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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


婚約者は波乱の薫り −草間武彦の受難−

「危ないぞ」
 ぼーっと川を覗いていたらかけられた声。
 それに振り返ってみると、タバコのあかい光が目に鮮やかだった。
 辺りは闇が支配し、薄汚れた弱い外灯と、たばこの火だけがちかちかしている。
「自殺するのは勝手だが、面倒な事件おこすなよ」
 いいながら男は立ち去っていった。
 後で、この男が「怪奇探偵」などという異名を持つ探偵だと知る。
 しかし知った翌日、自らの命を絶った。
 雑誌の見出しには『婚約者に捨てられ自殺!?』という文字が躍っていた。

「こんにちは」
 その日、草間興信所のドアを一人の女性が通った。
 白いワンピース、黒い長い髪は背中の半分ほどまであった。
「何か依頼ですか?」
 興信所の所長、草間武彦が女性を迎える。
 それに女性は小さく首を左右にふった。
「ひどいですわ、武彦さん。私を忘れるなんて」
 にっこりと微笑むその顔に、草間は見覚えがなかった。
「どちら様でしたっけ?」
 いつ知り合ったっけ? あれ? と首を何度も前髪をたくしあげる。
「婚約者ですわ。婚約者の三國花梨(みくに・かりん)。……本当にお忘れですの?」
 悲しそうに花梨は首を傾ける。
「はぁ!?」
 さすがの草間も驚愕の声を禁じ得なかった。

「あら草間君、また面白いトラブルに巻き込まれたみたいね。素敵な婚約者さんじゃない」
 意味ありげに微笑むながら、有澤貴美子は草間の顔を見る。その顔は疲れたような表情を浮かべている。
 そこに、デスクワークをしていたシュライン・エマの大仰なため息が聞こえた。
「…。武彦さんて、ホントにいろんな事あ日常に起こるわよねぇ」
 半ば本気で感心している口調。
「そのような可愛らしい女性を忘れるなんて、罪な男ですね」
 別件の依頼を片付け、報告にきていた蒼王翼はさして興味なさそうにデスクの上に書類を置きながら言う。
「いや、まて。俺には身に覚えがない」
「そんな……」
 草間の言葉に、花梨は泣きそうな顔になる。
「あらあらひどいわ草間君。女性を泣かせるなんて女の敵よ敵」
 完全に面白がっている口調で貴美子は花梨の肩を抱き、大丈夫よ、などと声をかける。
 なにが大丈夫なんだ、なにが、と草間は頭を抱えた。
「心当たり、あるのか?」
「心当たりって言っても……」
 思い出そうとしてみるが、全然覚えていないらしい。
「心当たりがあるなら、放っておこうかと思ったけど……」
 ないなら助けてあげるか、と翼は草間の後ろに立ち、ソファの背に手をついた。
「婚約者……」
 シュラインはふと何かその単語にひっかかりを感じ、手元にあった雑誌をぱらぱらとめくった。
「!」
 見開きのページでめくる手がとまった。
 そこには『婚約者に捨てられ自殺!?』という見出しが。
 相手は大きな企業の御曹司で、女遊びも激しかったという。そして婚約者がいる立場でありながら、他の女性との間に子供ができ、その女性がM財閥の令嬢だった為、婚約者の女性は捨てられ、自殺したというような内容が書かれている。
 遺書はなく、本当の原因がなんのかはわかっていないが、上記の理由が一番だろう、という見方をされている、と。
 自殺した女性の名前などは載っていなかった。
「三國さん、とりあえずお座りになりませんか?」
 シュラインは席をたち、花梨に草間の前に座るようにすすめる。それに草間は苦い顔をするが、シュラインは知らん顔。
 花梨に席をすすめつつ、鼓動を確認。しかしそれは聞こえるか聞こえないかの程度しか耳に届かなかった。
 そしてお茶を入れるふりをして台所に消えていく。
「ゆっくりお話でもしませんか?」
 翼は草間の隣に腰をおろして、太ももの上に肘をのせ、前屈みの姿勢でにっこりと微笑んだ。
 会話を装いながら、花梨の事を聞き出していく翼の姿を見ながら、貴美子は意味ありげな笑みを浮かべる。
「それで草間くんは、やっぱり彼女の事、覚えてないのかしら?」
 ひとしきり話をきいたあたりで、貴美子はポンポン、と草間の肩を叩いた。
「……悪いがまったく記憶にない……」
 地の底まで沈みそうな顔色で草間はテーブルの上に上半身をのせた。
「…本当に、覚えてないんですか…?」
 泣きそうな顔で花梨が草間を見るが、草間は花梨の方をみていないのでその顔を見ていない。
「ああ、全然駄目だ…」
「そう、ですか……」
 花梨は項垂れて膝の上で拳を握った。
「それじゃ、貴方の健忘症、私が直してあげようかしら」
 言って貴美子は『有澤探偵事務所』の代表、としての力ではなく、光のウィッチとして、精霊魔法で花梨と草間に退行催眠をかけた。

