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<東京怪談・PCゲームノベル>


Crossing ―ハツタイメン―



 羽角悠宇は病院を見上げた。大きな総合病院だ。
 彼の友人がここに入院して一ヶ月以上経っている。
(入院費とか……どっから出てんだか)
 そもそも個室を占領するのもどうかと思うのだが、彼は彼で大変なのだから仕方ない。
 それに相部屋だと困る。チクチクと彼にいじめられる自分を色んな人に目撃されるのは御免だ。
(よし、行くか)
 と、一歩踏み出そうとした矢先、「悠宇!」と声をかけられた。
 今の声は聞き覚えがある。悠宇は嫌そうな顔をして振り向いた。
 こちらに駆けて来る少女の名は初瀬日和。悠宇のカノジョ、である。
 長い髪をなびかせて走って来た彼女は悠宇の前で止まると「はあ」と大きく息を吐いた。
「…………なんだよ日和。なんでこんなとこに?」
「なにって、悠宇の忘れ物を届けにきたのよ?」
 失礼しちゃう、という口調で日和は悠宇にノートを渡した。思い出した悠宇は「サンキュー」と笑う。
 しかし。
(…………よりによって病院に入ろうとしているところを日和に見られるとは……)
 内心だらだらと汗を流す悠宇であった。
 彼女が不思議そうにしませんように、と願ってしまうが……その願いは神に届かなかったようだ。
「でもここで何してるの? 病院だけど……まさか、どこか悪いの?」
 ほらやっぱりね。
 そう思ってしまう。
 心配させるのも悪いので、正直に言うべきだろう……。うぅ、いやだ。
「……あ、いや、友達が入院してるん……だ……」
 気の進まない悠宇の、張りのない声。その声から様子を察して欲しかったが、彼女は気づかなかった。
「え? 悠宇のお友達? じゃあお見舞い?」
「……あー……うん」
 日和は悠宇の姿を上から下まで見遣り、眉をひそめる。
「だったら手ぶらで行くのってどうかと思うけど。お花くらい買ったら?」
「花ぁ!?」
 悠宇が大声をあげる。慌てて彼は口を手で覆った。
 病院の入口で騒ぐのも問題だと、彼女の手を引っ張って駐車場のほうへ回った。
「なんで俺があいつに花なんて買わないといけないんだ!」
「だって入院中なんでしょ? お花くらい買うのは礼儀だと思うわ」
 日和の言っていることはまったくもって正しい。最低限の礼儀だろう、確かに。
 しかし悠宇は唇を尖らせる。
 ここに入院している友人は、かなりクセを持った人物である。花なんて持っていっても喜びそうにない。
「いや、いらないとか言いそうだし……」
「そうだとしても、お見舞いなんだから」
「…………」
 乗り気ではない悠宇の手を引っ張って日和は花屋に向かうことにした。
 渋々歩く悠宇は小さく「絶対いらないって言うぞ、あいつ……」とかブツブツ言っていた。

 花屋に来て、店員が花束を作っている最中に日和は面倒そうにしている悠宇の袖を引っ張る。
「悠宇のお友達なら、私もお見舞いに行きたいんだけど」
「…………」
 言うと思った、という顔をする悠宇は無言だ。物凄い嫌そうにしているのは、誰が見ても明らかである。
「……だめ?」
 うかがうように尋ねる日和。
 悠宇は仕方ないという様子で「わかった」と呟く。
 OKが出たので日和は顔を輝かせた。
「良かった! ねえ、どんな人なの?」
「ど、どんな……?」
 視線を逸らす悠宇は、「変わってるよ、かなり」とだけ答えたのだった。



