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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


魂、廻る

 「夏になると経営してる旅館に幽霊が大量にでるってか」
 直接依頼にこれない依頼人から送られてきた手紙を見て、草間はもはやため息すらでなかった。
 あまりにもベタ過ぎて…
 勿論、それで真剣に悩んでいる依頼人なのだろうが。
 慣れというものは時と場合によって困ったものだ。
「……夏に…ってことは盆か?それにしたって毎年大量の霊が現れるってのは…」
 土地に何かしらの因果があるのだろうか。
「――連絡取ってみるか」

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■草間興信所

 「――霊道かしら。水辺って霊が出やすいし、海ならあの世との堺目も近いとか。お盆に帰ってくる霊の通り道…とか」
 シュライン・エマは、依頼の内容からまず連想したことなどをつらつらと並べてみる。
 聞くに依頼の内容はシンプルなものなのだが、それゆえその現象の原因が想定するだけでも何パターンもあり、特定が困難となっていた。
「ちょっと失礼」
 そう言って草間の前に置かれた依頼人からの手紙を拝借する櫻・紫桜(さくら・しおう)。
「――琳翠庵(りんすいあん)…街でかなり大きな旅館みたいですね。幽霊がどんな影響を及ぼしているのか、夏という盆の時期にだけ限定されているのか、その土地ならではの祭りあるいは儀式や因縁などないか…現地の図書館などで調べる必要がありますね」
「ネットでも調べられるけど、細かい情報はやっぱり新聞のストックとか直接見ないとわからないこともあるしね」
 とにかく現地に行って調べないことにはどうしようもない。
 できるだけこっちで調べをつけたかった草間だが、現地でしかわからない情報の方が多いだろう。
「……仕方ない、か…」
 ため息混じりにそう呟く草間。
「まぁ、内容がシンプルなだけに様々な事態を考えると身動き取れなくなる場合もありますから。場数を踏んでいればなおさらですね」
 ため息をつく草間の内心を読んでいるのだろう。
 そう言葉を添えたセレスティ・カーニンガムは、優雅な手つきで零が入れてきたお茶を飲む。
 そしてそれまで沈黙していた月霞・紫銀(つきかすみ・しぎん)は、様々な事態を想定して下調べをするよりも、直接現地でその現象を引き起こしている幽霊に話を聞けば済むことだと、一人ごちる。
「ま、そう言うなって。ある程度調べておかないと取り返しのつかない状態になることだってあるんだしな」
「…経験談…というところか」
 紫銀の指摘に、図星とばかりに煙草をふかす草間。
 つい最近でも旅館がらみでいっぱいくわされたところなので、特に慎重に行きたいらしい。
「まぁまぁ、とにかく。この仕事請けるって返事したんでしょう?武彦さん」
「…ああ」
 あまりにも簡潔な説明すぎて聊か不安を覚えるものの、裏がありそうな依頼ではないと思った為、この依頼を請けると先方には既に伝えてある。
 ただ、自分ひとりで請けるには心もとない気もした為、すぐに動けそうな知り合いに声をかけたというわけだ。
「――私も大概多忙な身ですが、草間さんの頼みとあらば、聞かないわけにはいきませんからね」
「そのうそ臭い笑顔と台詞やめろ。絶対面白がってんだろ。アンタの場合」
「おや、心外ですね」
 セレスティは眩いばかりの笑顔で草間にそう言うも、当然それが嘘であることなど草間にはお見通しだ。
 勿論、多忙であることは嘘ではないだろうが。
「お盆も近いことですし、早めに解決してあげないといけませんね」
 紫桜の言葉に、草間を除く全員が頷く。
 請けたもののいまいち気乗りしない草間は、頭をガシガシをかきつつ依頼人に再度連絡を入れた。


