は、明日でも会えます。それに、今日はオールドさんとこの賞を頂いたんです」
真っ直ぐな視線を向けられて、オールドは思わず視線を落とした。
―――――その瞬間だった。
オールドは確かに悪意の篭った視線を感じた気がしたのだ。
それはオールドではなく、真っ直ぐ・・・鏡花に注がれているような気がした。
徐々に前を向いて歩いて行こうとしている鏡花。
しかし、それを快く思っていない人間もいるのだと言う事を、オールドはまだ知らなかった―――――――
≪ E N D ≫
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
6082 / オールド スマグラー / 男性 / 999歳 / 炭焼き職人 / ラベルデザイナー
NPC / 沖坂 鏡花
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『藍玉 ＋ 歌声 ＋』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、いつもいつもお世話になっております。（ペコリ）
今回は歌のコンクール編と言う事で、如何でしたでしょうか？
少しずつですが、鏡花が強くなってきているなと思いました。
最後、不吉な終わりになっておりますが・・・
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
|
|
 |