 台所ではシュラインが記事を書いた記者に連絡をつけていた。
 それはたまたま知り合いの記者で、しかも懇意にしている人だったので、しぶりながらも自殺した、という女性の名前を教えてくれた。
「三國……花梨さん、なんだ…。うんうん、ありがとう」
 外見的特徴を聞き出し、事務所内にいる花梨とあわせていくとピッタリだった。
 ついでに婚約者の事についても聞き出しておく。
「死亡日時は…」
 メモ用紙に聞き出した事をかきとめた。

「遅くなってごめんなさい。お茶どうぞ」
 武彦さんはアイスコーヒーのがいいわね、とシュラインはグラスを目の前に置いた。
 しかしその草間の様子がおかしいことに気が付いた。
 ぱっと顔をあげて翼と貴美子を見ると、貴美子がいらずらっこのような笑みを浮かべて、人差し指を唇にそっとあてた。
「……二人があったのはいつ……?」
 優しい優しい、語りかけるような口調で貴美子が訊ねる。
 すると花梨が小さく口を開いた。
「4日前……橋の上で…」
「そうだ…俺は誰かに、危ないぞ、と声をかけた……。川に飛び込みそうなくらい橋から乗り出していた女性だ……。また霊なんぞになって、やっかいな事件でも起こしてくれるな、と思いつつ……声をかけたんだ」
「4日前、って言ったら……三國さん、もう亡くなっていた後ね」
「自縛霊にでもなったところに、話かけた為、ついてきてしまったという事でしょうか」
 そういう事かしら、とシュラインは翼の言葉に小さく頷いた。
「婚約者の話も、どこかおかしいところがありましたし」
 会話の中、翼はそれとなく草間の事に関して聞いていたが、それらは草間と全然違うもののように感じていた。
 しかも貴美子の力によって退行催眠をかけられている状態の花梨は、何故か体が薄く、存在がないように見えている。
 翼が思わず花梨に手を伸ばしかけると、貴美子がそれをとめる。
「もうちょい待ってね」
 小さくウィンク。
「婚約者の名前、思い出せる……?」
「くさ……佐久間篤志(さくま・あつし)……」
「そう…。どうして、ここに来たのかしら?」
 退行催眠から、段々と通常の催眠状態へともっていく。
「私が身を投げた橋で…草間さんに出逢った…彼は私が見えていて、声をかけてくれた……暗闇で、紫煙がみえたの……あの人と同じだった……」
「だからついて来た、ってわけね」
 ため息をつくシュライン。草間本人がそういう事象に関わりたくないと思っているのにもかかわらず、むこうからそれがやってくる。そんなことをシュラインは何度も見てきていた。
「ずっとあそこから動けなかったのに、何故か彼の後をついていく事ができたの……そして気が付いたらここの前に立っていて……」
 瞬間、物が倒れる音がして花梨はハッとなって顔をあげた。
 みれば催眠状態のままの草間が、何故かテーブルに膝をぶつけ、シュラインが持ってきたグラスを倒していた。
「わ、私は……?」
 夢から覚めたような表情の花梨。草間は未だぼーっとしている。
「……キミはちゃんと自覚があるようだね」
 翼がそっと花梨の横に座り、柔らかな笑みを浮かべる。
「じ、かく…?」
「そう。……ここにいてはいけない、という」
「!?」
 言われて花梨は立ち上がった。全身が痙攣を起こしているかのように小刻みにふるえている。
「座って、ね?」
 翼も立ち上がり、優しくのその肩を下におし、座らせる。
「大丈夫、怖いことなんてないから」
 立ち振る舞い、外見ともに男性に見える翼だが、性別は女性。しかし同性に慕われ、騒がれる『憧れの君』
 今まさにその状態になっていた。
 相手は翼より年上だが、誰もを魅了してやまない翼のほほえみに、花梨もしばしぼうっと翼の顔をみていた。
「この人はあなたの婚約者のかわりにはならないのよ」
 翼がどいたあと、草間の隣に座ったシュラインが、諭すように花梨に言う。
 ようやく催眠状態からさめてきた草間だったが、話の展開についていけず、花梨とシュライン、翼と貴美子の顔を何度も何度も見渡している。
 そのうち自分が会話に参戦するのを諦めたのか、目の前に広がっているこぼれたコーヒーを拭き取り始めた。
「草間君はあなたの手に負える相手じゃないわね。……それに、『違う』って事、わかっているんでしょう?」
