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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ちびっここっくりさん

 おもちゃ箱をひっくり返したような喧噪、というのはゲームセンターにこそふさわしいのかもしれない。あちこちのマシンから流されるBGM、マシンの効果音、そしてメダルががちゃがちゃとこぼれる音。
 種々の雑多な音が混じり合い、ぶつかり合い、膨らみ合って溢れ出る。
 そんな音の洪水の中ででも、携帯電話の着信に気づくのだから、慣れというものは恐ろしくも素晴らしい。
「ああ、草間だ。忙しいところをすまんな」
 慣れた手つきで電話を開き、通話ボタンを押すと、向こうから草間武彦の怒鳴り声が聞こえてきた。とはいってももちろん、草間が怒っているわけではない。どうやらこの音の洪水は電話の向こうまで遠慮なく溢れているらしい。
「いいえ」
 陸玖翠(りくみどり)は軽く苦笑しながら、他の店員に目配せして後を任せ、奥へと引っ込んだ。それだけで、騒音はかなり遠ざかる。
「実はな、小学生の女の子が4人来て、友達のミカってのがこっくりさんに取り憑かれたって言うんだ」
 電話の向こうの草間はいきなり本題を切り出した。そもそも、彼が連絡をとってくる時は、ほぼ常に何か厄介ごとが舞い込んだ時だ。どうやら今日も翠に押し付ける気満々らしい。
「何でもずっと四つん這いで言葉もしゃべらず、『きゅんきゅん』と鳴き声のようなのを立てるだけだそうだ。食事もせずに、皿に入れたミルクをなめるだけ。時々人のほっぺたをなめたりするらしい」
「ほう……」
 話を聞く限りでは、確かに狐とは限らないまでも何かの動物の霊が取り憑いているように聞こえる。
「……って煙草くらい吸わせてくれよ……、ああ? わかったわかった、もういい、俺が悪かった……ってああそうだ、陸玖、悪いんだが、頼まれてくれないか?」
 どうやら電話の向こうの草間は依頼人のお嬢さん方にかなり手を焼いているらしい。翠に向かっては、一応、頼むような口調ではあるが、あまり翠が断ることを想定に入れているような気配はない。むしろ、その余裕がないといった方が正確だろうか。
「わかりました。引き受けましょうかね」
 軽く笑みながら言うと、電話の向こうの声は晴れ晴れとしたものになった。
「そうか、ありがたい、恩に着るよ。じゃ、悪いが事務所まで頼む。」
 着せた恩が返ってくるのはいつの日だろうか。永い時を生きてきた翠にしても、その日が来る見通しはつかなかった。
 他のスタッフに断って、翠はゲームセンターを後にした。
 東京の片隅にぽつねんと佇む古い雑居ビルの前に立った時、翠はふと異様な気配に気づいた。振り向けば、緩く編んだ青い髪を前に垂らした長身の男と目が合った。その色は、金。その容姿も希有のものだが、それ以上にただならぬものを感じさせる雰囲気をまとっている。
「あなたも草間氏に呼ばれて?」
 男が穏やかな口調で唇を開いた。その言葉を聞く限り、どうやら彼も草間に泣きつかれたらしい。
「ええ」
 翠が口元を緩めつつ頷くと、男も相好を崩した。
「玲焔麒(れいえんき)と申します」
「陸玖翠。よろしくお願いしますね」
 互いに名乗ると、翠と焔麒は揃って興信所事務所の前に立ち、ブザーを押した。不必要なまでにけたたましい音が鳴り響く。
「はぁい」
 ここの事務員だろう、コケティッシュな雰囲気の黒髪の女性がドアを開けてくれた。
「こんにちは」
「お邪魔しますよ」
 挨拶をして中に入れば、応接ソファには小学生くらいの女の子が5人ちょこんと座っていた。そのうちの1人は肩までの銀髪を揺らし、体格も一際小さい。とても依頼人たちと同級生に見えないあたり、この子も草間に声をかけられた方だろう。
「おや、これは可愛らしい依頼人たちで」
 焔麒が少女たちを認めて金色の目を優しげに細めた。その珍しい容姿に驚いてか、少女たちはぽかんと口を開けて男を見上げる。
「お、揃ったな。これで全員だ」
 草間の声で、一同は応接室のソファに腰掛けた。とりあえず、といった流れで自己紹介が始まる。まずは、先ほど応対してくれた事務員の女性がシュライン・エマと名乗り、続いて銀髪の少女が元気よく海原みあおだと自分の名を告げた。翠と焔麒もそれぞれ簡単に自己紹介をする。
