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<東京怪談・PCゲームノベル>


東京ダンジョン

 第2次世界大戦末期、本土決戦に備えて東京の地下に広大な通路が築かれた、なんて話はゴシップ記事としてはあまりにも有名だ。新宿の市ヶ谷駐屯地の地下に入口があるとか、いろいろ噂は後を絶たないが、もし本当の入口が見つかったとしたら、どうする?
 誰もが笑い飛ばすよな。そんなことあるわけないって。でも、見つけちまったんだから仕方がない。何人か噂に釣られて見に行ったって話だ。でも、潜った連中がどうなったかはまだ誰も知らないんだ。少し気にならないか?
 そういや、旧日本軍はナチスと結託して心霊兵器を造ったなんて話もあったよな。なにか関係があるかもしれないな。
 まあ、興味のある奴は地下への入口を探してみちゃどうだ?
 噂じゃ渋谷にあるって話だぜ。

 byボーン・フリークス

    あるアングラ掲示板の書き込みより抜粋

「調査の続行だ」
 部屋へ入ってくるなり真行寺恭介は告げた。室内にいた数人の男女が恭介のほうを見た。全員がスーツ姿で外見的にはサラリーマンと大差ない。だが、恭介を始めとする彼らに与えられた仕事は決して表沙汰にできるものばかりではない。
 彼らは社内の一部の人間から「真行寺チーム」と呼ばれている。ある人間からは畏怖され、また別の人間からは便利屋のように使われる。結局のところは雑用係と大差はない、と恭介は思っている。会社にとってのトラブルなどを処理する専門家ではあるが。
「今回の仕事は、先日、俺が潜った渋谷の地下通路に関する情報収集が主となる」
 そこで恭介は懐から1枚のメモを取り出した。「呂号計画」と記された古い紙だ。
「1つ目はこの呂号計画なるものについて。2つ目は俺が地下で見たゾンビのような連中の弱点。そして、呂号計画があの化物と関係しているのかも合わせて調べてほしい」
 恭介は紙をテーブルの上に置いた。それを1人の男が手にして懐へ収めた。呂号計画に関しては彼が調べるということだ。
「3つ目はネットワークの掲示板に地下通路のことを書き込みしたボーン・フリークスなる人物について。こいつが何者で、なにを意図して噂を流したのか。単なる愉快犯なのか、それとも呂号計画に関係している人物なのか。4つ目は俺のように実際に地下通路へ潜った人間の証言を集めてほしい」
 全員がうなずいた。
「なんにせよ、今は地下通路に関する情報がほしい。情報収集が終了次第、俺たちは地下通路へ潜ることになるだろう。そのときのために、尽力してほしい。ボーン・フリークスなる人物に関しては俺が調べる。みんなは、ほかを手分けして当たってくれ。行動はツーマンセル。連絡は怠るな。以上だ」
「了解」
 それぞれに言って男女たちは部屋を出て行った。最後に恭介は1人の女性とともに部屋を出て地下の駐車場へ向かった。高速エレベーターで地下まで行き、他の社員の車や社用車に混じって止められているBMWに乗り込んだ。駐車場の出入口で確実に車を止め、車両検査を行うガードマンもこのBMWだけは無言で通過させる。
 まず恭介は秋葉原に向かった。先日の地下通路探索の際、情報屋から聞いた話の中にボーン・フリークスに関するものが混じっていたことを思い出したからだ。
 中央通りの西にあるラオックスの駐車場に車を滑り込ませ、そこからは徒歩で目的の店へと向かう。平日の昼間であるにも関わらず、パソコンやアニメ関連の店が並ぶ路地には多くの人間が行き交っていた。その中でスーツ姿の恭介たちはどこか浮いていた。
 恭介は神田明神通りにある雑居ビルの階段を上がった。女性もその後に続いたが、階段を上がりきった二階にある「執事喫茶」の看板を見て戸惑ったように恭介を見た。
「チーフ、ここは……?」
 女性が疑問を口にした。しかし、恭介はチラリと女性を見ただけで、なにも言わずに木製のドアを開けて店に入った。ドアベルが軽やかに鳴り、店にいた客が恭介たちを見た。店内は若い女性客で占められていた。それも中高生が圧倒的に多い。
「いらっしゃいませ」
