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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


主なき掛け軸

 アンティークショップ・レン。
 そこは曰くつきの代物が集まることで有名だが、蓮が見せたそれはいつにも増して奇妙な物だった。
「面白いだろ?背景だけあって中身がないんだよ」
 それは柳の木とその下にある水たまりだけが描かれている奇妙な掛け軸だった。明らかに真ん中が妙に開いている。
 おそらくそこに、本当は何かが描かれていたのだろう。奇妙な違和感を感じつつもそれを見ていると、蓮はキセルを吸いながらこう言った。
「悪いんだけど、この掛け軸にふさわしい物を探してきてくれないかい?あんたならきっと探せるはずだよ…」

「探せるって言われても、困ったわ…」
 シュライン・エマは、蓮に渡された掛け軸を手にしたまま途方に暮れていた。西洋アンティークや日本物でも食器などであればピンと来るものがあったのかもしれないが、掛け軸などを手にしたのは初めてといってもいい。
 それに……。
「掛け軸って言うとアレを思い出しちゃうのよね」
 あちこちで見る野菜の絵が描いてある掛け軸。確かその隣には『仲良きことは美しき哉』とか書いてあったはずだ。あの文句が有名なのかは分からないが、よく蕎麦屋の座敷などにかかっているのを見る。あのインパクトが大きすぎて、上手くイメージが出来ない。
「うーん、ダメダメ。ちゃんと思い出さなくちゃ」
 そう心の中で呟き、シュラインは蓮の店で見た絵を思い出す。
 掛け軸に描かれていたのは、柳の木と水たまりだ。
 多分今ぐらいの時期から、夏にかけて楽しむために描かれたものだろう。夏の夜に掛け軸を見ながら、浴衣を着て夕涼みを楽しむような…それにふさわしい物。人物画では少し重いような気がするし、風景を入れるには柳の木が近すぎる。魚も涼しげだが、水たまりがもう少し大きくないと何だか狭そうだ。
 そんなことを考えながら歩いていると、商店街にある花屋が目に入った。興信所に飾ってある花をそろそろ変える頃だ…そう思った瞬間、シュラインの頭に一枚の絵が浮かんだ。
「そうだ、花!」
 柳の下の水辺に咲く花。
 それなら涼しげだし、柳や水たまりを邪魔しない。きっとそんな掛け軸が座敷の奥に飾ってあったりしたら素敵だろう。そんな時だった。
「あら?麗虎さんだわ」
 自分と逆側の道路を、同業者である松田・麗虎が歩いていた。彼とは同じライターという職業なだけでなく、一度瀬名・雫から頼まれた依頼を一緒にこなしたことがある。だが麗虎は向こう側から自分に気付いたにもかかわらず、そのまま自分を無視してふいと真っ直ぐ歩いていった。
 何だかいつもと様子が違う。まだそんなに親しいほどの間柄ではないにしても、同業者なら顔を合わせれば手ぐらい振りそうなものだし、麗虎は人見知りするタイプではない。
 その時だった。
「………!」
 肩から掛けたバッグに入っている掛け軸がカタン…と騒ぎ、自分を引っ張るように勝手に動いた。それはまるで麗虎を見失わないようにと、ゆっくりとしたスピードでシュラインの手を引く。
「ちょっと、ちょっと待って」
 戸惑うシュラインの耳に微かな声が聞こえる。
『早くしないと花守を見失うよ』
「花守って誰?もしかして麗虎さんの事なの?」
 あたりに聞こえないぐらいの声でシュラインは声の主に聞いてみた。今聞こえている声はおそらく掛け軸の声なのだろう。それは分かっているのだが、何故掛け軸が自分の手を引くのか、そしてどうして麗虎の後を追おうとするのかが分からない。
 すると掛け軸がくすくすと笑う。
『だって貴女、私に花が似合うって思ったんでしょう?』
 確かにその通りだ。涼しげな柳の木に水たまり…そこに花を添えればきっと素晴らしい絵になるだろう。シュラインはそれを聞き、困ったように笑った。なんだか小さな子供に手を引かれているような気分だ。
「よく分からないけど、彼の後を追えばいいのね」
『そう、そうしたら私に合う花を選んでちょうだい。良かったわ、私の欲しい物が分かってくれる人で』
「どういたしまして」
 どうやら掛け軸と共に小さな冒険をする事になりそうだ。
 期待と不安を胸に、シュラインはそのまま麗虎の後を追っていった。

