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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


弔 −怪− 手向け



 遠く、鉦の音が鳴った。
 薄暗い霧の闇の中、燈明があがる。
 どーん、とうなり声にも聞こえる太鼓がひとつ鳴った後、波立つ白い旗を掲げてそれらはやってきた。

 みな一様に黒い装束に身をやつし、俯き歩く行列。
 葬列だ。あれらは密やかな葬列。

 失われていくものを弔い、悼む連なりだ。

 六月の晦日、時の満ちた夜に。
 行列は何者かの前を横切って通り過ぎ、やがて何処(いずこ)かへと消えて行く。

 それを皮切りにはじまる、今宵夏の怪。




 いつも通りに草間興信所の扉を開けると、巨大な猫が二足で立っていたので、さしものセレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)も美麗な眦を少々上げた。
「お初にお目にかかりやす」
 そんな相手の反応に気付いているのかいないのか、黒い毛皮をかぶった化け猫、黒谷・黒吉(くろたに・くろきち)は馬鹿丁寧に頭を下げてくる。すでに最初の驚きから立ち直っていたセレスティも、それに対して穏やかな笑顔で会釈を返した。
 セレスティには、この喋る黒猫の素性について思い当たるものがあったのだ。そのまま互いの自己紹介に移ろうかとした時、事務所の奥から不機嫌そうな声に待った、をかけられる。
「こら、中でやれ、そういうことは。もし関係のないまともな依頼人がきたらどうする」 乱雑に積み上げた書類や文献が山となった年季入りのデスクの向こうで、この興信所の主、草間・武彦(くさま・たけひこ)が吼える。
 はっ!? と初めて気付いたように慌てふためく化け猫と、苦笑する美麗な青年と。
 とにかく中に入れ、という声に従って、セレスティは杖を動かし、事務所内に足を踏み入れた。
「まったく……そちらから呼びつけておきながら相変わらずですね、キミは」
「……ほっとけ」
 すでに旧知の仲である二人に、遠慮という文字は希薄だ。
「お兄さん。失礼ですよ。……こんにちは、セレスティ様」
「こんにちは、零さん」
 一礼してから応接ソファの片側に腰をかけるセレスティに、冷えた麦茶を出しながら、妹の零が兄を嗜めた。が、これもあまり効き目はないらしい。
 くっ、くっ、と喉の奥で笑い、セレスティは立ったまま、まだかしこまっている化け猫に席を勧めた。
「よかったら、こちらへ座っていただけませんか。……今回の依頼、貴方からのものだったとは」
「あっしをご存知なんで?」
「ええ。一度、キミの店に私の執事がお世話になったことがあるんですよ。その関係ですが」
 そう言うと、黒吉はああ、と破顔した。
「なるほど、そういうことで。それはまた奇妙な縁でございやすね」
「ええ、本当に。……それで」
 杖を脇に置き、セレスティは本題に入った。
「弔い行列が現れた、と聞いたのですが。それも時代的な形式のものであるそうですね」「へぇ。左様で」
 話が依頼のことに切り替わると、黒吉はもともと細い猫目をさらに細めて、渋面を作った。
「当店へ逃げ込んでいらしたんですが。聞いた話じゃあ、どちらかというとあっしのよく知る時代の葬儀のようでございやした」
「……そして、葬列を行うからには意味がある。では、無駄に時代的なものを装っているわけでもないでしょう。どこか、未だに田舎ででも、その風習を守っている人でもいるのでしょうか」
「この現代に、でございやすか。さて……それはどんなもんなんでしょう」
 現代のことについては、返答に困るようで、黒吉は奥の席で知らぬ存ぜぬを決め込んでいた草間を伺い見る。
 草間は何の発言もしなくても、話自体はずっと聞いていたらしく、度入りの薄茶眼鏡を軽く押し上げて応えた。
「……土葬を守る地域、ということなら、皆無ではないだろう。だが埋葬の過程で、そういった過去の形式を守り続けた列を作り続けているのか、というと疑問が残る。ない、とも言いきれんが、けして大多数でないことは確かだ。それも、この東京内でとなると、まずありえん」
 草間の言葉に、セレスティも頷く。
「東京では、もちろんないでしょうね。だからこそ、黄昏時、という時間帯と、音が気になるのですよ」
「時間と、音……でごぜぇやすか」
 いまいち意図を掴みきれない、という風な黒吉に、セレスティは、少しお時間をいただけるでしょうか、と尋ねた。
「あっしはもちろん。時間だけはいくらでもありまさぁ」
「それはよかった。少々、調物をしたいのです。一度当屋敷へおいで願えますか」



