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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


弔 −怪− 雨が雪ぐ



 遠く、鉦の音が鳴った。
 薄暗い霧の闇の中、燈明があがる。
 どーん、とうなり声にも聞こえる太鼓の音がひとつ鳴った後、波立つ白い旗を掲げてそれらはやってきた。

 みな一様に黒い装束に身をやつし、俯き歩く行列。
 葬列だ。あれらは密やかな葬列。

 失われていくものを弔い、悼む連なりだ。

 六月の晦日、時の満ちた夜に。
 行列は何者かの前を横切って通り過ぎ、やがて何処(いずこ)かへと消えて行く。

 それを皮切りにはじまる、今宵夏の怪。




 奇しくも、その日は雨であった。
「入梅とはいえ……この頃、よく降るな……」
 テレビの天気予報士から入梅が告げられてからはや、十日あまり。初めの一週間を潔いほどにからり、とした天候で守り抜いたお天道様は、予報士の立つ瀬などどうでもいいと思っているのだ、と思ったが。
 一度降り出せば妙にぐずぐずとした天気が続く。
 だが、遠夜は特に雨が嫌いなわけではない。式神たちは、どうも好いてはいないようだが。
「それにしても……奇妙な出来事が起こるものだね。この時期に」

 草間興信所の主、草間・武彦(くさま・たけひこ)から電話があったのは、昨日の夜のことだった。
 草間興信所とは、何故か不可思議な事件ばかりが集まる事務所で、当の草間はそのことをひどく嫌がっている。それでも依頼は後をたたず、興信所の人員だけでは到底まかない切れない。その為、その依頼を解決できるであろう、と草間が判断した人物のところに依頼は回ってくるという寸法なのだが。
『おまえとは、縁続きだと聞いたんでな。忙しいだろうが、引き受けてやってくれないか』
 電話の向こうで、ため息の気配があった。
 とりあえず、ざっと話を聞いてみると、依頼人は化け猫だという。
「あぁ……なるほど」
 黒谷・黒吉(くろたに・くろきち)。一度、個人的に世話になったことがある。
 不思議な場所に建っている飯屋の主人で、長い時を生きる化け猫だ。
 その彼が、助けを求めているという。
「できるだけのことを、してやれたらいいんだけど」
 呟き、遠夜は傘をさした。
 天は鉛色。降り注ぐ雨は、しとしとと、静かに続いていた。
 化け猫との待ち合わせ場所は、小さな辻の地蔵堂の前だった。


「お待ちしておりやした」
 久々に会った化け猫は、以前と変わることなく馬鹿丁寧だった。
 まるで唐傘の化け物のようなおんぼろ傘を器用に持って、やってきた遠夜を見るなり、深く礼をする。
「ご無沙汰いたしておりやした。このたびはあっしの面倒を看てくださるそうで、申し訳ねぇ」
「……久しぶりだね、黒吉さん」
 僅かに分かるか分からないか程度の淡い笑みを浮べ、遠夜は会釈した。
「本当に、お久しぶりで。お元気そうで嬉しいや。響さんも、汕吏さんもね」
 今は姿を消しているが、いつも傍らに控える式神、黒猫と、鷲の二匹にも丁寧に腰を折った。
 響は小さな鳴き声で。汕吏は雄雄しい羽ばたきで、それに応えた。
「こんな雨とはねぇ……。あいつらも、この日に現れるかどうか」
「あぁ……それなんだけど」
 頷きながら、遠夜はふと気付いて、辺りを見回し、どこか雨宿りに最適な軒を探した。 見ると、辻を越えた向こうの通りに、小さな公園が見える。
 おそらく、あの通りが例の弔い行列が現れたという通りなのだろうが。
「詳しい話を聞きたいと思っていたんだ。あそこに行こうか、黒吉さん」
 遠夜がそういって指差した先には、小さな東屋があった。
 頷きあい、二人は歩き出す。
 黄昏時までは、まだ少し間がある。その不思議な葬列について、少し話そうと思っていた。
 雨は、やむ気配をまるで見せない。朝から降り続いているせいか、空気は雨の、一種錆びくさい匂いをふんだんに含んでいた。
 鉛色の空を仰ぎ、遠夜は腕を水平に振る。
「響、汕吏。少し見難いだろうが、行けるね?」
 主の声に、二匹が応える。
「……では、お行き」
 黒い二つの影が、それぞれ、空と地をはしる。その行き筋を見送った後、遠夜は黒吉に向き直った。
 二人、東屋の軒に入る。