■幽霊と琳翠庵
 
 「あら素敵」
「さすがは街で一、二を争う老舗…といったところでしょうか?」
「古式奥ゆかしい佇まいの中にも、所々で趣向を凝らしているのは見事なものだ」
 旅館の第一印象はなかなかよろしいようで。
 とは言っても、そういうことに関心を持ったのはシュラインやセレスティ、そして美大講師を務める紫銀ぐらいだ。
 紫桜に関してはそういった感想を述べるよりも真っ先に、何かおかしい所がないかどうか周囲を見回している。
「ようこそお越し下さいました、琳翠庵の女将です」
 正面玄関をくぐると、女将と旦那が一行を出迎えた。
 依頼人は旦那の方だ。
「主人から話は伺っております。どうぞお上がり下さい」
 ちらちらと周囲を気にしている。
 昼間でも幽霊が出るのだろうか。
「――あー…女将さんにも後ほど話を聞かせてもらうことになるんで、都合のいい時間を教えてくれますかね?」
「あ、はい。今日はお客様の出入りが激しいので、時間が取れるのは夜の九時以降になってしまいますが…」
 それで構わないと告げると、女将は深々とお辞儀をして次の仕事へ向かった。
 草間達は旦那に案内され、家族用の二間続きの部屋へ通される。
「お泊りになられる場合はこちらをお使い下さい。最近の内装豪華な旅館のようには行きませんが、精一杯のおもてなしはさせていただきます」
「お気遣いなく」
 窓際の椅子に腰掛け、旦那に微笑むセレスティ。
「これはまた見事な景色ですね」
「どら?」
「あら、ホントに」
 窓の外を眺めるセレスティの言葉に、一同窓辺によって景色を眺める。
 目の前に広がるオーシャンビュー。
 下を見ればそこは小さな入り江になっており、すり鉢上に砂が堆積しているのが見え、魚の鱗が日光に反射され、キラキラ輝いているのが見えた。
「そんなに浅くないように見えるのに、随分綺麗なんですね。この入り江の海水は」
 入り江をしげしげと見つめる紫桜がそう呟くと、恵比須顔の旦那はにこにこしながら嬉しそうに答える。
「この入り江は特殊で、両側の岸壁とその向こう側にある岩礁の配置の為に、潮の流れが違って、綺麗な海水だけが入ってくるんです。出入り口が狭いので海からボートが入ることは出来ませんし、ここはうちの敷地内ですので岸壁伝いに勝手に降りることもできません」
「手付かずの自然…って感じかしら?」
「たまにゴミが飛ばされてきたり、流されてきたりしてないかどうか見る為に、岸壁沿いに階段を組みまして、下まで降りられるようにはしてありますが、レジャー用ではありません」
 海から離れて久しい身でも、美しい海を目にすることが出来ただけで、心が安らぐ。
 セレスティは旦那にこれからもこの清浄さを維持してくださいね、と微笑む。
「さてと、そろそろ本題に入ろうか」
 旅館の売りはともかく、夏になると大量に出現するその幽霊たちに関しての情報を話してもらわねば。
 活き活きと入り江について語っていた旦那は、本題を思い出し表情が僅かに曇る。
 自分で依頼をしたくせに、と軽く自己嫌悪に陥っているようだ。
「――幽霊がでることは、これだけ古い旅館ですからこれまでにも多少ありました。歴代の女将や旦那の霊を見たとか、小さな子供を見たとか…しかしそれは季節など関係なく、現れたといっても視界の端を通り過ぎたとか、いつの間にかお茶が用意されて至りとか…害はないのです」
「もともといたであろう幽霊に関しては、迷惑というよりむしろ助かっていたってことね」
 旅館自体を守る者、旦那も女将も従業員も、昔から眼にしていた幽霊に関してはそれで納得しているという。
 勿論、幽霊というだけで怖がる者の少なからずいるのだが。
「…幽霊が一気に増えて、お客様の中にも見える人が出始めたのが五年前……随分噂になり客足も一時期減りましたが、今では従業員のフォローもあり、怪談ブームのおかげもあって…昔ほどではありませんがそれなりにお客様がいらっしゃるようにはなりました」
