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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


悲しみの便箋


曰く付きの代物で溢れているアンティークショップ・レン。
そこの主である碧摩・蓮は机の上に置かれた数枚の便箋をため息混じりに眺め見ていた。
遥か昔、名の通った芸術家が大切な者への想いを伝える為に一枚一枚心を込めて作り上げた物。
しかし、芸術家は突然の不治の病に倒れ想いをつづる事なくこの世を去ってしまった。
描かれていたのは美しい花々だったのだが……。
蓮はそっと便箋を手に取り、優しく慈しむ様に撫でた。
「ついに枯れ始めちまったのかい。さぞ無念だろうねぇ……」
憐れむ様な蓮の呟きに、便箋が微かに色づきを戻した。
「……そうかい、救いが欲しいのかい」
悲しみを嘆く便箋へ声をかけた時、ドアにつけられた鈴が救いの音を鳴らした。
「……ああ、いい所へ来たね。あんたなら救ってやれるかもしれんな」
店に入った瞬間にいきなり主題の無い言葉をかけられ目を丸めているのは三葉・トヨミチ。
一体何だと三葉の視線は蓮の手のひらへと動く。
目に入ったのは当然蓮が持っている数枚の便箋。
「こっ……」
小さく言葉をこぼし、目を見開いた三葉はものすごい勢いでその便箋を蓮の手から奪い取った。
「これはすごい代物だ。ルーブル美術館に行った時やロイヤルシェークスピア劇場で観劇した時と同じ力を感じる」
便箋を持つ三葉の手は、歴史的価値のある作品に触れた感動でふるえている。
「しまった!」
感動にふるえていた三葉は、慌ててその便箋を机の上に置いた。
置いた便箋を注意深げに観察し、やれやれとため息をつく。
「一体どうしたってんだい。別に呪われやしないよ」
「そうではないよ。これだけの価値ある作品に素手で触れるのはタブーだろう?」
「……その便箋に関しては素手で持ってやった方が喜ぶと思うがねぇ」
「何か意味深なセリフだな。それじゃ、碧摩君の話に付き合うとするか」
「別に無理に付き合わなくてもいいんだがね」
ニヤリと蓮は口の端を持ち上げた。
既に便箋の持つ魅力に囚われた三葉が断るはずがない。
「謹んで碧摩君の話に耳を傾けさせてもらうさ」





便箋に秘められた歴史を一通り蓮から聞き、三葉の感動はより一層高まった。
そんな三葉の心を受け、少しづつ便箋に色づきが戻り始めている。
話を終えた蓮は紅茶を一口飲み、ふっと息を吐いた。
「どうだい?あんたにその便箋を救ってやる事が出来るかい?」
「………………」
三葉はそっと瞳を閉じ深く深呼吸をした。
そしてゆっくりと便箋に手を乗せ気持ちを同調させていく。
「俺はポスト・コグニションじゃないからこの便箋にまつわる過去はわからない。ただ優れた芸術作品には多いことだが、作品の意志と作者の意志が今なおせめぎ合ってる」
瞳を閉じたまま、三葉はゆっくりと感じた事を口にし始めた。
「……いや、せめぎ合ってるというのはこの場合おかしいな。これは今でも作者の想いを守っているんだ」
便箋に込められた強い想い、その想いを今もなお守りつづけている便箋。
それらを感じ取った三葉は閉じていた瞳を開いた。
便箋に込められた想いを感じる前とは違い、その瞳には確かな何かを得た光が宿っていた。
蓮は手に持っていたカップをソーサーへと戻し問いかけた。
「誰へ宛てた物でどんな想いが込められているのか明確には分からない。……それでも救いを与えられそうかい?」
「なんとかして救ってはやりたいが、俺にはそういった特別な力は……」
「あるじゃないか。あんたにしか出来ない事が。何かを感じ取ったのだろう?」
「……俺にしか出来ない事……」
口の中で蓮の言葉を繰り返すと、三葉は便箋を台本の様に片手に持ち、かけていた眼鏡を外した。
その瞬間三葉は三葉でありながらも別人の顔つきに変わっていた。
それは三葉が感じ取った芸術家の顔。
一枚一枚それぞれの便箋に込められた作者の深い想いを、三葉は演じ始める――





――フィソステギア/望みを達した

私は売れない画家だった。
街外れの小さな家。
貧しい生活だったが、幸せで満ち溢れていた。
美しい妻、愛らしい娘。
……とても幸せだった。
ある日、街に訪れていた富豪の目に私の作品が留まり、信じられない高値で引き取られた。
私の絵をいたく気に入った富豪は、遥か離れた自分の国で絵を描いてみないかと私に持ちかけた。
これはチャンスだと感じた私は、迷う事無くその申し入れを快諾した。
妻と娘も私の門出を喜び祝福し送り出してくれた。

