コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


藍玉 + 歌声 +



★ ☆


「っ・・・!そんな・・・!無理・・・ですっ・・・!」

 沖坂 鏡花がいつになく声を荒げ、目の前に座っている女生徒に抗議の声を上げる。
 しかし、彼女はそんな鏡花の訴えを片手を振ってかわすと、視線を落とした。

「あのね、沖坂さん・・・だっけ?間違いだろうが何だろうが、貴方はエントリーされているの」

 そう言って鏡花の前にピっと一枚の紙をつきつけた。
 歌のコンクール概要と書かれたその下には、出場者一覧が乗っており・・・その中には鏡花の名前も入っていた。

「でも、これ・・・私が出したんじゃない・・・ですっ・・・」
「そんな事言われても、こっちも困ってるの。今回は外からお客さんを招いているにも関わらず、出場選手が少なくてね・・・今抜けられると非常に困るのよ」
「・・・っ・・・でも・・・」

 全く取り合おうとしない委員の子の前で、鏡花は俯くとギュっと目を瞑った。
 胸の前で組んだ手が微かに震え・・・

「確かに、ね、エントリーの取り消しは出来ないけど、パートナーを見つけてくるんなら大歓迎だわ。それなら先生に掛け合ってあげる」
「パー・・・トナー・・・?」
「そう。1人で舞台に立つよりは気分が楽になるでしょ?」
「でも・・・」

 まだ何かを訴えようとする鏡花から逃れるように、ひらひらと手を振ると委員室から鏡花を追い出した。
 鏡花の手には歌のコンクールのお知らせが握られており、そこには作詞作曲も出場選手がやらなくてはならないと書かれている。
 作詞・作曲・演奏・歌を1人でやるなんて―――――
 作詞・作曲・演奏なら何とできる。でも、歌を1人で歌うなんて・・・絶対に出来ない。
 大勢の人の前で歌うなんて・・・
 ギュっと手に持った紙を握り締める。
 コレだって、きっとクラスの女の子グループのうちの誰かがやった事なのだろう。
 けれど、鏡花はそれをイヤと言う事が出来なかった。
 たった1人の前で喋る事すらもままならないのに、歌を歌うなんて・・・
 絶望的な気持ちになって、鏡花は冷たい廊下にペタンとしゃがみ込んだ―――――