 世界に名だたるリンスター財閥の屋敷は、黒吉には少々なじまない様子だった。
 迎えの車に乗り込んで、屋敷に向かう間も、巨大な鉄扉から、歩けばどれほどかかるのだろう、という道のりを得て屋敷内に入ってからも、彼はずっとそわそわとどこか落ちつかないようで、透明な髭をピリピリさせていた。それに目もどこか泳いでいる。
 私室を兼ねた書庫までそんな彼を案内していたセレスティは、不思議そうに尋ねた。
「黒吉さん……どうかしたのですか? 先ほどからなにやら落ち着かない様子ですが、何か不都合でもあったでしょうか」
「へぇ……いやぁ、不都合なんてとんでもありやせん」
 力いっぱい否定しておいて、ただ、その、と黒吉は恥ずかしそうに苦笑した。
「こういう、立派なお屋敷を見るのは初めてでしたんで。あっしはもともとはこんな上等な場所が似合わねぇ野郎でごぜぇやす。つい、ムズムズしちまって」
 江戸生まれの古臭い奴だ、とご容赦下せぇ、と言い、黒吉はしぱーん! と自分の頬を叩いていた。
 事情がわかったセレスティは柔らかに微笑み、なるほどそうでしたか、と頷いた。
「ですが、上等な場所、ということはありませんよ。貴方の過ごしやすいよう、楽にしてくださればいいのです。そもそもここに来ていただいたのは、調査の為なんですから」 そう言うと、黒吉の耳がぴこん、とたった。
「そうそう、それなんでやすが。ここには、えれぇたくさん書物がございやすね。これは、すべてセレスティ様のもので……?」
「ええ、そうです。私は本がとても好きでして……色々な場所で買い集めてきたものですよ。中には、貰い受けたものなどもありますが」
 この中に、あの葬列に関連するのではないか、と思われる記述のある本があったように思ったもので、といいながら、セレスティは器用に車椅子を操り、書棚を移動した。
 黒吉もそれに付き従って、そろそろと歩く。
「セレスティ様は、何を気にかけてらっしゃるんで?」
「あの葬列の、ですか? そうですね……」
 書棚のうち、いくつかを回り、何冊か本を取り出して、セレスティは長く、白い指をその紙面に這わせた。
「まず、はじめに気になるのは、音です。弔いの列は、まず現れる前に鉦の音を長く響かせてやってくるんでしたね。この音というのは、ただの合図のようで重要な役割を果たしているように思うのです」
「……というと?」
「ある儀式を行う集団に、フリーメイソンというものがいます。彼らは、教団の秘めた儀式を行うその前に、必ず三度、鐘を叩くのです。これは、絶対に必要な決まりごとなのだそうですよ。歌と踊りで表現する芝居に、オペラというものがありましてね。その題目の中の、「魔笛」というものの中でも、その様子が描かれています。ほら、このように」
 手元に示したページには、確かにある男が奇妙な服を纏い、鐘を叩く様を描いた挿絵があった。
「儀式的な集まりにおいて、こうした始まりになる音には重要な役割があるのです」
 セレスティは、黒吉ができるだけ理解しやすいように、彼がよく知る言葉を選びながら話しを進めた。
 もう一つの本をとる。
「次にここで気になるのが、葬列の形式です。これは、どうにも現在の形式のものではない。ということは、その風習ともいうべきものを守っている、何処かの人々がいるとします。弔いというシズメの儀式を行う人々が列を作り始めた発祥の推測の一つに、大名行列を真似た為だ、という記述があるのですよ。もちろん、弔いを行う人々が列を成すのは、日本だけのことではなく、世界各国で見られる風習です。が、ここ日本では、その風習が生まれたのは、いまから随分昔のことのようです。大名が居た時代なのですから。その時代から継続して、今もその風習を守っている。それは、草間氏が先ほど言っていたいたように、ありえないことではありません。ですが、この東京にとなると、やはりそれは不自然だ」
 私は、その鉦の音が、この東京の通常とは違う空間とをつないでいるのではないか、と考えるのですが。
 セレスティがそう導き出すと、黒吉は片耳をピクリ、と動かした。
「黄昏時に起きたのでしょう。その葬列は。あの刻限は、異世界からの干渉が容易であるように思います。どこか別の空間と、東京のその場所が繋がっていたとしたら……」
「あのような葬列が、現在のこの東京に現れたとしても、不思議じゃあねぇ、ということでやすね」
「そう。ですが、あくまでそれは現れることができる方法を推測しているだけのことです。彼らがどんな理由で葬送を行っているのかを紐解かなければ、この依頼は成立しないでしょう」
 柳眉を顰め、セレスティは考え込んだ。
「その葬列は……一体どこから始まり、どこに消えて行くのでしょうね……」
 音に導かれて空間を繋いでいるからには、徐々にではないにしろ、忽然と彼らが現れる始点となる場所が存在するはず。そして、もちろん終点も。
「彼らが現れる場所に意味があるのかどうかはわかりませんが。できることならば、私も黒吉さんと一緒に、一度その行列を見てみたいと思いますよ」