 日和はドアの外で待つことにした。
 入ってもいいという許可がもらえたら会わせて、と日和が悠宇に言い出したのだ。やはり初対面なので遠慮することにしたのである。
 個室の中に入っていった悠宇。中での会話は聞こえない。
 日和はどきどきしつつ、そっと個室に入院している患者の名前を見遣る。
 ネームプレートには「遠逆欠月」と書かれていた。
 ぱちくり、と日和が瞬きをした。
(え? とおさか?)
 まじまじと名前を見る日和。
 トオサカという苗字はそれほど珍しくないのだろうが……使用されている漢字が特殊だ。
 逆さまの「逆」という字を使っている人を、日和は一人しか知らない。奇妙な偶然だ。
(とおさか……なんて読むのかしら……)
 下の名前はあまり見ないものだ。読み方がわからない。
 欠けた月だなんて……。
(どんな人なんだろう……)
 見舞いなどを面倒がる悠宇がわざわざ来る。それだけでもかなり好奇心をそそられた。



 個室に入った悠宇は、ベッドで本を呼んでいる欠月に片手を挙げた。
「よう」
「やあ」
 短い挨拶を交わす。
 欠月は眼鏡を外した。そして本を閉じる。
「おや? 珍しい。花なんて持ってどうしたの?」
「お、おまえに……。み、見舞いの花!」
 花を持っている手を欠月に突きつけるように出す。
 彼は目を丸くするとクスクスと小さく笑った。
「キミ、花なんてどうやって買ったの?」
「ど、どうやってって……店で普通に買ったぞ?」
「一人で買えるわけないじゃない。キミが」
 意地悪な笑顔で欠月は言い放つ。
 しかも、声を強調させた。最後の部分で。
 悠宇はムッとする。
「買えるさ、花くらい!」
「へぇ……。キミみたいな硬派な人間が花屋へなんの躊躇もなく入れるとは意外だったな」
「……!」
 ぎょっとして悠宇はのけぞった。
 欠月の言っていることは当たっている。男が花屋にすんなり入れることはそうそうない。
 大義名分……つまり、お見舞いとか、お祝いとか、そういう理由がなければ悠宇とて気軽に入れる場所ではないのだ。
 見舞い相手が完全な病人ではないと知っている悠宇が花屋に行く理由はない。
(こ、こいつ…………外に日和がいるの、気づいてるな!?)
 汗をたらりと流す悠宇であった。
 欠月に散々「キミと付き合うなんて、奇特な彼女なんだねえ」とバカにされ続けてきたのだ。それもあって、欠月に日和を会わせたくない。
 押し黙って欠月をうかがう悠宇の様子に、欠月は吹き出した。
「あはは……! なにその顔! ほんと顔に全部出るんだから、キミは」
「うっ、うるさいっ!」
「それで? ボクに言いたいことがあるんじゃないの?」
「…………えと、そ、外に友達待たせてるんだが……入ってもらっても……か、かまわないか?」
「トモダチ?」
 へえ……と含んだ感じで訊き返す欠月に「なんだよ!」と悠宇が怒鳴った。
「入ってもらっても構わないよ」
 にこっと欠月が微笑んだ。
 安堵する悠宇がドアを開けて、外の日和に声をかける。
 悠宇に背中を押されて日和が病室に入ってきた。
 どきどきしていた日和は、ベッドの上にいる人物を見て仰天する。
(う、うわぁ……! すごく綺麗な男の子……!)
 日和のよく知る遠逆の退魔士の少年とは、まったくタイプが違う。可憐な男の子、という感じだ。
「あ、あの、こんにちは。初めましてっ、初瀬日和と言います」
 顔を赤らめて頭をさげる日和。悠宇は(そんなに緊張しなくても)と呆れていた。
「初めまして。遠逆欠月です」
 柔らかい声に日和がさらに顔を赤くする。
 悠宇はこめかみをぴくぴくと動かした。
(なんだろう……お、おもしろくねぇ……)
 そんな悠宇を見遣って欠月が面白そうにする。