 黒いスーツを身に着けた金髪の少年が恭介へ近づいてきた。店内には数台のパソコンが設置され、インターネットに接続されているようだ。雰囲気としては執事喫茶というよりもボーイズカフェに近いものがあり、そこにネットカフェを混ぜたような感じだ。
「店長はいるか?」
「はい。しばらくお待ちください」
 少年が奥へ引っ込み、しばらくして1人の男性を連れて現れた。少年は恭介に会釈して仕事へ戻る。
「これは、珍しい人がきましたね」
 男性が恭介を見て少し驚いたように言った。30代前半といったところだろうか。縁なしの眼鏡をかけて柔和な笑みを浮かべた男性だった。
「あなたは、こうした場所には決して足を運ばない人だと思っていましたが」
「情報がほしい」
「せっかちですね。昔馴染みに挨拶くらいしてはいかがですか?」
「時間がない」
 取りつく島もない恭介の言葉に、男性は「やれやれ」といった様子で小さく肩をすくめた。恭介がこの男性と知り合ったのは、今の仕事をするようになって間もなくのことだ。
 こう見えても男性はかつて日本屈指のハッカーと呼ばれていた。今でこそ現役を引退して喫茶店の店長などしているが、その名前は今でもハッカー業界で語り継がれているという噂だ。それゆえに男性を慕う人間も少なくなく、情報網は侮れない。
「ここではなんですから、こちらへどうぞ」
 2人は奥の事務室へ通された。
「それで、ご用件はなんですか?」
「ボーン・フリークスというハッカーを探している。知っているか?」
「ええ。知っていますが、彼がなにかをしたのですか?」
「とある掲示板に書き込みをした。その書き込みに関する情報を、どこで手に入れたのかを知りたいだけだ。危害を加えるつもりはない」
 今のところはな、と恭介は胸中で付け加えた。ボーン・フリークスなるハッカーが旧日本軍と関係しているのならば、話は違ってくる。身柄を拘束し、あの地下通路に関する情報を聞き出さなくてはならないだろう。多少、強引な手段を用いたとしても。
 男性は少し考えていたようだったが、やがて事務デスクへ近づくと受話器を取り、番号をプッシュしてどこかへ連絡した。二言、三言、話をして電話を切る。
「今、彼に連絡しました。すぐにくるでしょう」
「ここへ?」
「そうです」
 男性の言葉が終わらないうちに事務室のドアがノックされた。さすがに恭介も驚きを感じていると、男性の「どうぞ」という声に反応してドアが開いた。
 部屋に入ってきたのは、先ほど恭介たちを店の入口で出迎えた金髪の少年であった。まだ顔つきに幼さが残っており、そこから年齢は二十歳に達していないだろうと恭介は思った。黄色人種の肌色をしているので日本人だと思われる。恐らく髪は脱色しているか染めているのだろう。瞳の色も茶色いが、それがカラーコンタクトなのかはわからない。
「店長、呼びました?」
「ええ、忙しいところ悪いですね。この2人が、あなたに聞きたいことがあるそうです」
 少年は恭介をチラッと見た。
「おい。まさか、この少年がボーン・フリークスというヤツなのか?」
 この店に探しているハッカーがいるとは思ってもいなかった恭介は、疑わしげな視線を男性に向けた。自分が騙されているのではないかと考えたのだ。しかし、男性はそうした恭介の反応を予想していたらしく、笑みを浮かべたまま小さくうなずいた。
「紹介しましょう。彼は常盤誠くん。ハンドルネーム、ボーン・フリークスです」
「ちょッ、店長っ!?」
 男性の言葉に少年――常盤誠が声を上げた。これは当然の反応であるといえた。
 不正アクセス規正法や個人情報保護法などにより、ハッキングが犯罪であるという認識が一般市民にも定着し、警察が本格的な取り締まりを開始してから久しい。
 通常、ハッカーは自分の名前と存在を頑ななまでに隠匿する。それは警察の取り締まりを逃れるためであるが、なによりも同業者のハッカーからの攻撃を防ぐことが目的としては大きい。同業者から「気に食わない」と思われれば、警察などへ密告される恐れがあるからだ。そうした問題を避けるためにハッカーはネットワーク上だけの存在となる。
「誠くん。この人はだいじょうぶです。警察や、ほかのところへ情報を漏らすような真似はしませんよ。ね、そうでしょう?」
「ああ」
