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<東京怪談・PCゲームノベル>


Crossing ―BLUE BIRD―



 空はすっかり薄暗くなっていた。あっという間に闇に染まってしまうだろう。
 静は上機嫌だった。夜の暗さなど気にならないくらいに。
 帰り際の「気をつけてね」という欠月の笑顔を思い出して、表情が緩む。
(ほんとに欠月さん、すごく優しいというか……)
 なんだか照れ臭くなった。
 空を見上げると星の瞬きが少しだけ見えた。明日もいい天気になるようだ。
「ん?」
 ひと気のない道を歩いていた静は人の話し声に気づいて周囲を見回した。
 街灯がちかちかと不気味に点滅する。
(誰かいるのかな……)
 少しだけ興味が出た。
 帰宅途中の学生かもしれないし、会社帰りの人たちかもしれない。
 少しだけ見て……何事もなければ取り越し苦労で済む。最近は物騒な事件も多いし、ちょっとだけ……。
 機嫌が良かったこともあって、静は話し声のしているほうへ歩き出した。
「……逃がすとは……なにやってんだよ」
「おまえこそ……! 段取りしてたこと無視しやがって……」
 どうやら男が二人、言い争いをしているようだ。
(ケンカかな……?)
 殴り合いになっていたら仲裁に入るくらいはしよう。
 そう思って曲がり角から顔を覗かせる。静はぎくっとしたように目をみはった。
 黒い衣服の若い男たちは深刻な顔で言い合っていた。その足もとには血を撒き散らして倒れている女がいる。
 殺人かと身を強張らせる静だったが、様子が変なことに気づく。
 男たちは人が死んでいても平然としたままだ。むしろ、女の遺体を気にした様子もない。まるでそこに在るのはただの道端の石ころのように。
「どうする……? このことが知れたら信用が……」
「まずい……。俺たちだって……」
「なんとか失敗を帳消しにする方法を……」
 物騒な会話だ。
 どうやら男たちは何かに失敗したらしい。
(失敗……? どうして……そこに『死体』があるのに……!)
 失敗とやらのほうが重要なのか? 人間の『死』より!?
 静は一歩後退する。
 この人たちは、おかしい。
 それに……。
(持っているあれは……)
 静の赤い瞳が、彼らが手にしているモノに定められた。
 禍々しい気配を持つ武器。あれは特殊なモノ――あんなものを持てるなんて。
(能力者……。欠月さんみたいな洗練された感じはないけど……)
 雰囲気は近い。魔の香りをさせる者だ。
 徹底的に鍛え上げられた専門家である欠月とは違い、どこか歪な印象を受けた。
 いわば――三流、と呼ばれる存在だ。
 ふいに男の一人が振り向いた。静と目が合う。
「あ……」
 静の呟きは、静自身に大きく聞こえた。まるで自分の声ではないようにすら。
 大きく心臓が跳ねた。それは恐怖のようでもあり、驚きのようでもあり、また……衝動のようですらあった。
 いや、おそらくそのどれもが入り混じっていたのだ。なぜなら静は本能的にその場から――――逃げた。
 だって男たちが笑ったのだ。あの笑みを見た瞬間、静の本能が告げた。逃ゲロ、と。

「おい……あれ」
「ああ。『混じり』だな」
「そうか? 俺には支配されてるように見えるぜ?」
 男たちは顔を見合わせて笑う。その卑しい笑み。
 そして男たちは武器を握る手に力を込めた。
 いい八つ当たりの獲物が通りかかったようだ……。



