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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ちびっここっくりさん

 シュライン・エマの携帯電話が着信を告げたのは、ちょうど彼女が翻訳の仕事に一段落つけて一息ついた時だった。あたかも頃合いを見計らったように鳴った電話に小さな笑みを漏らし、シュラインは通話ボタンを押した。
「ああシュライン、俺だ。忙しいところ済まないな」
 電話の向こうからは聞き慣れた声が響く。だいたい用件は聞くまでもなく見当がつく。そもそもこの男が、色気のあることや気の利いたことを言うためにわざわざ電話をかけてくるはずもない。
「あら、どちらの『俺』様かしら?」
 澄ました声でそう返してやると、ぐっ……と押しつぶしたような声が返ってくる。
「冗談よ、武彦さん。用件を聞かせてくれる?」
 くすりと笑って返せば、電話の向こうの草間も気を取り直したらしい。
「ああ、いつもいつもで悪いんだが、また厄介ごとが入ってな……」
 やや歯切れが悪いながらも本題を切り出した。
「小学生の女の子が4人来て、友達のミカってのがこっくりさんに取り憑かれたって言うんだ」
 草間はここでタバコを口にしたのだろう、軽く息を吐く気配がした。
「何でもずっと四つん這いで言葉もしゃべらず、『きゅんきゅん』と鳴き声のようなのを立てるだけだそうだ。食事もせずに、皿に入れたミルクをなめるだけ。時々人のほっぺたをなめたりするらしい」
「まあ……」
「いや、神社とか寺とか他に行くようには言ったんだがな、道ばたでばったり逢ってたらしい零が先に引き受けちまっててな……」
 いつものこととはいえ、多忙を知っていて協力をあおぐことに多少の引け目があったのだろう、シュラインのため息をどうとったか、草間は慌てて弁解するように付け足した。
 それを聞いてシュラインはくすりと微笑を口元に浮かべた。どうせあの草間のことだ、怪奇事件お断りと言いながらも断りきれなかったのは目に見えている。妹の零が依頼人の味方についてしまったならなおさら、だ。
 けれど、今は経緯の微笑ましさに浸っている場合ではない。心配なのはそのミカという子だ。友達や家族もさぞかし心配していることだろう。
「わかったわ、すぐに行くわ」
「ああ、いつも済まないな」
 シュラインの答えを聞いて、草間の声が明らかに明るくなった。おそらくは生意気盛りの女の子たちを相手に手を焼いているのだろう。また少しおかしくなって、シュラインは再び小さな笑みをこぼした。

「あ、シュライン!」
「こんにちは!」
「よろしくお願いします」
 興信所のドアを開けるなり、可愛らしい少女たちの声がシュラインを出迎えた。草間と零以外の声で名を呼ばれて一瞬戸惑ったシュラインだったが、すぐにその目は一際小柄な銀髪の少女、海原(うなばら)みあおをとらえていた。好奇心旺盛な彼女のこと、今回の調査にも当然参加する心づもりに違いない。
「やっぱりシュラインも来たんだね」
 無邪気に笑うみあおに微笑み返した時、新たな訪問客がブザーを鳴らした。
「はぁい」
 半ば条件反射的にシュラインはそれに応対する。
「こんにちは」
「お邪魔しますよ」
 入ってきたのは細身で長身の、一見すれば男に見間違えそうな女性と、青い髪に金色の目が印象的な、端正な顔立ちの男性だった。
「おや、これは可愛らしい依頼人たちで」
 青髪の男は、少女たちを認めて金色の目を優しげに細めた。その珍しい容姿に驚いてか、少女たちはぽかんと口を開けて男を見上げる。
「お、揃ったな。これで全員だ」
 草間の声で、一同は応接室のソファに腰掛けた。
 まずは、とこれまたいつもの流れで自己紹介が始まる。とりあえず一番興信所に馴染みのあるシュラインが口火を切り、みあおが元気よくそれに続いた。さばさばした印象の女性は陸玖翠(りくみどり)と名乗り、青髪の男性は玲焔麒(れいえんき)と名乗った。
「よろしくお願いします。どうかミカを助けて下さい」
 依頼人側は、リーダー格の少女がマユリと名乗り、アイサ、ユイ、ミサキと仲間たちを紹介した後で、シュラインたちに深々と頭を下げた。
「こっくりさんみたいに霊を呼ぶことは誰でもある程度はできますがね」
 焔麒がゆっくりと口を開いた。
「望んだ相手がくることは滅多にありませんし、帰すには訓練が必要です。今後二度とこのようなことをしないと約束するのであれば手を貸しましょう」