「『今』を理解して、きちんと旅立たないと、先には進めない」
「それにね…武彦さんは手軽な誰かの代わりでもないの。居て貰わないと困る……大事な人……だから」
 ちらちら、と草間の方みてシュラインがいうが、草間はコーヒーでびっしょりになったダスターの処理に困っているようだった。
 それを見てため息をつきつつ、シュラインは花梨に向き直る。
「……わかってたの。ずっと……誰もあの人のかわりにはならない……でも…」
「でも?」
 翼が優しく次へと促す。
「あの人と同じにおいがしたから……私に声をかけてくれたから……」
「…無闇やたらと声をかけるな、ってちゃんと教えないと駄目かしら」
 ぼそっとシュラインが呟く。
「草間君も、なんだかんだいって『そういった』事に自分から足を突っ込んでるのよね」
「自分からってなんだ、俺は別に」
 からかうような口調の貴美子に、草間は憮然とした顔になる。
 そんな草間の様子をみて、花梨がくすっと小さく笑った。
「……私もあの人と、そんな風に会話してみたかった……。思いが届かないうちに別れなければいけない事になって……。苦しかった、悲しかった……寂しかった……私がいなくなった、あの人は悲しんでくれるかな、って、ふと思ったの、そうあの場所で。それで私……」
「その場所には、他の思いがあったのかもしれないね。弱っていたキミの心に入り込んできた」
「帰り道、わからないなら送ってあげるわ」
 貴美子がついっと天井を指さすと、そこには小さな光の球体がふわふわと浮いていた。
「灯り、あった方がいいなら、これ、持って行っていいわよ」
 シュラインがライターを花梨に手渡した。
「お、ちょ、シュライン! それは俺のライ……」
「はいはい、静かに」
 文句をいいかけた草間の口を、貴美子が右手でふさぐ。
「キミの次の世が、安らかなものになりますように…」
 貴族の男性が、女性にやるように、翼は恭しく花梨の左手の甲に唇をつけた。
「ありがとう……。最後に来られたのが、ここで良かった」
 花梨の両の瞳から涙がこぼれ落ちた。
 ゆっくりと花梨の体が空に浮かび、それを先導するように光の球体が花梨の体のまわりをくるくると飛んでいた。
 瞬間、強烈な、しかし優しい温かい光が事務所内を包み込み、その光が消えた後、花梨の姿も光の球体もなくなっていた。
「……で、一体なにがあったんだ?」
 真顔で訊ねる草間に、シュラインはため息。翼は困ったような顔になり、貴美子はどこか面白いそうな笑みを浮かべていた。
「やたらと声をかけるな、って事よね」
「無理じゃないですか、そういうのきがつかなそうですし」
「そうねー、草間君はそのままがいいと思うわ。私、面白いし」
「な、なんなんだよ、3人で」
 ふてくされたように煙草に火をつけた。

 後日、4人は花梨がなくなった場所へ、花束を飾った。
 しかしそこには、すでに大きなかすみ草の花束が置かれていた。
 それは、花梨の一番好きな花だった。
 誰が置いたのか、それは十分にわかっていたので、その横にそっと、もってきた花束を置いた。
 草間が煙草に火を付ける。
 生まれたての紫煙が、風にのって、空へとあがっていった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1319|有澤・貴美子  |女|31|探偵・光のウィッチ        】
【2863|蒼王・翼    |女|16|F1レーサー・闇の皇女       】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは&はじめまして、夜来です。
 この度は私の依頼に参加してくださりまして、ありがとうございます。
 貴美子さんと翼さんははじめて参加してくださった、という事で、キャラクターが違っていたらすみません。
 私なりの解釈で描かせていただきました。
 個人的には翼さんは、男装の麗人、という事で「〜だ」口調で書いてみたかったんですが(笑)
 貴美子さんと草間くんとのかけあいは、書いていて楽しかったです。
 シュラインさんは気苦労が絶えないですね(汗)

 それではまたの機会にお逢いできる事を楽しみにしております。