(あれ……? なんで僕、走ってるんだろ……?)
 静は息を吐き出して疾走していたが、頭は完全に混乱していた。
 自分がなぜ逃げているのか理解できない。
(え……えーっと……? 僕、欠月さんのお見舞いに行って、それで……?)
 え? なんだ?
 疑問符だけが浮かぶ。
 背後から何か飛んできた。手裏剣のようなその刃物は静の頬を掠めた。
 小さな痛みが走った。刹那――。
「ひっ!」
 静の体内に物凄い衝撃が駆け抜けた。思わず足をもつらせ、道に転倒する。
 アスファルトの地面に掌をぶつけ、その痛みに顔をしかめる。
(い、いた……ぃ。今の……なんだ?)
 痺れる身体でゆっくり起き上がる。
 電流が肉体を貫いたような……そんな激痛だった。
「おいおい。どこ行くんだ?」
 背後からの声に静が恐る恐る振り向く。
 緩やかな足取りで静のほうへ歩いてくる男たちはにやにやと笑っていた。
「なんか弱い者イジメみたいじゃね?」
「ばっか。化物にイジメもクソもあるかよ」
 二人は愉しそうに笑う。
 獲物を狩る狩人だ。そして彼らは静を見下している。
「な、なんなんですかあなたたち……」
「うわっ。口きいたぜ?」
 けたけたと馬鹿にして笑う男に、静は急に恥ずかしくなる。
 喋ること自体が間違っているという彼らの言葉に萎縮してしまったのだ。
 身をすくませる静に、もう一人の男がナイフを突きつける。
「んでよ……コイツどうする?」
「決まってんじゃん。バケモノ退治屋っしょ、俺ら」
「んじゃ、力を全部奪ってからにするか、遊ぶの」
 彼らの言葉を静は信じられないというように聞いている。
 遊ぶ? なにで?
(…………僕?)
 力を奪って?
 胸の奥底で冷たいものがじわ、と広がった。それは白い用紙に落とした黒い染みのように、静の心に居座る。
 この人たちは、僕のことをなんとも思っちゃいない。
(殺す気だ)
 僕のことを人間とは思ってない。
 唇が震えた。何かを言おうとしたその唇は、何も言わずに終わる。
 ああ、まただ。
 また僕は使わなきゃいけない。
 嫌なのに。
 どうして。
 静の目付きが豹変する。細められた視線に込められたのは殺意だ。
(殺されてたまるか……!)
 男たちはその視線にせせら笑う。
「コイツ、逆らう気だぜ?」
「ははっ。だっせー」
 吹き出して笑う男たち。その嘲笑に静の心がざわつく。
 なぜ自分をバケモノと言うんだ、コイツラが。
(何もしていない僕を殺そうとしているくせに…………おまえらのほうがよっぽど)
 よっぽど――。
「今日はいい夜だ」
 声が響く。
 静はその声に目を見開いた。
「闇は深く、月はない。昔から人は言っていただろう? 月のない夜は気をつけろ、と――――」
 男たちは声の主を探して周囲を見回す。
 街灯がぶつん、という音と共に消えた。周囲が闇に包まれる。
「人のなんと愚かで醜く浅ましいことか。
 だが気にする必要はない。ソレもまた、ヒトである証だ」
 男たちのすぐ後ろに立っている少年が、薄く笑った。
 ゆっくりと振り向く男たちの視線は、闇の中で輝く紫の瞳を捉える。
「だ、誰だおまえ……」
 恐れて欠月から距離をとろうとする男たちに、欠月は微笑む。
「そんなことは些細な問題だ。気にする必要はない。
 しかしあれだね。キミたちはもう大人なのに、子供みたいなことをする」
「な、なんだと!?」
「まあ……大人になっても弱い者いじめをして優越感に浸り、その小さな満足感を得て虚しさを覚える者は多い。否定はしないよ」
 笑顔で辛辣なことを言う少年の言葉に、男たちは頭に血がのぼった。
「愉しいよな。とても。自分の力を誇示できるし、明らかに弱い相手をいたぶるのは。
 小さな子供が、アリを摘んで潰す……あの感覚かな。それとも……アリの巣穴に水や湯を入れて愉しむ感じのほうが好み?」
「この……!」
 殴りかかった相手の拳を、欠月は軽々と受け止める。男と欠月は明らかに体重差があり、欠月の華奢な身体では受け止めることは不可能だ。
 その不可能なことが、目の前で起こっている。信じられなかった。
「なにやってんだよ! そんなヒョロいヤツ……!」
「う、うるせー! こ、こいつ気持ち悪ぃんだよ!」
 男たちの声に恐怖が滲んでいた。震えの混じった声音からそれがわかる。
 欠月は続けた。
「ならば、ボクもキミたちと同じ立場だ。どうしようか。簡単にキミたちの脳みそを吹っ飛ばせるんだけど、それじゃあ面白くないよね」
「な……なんなんだよてめぇは! なんで化物の味方なんてするんだよ!」
 静が怯えたような目をする。視線を伏せた。
 そんな静を見もせずに欠月は言う。
「ボクは化物の味方なんかじゃない――――ボクは彼の味方なだけ」
 その囁きと同時に欠月は唇を三日月に歪めた。瞳に酷薄な色が浮かんだ。
「アリの気持ちを味わうのも、いい勉強になると思うよ? お兄さんたち」



 静は顔をあげた。目の前には、差し伸べられた手。
「……欠月、さん」
「ん?」
 柔らかい笑顔でそう言う欠月の手を静は握った。熱い。
 その熱に驚く静の前に、欠月は屈んだ。
「あ、熱い、です。ど、どうかしたんですか?」
「ああこれ? 一時的に元の身体能力を使ってるからでしょ」
「っ、そ、それって大変なことじゃ……」
 慌てる静の額に、欠月は額を合わせた。彼の額も、同様に熱かった。
「大変じゃないよ。キミのほうが大変だったからね」
「そ、そんなこと」
「あいつらは質の悪い人間だった。キミは嫌いなタイプだろ? それに、一般的にも嫌われるタイプとみた」
「…………でも、」
 彼らの目から見れば、静のほうが異質なのだ。それはどうあっても覆せない。
「静君。人間ていうのは、綺麗だったり、汚かったりする。多面的な生き物だからね」
「はい……」
「だからキミが気に病む必要はないよ?」
「……わかってます」
 欠月が立ち上がった。彼の手に引っ張られて静も立ち上がる。
「送ろうか」
「……え。で、でも」
「送るよ。それくらいは大丈夫」
 にっこりと微笑まれても、静の心は晴れなかった。
 そんな静を見て欠月は「うーん」と悩む。
「静君」
「はい?」
「ボクのこと好き?」
 ぎょっとする静は、頬を赤く染めてから視線を泳がせた。欠月に他意はないだろう。彼は好意を持っているかと訊いているにすぎないのだから。
「え、は、はい。す、好きです……」
「そう」
 満面の笑みの欠月は言う。
「ボクも静君のこと好きだよ」
 その言葉に静は顔を真っ赤にした。
 ぎし、と動きを鈍らせる静を欠月は真っ直ぐ見た。
「あ、あ、な、なんですか突然……」
「元気出た?」
「…………げ、元気にさせるために言ったんですか?」
 少し落胆して言うが、欠月はくすくすと笑う。
「まさか。確かめただけ。ボクが訊きたかっただけだよ」
 さあ帰ろう。
 欠月は静の手を引っ張る。
 よろめきながら歩き出した静は彼の手に安心し、それから泣きそうになる。
 静を化物と言ったのも人間ならば、こうして手を引っ張ってくれる欠月も人間だ。
 どうしてこんなに違うのだろう。
(憑物なんかよりも……人間のほうがよっぽど)
 恐ろしい存在で……。
(でも――こんなにも暖かい存在だから……)
 手の暖かさに静は苦笑する。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 心が少しだけ暖かくなるような感じを目指しました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。