「よろしくお願いします。どうかミカを助けて下さい」
 依頼人側は、リーダー格の少女がマユリと名乗り、アイサ、ユイ、ミサキと仲間たちを紹介した後で、翠たちに深々と頭を下げた。
「こっくりさんみたいに霊を呼ぶことは誰でもある程度はできますがね」
 焔麒がゆっくりと口を開いた。
「望んだ相手がくることは滅多にありませんし、帰すには訓練が必要です。今後二度とこのようなことをしないと約束するのであれば手を貸しましょう」
「はい……。よくわかりました」
 マユリがきゅっと唇を噛んで俯く。
「うん……。やっぱりダメって言われてたもんね」
 他の少女たちも神妙な顔をしてこくこくと頷いた。翠たちも軽く顔を見合わせて頷き合う。
「それじゃあこっくりさんやった時の状況を教えてくれる? こっくりさんをやった日とミカちゃんが狐になっちゃった日って同じ? こっくりさん途中で止めちゃったからそうなっちゃったとかそういうことはない? あと、こっくりさんがダメって言ってたのはそのミカちゃんかしら? それとも先生とか周りの大人の人?」
 シュラインが立て続けとも思える調子で、質問を始めた。
「こっくりさんは3日前、学校が終わった後で、みんなでミカの家に集まってやりました。ミカのお家は広いし、お母さん、お仕事でいないので……。こっくりさんは学校で禁止されてるんですが、その、しゃべっているうちに男の子の話になって……」
 と、それまではきはきと説明していたマユリが言い淀んだ。その隣でユイの顔が青ざめる。どうやらこっくりさんをやろうと言い出したのは彼女なのだろう。
「その……、好きな男の子の気持ちが知りたいね、こっくりさんに聞いてみようっていう流れになって……。ミカは学校で禁止されてるからやめようって言ってたんですけど、『怖いの?』っていう風になっちゃって」
 今までとはうってかわって、マユリがぼかしたような物言いになる。おそらくは、言い出した人間が責めらないように、という配慮なのだろう。
「それで結局はミカとユイとでこっくりさんをやることになったんです。10円玉に指を置いてこっくりさんを呼んだ後すぐに、ミカの様子がおかしくなっちゃって……。それからずっと狐みたいになっちゃったんです」
「それは誰の前でもそんな感じかしら?」
「はい」
「そう……。ミカちゃんって元々どんな子? 感受性が強いとか……」
 シュラインのこの問いには、他の少女たちが口々に答えた。
「真面目で勉強も運動もできて……」
「結構気も強いよね」
「うん、負けず嫌い」
「そう、ありがとう」
「ねえ、とりあえずはそのミカに会ってみようよ」
 シュラインが少女たちに礼を言うと、みあおが待ちかねたとばかりに口を開いた。
「そうですね。行ってみれば何かわかるでしょう」
 翠もそれに頷いた。とにかく話は行ってみてから、だ。
「ええ……。でもその前にマユリちゃんたちは一度お家に帰った方がいいんじゃないかしら? ランドセル持ってるってことは学校の帰りよね? お家はこの辺りかしら」
 シュラインが言えば、少女たちはそれぞれに頷いた。
「じゃあ一度お家に帰って、またここに来てくれる? それでミカちゃんのお家に案内してくれるかしら?」
 シュラインの言葉に少女たちは再び頷いて、元気よく事務所を飛び出して行った。
「おや、元気なことですね」
 焔麒がその後ろ姿を見送って小さく笑う。
「それにしても、そのミカの様子からすると、狐じゃなくても犬でもいいようなリアクションしてない?」
 いかにもうずうずしていました、というような口調でみあおが口火を切った。
「狐とは限りませんがなにかしらの動物が憑いてしまったみたいですね」
 翠も、第一印象を正直に口にする。
「けれど、この手の多感な子どもは暗示にかかりやすく、実際には霊等ついていない場合もありますからね」
 一方で焔麒は慎重なものの見方を提供した。
「ええ……。それにもし低級霊がついていても、彼女がもともと激しい悩みやストレスを抱えていて、こっくりさんがきっかけで今回の事態に発展したのだとしたら、霊を祓っても根本的解決にはならないもの」