 しかし、このまま幽霊が大量にでる旅館というのを売りにする訳にはいかない。
 今の女将も旦那も、歴代の女将や旦那に申し訳ない気持ちでいっぱいらしい。
「――それで、都心の方に怪奇探偵がいるとの噂を聞きまして、調べて手紙を出したと言うわけです」
 誰が怪奇探偵だと言いかけたところで、シュラインが草間の口を手でおさえる。
 とりあえず話が進まないので、その辺の主張は置いといて。
「五年前に、何か変わったことはありませんでしたか?」
 紫桜の問いに旦那は首をかしげ、海難事故などは海沿いだからよく話を聞くものの、旅館に関わるような珍事に覚えはないという。
「幽霊が大量に出てくるのは夏…盆の時期に限定されているんでしょうか?」
「ええ、普段から見かける幽霊とは別に、大量に現れるのは今の時期限定です。…まぁそれ以外の季節にも、今まで見たことのなかった幽霊が出たりすることはありますが…」
 異常発生するのは夏限定らしい。
「五年前までやっていた祭事とかはありますか?街全体でなくても、この旅館でやっていた祭事とか」
「いえ、うちはそれほど神事にこだわる家柄ではなかったもので…廃れさすような祭事や神事は何もありません。しいて言えば何処の旅館でもやっているようなえべっさんを祀っているぐらいでして」
 恵比寿を祀ることは商いをしている所ではよくあることだ。
 この旅館だけに特別な何かが宿ることは、おそらくないだろう。
「…ふむ、新たに増改築をした様子もないですし…古くからこの地にあるとすれば、墓をつぶしたとか何かの塚を壊してしまったとか…その線もなさそうですねぇ」
 セレスティの言葉に、旦那も困った様子だ。
「…古い墓やら塚やらを壊したなんて、何処にでもあることじゃないですか。特に学校が建っているところなんて殆どが古い時代の古墳跡だったり、無縁仏を葬っていた場所だったりするじゃないですか…世界中何処を探しても、誰も何も死んでいない土地なんてありゃしませんよ」
 この旅館自体も、相当古くからこの土地にあって、場所を移動させたりも増改築をしたこともないと言う。
 勿論、敷地内に一族の墓はあれども、先祖の供養はしっかりやっている。
 自分たちの代でそれまで続いてきた何かをやめたとか、何かを壊したとか、そんなことは記憶にない。
 となれば、五年前からの異変に旅館も、旅館の者も関わってはいないことになる。
「――直接出てくる幽霊に聞くしかなさそうだな」
 それまで窓の外を眺めたり、周囲の気配を探っていたりした紫銀は、出入り口へ向かう。
「幽霊たちに話が聞けるかどうかわからないが、少し周辺を探してみようと思う」
 そう言って部屋を後にする紫銀。
 それに続いて紫桜とセレスティも立ち上がった。
「五年ほど前からですから、その辺に当たりをつけて図書館やインターネットで事件事故など調べてみようと思います」
 紫桜はそう言って旅館を出て行き、セレスティは来る時に一人乗ってきた車を旅館の前につけるよう連絡を入れる。
「一先ず、初歩的な聞き込みといったところですか。このあたりの地図は手配しましたので、あとは地元の方に尋ねてみることにします」
 この旅館が高台にあるので、それを灯台のように導として霊が集まってきているのではないか、とも考えるが、集まってくるその幽霊が人の形をしているのかも聊か疑問だ。
 大きな海難事故で人が多数亡くなったのであれば、どこかに慰霊碑が建っている筈。
 旅館自体が関わっていないとすれば、それが記憶に残っているかも微妙なところだ。
「…そうね、それじゃあ私と武彦さんは地元の新聞社を当たってみるわ。五年前に起きた事件事故等調べてみるわね」
「――と、言うわけで。旦那さんや女将さん、この旅館に直接関係した変事があったかどうかは現状では判断しかねるんでな、とりあえず周辺の聞き込みに行ってくる」
「よ、宜しくお願いいたします」
 草間の言葉に深々と頭を下げた旦那は、草間達が外へ出た後、滞っていた仕事をを片づけに小走りに旅館の奥へ消えていった。