 恭介はうなずいた。話の流れからそうしておいたほうが得策だろうと判断しただけのことだ。実際に恭介が情報をどうするかは、その時の状況によって異なる。
 例えば、ある重要な情報を入手するための交換条件として、ボーン・フリークスの正体を教えろと言われれば、恭介はそれに応じるかもしれない。恭介が絶対に明かさない情報は、会社にとって不利益になると判断したものだけだ。それ以外は時と場合による。
「君がボーン・フリークスなのか?」
「そうです。店長が言うから信用するけど、俺がフリークスだってこと、どこかで喋ったら承知しないですよ」
「ああ、わかった」
 所詮は素人の強がりだ。ハッカーにできることなど、たかが知れている。
「君にいくつか訊きたいことがある」
「なんですか?」
「掲示板に渋谷の地下通路のことを書き込んだのは君なのか?」
「そうです」
「地下通路のことを、どこで知った?」
「『colors』から聞きました」
「colors?」
「渋谷のストリートギャングですよ」
 その名前は恭介も聞き覚えがあった。
 渋谷で最大規模のストリートギャングだ。組織売春や違法薬物の販売などで急速に勢力を拡大させ、今では地元暴力団も凌ぐと噂されている。構成員は10代前半から20代半ばくらいが中心で、未成年者が多いためか攻撃的なメンバーが多いとされている。
「あの地下通路を発見したのは『colors』なんです」
「なぜ、掲示板に書き込んだ?」
「だって、面白いじゃないですか。渋谷の地下に通路があるなんて。俺のモットーは、楽しい情報はみんなで分け合うってことなんで、書き込んだんです」
「危険だとは思わなかったのか?」
「なにがですか?」
「地下通路へ潜った人間に、危険があるとは考えなかったのか?」
「掲示板の情報を信じるか信じないか、それに地下通路へ行くか行かないかは、書き込みを見た人間の判断でしょう? 少しでも危険だと思ったら行かないし、そう思わないバカが行くんです。そこでなにがあろうと、俺の知ったこっちゃありませんよ」
「無責任だとは思わないのか?」
「無責任てなんですか? 俺が無責任だと言うんなら、掲示板の書き込みを信じて、実際に地下通路へ行くと選択した連中の責任はどうなるんです? 他人の尻拭いまで俺に押しつけられたんじゃ、割に合わないですよ。情報社会において、正しい情報を選択する、というのはユーザー側に課せられた、最低限の責任だと思うんですけどね」
 その意見には恭介も納得した。確かに受けて側の責任というものがある。少なくとも欧米ではそうした意識が一般にも広まっているが、日本ではまだまだだ。
 その時、不意に恭介の携帯電話が鳴った。懐から携帯電話を取り出しで恭介は電話に出た。電話の主はチームの一員で呂号計画について調査を行っている男だった。
「チーフ、トラブルです」
「なにがあった?」
「都市整備開発機構とかいう連中が出てきて、これ以上、呂号計画について調べるのなら、身柄を拘束すると言われました」
「今、どこにいる?」
「霞ヶ関の厚生労働省図書館です」
「これから向かう」
 そこで恭介は電話を切った。
「トラブルだ」
 自分の背後へ控えるように立っていた女性に言い、誠に「また話を聞きにくるかもしれない」と告げて2人は店を出た。

 かつて日本には陸軍省と呼ばれる軍政統治機関が存在した。明治5年に兵部省から海軍省とともに分離され、1947年10月に廃止されるまで、実に75年もの長きに亙って存続した。太平洋戦争が終結するまで、日本が軍政国家であったという名残だ。現在、陸軍省の残務処理は厚生労働省が行っているが、それを知る人間は決して多くない。
 旧帝国陸軍の作戦計画の立案、遂行は陸軍参謀本部が取り仕切っていたが、太平洋戦争終結による軍部解体とともに陸軍が行っていた資料は陸軍省が引き継いだともいわれている。だが、陸軍省に渡された資料は完全ではなく、その多くはGHQによる戦犯裁判を恐れた人間によって破棄され、闇へと葬り去られたともされている。
 恭介は国会通りにある富国生命ビルの駐車場にBMWを止め、そこから歩いて中央合同庁舎5号館へと向かった。厚生労働省図書館は5号館の19階にある。これまでに厚生労働省が発行した書籍などが閲覧できることは有名だが、旧厚生省、旧労働省、そして旧陸軍省などの資料も保管されていることはあまり知られていない。