「はい……。よくわかりました」
 マユリがきゅっと唇を噛んで俯く。
「うん……。やっぱりダメって言われてたもんね」
 他の少女たちも神妙な顔をしてこくこくと頷いた。シュラインたちも軽く顔を見合わせて頷き合う。
「それじゃあこっくりさんやった時の状況を教えてくれる? こっくりさんをやった日とミカちゃんが狐になっちゃった日って同じ? こっくりさん途中で止めちゃったからそうなっちゃったとかそういうことはない? あと、こっくりさんがダメって言ってたのはそのミカちゃんかしら? それとも先生とか周りの大人の人?」
 シュラインはまず情報を整理すべく質問をした。やや立て続けに言った感はあるが、しっかりした印象のマユリなら大丈夫だろうと思ったのだ。
「こっくりさんは3日前、学校が終わった後で、みんなでミカの家に集まってやりました。ミカのお家は広いし、お母さん、お仕事でいないので……。こっくりさんは学校で禁止されてるんですが、その、しゃべっているうちに男の子の話になって……」
 とマユリが言い淀んだ。その隣でユイの顔が青ざめる。どうやらこっくりさんをやろうと言い出したのは彼女なのだろう。ユイにちらりと目を遣りながら、シュラインは「母親が仕事で家にいない」という事柄をしっかり頭に叩き込んだ。
「その……、好きな男の子の気持ちが知りたいね、こっくりさんに聞いてみようっていう流れになって……。ミカは学校で禁止されてるからやめようって言ってたんですけど、『怖いの?』っていう風になっちゃって」
 マユリの説明にはほとんど主語が省かれていた。言い出した当人が責められないようにと気を使っているのだろうが、その配慮にシュラインは心中密かに感心した。
「それで結局はミカとユイとでこっくりさんをやることになったんです。10円玉に指を置いてこっくりさんを呼んだ後すぐに、ミカの様子がおかしくなっちゃって……。それからずっと狐みたいになっちゃったんです」
「それは誰の前でもそんな感じかしら?」
「はい」
「そう……。ミカちゃんって元々どんな子? 感受性が強いとか……」
 マユリの話にゆっくりと頷いて問いを重ねれば、今度は他の少女たちが口々に答えた。
「真面目で勉強も運動もできて……」
「結構気も強いよね」
「うん、負けず嫌い」
「そう、ありがとう」
「ねえ、とりあえずはそのミカに会ってみようよ」
 シュラインが少女たちに礼を言うと、みあおが待ちかねたとばかりに口を開いた。
「そうですね。行ってみれば何かわかるでしょう」
 翠もそれに頷く。
「ええ……。でもその前にマユリちゃんたちは一度お家に帰った方がいいんじゃないかしら? ランドセル持ってるってことは学校の帰りよね? お家はこの辺りかしら」
 シュラインが言えば、少女たちはそれぞれに頷いた。
「じゃあ一度お家に帰って、またここに来てくれる? それでミカちゃんのお家に案内してくれるかしら?」
 他の調査員たちの見立ても聞いてみたいし、それには彼女たちに聞かせない方が良いことも出てくるだろう。シュラインの言葉に、少女たちは再び頷くと、元気よく事務所を飛び出して行った。
「おや、元気なことですね」
 焔麒がその後ろ姿を見送って小さく笑う。
「それにしても、そのミカの様子からすると、狐じゃなくても犬でもいいようなリアクションしてない?」
 好奇心の塊のようなこの少女は、じっと話を聞いている間、さぞうずうずしていたことだろう、みあおが真っ先に口火を切った。
「狐とは限りませんがなにかしらの動物が憑いてしまったみたいですね」
 翠もそれに頷いた。
「けれど、この手の多感な子どもは暗示にかかりやすく、実際には霊等ついていない場合もありますからね」
 一方で焔麒は慎重な見方を提供した。
「ええ……。それにもし低級霊がついていても、彼女がもともと激しい悩みやストレスを抱えていて、こっくりさんがきっかけで今回の事態に発展したのだとしたら、霊を祓っても根本的解決にはならないもの」
「なるほど……」
 シュラインの意見に、翠が嘆息しつつ頷いた。みあおもきょとんとした顔をシュラインに向ける。
「まあ、どちらにせよ行ってみないと、ですね。霊が憑いているなら対話する手段はありますし」
 翠が言って、軽くため息をついた。