富豪について絵を描いていると、今までの売れない生活が嘘の様に私の絵に高い評価が付き始めた。
使っても使っても有り余る程のお金。
もっともっと稼げば妻にも娘にも良い暮らしをさせてやれる。
そう考えた私は、家族の元に戻る時間も惜しみ創作活動に没頭した。


――ダチュラ/偽りの魅力

毎日毎日私は絵を描き続けた。
ただただ絵を描くだけの毎日。
少しでも多く手がける為に必要最低限の行動しか取らなくなっていった。
郵便受けには手紙がたまり、外に出る事も無くなり、食事さえも満足に取らなくなっていった。
それもこれも、全ては家族の為……愚かな私はそう考えていた。

一体何年……何十年こんな生活を繰り返していたのだろうか。
長い間家の中に閉じこもっていた私は、時間の経過が分からなくなっていた。
気づけば時代は移り変わり、周りの景色も人間も変わっていた。
これだけ働き続け、私が手に入れた物は沢山のお金。
そして、画家としての名。
有名な展覧会の賞。
……ずっと欲しかった栄光。
その魅力に囚われ、私は何よりもかけがえの無い宝を見失っていた。


――サルビア/家族愛

辛かった時をずっと側で支えつづけてくれた家族。
その家族を顧みる事も無く仕事に生きた私は、深く自分を恥じた。
家族無くして私の人生は成り立たなかった。
こうして今、私があるのは愛する妻と娘が居たからだ。
お金や画家としての名、賞などよりもずっと価値のある……いや、価値など付けられない物。

これだけの長き時、今更顔向けなど出来るはずが無い。
私の口から出る言葉など、信用に値しないだろう。
だが、どうしても伝えたい。
不器用な私に出来る事といえば……絵。
生涯を捧げた絵に全てを込めて託そう。


――フウリンソウ/感謝の心
――センニチコウ/変わらぬ愛情

頼り無かった私を見捨てずに支えつづけてくれた妻に。
構ってやれなくとも笑顔を見せてくれた娘に。

深い感謝の想いを。
そして、これまでも……これからも……決して変わらぬ愛を。


……ありがとう、愛しているよ……





「……お疲れ様……」
最後の一言は、想いを守り続けた便箋への労いの言葉。
休む事無く芸術家の想いを演じつづけた三葉は、最後にそっと一筋の涙をその頬に流した。
涙の雫はそのままポタリと便箋に落ち、小さな水跡が付く。
「しまった!……価値ある物が傷物にっ……!」
三葉は慌てて手で扇ぐが、水跡が消えるハズは無い。
心底困った顔を蓮へ向け助けを求める。
「……何言ってんだい。よく便箋を見てみな」
蓮に促され三葉は便箋に視線を戻した。
小さな水跡はどんどんと広がり、やがて便箋全てを濡らしてしまった。
すると、今度は便箋が端からサラサラと細かい砂へと変わっていき、次第に人をかたどっていく。
「……!?」
「おや、あんたがこの便箋の生みの親かい」
年齢は50代ぐらいだろうか。
人の良さそうな笑顔に、小柄な体をした男性が微笑んでいた。
男性の口がゆっくりと動く。


―― あ り が と う ――


自分の想いを感じ伝えてくれた三葉への感謝の気持ち。
男性は満足そうにもう一度微笑むと、また砂となりふっと消えていった。
「…………っ!これは……」
便箋が消えた後、三葉の手に残ったのは鮮やかに色を付けた花々。
「見事に咲き誇ってるじゃないか」
「……機会があったら芸術家の方かその家族の墓に供えてあげたいのだが……」
「とは言っても、その場所が分から無い事にはどうしようもないねぇ」
「碧摩君ならそのツテで見つけられるんじゃないか?勿論、俺も全力で探させてもらう!」
「全く、うちはなんでも屋じゃないんだよ。見つける前に花が枯れちまったらどうするんだい」
「この店にある限り、きっとこの花も枯れないだろうからね。その辺は心配いらないさ」
「……あぁ、そうかい」
墓探しへの情熱を燃やす三葉の横で蓮は小さくため息を吐き、小さく微笑んでいた。



―fin―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6205/三葉・トヨミチ/男性/27歳/脚本・演出家+たまに役者】

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■         ライター通信          ■
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三葉様。

初めまして、ライターの水凪十夜と申します。
素敵なプレイング内容をなるべく忠実に描写させて頂いたつもりなのですがいかがでしたでしょうか。
セリフの方もとても素敵でしたので、書かれていたものはほぼ全て使わせて頂きました。

便箋に込められた大切な想いを三葉様が真剣に心から演じて下さったおかげで
芸術家さんも救われ笑顔で行くべき世界へと向かう事が出来ました。深く御礼申し上げます。
因みに、花はしばらくアンティークショップ・レンに飾られ店に来るお客さんの目を楽しませます。
のちに蓮が芸術家のお墓とその家族のお墓の場所を見つけ、無事お花を供える事が出来ました。

誤字脱字がございましたら申し訳ございません。それでは、楽しんで頂ける事を願って……。