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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


遣らずの雨



―――イデ――…



 「ああっもう!…ついてないわ〜…」
 仕事を終えて、雨が降る前に帰ろうと思っていた矢先の雨の空。
 カスミ先生は肩を落としてため息をつく。
「…仕方ないわね。事務で置き傘借りて帰りましょ」
 ところが。
 傘を借りて正面玄関口までやってきた所で、カスミ先生は青ざめた。
 先ほどまではしとしとと小ぶりの雨だったのに、どうしたことだろう。
 たった数分の間に地鳴りがするほどの豪雨が、目の前に広がっている。
「うそ…」
 学園にだけピンポイントで台風が直撃したかと思えるほどの集中豪雨。
 ずぶ濡れ覚悟で外へ出ようとすると更に雨風がきつくなる。
「何なのこれ!?これじゃ帰れない〜〜〜ッ」
 学園の生徒もこの尋常ではない集中豪雨に驚き、部活中の生徒も校舎に引き上げてくる。
 しかし妙なことに、帰ろうとしていた者たちが校舎に引き返してくると、今までの豪雨が嘘のように小雨になるのだ。
 チャンスとばかりに皆一斉に帰ろうとすると、また豪雨にみまわれる。
「どうなってるのよ〜!?」

 学校に残っていた生徒、教職員一同が慌てふためく中、人気のない廊下の片隅で小さな声がかすかに響く。



――…カナ……デ

ヒ…リハ イヤ―――…



===============================================================0

■雨音に紛れた泣き声

  ざぁざぁと降りしきる雨。
 それがただの雨なら、濡れて帰るのも致し方ないこと。
 しかし外へ出ようとすると、地面に叩きつけられんばかりの集中豪雨によって校舎へ戻らざるを得なくなる。
 突破しようと試みた者もいたが、すぐに膝まで洪水のように水かさが増し、押し戻されてしまう。
 まるで学園から出て行くのを拒むかのように。


「――ひどい雨…これじゃ寮まで戻るのも無理…かな」
 少しばかり遅くなり、学園の寮へ帰ろうとした矢先のこの豪雨に、月夢・優名(つきゆめ・ゆうな)は困り顔。
 時を同じくして、一人黙々とレポートを作成した山代・克己(やましろ・かつき)も、ざかざかと降りしきるこの雨に深々とため息をついてた。
 昇降口でこの集中豪雨を見ていた二人だが、降り方の異常さに気づき、首をかしげる。
 そこへタイミングよく通りかかったカスミ先生が彼らに声をかけた。
「アナタたちも帰りそびれた生徒ね?」
「あ、ハイ。大学部の山代です」
「神聖都学園高等部二年の月夢です」
「――アナタたちは、この雨どう思う?」
 帰ろうとすると刺すような豪雨が降り注ぎ、諦めれば通常のさぁさぁと降り注ぐ雨に落ち着く様子を見れば、誰が見ても帰らせないようにしているとしか見えないだろう。
 どう、と言われても結局はそれも憶測に過ぎないのだが。
「……何者かが学園に留まっていて、残っている人に帰ってほしくない事情があるとか…?」
「何者かって……まさかよもやもしかしなくても…」
「少なくとも普通の『人間』ではないんじゃないですか?」
 自分で尋ねたくせに動揺を隠せないカスミ先生に、克己がポツリと呟く。
 その瞬間から、カスミ先生の顔色は一気に悪くなった。
「ゆ、幽霊いやーーーッお化けだけは絶対勘弁してーーーーーぇ」
 そんなこと言われてもこちらは知ったこっちゃないとしか言いようがない。
 カスミ先生が超がつくほどの怖がりなのは噂で聞いてはいたが、これまた過剰反応だなぁと、克己は苦笑する。
「あの、原因を調べるにしても、とりあえず電話していいですか?寮の方に事情を説明しておかないといけないので」
「…アナタ寮生?」
 カスミ先生の問いにこくりと頷く優名。
「外に出ようとしたら視界をさえぎるほどの大雨が降りますけど、外から入ってくる人は校舎に入らなければ特に支障はなさそうだね。寮側に説明するにしても、先生の立会いも必要じゃないですか?」
 克己の言うことはもっともだ。
「最悪泊りがけ。できれば夜までには何とかしてほしいところですけど…校舎に残ってる人ってどのぐらいいるんでしょう?」
「そろそろ校内アナウンスで講堂に残ってる教師や生徒を招集するみたいだけど…」
 そんなことを言った矢先、校内アナウンスの音楽が廊下に鳴り響く。
「――とりあえず、行った方がよさそうですね」
「めんどーな事もなく、すぐに終わりゃあいいんだけどなぁ――」
 人と話すのは不得手だが、はじめにキチンとしておかないといけない。
 何にせよ第一印象は大事だ。
 普段は左目を閉じたままの克己は、それゆえ不審がられることも多い。
 いじめられる事もしばしばあった。
 事なかれで、面倒なことに巻き込まれないよう生活する為には、処世術は必須だった。
 面倒くさがって露骨に反応すればかえって不審がられるし、何より必要以上に会話しなくていい。
「ふ、二人ともはぐれないでね?」
 毎日通う学園で、たかだか講堂までの道のりでどうやったら迷えると言うのか。
 まぁ要は自分を一人にしないでと言いたいのだろうが。
 先を歩くカスミ先生と優名。その後ろから少し間をあけて歩く克己。
 頼るような目をするカスミ先生を苦手と思ったからだ。
「―――?」
 通路の角を曲がろうとした時、後方を歩いていた克己は背後に何らかの気配を感じた。
 そして、すすり泣く女の声。
 足を止めることはせず、曲がり際に来た道を横目でみると、制服を着た一人の少女が立っているのが見えたが、それはすぐに掻き消えてしまった。
「(……めんどくさいな…)」
 気付いた異変をこの面子、特にカスミ先生の耳に届く範囲で口にするのは避けた方がよさそうだ。
 自分に見えたということは、波長が合ってしまったということだろう。
 イコール自分に助けを求めているとも取れる。
 人に期待されたり信頼されたりすることが苦手な克己は、頭をぽりぽりとかきながら、黙って講堂へ向かった。
 できれば人が多いであろう講堂にも入りたくはないのだが…

