コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>



みどりの黒髪



***

「さあて、まだかね…」

時計を見ながら、とある甘味所で待ち合わせ…と言った風の男が一人。和の装いは和風の建物と良く似合っている。夏にしては涼やかな風が吹きぬける、日本建築の醍醐味は風を感じさせるこの建物の造りだろう。
木漏れ日が囁くように土間になったホールに揺れる。時計を見ながら軽く腕を組み、午後の涼やかな空気に身を浸していれば…聞こえてくるのは髪が服に擦れる音。緩く目を瞬かせて、其の方向へと目を向けた。

「あのっ、ですね…ええとー、待ち合わせで…。あの、静修院さんと言う方は…」

まるで、内密の事を話すように小さな声で必死に店員へと声を掛けるパンツスーツの女。眼鏡は不恰好なもので、少しずれて鼻先でようやっと留まっている。
己の名前は確りと聞き取った、静修院・刀夜は思わずくすりと笑いを零してしまう。さて、慌てふためいているような彼女を見ているのもまた一興か、それとも早めに助け舟を出した方がいいだろうか。

「…此処だ、寺田さん」

出口より、少し斜めでは在るが見え易い場所も助け、聡呼はすぐに刀夜を見つける事が出来た。ほっと安堵したような表情を見せたは束の間、すぐにがちがちに緊張で固まっている。
そんな聡呼を見ても、未だ当夜の冷静さ加減は欠くことは無い。くすと、小さく笑ったのみで手招きをする。聡呼は我に返ったように、何度か店員に頭を下げてから鞄を両腕に抱え小走りでかけて来た。

「お、遅くなってしまい、も、申し訳御座いませんっ」

…着いて早々、席に座ることもなく、立ったまま刀夜へと深々に頭を下げる聡呼の様子に思わず刀夜も目を丸くする。頭を下げすぎ、聡呼の長く艶やかな黒髪は土間へ今にもつきそうなほど垂れ下がり。

「なに、そんなに謝る事は無い。…とりあえず座って話しさないか?」

未だ動揺の色が消えない聡呼に、やんわりと笑って声をかける。先に頼んでしまっていた珈琲が運ばれて来た、刀夜は店員を少し留めさせ、聡呼へと目を向ける。

「あんた、頼むもんは無いか?」

問いかけた聡呼は、はっとしてから遠慮がちにそーっと指を向けたのは「あんみつ」で。店員は緩くお辞儀をし、畏まりましたと声をかけて去っていく。…甘い物が好きなのだろうか、聡呼の表情は何処となく嬉しげなものに見えた。
さて、机に軽く頬杖を着いて聡呼を見つめる。上品な茶の眸が瞬けば、あまりそういう経験が無いのだろう、聡呼は顔を真っ赤にして俯いてしまう。そんな聡呼の様子にくすくすと再度笑い声をぽろりと零し…聡呼のはっとした顔を見れば、軽く片手を上げた。

「や、すまない。…あんまりに、可愛らしいものだから。つい、ね」

少し小首を傾げた刀夜の言葉、それに改めて赤面してしまう聡呼だった。今度は耳まで赤い。


「…………っあ!い、依頼は…あのぉ…」

はっと、聡呼は思い出したように刀夜へと声をかけた。そうそう、この話をしに来たのだ、何で口説かれてるんだろうと、緩く頭を振って思考を何とか大麻依頼へと向ける…が、それは聡呼の事であって…。

「依頼が終わったら、何処かで一服とかしない?」

にこにこと笑みを向け、未だ口説きに掛かる刀夜。…免疫の無さ過ぎる聡呼には、どうにもこの刺激は強い、らしい。顔を真っ赤にしてだんまり、と言うよりは、何も言えない状態となっている。
まるで石の様になってしまった聡呼の目の前に、手を振るって聡呼の意識があるかどうかを冗談交じりにやってのける刀夜は、まだまだ口説く気なのだろうか。どうにも、目の前のプレイボーイについて行けていない、生真面目な聡呼は掌で転がされているようだった。

「此処まで初々しい反応だと、さらに可愛らしく見えるね…ま、そろそろ仕事の話にしようか」

「…っそ、そうですよ!せせ、静修院さん、お仕事の話!」

「刀夜で良い」

…たったそれだけの返しで聡呼はまたも固まってしまうのだから、手に負えない。刀夜は困ったように軽く髪を掻き上げて笑った。
さて、話をすっぱり切り替え仕事の話へと。依頼したのはとある神社の神主より、聖域の前だと言うにも拘らず、神社手前の人通りの少ない道路にて、魔が出るのだそうだ。