「なるほど……」
 翠はシュラインの意見に嘆息しつつ、頷いた。彼女が依頼人たちに細かく質問をしたのも、一度少女たちをこの場から外したのも、深い考えがあってのことだったのだ。
「まあ、どちらにせよ行ってみないと、ですね。霊が憑いているなら対話する手段はありますし」
 翠は言って、軽くため息をついた。

 数十分後。翠たちは依頼人の少女たちと共にミカの家にいた。少女たちと共に訪れた翠たちを、ミカの母親は少々の驚きを見せながらも、快く迎えてくれた。どこか背筋の伸びた、凛然とした雰囲気を感じる女性だが、今はさすがに疲れたような表情を浮かべている。
 母親は、少女たちから話を聞くと、翠たちに頭を下げて、ミカの部屋の前まで案内してくれた。
「ミカ? 入るわよ」
 母親が優しく呼びかけて、ドアをノックする。
 そっとドアが開くと、ベッドの上で丸まっていた少女がゆっくりと顔を上げた。母親の顔を認めると、ぱっと顔を輝かせ、両手を床について――ちょうど犬や猫がそうするように――ベッドを降り、母親に自分の顔をすり寄せた。
 それは実に愛らしい所作だった。とりあえず、ミカに憑いている「もの」はミカにも、そして他の誰にも害意や敵意を持っていないのが見るからにわかる。
 母親はそんなミカを優しく抱きとめると、そっとその髪をなでてやった。
 心地よさそうに母親にすりよっていたミカは、ふと気づいたように顔をあげた。翠たちに視線を向けると、きょとんとした顔をする。が、ふいにその顔に怯えのような色が差した。とはいっても、だからといって翠たちに悪意や敵意を向けた感じはない。純粋な恐怖や畏怖といった感じだろうか。
 ――七夜。
 翠は声を出すことなく、自分の式神、黒猫の猫又に呼びかけた。七夜なら、霊を含めたあらゆる生物と会話することができる。七夜はすぐに心得て、ミカに取り憑いているものに話しかける。
 ミカはしばらく視線を後ろの焔麒に据えた後で、1つ2つ瞬きをし、そして改まったように座り直した。同時に、七夜が、ミカの中にいるものが子ぎつねの霊で、敵意や害意のあるものではないということを伝えてくれる。
「敵意や悪意はないようですね。少し話を聞いてみましょう」
 皆の方を向いてそう言うと、母親が怪訝そうに目を見開いた。
「わあ、翠、この子と話せるんだ」
 みあおは驚いたような声を上げる。
「私が会話できるわけではないのですが……、話をする手段ならあります」
 翠は軽く苦笑を浮かべた。
「よろしく……、お願いします」
 それがかえって信憑性を感じさせたのか、母親が深々と頭を下げた。
 しばしの間、張りつめた沈黙が部屋の中を支配した。
「狐の……、子どもの霊のようですね。呼ばれて……、ってこっくりさんのことでしょうが……、来てみたら、このミカ殿に吸い寄せられるように同調してしまったのだそうです」
 翠は七夜が伝えてきたそのままを、皆に報告した。
「どうやったら、ミカは……」
 母親は息を飲み、すがるような眼差しで長身の翠を見上げた。
「離れてくれるように頼んでいるのですが……」
 翠は言葉を濁した。望みがあるのなら、できる限りそれをかなえると七夜に伝えてはもらっているのだが。
「どうも『向こう』でも人間の呼びかけに応えるのは禁止されているそうで、戻ったら叱られると……」
「やれやれ、ですね」
 焔麒が溜息をついた。
「それに……、どうやら、周りの人が優しくしてくれるし、何と申しましょうか……、相性が良いのか居心地が良いようで……」
 翠も困惑して息をつく。敵意があるなら祓うのも辞さない気でいたのだが、あまりに単純な子どもの「わがまま」相手に強硬手段をとるのも後味が悪い。ましてや相手が霊とあっては、叱ってへそを曲げられでもしたら、また面倒なことになる。
「そんな……」
 母親が口元を歪め、顔を覆った。
「でもさ、それならやっぱり離れた方がいいよ」
 みあおが無邪気に口を開いた。
「だってさ、お母さんもお友達も、ミカに優しいんだよ? 狐さんに優しいんじゃないんだよ?」
 それは何ともきっぱりとした物言いだった。子どもには子ども、ということだろうか。
「一緒にいたいならお人形とかでもいいじゃない」 
 みあおの言葉に、ミカの中の子ぎつねは黙り込んだ。