 校内に残っていた生徒たちと教職員が一同に講堂へ集まった。
 その間も雨がやむ気配はない。
 止みはしないのだが、そのまま濡れて帰っても平気そうな降りなのだ。
 しかし誰かが外へ出ようとするとたちまち集中豪雨が襲い、その度合いも回を重ねるごとに強くなる。
「…降り過ぎて雨漏りとかしないですかねぇ?」
 のほほんと構える優名。
 起きてしまったことは仕方がないことで、自分にそれを解決する力がある訳でもないのだから慌てるだけ無意味だと、妙に状況を分析して結論付けている。
「カフェや学食の人たちはこの現象が起きる前に帰っていたようだから、夕食は各自自炊するしかないようね」
「部活以外で残っていた生徒は思ったより少ないですし、飲み物は各自自販機で賄えるから…調理室や給湯室をお借りして簡単な食事を作れればいいかな」
「夜までに何とかならないようなら、それで許可とるわね」
「有難うございます」
 状況説明も終わり、教職員が校内を回って調査を始めるらしく、生徒は全員講堂に集まっているようにとお達しがでた。
 カスミ先生と優名のやり取りをよそに、克己は人目を避け、静かに講堂を抜け出した。
「――先生方がいっくら調べても…多分無理だろなぁ」
 かといって自分が名乗りを上げて調査するなんて芸当は出来るはずもなく、早く帰りたい思いもあるので自分で解決できるようならしてしまおうと考えた。
「…無理そうなら誰か探そう。うん」
 性格上一人で行動することを好むが、結局のところ一人では寂しく、腕っ節に自信があるわけでもないので、誰か同じ目的の人がいたら共に行動しようと思っている。
 天邪鬼というか何と言うか…矛盾の多い性格だが、それも人間らしい性格といえば人間らしい性格だ。
「今日は満月だったっけ。ま、いざとなれば形振り構わず逃げればいいのか。……ハァ、寂しい」
 曇り空でも満月期が有効かは定かではない。


■遣らずの雨

  教師たちが何の収穫もないまま講堂に戻ってくると、さすがに時間的にもそろそろ腹がすいてきた。
「何かしら食材が残っていればいいんですけど…」
「ん〜まぁ一晩ぐらいなら飲み物さえあれば平気だと思うけど、あるなら少しはお腹に入れておきたいわね」
 複数の女生徒と共に校内を移動している中、カスミ先生は窓の外を眺めてポツリと呟く。
「…まるで遣らずの雨ね」
「ヤラズノアメ?」
 聞きなれない単語に、優名は首をかしげる。
「旅館とかね。旅先なんかでは時々耳にするんだけど、客が帰ろうとするのを引き止めるかのように降り出す雨のことを言うのよ。まぁこの場合は極端すぎて情緒も何もあったものじゃないけど」
「…遣らずの雨……」
 カスミ先生が怖がるから、そう何度も口に出したりは出来ないが、それでもやはりこの雨の降り方はおかしい。
 何か原因があるのはわかるが、解決するだけの力もないのだから優名にはどうしようもない。
「―――校舎から出たいのかな…それともずっと居たいのかな…」
 また、降りがきつくなった。
 誰かが外へ出ようと再度試みたのだろう。
「…外、ねぇ…」
 今までこんなことはなかったのだから、今日の夕方ぐらいに何かあったのだろう。
「……なんとかなるといいな」
 外に出たいと、そういう考えが優名には欠落している。
 理由は不明だが、優名の生活は学園内部がすべてだ。
 学園の敷地内にある寮の個室で生活し、昼間は学校へ通う。
 その往復の毎日。
 そこに何も疑問を感じない。
「月夢さん?」
「あ、はい。今行きます」
 カスミ先生の呼びかけに、今まで考えていたことをストップさせ、当初の目的に思考を切り替える。
 優名の頭の中から、疑問も消えた。
 何か不思議な力が彼女に働いているが、それがなんなのかは誰にもわからない。
「何が残ってますかねぇ」
 カスミ先生と他の女生徒と共に、優名は廊下を進んでいった。