■共通思念

  最初に旅館を出た紫銀は、人相手の聞き込みはせず、周辺を彷徨う霊一体一体に話を聞いていく。
 勿論、傍目から見れば見てくれの良い男が一人でぶつぶつ言っているようにしか見えないのだが、そんな周囲の目など当人は気にするはずもなく。
『――うまれかわる みち』
「?」
 紫銀の傍を通り過ぎていった一体の霊の思念が、紫銀の頭に響いた。
「…道?…今の霊は…」
 霊が来た方向には海が。
 海から陸へ。
 あの旅館の中へ。
「…あの旅館に、生まれ変わる為の道がある、と…?」
 よくよく見れば海からふきあげてくる霊たちは入り江を通ってまっすぐ旅館へ向かい、そして消えていく。
 霊場の気配があるわけでもない。
 集まってくる霊も、別段悪い気は感じない。
 海で死んだ霊ばかりなのは見ていてわかるが、舟幽霊というわけでもなさそうだ。
「女将も旦那も気づかない、霊たちだけが知っている道があるとでもいうのだろうか…」


■誌面の片隅に

  図書館へ向かった紫桜は、図書館内の検索システムを使って五年前の新聞のデータがないかどうか調べていた。
「…何年分までストックしてあるのか…それによっては図書館に来たのは無駄足になるかもしれないな」
 今時はかなり古くまで遡れるものもあるにはあるが、大体は2〜3年以内の記事に限定されるだろう。
 よほど大きな事件でもない限りは。
「…だめか…観光地だから余計にその手の物は検索できない、か?」
 さすがにそんなことはないだろうな、と苦笑する紫桜。
 すると司書がそんな紫桜に話しかけてきた。
「何を探してるの?」
 見るからに学生である紫桜が、こんな平日の昼日中から図書館にいることを不審に思ったのだろう。
 紫桜は慌てる様子もなく、五年前に大きな事件事故がなかったかどうか調べていると告げる。
「これだと2〜3年前までしか遡れないんですが、それ以上古い話となると、もうこちらでは保存してませんか?社会研究の資料でちょっと必要になったので探してるんですけど」
「ああ、そういうこと。それなら過去のデータを別にストックしてあるから。こっちのパソコンで見てみるといいわ」
 そう言って司書室内のパソコンで過去の新聞データなどを検索してみた。
 勉強の為の資料となれば、快く手伝ってくれるあたりは学生の強みか。
 五年前のこの地域で出た新聞を次々にチェックしていく。
 勿論、傍目から見れば本当に読んでいるのかと思うほどのスピードだ。
「――沖合いでの海難事故…タンカー座礁…海溝に船体がはまり込み、引上げ作業中止…海流の変化、海洋生物への懸念…」
 五年前のこの地域で起こった出来事で一番大きく取り上げられているのはこの一件だけ。
 幸い死者はないものの、海流の変化が著しく、近隣の漁港からの苦情が殺到したという。
「…海流の変化…か」
 海流の変化と幽霊大量発生と、何か関係があるのかもしれない。
 紫桜はその記事をプリントしてもらい、旅館へ急いだ。