 何故、我々がこのような目に合ったのだろう。

 『彼等』は、何十年という月日、ずっとそう考え続けてきた。

 表情や感情に鈍い我々とて、生きているものを。

 何故に、人という醜悪な生き物たちは我々を切り刻み、生命を奪っておいて、悼みさえしないのだ。


 何故。何故。何故。


 命が長い分、彼等の思考はゆるやかである。この日も、答えがでることはなく、刻限がやってきた。
 ――――やがて、彼等は動き出す。


*
「彼等が運んでいるという棺桶ですが……通常ならば、やはりその中に入っているのは人の死体、ということになるのでしょうか」
 歩きながら、独り言のように呟くセレスティを横目で見ながら、黒吉はうーん、と唸りをあげた。

 陽は、既に暮れかけていた。
 屋敷を辞した二人は、かの人物が弔いを見た、という路地付近まで、足を運んでいた。 この辺の道は思っていたよりもずっと狭く、黒吉はセレスティを心配そうに見ていたが、その車椅子を操る器用さを目の当たりにして、今では安心しきった様子で少し後方を歩いている。

「セレスティ様は、どのようにお考えで?」
「私ですか?」

 くの字に曲がる道を進みながら、セレスティは応える。
「私は、実は、人以外のものが入っているのではないか、と考えています」
「…………人以外のもの」
「ええ。彼等の現れ方に、謎を解く種があるように思うのです。彼等は、人を模してはいますが、人ではない。では、棺おけに入っているのも、人ではない、ということになるでしょう。人でないから、あのような古い風習を未だに守っているのではないでしょうか」「それは、どういうことでございやしょう?」
「そうですね。例えば、貴方たち、妖怪と呼ばれるものたちは、人とは違う時間軸の中に存在していますね。人よりも随分、生きる時が長い。それは、この私にも言えることですが」
「わかりやす」
「それでは、現在の常識などは関係がないことではないですか。彼等には、彼等の流儀があるはず。ならば、どこにいようとその物に従うでしょう。万が一彼等が人であるなら、時間軸がどこかでゆがみ、ねじれているのです。人でなければ――――例えば、長い時を生きる樹々などが命を持ったのであれば、彼等は黒吉さんが住むような何処かの隙間より、現れたのでしょう」
 問題は、彼等がここ最近になってこちら側に現れたという点です、とセレスティは指摘した。
「原因となる出来事が、必ずあるはずです。キミがいうように、無意味な出来事ではないでしょう」
「へぇ。本当に」
 そう思いやす、と静かに黒吉が頷いた。その何かを取り除いてやることができたらいいのに、と耳を下げる。

 そうしている内に――――とうとう、刻限がやってきたようだった。

 件の音が、聞こえてきた。



 セレスティも黒吉も、待ち構えていたその音を聞き逃しはしなかった。
 音は、一寸先も見えにくくなった暗がりの中を柔軟に伸び、奔った。
「……黒吉さん。私たちは幸運だったようですよ」
 車椅子から杖をついて立ち上がり、セレスティが口の端に笑みを浮かべた。
「そのようで」
 黒吉も、細い目をすう、と見開いて応えた。