 日和は口の中で彼の名前を反芻した。
 かづき。なるほど。あの漢字はカヅキ、と読むのか。
 部屋の中にあったイスを引っ張ってきて、悠宇と日和はそれぞれ腰掛けた。
 欠月は日和に顔を向ける。
「お花ありがとう、初瀬さん」
「えっ、あ、いえ」
 慌てる日和と欠月の間に悠宇が割り込む。
「買ったのは俺だぞ!」
「そうだね。でも彼女が花屋に行こうと言い出したんじゃないの? だったら礼を言うべき相手は彼女でしょう?」
「うぐ……っ」
 言い負かされている悠宇を、日和は横目で見遣った。完全に悠宇がオモチャにされている。
 欠月が日和に視線を戻す。日和はどきっ、と反応してしまう。よく見れば欠月は片目が紫色をしていた。
 じっと欠月に見つめられて日和は困ってしまった。なんだか恥ずかしくなる。
「あ、あの……?」
「ああ、ごめん。悠宇くんの彼女は、悠宇くんに勿体無いくらい可愛いと思って、つい」
「か、かわいい……? 私がですか?」
 驚いて瞬きする日和に、欠月は微笑む。まさしく、女の子を虜にする魔性の笑みだ。
「当たり前じゃない。ここにはキミ以外にその言葉が似合う人はいないと思うけど?」
「……あ、ありがとうございます」
 赤くなって俯く日和。
 悠宇はこめかみに青筋を浮かべた。
(なんなんだその歯の浮くようなセリフは……っ! うわー、カユい! すげーカユいぞ!)
 バリバリと腕を掻く悠宇は、欠月を睨めつけた。
(だいたいなんだそのやり取りは……! おまえはもっとねちっこくて、蛇みたいに相手をじわじわといたぶるのが好きなんだろ!? なんで爽やかを装ってんだ?)
 いつもなら欠月の毒舌が展開されているはずだ。それなのに。
 日和に対して気遣ったり、褒めたり……変だ、絶対!
「悠宇くんなんかやめて、ボクにすればいいのに」
 目の前での欠月の爆弾発言に悠宇がイスから立ち上がる。
「おまっ、おまえなに言い出すんだ! 俺の彼女だぞ!」
「知ってるよ?」
 それが?
 と言わんばかりの欠月の声。
 日和は悠宇の腕を引っ張る。
「ダメよ、悠宇。遠逆さんは冗談で言ってるんだもの、本気で怒らないで」
「ば、ばか! おまえはコイツを知らないからそんなこと言えるんだっ! こいつはおまえをぺろりと喰べちまうぞ!」
「なに言うのよ!」
 頬を赤らめて日和が悠宇を睨みつけてきた。
 悠宇は、欠月が日和の見ていない時にニタニタと笑っているのに気づく。
 欠月のほうへ日和が頭をさげる。
「ごめんなさい、遠逆さん。悠宇がいきなり……」
「謝らないで。キミは悪くないから」
 爽やかに笑顔で返す欠月の豹変ぶりに悠宇が青ざめた。
「おっ、おまえなんだその態度の変わりようは……っっ!」
「もう! 少しは静かにしてよ、悠宇ったら! ここは病院なのよ!?」
「そうだよ。少し静かにしたら? 初瀬さんの言う通りだ」
 彼女に責められ、欠月はその彼女の言葉に頷き……援軍のない悠宇は唇をへの字にしてイスにどかっと腰掛けた。なんだか泣きそうになっている。



 悠宇と日和は病院から出てきた。
「遠逆さんて、面白くて優しい人ね」
 嬉しそうに言う日和の横で、かなり疲れた様子の悠宇は呟く。
「どこが……」



 欠月は病室の窓から二人の帰る様子を眺めていた。仲良く帰っていく二人組を見て微笑する。
「……ちょっといじめ過ぎたかな」
 だが声も表情もまったく反省した様子はなかった――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、羽角様。ライターのともやいずみです。
 相変わらず欠月にいいように遊ばれています。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!