☆ ★


 人がまばらな大通りを歩きながら、加藤 忍はあまり思わしくない空模様を心配していた。
 濃い灰色をした厚い雲は、夕陽の光を浴びて端がほんの少しだけ淡い紫色に染まっている。
 迫り来る闇の中には星は輝いておらず、月すらもその姿を雲の向こうに隠してしまっている。
 忍の隣を、小さな女の子が走りすぎた。
 艶やかな腰まで伸びた黒髪を振り乱しながら、母親だろうか・・・?まだ若い女性の手に縋りつき、何か楽しそうに喋っている。
 甲高い声は子供特有のそれで、無邪気な笑顔は可愛らしかった。
 突然の突風に少女が楽しいような困ったような、複雑な悲鳴をあげ、赤いスカートを両手で押さえる。
 髪が揺れる。
 それを見て、忍は鏡花の事を思い出した。
 どうしているのだろうか・・・?
 どこか弱々しい雰囲気を纏ったあの少女には、一緒にお弁当を食べた昼以来会っていない。
 まだ2回会った程度なのに、すんなりと心の中に入って来てしまう・・・
 きっとそれは何も忍だけではないのだろう。
 あの子には、見る人に強く印象を残す、何かがある・・・。
 忍は少女から視線を上げ―――――
 思わず遠い昔に聞いた覚えのある言葉を思い出していた。
 “想っていれば逢える”
 それは誰に言われたのかも思い出せなく、または忍に向けられた言葉ではなかったのかも知れないが、不意にそんな言葉が浮かんできたのだ。
 通りの向こう、夕陽に照らされて歩いてくる1人の少女。
 淡い銀色の髪を風に靡かせながら、俯いて・・・ゆっくりとした足取りでこちらに歩いてくる少女。
「鏡花さん」
「は・・・え・・・??」
 足元で綺麗に並べられたレンガに気を取られていた鏡花が、不意に声をかけられて驚いたように顔を上げる。
「お久しぶりです」
「あ・・・加藤・・・さん・・・」
「とぼとぼと歩かれてどうされたのです?」
「あ、ちょっと・・・困った事が起きてしまって・・・」
 少し、言おうか言うまいか躊躇していた様子で視線を左右に振っていた鏡花が、意を決したように持っていた鞄を開くと中から薄ピンク色をした紙を取り出して忍に差し出した。
「歌のコンクールですか?」
 中央にデカデカと書かれている言葉を読み取り、それが鏡花と何の関係があるのかと言うように首を傾げると、鏡花がその細い指をつっとプリントの上に滑らせて、中央より下に連なっていた名前を指差した。
 出場者の一覧に、しっかりと・・・沖坂鏡花と記載されている。
「出るんですか?」
「・・・何時の間にか、そうなってしまって・・・」
 困ったように俯く鏡花。
 きっと、自分の意志ではないのだろう。
 1対1でも会話をするのがやっとと言う鏡花に、大勢の前で歌える度胸があるとは思えない。
 人見知りをしない人にとっても、大勢の前で歌うと言うのはそれなりに緊張をするものだ。
「出場は、取り消せないんです・・・」
 鏡花が今にも消え行ってしまいそうなほどにか細い声でそう言って、事の経緯を話すと小さく溜息をついた。
「そうですか・・・。それは大変ですね」
「えぇ」
「でも、音楽とは音を楽しむもの」
 忍の言葉に、鏡花が不思議そうな顔をして首を傾げる。
 そして、暫くしてからあぁと、納得したように目を丸くし・・・
「歌を歌うのに苦痛を感じるようでは、人を楽しませる事は出来ない」
 その一言に、目を伏せると忍から視線をそらした。
 大通りを1台のトラックが通り過ぎ、砂埃を巻き上げる・・・。
 鏡花が靡く髪を押さえ、乱れを直そうと数度手櫛を入れる。
 忍はプリントに一通り目を通すと、つっとある部分を指差した。
「時に鏡花さん。作詞・作曲・演奏とありますが・・・」
「どれも出来ます」
 忍の言葉を最後まで聞かずに鏡花はきっぱりとそう言いきると、目を閉じた。
「それは凄いですね」
「演奏は、ピアノなら弾けます」
「そうですか。ピアノは楽器の王様です」
 その一言に、次は何を言うのだろうかと鏡花がゆっくりと目を開ける。
 淡い淡い色をした瞳がジっと忍を見詰める。
 その色のせいなのか、どこか冷たい印象を受ける瞳は、あまり長く見詰められるとなんだか不思議な気分になってくる。
「後は、王を助ける者が必要ですね」
「???」
「では、ブレーメンのように音楽隊を募っては?」
「は?ブレーメン・・・??」
「歌のコンクールの形式はどんな感じなのですか?」
「特にこれと言った規定はないです。舞台の上で出来るもの。それならば、何でも」
「そうですか。私は軽業等が得意です。歌劇にしても良いですね」
「歌劇、ですか?」
「鏡花さんが曲を奏で、私が舞う道化の役。後は、それを手助けしてくれる方を捜しましょう」
「・・・セットとかなら、私が委員会や先生に掛け合います」
 きっぱりとした口調でそう言うと、鏡花がサラサラと何かを紙に書き付けて忍に手渡した。
「・・・これ、私の携帯の番号です。何かあったら、遠慮なくご連絡ください・・・」
 そう言って、鏡花がバッグの中から淡い桃色の携帯電話を取り出した。
「作詞や作曲は任せて下さい。でも、歌劇の台本とか・・・踊り・・・とか、わかんないです」
「それは私がやりましょう」
 そう言って、忍と鏡花は今後の打ち合わせをするとその場を別れた・・・・・・・・