 雨の日の公園は、まるで忘れ去られて、置き去りにされた空間のように見えた。
 東屋の隣にある砂場に、誰かが忘れて行ったのか、小さなスコップが申し訳程度に固められた砂山の前にささったままになり、その近くに同じような小さなバケツが転がっていた。両方とも、雨にうたれて少し寂しげに見える。
 そんな様子を眺めながら、遠夜はゆったりとした静かな口調で話しだした。
「草間さんから話を聞いた時に、不思議な話だと思ったんだ。黄昏時の葬列、というのが」
「……真に、その通りでございますね」
「誰そ、彼は――――。丁度、暗闇に差し掛かる時刻で、一寸先からやってくる人が、誰ともわからない。そんな時刻に葬列があるというのは、すごく不思議な話だ」
 まっすぐに細かい水の線が落ちる外を眺めながら、遠夜は言葉を続けた。
「今は、入梅だけど……だからといって、季節が巡ることは必然。これから来る夏を悼むわけでもないだろうし、また、去って行く春を惜しむわけでもないのだろうと思う。……黒吉さんは、如何思う? その弔い行列は、誰による、誰の為の葬列なのか」
 もしかしたら、送られているのは、自分自身や、よく知っている人たちかもしれない、と思うよ、と遠夜は言った。
 黄昏時に行われる弔い行列。

『誰そ、彼は?』――貴方は、誰?

 そう問い掛けられているようで、心が惑う、と。
 黒吉は、ずっと黙ってその話を聞いていたが、そうでございやすねぇ、と数度首を左右に傾けた。
「……昔話に、このような話を聞いたことがございやす。ある、お侍に俵屋宇平というものがおりやして。彼は、ある夜のこと、所用から我が家への戻りの際に、このような葬列に出会うのでございますよ。えぇ。真夜中に。今よりもずっと暗い刻限のことだ。行列が持つ提灯の灯りがあったところで、その仔細はまったく見えなかった。そのお侍はこのような刻限に、一体どのような理由で弔いが行われているのか、といぶかしみ、気味の悪い気分を押さえて、行列のうちの一人に尋ねるんでございますよ」

『これは、一体誰の葬儀であるのか』

「すると、行列のものは答えやす。『このお弔いは、お馬周り二百石。俵屋宇平様の葬儀にございます』、とね。そのお侍の驚いたのなんのって。慌てて走り去り、必死の気持ちで我が家まで駆けてみると、確かに焼香が焚かれ、死人が送られた後がある。では、あれはわたしの葬式であったのか、と」
 そう思い至ったところで、ふと気付くと布団の上であった、とこういう話なんですがね、と黒吉は言った。
「が、続きがありやしてね。このお侍は、本当に死んでしまうんでございやす。それがあまりに急なことであったので、弔いは真夜中に行われやした。皆一様に俯き、提灯を燈して行列を作り、墓場までの道をゆきますと、前方から一人のお侍がやってきて、こう聞く」

『これは、一体誰の葬儀であるのか』

 行列のものが答えると、お侍はひどく慌てた様子で走り去ってしまった。
「このお侍が見たのがそう、自分の葬式ってぇことになるんでございましょうねぇ。この度のことが、そのような変事でなければ、よろしいんですが」
 だってねぇ。誰だって自分の葬式などは見たくないでしょう。ねぇ。
 そう言うと、黒吉は一旦その話を結んだ。
 遠夜はそれに頷き、また雨を眺める。

 しばし、雨が降る音だけがその場を埋め尽くしていた。
 やがて、遠夜がまた口を開く。

「東京も、変わったよね……。浅草でも行かないと、どこも様変わりしていて、僕は結構戸惑ってしまうんだけど」
 懐かしいものや、消え行くもの達への葬列なのかもしれないね、と静かに言った。
「消えて行くものへの、手向けでございやすか」
 黒吉はそれをうけて呟き、ふと、古く、江戸の町並みを思い浮かべた。
 確かに、大きく様変わりしていったものだ。人間の文化の発達に沿って、自分達モノノケたちの在り様も随分変わってきたものだが。
 それを受け容れて行くものと、憂い・怒るものとがいることを、黒吉はよく知っていた。
 ただ、憂いているだけならばいい。慰めることもできよう。だが、もし恨みを抱いて葬列を行っているのであれば、厄介ごとだ。
 そう考えて小さく俯いた時、遠夜が無言で立ち上がった。
 どうしたのか、と見上げる黒吉をちら、と見て、腕を振る。