「その魔は、見た限りでは体長…に、2m…。肌は黒曜石のように黒く…種類としては、鬼…で、でしょう…」

「鬼ね、まあ、オーソドックスって言えば、オーソドックスな依頼だな」

刀夜は軽く流すように、応えを返す。刀夜も予め聞いていた話だ、情報を聞いた辺りでそれは鬼だと刀夜も気付いていたのは当たり前だろう。
問題は、どうやって鬼を斃すかによる。して、どうやって手を施すか………さて、そう言えば…

「あんたはさ、どういう武器を使うわけ?」

「あ、わ、私は、ゆゆ弓…です。管狐を、矢にして…」

聡呼の細い指が、胸ポケットに入れていた万年筆をおもむろに取り出す。蓋を開ければ…常人には決して見えないだろう、青白い光…。ペン先は無く、インク等の器具も無い、軸のみのもの。其処から覗くのは、鼬を髣髴とさせる動物の頭が見えていた。
刀夜と目が合えば、それはひゅっと万年筆の中へと戻ってしまう。

「あ!こ、こら、ご挨拶を…!」

「…ご主人様に似て照れ屋だな」

慌てて管狐を外に出そうと、軸を指先で突く聡呼に、刀夜は再度軽く笑う。構わない、と軸を突く聡呼へと静かに言いやって。

「恥らうのもまた可愛さだろ」

「……管狐にまで、か、可愛いとか仰るんですね…」

「管狐まで口説く趣味は、持ち合わせてはいないけど」

……刀夜のさらりと受け流すような返答に、何処となし、こう言う押し問答に手馴れた雰囲気が取れる。口では刀夜には勝てないだろうな、などと聡呼は別の方へと思考を転じていた。

「あ、出現場所はですね…この辺り、でして…」

聡呼の細い指が、簡略化した地図を一本筋なぞった。ふむ、一つ刀夜が息を吐き、その筋をなぞる様に目で辿る。…突き当たりに、頼んだ主のものだろう、神社があった。

「そうだな、あんたは遠距離の攻撃だから、俺の援護をしてくれ」

こくん、聡呼の首が動いて頭が上下に振れた。そうして、またも思い出したように、瓶底のような眼鏡のレンズ越しに目を瞬かせる。

「…ええと、せ、…刀夜さんは、一体どのような武器を…?」

「俺?…今此処じゃあ、出せないかな」

全部は…と、刀夜は付け加えた。何分刃物が多い、何も知らない一般人の中で出してしまえば、即法に触れてしまう。聡呼は断りを入れられたのは判ったのだろうが、同じ業種として相手の得物は気になるものなのだろう。
刀夜は少し笑って目を細め、頬杖を突き聡呼へと顔を近づける。

「明日の、仕事の時にでもじっくりと見せてやるさ」

瓶底の蒼色が少しばかり揺れた気もするが、頬の赤さが目を引ききちんとは見れなかった。
……暫くの間、聡呼の頬の赤みが取れなかった、とは後日談。



夜の帳も降りた頃、天に星は瞬き雲は遊んでいる。一つ、大きな船のよう、月が悠々と船旅を進めていた。

「今宵は観月日和だな…、どうだい、この後…」

「今は仕事の事を考えるべきじゃ、刀夜殿」

……えらく先日とは雰囲気の違う聡呼に、少々刀夜の反応も遅れてしまう。眼鏡をしていない聡呼の目は、意外なほどに厳しい光を灯している。恐らくは、退魔の仕事に対してよほどの熱意を持って接しているのだろう。話し言葉にすらも、気が回っていないのもまた違う印象を受ける。
しかし、面食らうのも一瞬の事。刀夜はすぐに、ふ、と軽い笑みを浮かべた。

「性格変わっても可愛いね」

「……言われなれておらん、余り言わんで頂きたいもんじゃ」

…厳しい目線をしていようとも、やはり聡呼は聡呼のようで、軽く赤面し目線をそらしてしまった。刀夜は軽く笑いを零し、少しばかり肩を揺らす……と、そこまでは良い。
さて、現れたるは暗闇より。それは思ったよりも大きな相手、妖魔だ。…鬼だろうという、聡呼の見解は凡そ当たっていた。黒曜石の肌は、力強く、血管が浮く太いもの。易々と倒れてくれるだろうか?