 そして、路地を抜ける。
 少し開けた通りの先に、弔い行列はいた。

 一定の間隔を保ち、ゆっくりと歩を進めて行く一筋の黒。
 皆一様に俯き、黒い着物とも、ローブともつかないものを纏っている。
 先頭のものが白く、風もないのに後ろに靡く長い旗を掲げ、その後ろに続くものがそれと同じくらいの長い棒の先に提灯を吊るしていた。中央には、担ぎ手が二人。
 棺おけは長方形のものではなく、樽型の丸いものだった。
 誰一人、喋ってはいない。
 通りに響いているのは、時折列の中に埋もれる誰かが鳴らす鉦の音と、こそこそと地面を擦って行く足音だけだ。
 行列は動いていながら、生き物ではないように、通りを横切っていこうとしていた。

「セレスティ様……」

 何か、もどかしげに小さく声をかけてきた黒吉に視線と、仕草だけで待ってください、と示し、セレスティは服の内側から小さな小瓶を取り出した。
 硝子の蓋を取り、命ずる。

「追いなさい」

 彼等を妨げないよう、静かに。

 主に命じられた僅かな水は、鋭く尖った一本の針となり、滑らかな動きで弔いの列へと駆ける。
 その内の、担ぎ手の一人の衣に刺さると、水は沈黙した。

 やがて、まるで見えない入り口が開いているかのように、二人が見守る目の前で、彼等は順に消えて行く。
 鉦が、鳴っていた。
 
 二人はそれを黙って佇みながら、見送った。
 確かに何かを悼んでいるものたちへの、せめてもの手向けだった。



 セレスティが水で形成した針は、あの路地から出た通りからは随分外れた、二つの道が交差する角にひっそりとたつ、ちっぽけな祠の戸に刺さっていた。担ぎ手はこの戸であったか、と思う。
 それは本当に小さな祠で、この道を歩く大抵のものが気にも留めないような、そんな程度のものだった。
 黙って針を水に戻したセレスティは、そっとその祠の扉を開けてみた。
 中には、崩れ落ち、見るも無残な姿になった、木像が打ち捨てられていた。
「これが、始まり」
 両手でそっとその木像の破片を集めると、セレスティは憂いを込めた息を吐き出した。
 もともと、この木像とて木を切り倒して彫り出したものだろうに。彼は二度死を迎えたのだ。木としての死。木像としての死。

「セレスティ様。供養は、あっしが」

 どうか、やらせてくだせぇ。それくらいしかできねぇ。

 そう申し出た黒吉に、頷いてその遺体を渡した。

*
 後日。
 いつものように屋敷の書庫で時を過ごしていたセレスティは、たまたま手にとった本が、自分の力で開こうとすることに気付いた。
 中に、何かが挟まっている。
 不思議に思って、そっと自然と開くページをあけてみると、手で梳いたような素朴な和紙で作られた封筒が現れた。手に取り、表を見る。小さく、笑った。
「黒吉さんですか。一体どんな方法でここに届けたんでしょうね」

 宛名に、セレスティ・カーニンガムさま、と意外と達筆な墨文字で書いてあり、左上にはきちんと切手も貼ってあったが、見たこともない柄のものだった。
 それに、押してある消印に「化け猫銀座」と銘打たれている。
 おそらく、彼が住むという風変わりな通りにあるポストに放り込んだのだろう。
 中を開けてみると、実物の彼を思い起こさせる丁寧なお礼状と、小さな木片でできたカードが入っていた。
 カードの表には「お食事券 一度限り」と書かれ、右下に猫の顔の芋版が押されている。
 きっと、彼なりの感謝なのだろう。
 時間があれば一度、その不思議な店にも足を運んでみたいものだ、とセレスティは静かに本を閉じた。

END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】


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■         ライター通信          ■
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はじめましての方も、そうでない方も、この度はご発注真にありがとうございました。
猫亞と申します。

今回のノベルが、ご希望通りの仕上がりになったかどうかはわかりませんが、
感想・要望・苦言などありましたら、お気軽にお寄せください。
次回執筆への原力とさせていただきます。

◆セレスティ様◆
いつもお世話になっております。また、ご無沙汰しておりました。
依頼を解決していただき、真にありがとうございます。
今回は一つの依頼ながらマルチエンドを目指しておりまして、セレスティ様、初の一人シナリオとして書かせていただきました。
多人数型の書き方も色々な良さがありますが、こういった一点集中型も結構楽しいものでした。
私が楽しんで書かせていただいた半分でも、セレスティ様にお楽しみいただけることを願っております。

ありがとうございました。
それでは、今回はこの辺で。