■胎内廻り

  車で移動しつつ、人がいるところを見つけては、その人に話を聞くという方法でセレスティは情報を集めていた。
 勿論、観光地とはいえ、外車が近くに乗りつけ、中から女性を見紛うような場にそぐわない外国人が出てくれば、当然警戒するだろう。
 しかしそこはセレスティの人柄か。
 優雅な物腰で柔らかな笑みで、相手の視線に合わせて腰を落としたりと細やかな配慮で接することで、相手もポツリポツリと話してくれる。
 話を聞いたあとの丁寧なお礼も、人々の心象をよくする。
 大きな街とはいえ観光地。
 このような話はあっという間に地元民の間を駆け抜ける。
 セレスティの対応がいい為、ちらりと話を聞き及んだ者はそれまで以上に色々な事を話してくれた。
 勿論、その中に全く関係ない話もかなり紛れているのは仕方がないことだが。
 そうしているうちに、ひとつ気になる話を聞いた。
「――そこの琳翠庵の話はよぉしっとるよ。まぁいろいろと苦労したようだねぇ。お祓いとかも頼んでみたらしいが、全く効果がなかったとか」
「霊が集まってくる理由で、何か思い当たる節はありませんか?」
 すると老婆はその丸まった背を少しのばし、杖で旅館の向こう側を指した。
「〜〜〜〜ほれ〜…あの先に見えるじゃろう。あの高台の向こうは切り立った崖と岩礁ばかりでな。潮の流れも複雑で地元の熟練の漁師でも気を抜いたら乗り上げちまうような所なのさね」
「事故が多くて、あの辺りで人がよく亡くなる…ということですか?」
 すると老婆は首を横にふる。
 そしてそろそろ時間だからとセレスティに、その辺りをよく見るよう告げた。
「――――おや」
 徐々に潮が引いて行くのが見え、岸壁の一画に小さな洞窟の入り口が出現した。
「満潮になると入り口がなくなってしまうがね。あの奥は広い空洞になっていて…縦長の穴が開いてるのさ。海で死んだ者の魂が、満ち潮とともに洞窟を抜け、縦穴からふきあげる…胎内廻りの一種だよ」
「胎内廻り?」
 聞きなれない言葉に首をかしげるセレスティに、外人さんにゃあわからないかと老婆は笑った。
「生まれ変わる為の儀式のようなものさね。洞窟を母親の胎内に見立てて、そこをもう一度通ることで、もう一度生まれる…生まれ変わる為の魂たちの儀式さ」
 沢山の蛍のような光があの旅館の向こうで見られることもあると、老婆は語った。
「生まれ変わる為の儀式…ですか」
「ただ――…こないだの事故で潮の流れが変わっちまったからねぇ、あの辺も潮の流れが変わってしまって…胎内廻りをするはずが間違って旅館の方へ出ちまってるんじゃないかねぇ」
 老婆のその言葉に、セレスティはハッとした。
「その話をもっと詳しく聞かせていただけますか?」


■記者の証言

 「――海難事故でタンカー座礁?」
 地元の新聞社に行った二人は、その当時事件事故の記事を担当していた記者に話を聞くことが出来た。
 記者はインパクトはあったが、死者が出なかったのでそんなに長くは騒がれなかったことなど、色々話してくれた。
「あー…まぁ、重油の問題とか暫く続いてたが、それもなんとか解消されてな。海流の変化で魚が一時的にとれなくなって、組合やら何やらが船舶会社に対して訴訟を起こしたりといろいろあったが、割と早くまとまったようだ」
 それについても金をばら撒いたとか、力で押さえつけたとか、そういうゴタゴタは特になく、今後の対応と賠償金で話はついたらしい。
「最近、あの高台の旅館で幽霊がでるとか噂になってるが、俺ぁそういうのは全く見えない質なんでね。あいにくその辺にはタッチしてない。悪いね」
「いいえ、十分です。ご協力感謝します」
 シュラインは記者に深々と頭をさげ、新聞社を後にした。

 「どう思う?武彦さん」
「…五年より前には幽霊が大量出るなんてことはなかったようだし、となると…やはりその海難事故による海流の変化ってのが何かしら関係してるんじゃないのか?」
 幽霊は水辺によりやすいと言われる。
 海ならば、潮の流れの乗ることもあるのだろうか。
 そんな考えがシュラインの脳裏をよぎる。
「…そろそろ旅館に戻ってみましょ。他の人たちも何か情報を掴んでるかもしれない」