★ ☆


 当日、忍は頭の中でリハーサルの風景を何度も思い出していた。
 鏡花のピアノの腕は中々のもので、楽譜も手元も見ないその演奏には思わず拍手を送りたくなるほどだった。
 目隠しをしていてもピアノが弾けるのは、正確な鍵盤の位置を指が覚えているからだ。
 隣を見れば、緊張した面持ちの鏡花が胸に楽譜を抱いてじっと時を待っている。
 今日の出で立ちはノースリーブの真っ白なワンピースだ。
 銀色の髪がサラサラと柔らかい曲線を描く肩を滑り、腰の位置で結ばれたリボンに絡まる。
 隣に置かれているセットはかなり凝ったもので、委員の子達が一生懸命になって作ってくれたのだと聞いた。
「音楽はやる側、聴く側、皆が楽しまなくては・・・」
 ポツリと呟いた言葉に、鏡花が視線だけを忍に向ける。
「音楽を通じて輪が広がる事もあります」
 その言葉に何かを言おうとして・・・忍と鏡花の名前が呼ばれた。
 途端に照明が暗くなり、鏡花が端のほうに置かれているグランドピアノの前に立つと客席にお辞儀をしてから椅子を引いて腰を下ろした。
 依然暗闇が続く中、鏡花が柔らかく指を鍵盤の上に滑らせる。
 それはとても綺麗な旋律で、ザワついていた客席が一気に静になった。
 美しいピアノの音色が流れる中、パっとライトが鏡花の姿を捉え、中央にも一際明るいライトが当てられる。
 既に舞台の上は忍が演じるために整えられており、背景も小道具も全てが揃っていた。
 ピアノの音色が変わる。
 どこか楽しいような、それでいてどこか寂しいような音色の中、忍は中央に躍り出ると歌を紡ぎ出した。
 歌をまじえた劇は、忍の1人芝居だった。
 時折忍の問いかけに応えるかのようにライトが色を変えたり、効果音が流れたりしたが、基本的には鏡花のピアノをバックに演じられた。
 鏡花は1回も失敗する事なく、最後の音を弾き終るとゆっくりと踏んでいたペダルを放した。
 長く尾を引いていた音が掻き消え、一瞬の静寂の後に客席から割れんばかりの拍手が巻き起こる。
 忍が中央で頭を下げ、鏡花がピアノの前で頭を下げるとつっと、袖の方に歩いて行った・・・。


 オレンジ色の夕陽を浴びながら、鏡花が手に持ったトロフィーをじっと見詰め、高く澄んだ空に視線を移した。
 昼間は暖かかったのに、夜は寒くなるらしい。
 鏡花は朝のニュースをきちんと聞いていたらしく、ノースリーブのワンピースの上には薄手のカーディガンを羽織っていた。
「それにしても、賞を取れるなんて、ビックリです」
「そうですね」
 忍は片手に持った賞状をしげしげと眺めた。
 特別審査員賞と書かれたそれは、優秀賞よりも立派な賞状とトロフィーだった。
「それよりも鏡花さん、お友達と帰らなくて良いんですか?」
 数歩前を歩く鏡花にそう声をかける。
 受賞後、控え室には鏡花のクラスメイトが数人やってきたのだ。
 楽しそうにお喋りをして、鏡花のピアノの上手さを褒め、忍の歌と劇を褒め、演出を褒め・・・・・・・・
「良いんです」
 鏡花が力なく首を振り、暫く考えた後に小さく
「お友達は明日も会えますから」
 そう言って歩き出した。
 ピンと伸びた背筋はどこか力強く、不意に忍は鏡花の瞳の奥に宿る強さを思い出した。
 今となっては、鏡花と視線が合わないと言う事はない。
 鏡花は真っ直ぐ忍の目を見て話を出来るようになったのだ。
 これを進歩と言わずしてなんと言うのだろうか・・・?
 そう思った時だった。
 忍は確かに悪意の篭った視線を感じた気がしたのだ。
 それは忍にではなく、真っ直ぐ、鏡花に注がれているような気がした。
 徐々に前を向いて歩いて行こうとしている鏡花。
 しかし、それを快く思っていない人間もいるのだと言う事を、忍はまだ知らなかった―――――――



               ≪ E N D ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  5745 / 加藤 忍 / 男性 / 25歳 / 泥棒


  NPC / 沖坂 鏡花


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『藍玉 + 歌声 +』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 今回は歌のコンクール編と言う事で、如何でしたでしょうか?
 歌に踊りに、今回は忍様に沢山動いていただきました。
 最後、不吉な終わりになっておりますが・・・


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。