「どれぐらい歩いたのかしら…」
 いつもの商店街を抜け、手を引かれるままに歩いていくと、やがて見た事もない景色が目の前に開けてきた。真っ直ぐ歩いてきたはずなのに、国道にもぶつからなければ興信所の看板も見えない。
 ただ目の前に見えるのは、一面の桜の林だった。
「こんなところに桜があるなんて」
 しかもそれは一種類ではないようだった。そこには幹を見るだけ違いが分かるほど、何種類もの桜が植えられているのが分かる。深呼吸をすると、若葉の香りが体に染み渡りそうなほどだ。
『ここは花守の林だから…』
 麗虎はまだ奥へと歩いていくのだろうか…シュラインがそう思った瞬間、麗虎がくるりと自分達の方へ振り返る。それを見て、シュラインは思わず声を掛けた。
「あの…麗虎さんよね?」
 だが麗虎は少し怪訝な顔をしてシュラインを見る。
「どうして俺の名前を知ってる?それに、どうやってここまで入ってこられたんだ?桜が人を惑わす時期は過ぎたはずなんだが…」
「それは、私が聞きたいぐらいだわ」
 戸惑うシュラインを前に麗虎はしばし考え、やがて何かに気付いたように頷いた。
「もしかして現実での俺の友人か何かか?」
「貴方の言ってる意味がよく分からないんだけど、確かに松田麗虎さんとは知り合いよ。それとここは一体どこなのかしら…」
 自分と知り合い…と言われた事に納得したのか、麗虎はシュラインを見てふっと笑った。その笑い方はいつもと全然変わりがない。外見に変わりはないのに中身が少し違うだけで、こんなに違和感があるものなのだろうか…まるでパズルのピースが一つだけ違うような感じがする。
「ここは花守が守る異界だ…っと、何て呼べばいいのかな」
「シュラインよ。貴方の事は麗虎さんでいいのかしら」
「呼び捨てで構わんよ」
 そう言うと、麗虎はシュラインの歩く速度に合わせ、ゆっくりと歩き出した。そしてバッグの中に入っている掛け軸に気付いたのか、少し不機嫌そうな顔をする。
「何かに引かれてここに来たみたいだな…桜の季節以外のお客さんは久しぶりだ」
 麗虎の言葉に、まるでひょっこりと顔を出すように掛け軸が笑う。
『だって、どうしても花が欲しかったんだもの』
「だからといって、簡単にここに人を引き込むもんじゃない…人によっては花に惑わされて帰れなくなる事もあるんだ」
 小さな子供に注意するように低い声を出した麗虎を見て、シュラインは困ったように肩をすくめバッグの中から掛け軸を見せた。
「この子を怒らないで。私も後を付けるのを手伝ったんだから、怒られるなら一緒だわ。ね?」
『ごめんなさい…』
 多分この掛け軸は子供のように無邪気なのだろう。ただ本当に花が欲しかっただけで、悪さをする気がないというのは声の調子から分かる。多分麗虎もその事には気付いているはずだ。
「仕方ないな…今日は夏の花の手入れに来たのに、お前さんに花をやるだけで終わっちまいそうだ」
 溜息をつきながら麗虎が笑う。話だけを聞いていると彼は本当に花守のようだ。そう思うとシュラインのライター心がうずいた。つい、どんなことをしているのか聞きたくなってしまう。
「ねえ、差し障りのない範囲で良ければ、異界の花守が何をするのかを教えてくれないかしら?」
「何をするのか…花守は花を守って手入れするだけだ。桜の接ぎ木をしたり、花がらを摘んだり、たまにここに迷い込んできた奴に道案内をしたり…地味な仕事だよ」
「でも桜の時期に来たら綺麗でしょうね」
 林の木々はだんだん少なくなってきている。麗虎は桜に触れられた事が嬉しいのか、シュラインを見て目を細めた。
「綺麗だよ。この世の物とは思えないほどだ…紅色だけじゃなくて、白、薄紅色、黄緑の花びらが一斉に散るのは、何度見ても心がざわめく」
「黄緑?」
 そんな桜がある事にシュラインは驚いた。普段自分が見るのは染井吉野ばかりで、そんな色の桜は見た事がない。
「ああ、御衣黄(ぎょいこう)っていうんだ。紅の中にあるとなかなか奥ゆかしく見える…さて、そろそろ着くな」
 ぱぁっと急に林が開けた。
 そこには藤、紫陽花、百合、ミヤコワスレやタチアオイなどの初夏から夏にかけて咲く花が一斉に花を付けていた。小さいが澄んだ水をたたえた池もあり、そこにはガマの穂や菖蒲などが咲いている。
「すごい…」
 その不思議な光景にシュラインは思わず目を奪われた。
 確かに麗虎が言うとおり、人によってはこの花々に惑わされてしまうだろう…もしかしたらここは、天国の一歩手前なのかも知れない。
 言葉を失っているシュラインに、麗虎は満足そうに微笑む。
「見事だろ?さて、その掛け軸でも見せてもらおうか」
「そうね、この子によく似合う花を探さなくちゃ」
 バッグの中から掛け軸を取りだし、シュラインはそれを広げた。柳の木と水たまりだけの寂しい掛け軸…この中にどんな花を入れればいいだろう。麗虎はそれを見ながら少し考える。
「…なあ、シュライン。あんたはどんな花が好きだ?」
「えっ?」
 掛け軸はじっと黙ったままシュラインの答えを待っている。
 自分が好きな花…花瓶には生けられなくて、掛け軸に入れて楽しめる花。そう思うと自分の中に掛け軸のイメージが浮かぶ。
「そうね、睡蓮が好きだわ。何年も何百年も種のままでいても、環境が整えばちゃんと花を咲かせられるの…明るくなると咲いて暗くなると閉じる。きっとこの子にもよく似合うと思うわ」
 シュラインは菖蒲などが咲いている池に近づいた。そして掛け軸に合いそうな薄紅色の睡蓮に手を差し出し、それをそっと手に取る。
「葉っぱも一枚もらえるかしら。花だけじゃ寂しいから」
「ヒツジグサか…一輪だけじゃ寂しいから白いのも添えていくといい。どうだ?気に入ったか」
 掛け軸がほのかに柔らかい光を出し、そして鈴が転がるようにコロコロと笑う。
『ありがとう。やっぱりあなたで間違ってなかったわ…ほら、こんなに素敵』
 その刹那…柳の木の下の水たまりに、睡蓮の柄が描かれた振り袖を着た少女の姿が現れた。少女は袖を揺らしながら花の間を回る。
『うふふ…少しだけこうさせてちょうだいね。私とっても嬉しいの』
 楽しげに駆け回る少女を、シュラインは時間も忘れ見つめていた。