「ええ、きっと人形の中でも皆さん、親切にしてくれますよ」
 焔麒が穏やかな口調で後を押す。
 どうやら、子ぎつねもそれで了解したらしい。
「けれど、どうやって出たら良いかわからないそうです」
「では、香を調合しましょう。香りで誘導します」
 焔麒は穏やかに言って、どこからともなく道具を取り出した。
「んじゃ、狐さん入れるお人形は……」
「ミカ殿のお気に入りのがあればそれが良いですね」
 ミカと相性が良いのなら、その方が子ぎつねにとっても居心地が良いはずだ。ミカや友人にかわいがってもらえるならなおさら。
 翠の言葉に母親は頷いて、戸棚の中から大きめの女の子の人形を取り出した。丸洗いできるように作られたのだろう、柔らかな布でできたそれは、少しくたびれた感はあるが、その分暖かみを感じさせた。
「さて、香の準備ができました。それでは誘導しますかね」
 焔麒が静かに言って香を焚く。何とも言えない、心が安らぐような香りが部屋に満ちていく。すっと立ち上った香りが一筋の道となって、ミカと人形の間に架け橋を作っていくのが見えるような気がした。
 やがて、ミカがぐったりとその身を床に沈めた。そして、今度はゆっくりと身体を起こす。片手を額に当て、上体を起こすその所作は、まぎれもなく人のものだった。
「……お母さん」
 ミカはまだぼうっとした様子ながら、母親の顔を認めて小さい声で呼んだ。
「ミカっ」
 母親はひしと娘を抱きしめた。
「ミカ!?」
 ドアの前で聞き耳を立てていたのだろう、依頼人の少女たちがどやどやと中に入り込んでくる。
「ミカ、よかった……」
「ごめんね、ごめんね、ミカ」
 一気になだれ込んできた彼女たちは押しつぶさんばかりの勢いでミカを取り囲んだ。
「この子も忘れないで下さいね」
 そんな彼女たちに、翠は子ぎつねの入った人形を差し出した。
「ええ、皆さんでたくさんかわいがってやって下さい。そうすればもう悪さはしないでしょうから」
「は、はい……」
 ミカは神妙な顔をしてそれを受け取った。
「あと、ミカちゃんも、あまり我慢しすぎちゃダメよ」
 シュラインがそっと頭をなでると、ミカは照れくさそうな顔をして頷く。
「はい、じゃあ記念写真撮ろう! 狐さんも入れてね」
 みあおがデジカメを構え、元気な声を上げた。
「ああ、翠もうちょっと右に酔って、焔麒はもうちょっとかがんで……、はい、ミサキはこっち向いて……、じゃ、タイマーセットしたから動かないでね!」
 慌ただしく指示をした後で、みあおが列に加わる。
 数秒後、電子的なシャッター音が響いて、今回のこっくりさん騒ぎに幕を下ろした。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1415/海原・みあお/女性/13歳/小学生】
【6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師】
【6169/玲・焔麒/男性/999歳/薬剤師】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、『ちびっここっくりさん』へのご参加、まことにありがとうございました。納品がぎりぎりになってしまい、誠に申し訳ございません。
今回は人間の子どもと狐の子ども(の霊)の引き起こしたお騒がせ事件でしたが、皆様のおかげで無事解決に至りました。本当にありがとうございます。
なお、例によって(?)おまけ程度ですが、皆様にほんの少し違うものをお届けしています。お暇でお暇で仕方ないときにでも、間違い探し気分で読み比べていただければ幸いです。


陸玖翠さま

初めまして。お目にかかれて非常に嬉しいです。
今回は、いたずら子ぎつねとの対話に大きな役割を果たしていただきました。ありがとうございます。
「行ってみればわかる」とおっしゃる辺り、潔くてさばさばした感じの女性だとお見受けしたのですが、今回は相手が相手だったこともあり、そのような面を表立って描写できず、申し訳なく感じています。
また機会があれば、颯爽と振る舞う翠さんを描いてみたいと思っています。

ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。