 ―――――――――

「遠夜さん……あれは」
 響き渡った鋭い鳴き声と羽ばたきの音に、黒吉も立ち上がった。二人、走り出す。
「うん。汕吏だ。響もはしっている。……始まったんだね」

 傘もささず、雨の煙る公園を飛び出した。
 通りに繋がる遊歩道の上から、黒く、余すところなく一色に塗り替えられたアスファルトの上に降り立つ前に異変に気付く。
 目の前で、件(くだん)の弔いが行われていた。



 長く、湾曲した鉦の音が尾を引いて続いていた。
 鉛色から闇色へと変化しつつあるの空を鷲が舞う。
 黒猫は、行列の後方からその動きを見つめていた。

 黄昏時。

 ゆっくりと、俯いた人を模した異形が歩を進めて行く。

 静かな葬列だった。

 一番前を行く者が長い、長い棒を掲げ、その先端にほの赤い灯りを燈す提灯が下がっていた。雨の中、その小さな灯りが光を反射させ、周辺に降りしきる雫がきらきらと舞っている。
 その後ろに続くものがまた、同じくらいの棒の上に白く長く靡く、旗を掲げていた。
 それは葬列の証で、いなくなった者がいることと、それを悼む者がいることを知らしめるものだった。
 中ほどを歩く者達には役割がないらしく、彼等は何も持たず、ただ歩いていた。時折身を震わせるように身じろぎしたが、数瞬後には何事もなかったように列に戻る。
 そして、担ぎ手がいた。
 丸い、桶状の棺おけにしん張り棒を通して担ぎ、力強く歩いている。
 彼等が右に、左に足を進めるたびに、中央の棺おけがゆらゆらと左右に重く揺れていた。
 その後ろにも、役割を持たない行列が続く。誰も、声を発してはいない。
 地を蹴る、複数の足音以外には何も聞こえなかった。

 遠夜はそれを目の前にしながら、考えていた。
(なにを……悼む? 何のために、この東京の、この場所を)
 ……歩くのか。
 彼等を力で調伏するつもりはなかった。ただ、黒吉が言ったように、遠夜も思ったのだ。
 理由があるならば、その理由を拭ってやりたいと。

 弔いの葬列は、そんな遠夜の前をゆっくりと通り過ぎ、霧のようになった雨の先に消えていこうとしていた。
 列の後ろにつかせていた響に、そっと遠夜が合図を送ろうとした、その時。

 ふと、列の一番最後を歩いていたものが、振り返った。
 遠夜は、はっと息を呑む。
 行列は、ひた、と静止していた。
 その者は顔に、面をつけていた。歌舞伎などで使われるような、翁の面によく似たものだった。
 どことなく愛嬌のある笑いを浮かべた、その面が口をきいた。

 ――――覗きたくば、そこな茂みを探れ――――

 そして、列がまた歩き出す。
 翁の面は動かなかった。
 面の口が動く。

 我々は身内の恥を弔ろうておる。確かに恥である。だが、哀れよ。哀れで、愚かなわれらの同胞(はらから)よ――――。

 ―――お前達も、哀れに思うのなら弔ろうてやってくれ。せめて、せめて。
 ―――この祟りはわれらが身をもって拭うがゆえに。
 ―――せめて、せめて。

 そういい終えると、翁の面をつけたものは軽く腰を折り、先を行く列に加わって行く。
 最後に、鉦が一声鳴いた。
 葬列が消え去った後の閑散とした道を、遠夜は雨に濡れそぼった自らも気にせず、ずっと眺めていた。
 と、響が声をあげる。
 哀切に満ちた、悲しげな鳴き声だった。
 我に返った遠夜と黒吉が身を翻し、そこに駆けつけると、はたしてそこに、あの面が言った事の証となるものが、横たわっていて、二人は、思わず目を背けた。

 公園をぐるりと囲む茂みの端にうち捨てられたもの。
 それは、おそらく何者かが車ではねてしまったのだろう、猫の死骸だった。

 では、あれらの葬列は、ここいら一帯に住む猫が行っていたことだったのか。
 理不尽にも命を奪われた猫が、人に祟りを成そうと悪魂となり、それを憂えた仲間が、せめてその魂を慰め、祟りを削ごうと数度に渡って葬列を行った。
 黒吉が、いつもは見開くことのない金色の目をこれ以上ないほどに広げて、首を振る。 あっしも、鈍ったものだ、同族の不幸に気付かないとは、と自嘲気味に呟いて、死骸の傍らに膝を折る。
 それを制して、遠夜がそっと跪いた。
「きっと、これは人の手でされたものだから」
 人の手で、弔いたい。
 これ以上その冷たい体を傷つけることがないよう、壊れ物を扱うように静かに、その小さな遺体を抱き上げて、遠夜は悼んだ。
 響がその膝に寄り添い、悲しげに鳴く。
 空を旋回していた汕吏も、羽をたたんで肩にとまった。