「うん、なかなか素敵だわ」
 シュラインは、結局その掛け軸を蓮から買い取った。あの時、異界の林で見た少女の姿があまりにも楽しそうだったのが心に残り、そのまま手放す気にならなかったのだ。
 そしてこの睡蓮は掛け軸の中にありながら、明け方に花を咲かせ夕方になると花を閉じる。それが掛け軸の力なのか、それとも異界の花だからなのかは分からないが、そんなところもシュラインは気に入っていた。
「こんにちはー。松田でーす」
 今日はライター同士で月刊アトラスの打ち合わせをすると言う事で、興信所の一部を借りている。その壁には例の掛け軸が掛けてある。
 シュラインは麗虎を出迎えそこに招いた。
「いらっしゃい、松田さん」
「ああ、麗虎って呼び捨てでいいっすよ。シュラインさん」
 あの時に会った麗虎と同じなのに、何かが違う。それに苦笑しながらシュラインはお茶の代わりに桜湯を入れテーブルに置いた。
「じゃあ今度から私も呼び捨てでいいわ。ところで、質問があるんだけどいいかしら…御衣黄って知ってる?」
 悪戯っぽく笑うシュラインに、麗虎が困ったように桜湯を飲む。
「はい?…あ、桜湯美味い…ぎょいこう?うーん、知らないっすね」
 あの林であった事をこの世界の麗虎は覚えていないらしい。だったら、自分の胸にしまっておこう。あの美しさの一部だけは自分の側にずっとあるのだから。
「桜の名前…黄緑色の奥ゆかしい花だそうよ、ね」
 シュラインはそう言いながら、そっと掛け軸に向かって悪戯っぽくウインクする。
『そうよ。私の睡蓮にはかなわないけどね』
 掛け軸がシュラインに向かってそっと笑った。

fin

◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
「花」を封じてみたく思いまして、シュラインさんにはわざわざ異界の林に出向いて頂きました。何か現実と異界で記憶が食い違っているボケた花守も出てきていますが、その人は置いといて下さい(笑)
睡蓮と菖蒲で実はしばらく悩みましたが、千年前の種が芽吹いたという話で睡蓮になりました…ヒツジグサは和名です。
リテイクなどがありましたら遠慮なくお願いいたします。
またオープニングがお気に召しましたら、参加して下さいませ。