 数十分後。シュラインたちは依頼人の少女たちと共にミカの家にいた。ミカが狐になってからは仕事を休んでいるのだろう、ミカの母親がシュラインたちを出迎えてくれた。バリバリのキャリアウーマンらしく、凛とした雰囲気を漂わせた女性だが、今はその表情にかげりがあった。
 母親は、ミカの友人たちから話を聞くと、シュラインたちに頭を下げて、ミカの部屋の前まで案内してくれた。
 ドアの前に佇みながら、シュラインは耳に全神経を集中させた。ドアの向こうからは、軽い寝息と、ベッドの上で軽く身をよじっているような衣擦れに似た音が聞こえてくる。それもまっすぐ寝転んでいるのではなく、犬や猫がそうするように、身体を丸めて横たわっているようだった。
「ミカ? 入るわよ」
 母親が優しく呼びかけてノックをしても、中からは別段不自然な動きは伝わってこない。
 母親がドアを開けると、案の定、ベッドの上に丸まっていた少女はゆっくりと顔を上げた。母親の顔を認めると、ぱっと顔を輝かせ、両手を床について――ちょうど犬や猫がそうするように――ベッドを降り、母親に自分の顔をすり寄せた。
 それは、実に愛らしい所作だった。興信所を訪れた少女たちがさほど暗い顔をしていなかったのがわかるような気がした。これが「こっくりさん」の仕業だとしても、ミカや周りの人間を傷つける心配はないように思える。
 母親はミカを優しく抱きとめると、そっとその髪をなでてやった。その様子は、優しくもどこか悲壮なものを感じさせた。自分の無力を悔いているのだろうか、あるいは、日頃構ってやれなかったことへの後悔もあるのかもしれない。人でなくなってしまった娘に、それでもできる限り付き添ってやろうという覚悟のようなものも垣間見えた。
 もし、ミカが何らかの悩みを抱えていたのだとしても、この母親がいるならきっと乗り越えられる、そんな安堵感にも似た確信を抱かせる光景だった。
 心地よさそうに母親にすりよっていたミカは、ふと気づいたように顔をあげた。シュラインたちに視線を向けると、きょとんとした顔をする。が、ふいにその顔に怯えのような色が差した。けれど、だからといってシュラインたちを敵視するわけではない。どちらかというと恐怖というよりは畏怖という感じだろうか。
 おそらく同行している能力者に気づいたのだろう。となると、やはり何らかの霊が取り憑いていると見るべきか。頭の中でそう考えつつも、シュラインはなるたけ相手を刺激しないよう、柔らかな微笑みを浮かべた。
 ミカはしばらく視線を後ろの焔麒に据えた後で、1つ2つ瞬きをし、そして改まったように座り直した。
「敵意や悪意はないようですね。少し話を聞いてみましょう」
 翠の言葉に、母親は怪訝そうに目を見開いた。
「わあ、翠、この子と話せるんだ」
 みあおは驚いたような声を上げる。そこには微妙に気落ちしたような響きもあるあたり、この少女はこの少女で何か考えていたのかもしれない。
「私が会話できるわけではないのですが……、話をする手段ならあります」
 翠は軽く苦笑を浮かべた。
「よろしく……、お願いします」
 それがかえって信憑性を感じさせたのか、母親が深々と頭を下げた。
 しばしの間、張りつめた沈黙が部屋の中を支配した。
「狐の……、子どもの霊のようですね。呼ばれて……、ってこっくりさんのことでしょうが……、来てみたら、このミカ殿に吸い寄せられるように同調してしまったのだそうです」
 翠の報告に、母親が息を呑む。
「どうやったら、ミカは……」
「離れてくれるように頼んでいるのですが……」
 翠は言葉を濁した。
「どうも『向こう』でも人間の呼びかけに応えるのは禁止されているそうで、戻ったら叱られると……」
「やれやれ、ですね」
 焔麒が溜息をついた。
「それに……、どうやら、周りの人が優しくしてくれるし、何と申しましょうか……、相性が良いのか居心地が良いようで……」
 翠も困ったように息をついた。どうやら子ども特有の「甘え」と「わがまま」に手を焼いているらしい。
 ふとシュラインは、ミカが何でもできて真面目で気の強い子だ、という友人たちの言葉を思い出した。きっと彼女は弱みを見せられない子どもなのだろう。甘えやわがままは黙って呑み込んで、そして抑えつけられているからこそ、強かったであろう秘めたその思いと、子ぎつねの霊とがシンクロしてしまったのではないだろうか。
「そんな……」
 母親が口元を歪め、顔を覆った。
「でもさ、それならやっぱり離れた方がいいよ」
 みあおが無邪気に口を開いた。