「やるかね…頼むから、お茶する時間くらいは残して貰いたいもんだね」

当夜の手が懐を探る、そうして抜き出されるのは…その懐の何処へ隠せていたのだろう、一本の野太刀。抜き身は美しく月光に艶を振りまいた。

「……でかいな、あんた。」

あんた、と言うのは鬼の事か、少し見上げるように顎を上げた。茶の眸が瞬く、鬼にも判る物なのだろうか。一瞬ほど、怯んだ様子を見せるもすぐさま腕を振りかざし、黄ばんだ分厚く鋭い爪を突き立てんと刀夜へと振るう。
鬼は図体の割りに、動きが速い。刀夜の眉間に少しばかり眉間が寄るも、当たるほど腕は鈍くは無い。後ろへ引かず、少しばかり足を踏み込み体重移動で避け行く。目指すは鬼の脛、野太刀を横へと振り上げ虚空を裂けば、手には何とも言えない手応えが伝った。

『ッグゥ!!!』

「見下されるのは…好きじゃない、少し背を縮めてくれないか?」

脛からは溢れるほどの…赤くは無い、異様な色の液体が零れ出る。野太刀と言うのにこの切れ味、得物の質と腕の質が上物でなければ此処までは出来ない事だろう。
聡呼は少しほど、刀夜との実力の差に息を飲んでしまう。……いや、今はそういう場合ではない、そうと気付かせてくれたは、再度振られた鬼の腕。

「っ刀夜!!」

思い切り弓の弦を引く…しゅんと光の弧を描いた、それは鬼の黒い腕へと向かい行く。
…洞穴のような内面の見えない口から、大きな咆哮が上がる。光の矢は…どうやら鬼の肩を貫通したようだ、矢は既に管狐に変化を遂げ聡呼の元へと戻っている。

「…っ〜…」

「…悪いな、聡呼、助かった」

刀夜の返しに、聡呼は安堵の息を吐きながら、微笑を其の返答として刀夜へと向けた。
さあ、鬼は身動きが思うようには取れまい。刀夜の足は前へと進む、鬼を討とうと野太刀を再度振り上げた、人間のものではない液体がちりばめられる。
聡呼の矢は的確に鬼の攻撃を邪魔するように放たれる、当たらずとも光の軌跡で目隠しを。地に鏃を射し鬼の歩みを止めた。

刀夜は腕を振るう、野太刀は鬼の皮を裂き、肉を抉って行く。刀夜もまた、的確に鬼の生命を削っていく。

「手間の掛かる…これで、終わってくれよ!」

当夜は最後の一振りを鬼へと施す、聡呼はその間も援護を休まない。光の軌跡が描いた先は鬼の額へと、刀夜が振るった太刀が描いた銀の軌跡は鬼の胸元へと線を描いた。
…最期、鬼の断末魔は凄まじい物。其の周辺一帯の空気を揺るがすほどのものだった。二人としては聞きなれているもの、常人には聞こえては来ないだろう。

鬼は倒れ、肉は土くれへと変化する。土くれからは苔が生し、草が生え、花が咲いた。……鬼の魂は、無事に天へと還っただろうか。


「っふう、結構、大きいじゃないか…。依頼主、目でも悪いのか?」

一段落付けば、刀夜も少し息を吐き出し方の力を抜いた。野太刀を振り液体を払い落とせばまた懐へと仕舞う。

「…ご老体じゃけんのう、致し方ないもの」

聡呼と言えば…未だ肩の力を抜いたようには思えない。背筋を伸ばし、きっちりと結われた黒髪が風に揺れた。…刀夜の口元には再度笑みが浮かぶ。

「じゃあ、時間も余ってるし…飲みに行かないか?」

「…ま、まだその様な事をっ!!」

またも真っ赤になって牙をむく聡呼の態度に、当夜はからからと笑い声を立てた。軽く首を傾いで聡呼を振りかえる、茶の眸はきっちりと肩越しだと言うのに聡呼を見据えている。

「ま、嫌なら良いんだけど?」

「………まあ、仕事も終わったことじゃ…打ち上げ、ならば言ってやらん事も無い」

…ごほん、少し咳払いをしてから改めて言う聡呼。刀夜は再度笑みを零した、意地を張る様子が彼なりに面白かった様子で。

「…そうだな、打ち上げで。良い店知ってるから」

「…高い店は行けん」

今度言われるのは何とも庶民的、軽快な笑い声を刀夜が零せば不思議そうな顔をする聡呼。刀夜は首を傾ぐ彼女の横へと来れば、軽く背を叩いて歩みを進めた。


「俺の奢りに決まってる」




今宵の月は、えらく高みへ昇っている。
月光は仄かな光を放ち、天井の天鵝絨を微かに照らしていた。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 6465 / PC名 静修院・刀夜 / 性別 男性 / 年齢 25歳 / 職業 元退魔師。現在何でも屋 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

■静修院・刀夜 様
初めまして、発注有難う御座います!ライターのひだりのです。
クールなプレイボーイさん、と言うことで、口説き文句を入れてみたのですがどうでしょう。(笑)
免疫の無い聡呼の反応も楽しんでいただけれていると幸いです〜。
男前加減がなんとも楽しかったです、口説き文句も(笑)

此れからも精進して行きますので
是非、また機会がありましたら何卒宜しくお願いいたします!

ひだりの