■魂、再び

  旅館の部屋に戻ってきた一同は、それぞれが得た情報を話した。
 シュラインと紫桜が調べた海難事故による潮流の変化。
 セレスティが聞いた胎内廻りの話。
 紫銀が聞いた、旅館方面へ向かう霊の思念。
 これらを符合してみると、見事に原因と結果がすべて出揃ったのだ。
「――しかし、理由はわかったとしても、潮流の変化はどうしようもないのでは?」
 紫桜の言うことはもっともだ。
「…入り江をふさぐわけにはいかんだろうし…そうなると…せめて旅館内に入ってこないように結界貼ったりするしかないだろうなぁ…」
「草間さん、私の事をお忘れですか?」
「あん?」
 窓辺の椅子に腰掛けるセレスティがにこやかにそういう。
 するとシュラインがポンッと拍手を打った。
「ああ、そうか!そうね。セレスティさんがいるんだわ」
「あ。そうか」
 セレスティは水に関することなら自在に操ることが出来る。
 潮流を元に戻すことなど造作もない。
「水の流れに関しては私にお任せ下さい」
 こうして、原因究明とその対処に関する問題はすべて解決した。
 だが、沖合いに沈んだままのタンカーがなくなるわけでもなく、いつかまた、何かしらの原因で潮流が変化してあの入り江の方へ向いてしまえば、また同じことが起きるかもしれない。
 それに関しては、今後の街や行政の対応次第となってくるわけだが。
 それはまた別の話。
 こうして、お盆間際の幽霊騒動は幕を閉じた。


■ひと時の休息

  依頼終了後、幽霊の大量発生がなくなったことに喜ぶ女将や旦那、従業員たち。
「ねぇ、せっかくだし。今日帰るにしても少しゆっくりしていかない?」
 シュラインの提案に、一同はせっかくだから、と夜までゆっくり思い思いに過ごすことにした。
 学生である紫桜は、聊か抵抗もあったようだが、泊りがけでというわけではない為、少しぐらいならはねを伸ばしてもいいか、と海辺を散策したり旅館の温泉につかったりと、ゆったりと過ごした。
 紫銀は時折狼の姿になったりしつつ、海辺で紫桜や、調査中に知り合った人たちと遊んだ。
 あまり出歩けないセレスティは、旅館の風通しのよい部屋で優雅に昼寝。
 夜になり、食事を提供してもらい、その後一時間ほど休憩してから帰るという話にった。
「ねえ、武彦さん。時間もそんなにないけれど…たまにはゆっくり浜辺でも散策してみない?」
「それもいいかもな」
 他の三人が食後にゆったりと部屋でくつろいでいる中、シュラインと草間は夜の海辺を散策した。
 満点の星空が海に映りこみ、まるで蛍のような輝きを見せる。
「シュライン」
「何?」
「アレ見てみろ」
「え…?」
 草間が示した方向をみると、高台の向こう側で淡い小さな光がいくつも空に昇っていくのが見えた。
「あれが!」
「胎内廻りって奴か」
「…ああして、いつか生まれ変われる日がくることを願っているのね…」
 ふきあげる魂たちを見つめ、シュラインは草間にも聞こえないような小さな声で魂に向かって呟いた。



いってらっしゃい―――



―了―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3012 / 月霞・紫銀 / 男性 / 20歳 / モデル兼、美大講師】
【5453 / 櫻・紫桜 / 男性 / 15歳 / 高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
【魂、廻る】に参加下さいまして有難う御座います。
今回はほのぼのした形で書かせて頂きました。
紫桜さん、紫銀さん初めまして。
お二人のご希望にそう展開だったかどうか、聊か不安もありますが…

ともあれ、このノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。