「だってさ、お母さんもお友達も、ミカに優しいんだよ? 狐さんに優しいんじゃないんだよ?」
 それは何ともきっぱりとした物言いだった。子どもには子ども、ということだろうか。
「一緒にいたいならお人形とかでもいいじゃない」 
 みあおの言葉に、ミカの中の子ぎつねは黙り込んだ。
「ええ、きっと人形の中でも皆さん、親切にしてくれますよ」
 焔麒が穏やかな口調で後を押す。
 どうやら、子ぎつねもそれで了解したらしい。
「けれど、どうやって出たら良いかわからないそうです」
「では、香を調合しましょう。香りで誘導します」
 焔麒は穏やかに言って、どこからともなく道具を取り出した。
「んじゃ、狐さん入れるお人形は……」
「ミカ殿のお気に入りのがあればそれが良いですね」
 翠の言葉に母親は頷いて、戸棚の中から大きめの女の子の人形を取り出した。丸洗いできるように作られたのだろう、柔らかな布でできたそれは、少しくたびれた感はあるが、その分暖かみを感じさせた。
「さて、香の準備ができました。それでは誘導しますかね」
 焔麒が静かに言って香を焚く。何とも言えない、心が安らぐような香りが部屋に満ちていく。霊感のないシュラインにも、すっと立ち上った香りが一筋の道となって、ミカと人形の間に架け橋を作っていくのが見えるような気がした。
 やがて、ミカがぐったりとその身を床に沈めた。そして、今度はゆっくりと身体を起こす。片手を額に当て、上体を起こすその所作は、まぎれもなく人のものだった。
「……お母さん」
 ミカはまだぼうっとした様子ながら、母親の顔を認めて小さい声で呼んだ。
「ミカっ」
 母親はひしと娘を抱きしめた。
「ミカ!?」
 ドアの前で聞き耳を立てていたのだろう、依頼人の少女たちがどやどやと中に入り込んでくる。
「ミカ、よかった……」
「ごめんね、ごめんね、ミカ」
 一気になだれ込んできた彼女たちは押しつぶさんばかりの勢いでミカを取り囲んだ。
「この子も忘れないで下さいね」
 そんな彼女たちに、翠が子ぎつねの入った人形を差し出した。
「ええ、皆さんでたくさんかわいがってやって下さい。そうすればもう悪さはしないでしょうから」
「は、はい……」
 ミカは神妙な顔をしてそれを受け取った。
「あと、ミカちゃんも、あまり我慢しすぎちゃダメよ」
 シュラインがそっと頭をなでると、ミカは照れくさそうな顔をして頷く。
「はい、じゃあ記念写真撮ろう! 狐さんも入れてね」
 みあおがデジカメを構え、元気な声を上げた。
「ああ、翠もうちょっと右に酔って、焔麒はもうちょっとかがんで……、はい、ミサキはこっち向いて……、じゃ、タイマーセットしたから動かないでね!」
 慌ただしく指示をした後で、みあおが列に加わる。
 数秒後、電子的なシャッター音が響いて、今回のこっくりさん騒ぎに幕を下ろした。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1415/海原・みあお/女性/13歳/小学生】
【6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師】
【6169/玲・焔麒/男性/999歳/薬剤師】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、『ちびっここっくりさん』へのご参加、まことにありがとうございました。納品がぎりぎりになってしまい、誠に申し訳ございません。
今回は人間の子どもと狐の子ども(の霊)の引き起こしたお騒がせ事件でしたが、皆様のおかげで無事解決に至りました。本当にありがとうございます。
なお、例によって(?)おまけ程度ですが、皆様にほんの少し違うものをお届けしています。お暇でお暇で仕方ないときにでも、間違い探し気分で読み比べていただければ幸いです。

シュライン・エマさま

いつもありがとうございます。
今回も細かいところまで気配りの行き届いたプレイングをありがとうございました。完全に反映はできなかったのですが、おかげでミカの人物像にある程度の厚みを持たせることができましたし、今回の経験を生かして、彼女のこれからの生き方も、無理のないものへとなっていくかと思います。
こっくりさんからだけでなく、彼女の幼いながらの自縄自縛からも救っていただいてありがとうございました。

ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。