「だから、身内の恥だといったんだね……」
 だけど、恥なんかではないはずだ、と遠夜は思った。この現代で、日に車に轢かれて命を失う動物達がどれほどいるだろう。元々は自分達も住んでいた場所を、人間が切り開き、彼等を追いやった。彼等はそれを受け入れて暮らすしかなく、その中でもこうして命が奪われていく。
 恨むことの方が、自然だ。そう思った遠夜の背を、黒吉がぽん、と軽く叩く。
「それでも、あっしたちは、人がとても好きなんですよ。そんな連中も、たくさんいるんだ。恨んでも、何もかえらねぇ。それを知っている奴の方が、ずっと、もっと多いんですよ」
 だから、哀れだと言った。そういうことだ。この世は、それで帳尻があっている。
 複雑な想いを抱えながらも、頷き、遠夜は立ち上がった。
「一緒に弔ってあげよう? 黒吉さん……響、汕吏」
 せめて、この雨が少しでも彼の無念を雪(そそ)いでくれればいい。

 六月の晦日。入梅の季節に。
 哀しく、優しい葬列を見た。
 とりたてて大きな事件ではなく、日常にある些末な出来事のどこかが掛け違えて起こったような出来事だ。
 だが、何かを深く考えさせられる、そんな出来事だった。



 七月。
 からりと晴れたある日に、遠夜は終礼のベルを聞いてすぐに学校を後にした。
 傍らには、見えないがいつものように響と汕吏が付き従っている。
 降り注ぐ陽光は、いまが梅雨時だということを忘れさせてしまうほどの威力を持っていたが、遠夜がその日差しを気にすることはなかった。
 背筋をぴん、と伸ばして姿勢良く歩くその手に、茶色の、手で梳いた風な和紙の封筒を持ち、やはり、いつものように特に表情は沿えないまま、道を行く。
 封筒の表には「榊 遠夜さま」と、意外と力強く、達筆な墨文字で書かれており、裏に見覚えのある猫の顔がスタンプされている。きっと、手作りの芋版に違いない。
 封筒の中には、このたびの事件を解決してくれたことへの丁寧な礼状と、木の皮を薄く削いで作った名刺くらいの大きさのカードが入っていた。
 カードの表には「お食事券」という文字。右下に「一度限り」との注意書きと、また猫の顔のスタンプ。
 一体どのような方法を用いたのか、わからないが、この封筒は担任からの返却テストに紛れて、遠夜の手元まで届いたものだった。
 お食事券は、おそらく彼なりのお礼の印なのだろう。彼が営む飯屋で、一度だけ使えるらしい。
 そうして細めで微笑む猫の芋版を見た時、遠夜はそっと、微かにだが笑った。
 あの店はどのようにすれば行き着くことができるのか、一度足を運んだことのある自分にもよくわからないのだが、今日は少しだけ、その入り口を探してみよう、と思っていた。
 あの温和な笑みを浮かべる、細い目をした大きな化け猫の隣で、おいしいものを食べたくなったからだ。


END


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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0642/榊・遠夜/男/16歳/高校生・陰陽師】


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■         ライター通信          ■
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はじめましての方も、そうでない方も、この度はご発注真にありがとうございました。
猫亞と申します。

今回のノベルが、ご希望通りの仕上がりになったかどうかはわかりませんが、
感想・要望・苦言などありましたら、お気軽にお寄せください。
次回執筆への原力とさせていただきます。

◆榊様◆
ご無沙汰しておりました。
こちらこそ、その節はお世話になりました。

このたびの依頼へのご参加、真にありがとうございます。
今回は、OPが同じではありますが、プレイングによって結末が変化するマルチエンドシステムを採用しております。
その為、榊様の怪はこのような形になりました。

少し、憂いを含むものになってしまいましたので、予想されたものに仕上がっていないのでは、と少し心配な感がありますが……わたしなりの結末を精一杯書かせていただきました。
少しでも、物語としてお楽しみいただければ幸いです。

また縁がございましたら、その時にはよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。
それでは、今回はこの辺で。