■導きの手

  一人校内をうろつく克己は、この雨の原因が先ほど見た幽霊であると予想をつけて、探し回っていた。
「――出てこないな…」
 泣いていた。
 人を騙して捕食しようというようにも見えなかった。
 獲物を校内から出られないようにして、次々と捕食していこうとしているのかと思ったのだが、嫌な感じが何処にもない。
「…やっぱり、ただ校内で迷って出られなくなったのか…なぁ?」
 民俗学は得意分野だが、推理とそれは別物だ。


―――ヒトリハ  イヤ…


「!」
 突然頭に響いた言葉。
 耳に聞こえたのではない。
 直接頭にその言葉が「聞こえた」
「…さっきの…女の子か?」
 克己は辺りを見回した。
 その場に居るのは自分だけ。
 自分に向かって発したのであれば、すぐ近くに居るはずだ。
「何処に――」
 ぐるりと周囲を見回して、何も居ないと思って向かおうとしていた方向にもう一度体を向けると、目の前にいきなりあの少女が現れた。
「うわっ」
 突然目の前に現れたことで、克己は思わず飛びのいてしまった。


――ヒトリハ イヤ  ヒトリニシナイデ…


 ポロポロとこぼれる涙。
 けれど足元に涙の跡がつく訳はない。
「――どう、したんだ?」
 対人恐怖症ではあるものの、相手が幽霊ともなれば少しはマシに対応できた。
 

――ヒトリハ イヤ


「…なんでここにいるのかわからないのか?出られなくなったのか?」


 少女は同じ言葉しか発しないが、泣きながら首を縦に振る。
 理由はわからないが、自分ひとりでは出口が見つけられないのだろう。
 一人が寂しいという思いは克己にはよくわかる。
「ん」
 克己は少女の前に手を差し伸べた。
 差し伸べられた手に、少女はゆっくりと顔を上げて克己をジッと見つめた。
「来いよ。僕も家に帰りたいからいつまでもここに居る気はないし、一人が寂しくて誰かに一緒にいてほしいなら、僕についてきな。気の済むまで一緒にいてやるから」


――イッショニ…?


 その言葉に、少女は反応し、鸚鵡返しに克己に尋ねる。
 反応を返してくれたことにホッとしたのか、克己の表情も柔らかい。
「そう。ここから連れ出してやるから。もう雨降らすのやめな?」
 少女の手が、差し出された克己の手に触れた。


――アリガトウ…


「!?」
 目が眩むほどの光が、克己の前に広がっていく。
 思わず腕で目元を隠してしまったが、目を開けた次の瞬間には少女は目の前から掻き消えていた。
「――いったい………あ」 
 廊下が真っ赤に染まる。
 窓から差し込む真っ赤な夕焼け。
 雨があがっていた。
 窓を開けて外に手を伸ばすも、先ほどまで激しく降っていた雨が嘘のようにあがっている。
「……てか下も濡れない…?」
 あの豪雨自体があの少女が見せた幻だったのだろうか。
「――――まぁ、いっか」
 自分の言葉で少女の気が晴れたのならそれでよし。
 何故消えたのか、何故校内に留まっていたのかは今となってはわからない。
 けれど。
 少なくとも、少女の心が晴れたものだと思いたい。
 この晴れた空のように。
「山代くん?」
「あ」
 そういえばカスミ先生と複数の女生徒が調理室へ行っていた事を思い出した。
 勝手に一人で出歩いていたことを叱責されるのではないかと、克己は身構える。
「―――…まぁいいわ。外に出ても雨が降らなくなったみたいだし。早く帰りなさい」
 肩すかしくった感も否めないが、まぁいいということにしておこう。
 克己はホッと胸をなでおろした。
「…結局、なんだったんですかね?」
 カスミ先生の後ろにいた優名が、窓の外を見つめてポツリと呟く。
「……さぁ、なんだったんだろうな?」
 理由を聞かれても、何がどうだと説明できるわけもない。
 ならばあえて話さなくてもいいだろう。 


「――世は並べて事もなし。日々是平穏なり、か。やっぱり、何事も無く普通が一番だよなぁ」



 優名が感じたことも、克己が感じたことも、今はそれぞれの胸のうちに。





 鮮やかな五月晴れの空が広がる―――




―了―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2803 / 月夢・優名 / 女性 / 17歳 / 神聖都学園高等部2年生】
【6540 / 山代・克己 / 男性 / 19歳 / 大学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
【遣らずの雨】に参加下さいまして有難う御座います。
優名さん、克己さん初めまして。
少女が何故その場にとらわれて、何故雨を降らしたのか、
その辺はアプローチの仕方によって聊か積み残した形になります。
お二人の個性がキチンと出せたかどうか聊か不安もありますが、お気に召せば幸いです。

ともあれ、このノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さいませ。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。