 入口を潜ってすぐのところに恭介の部下が2人でいた。そして、その近くにサングラスをかけたスーツ姿の男が3人、部下を見張るように立っていることに恭介は気づいた。
「チーフ、すみません」
 部下の片方が言った。
「いや、いい。それよりも、なにがあった?」
「厚生労働省図書館で、陸軍省の資料を調べていたら、急にあいつらが現れたんです」
 そう言って部下は3人の男へ視線を向けた。それにつられるように恭介も男たちを見た。
 少し異様な雰囲気を発している3人だと感じた。スーツを着て周囲の人間と外見的には同じように見えるが、一般市民ではないことが明らかだった。
 3人は何気ないように見えて、それぞれの死角を補うように位置している。高度な戦闘訓練を受けた人間の動きだ。隙がない。
 不意に3人のうちの1人が恭介へ近づいてきた。
「君が、彼らのボス?」
「そうだ」
 男の言葉に恭介はうなずいた。
「陸軍省について調べているらしいな?」
「そうだ」
「ここで立ち話もなんだから、移動しよう」
 部下を残し、恭介と男は2人だけで歩き出した。階段を下り、地下1階にあるサンドイッチチェーン店のサブウェイに入る。
 官公庁の建物には不釣合いなほどに明るい店内だが、そこでホットコーヒーを頼み、2人は店の奥にある席へ向かい合って座った。
 男は懐から名刺入れを取り出し、1枚の名刺をテーブルの上に置いた。恭介が名刺を手にすると、そこには「都市整備開発機構 東京分室 副室長 黒井和重」とだけ記されていた。恭介には初めて耳にする名前の組織であった。
「渋谷の地下通路に潜ったそうだな」
 男――黒井の言葉に恭介は驚きを感じた。恭介が地下通路へ潜ったことを知っているのは、彼の上司とチームの人間、そして御子柴要という少女だけのはずだ。
 もし、情報が漏れるといたら、可能性として最も高いのは御子柴要からだろう、と恭介は思った。恭介は驚きを表情には出さず、熱いコーヒーをすする。
「なにを言っているのか、意味がわからないな」
「とぼけても無駄だ。ネットの掲示板に地下通路の存在が書き込みされた以降、我々は暗渠の入口を監視していた。誰が入ったのか、すべて把握している」
 恐らく、遠距離から望遠鏡などと使用して監視していたのだろう。恭介が地下通路へ潜った際、付近に人間がいるような気配は感じられなかった。
「真行寺恭介。25歳。ある極秘プロジェクトの一翼を担っているそうだな。研究活動以外に、ダーティーな仕事も引き受けているそうじゃないか」
 どうやら黒井は恭介の経歴を調べ上げたようだ。そのことにも恭介は驚きを感じた。彼の存在、そして非合法活動を行う面でのチームは厳重に隠匿されているはずだ。外部の人間が調べることなど不可能に近い。
 企業内部に情報提供者がいると見て間違いない。これは由々しき問題だ。
「なぜ、あの地下通路について調べる?」
「さあな。俺は駒として動いているだけだ。俺を動かしている人間の思惑など、知るはずもない」
「確かに、そうかもしれんな」
「都市整備開発機構、といったか。あなたたちこそ、なぜ地下通路に興味を示す?」
「我々の役割は、都内に存在する霊障の排除だ。あの地下通路に関しても、以前から存在を知らされていた。しかし、外部からは完全に隔離されていたため、処理が後回しにされていきた。ところが、なんらかの原因で地上とつながり、その情報がネットに流れた」
「存在を知っていながら放置してきたというわけか」
「否定はしない。対処すべき案件は無数に存在する。優先順位として低く見られていたというだけだ」
「あの地下にいる化物はなんだ?」
 恭介の言葉で懐から煙草を取り出そうとしていた黒井の動きが止まった。
「化物?」
 煙草を咥え、黒井が問うた。
「地下でゾンビのような化物を見た。足を吹き飛ばされても再生した」
「そうか。まだ生きていたのか」
「どういうことだ?」
「あの地下通路が封鎖されたのは、太平洋戦争末期だ。すでに外部から隔離されてから60年以上が経過している。資料で見ただけだが、まさか死んでいなかったとはな」
「あの化物を知っているのか?」
「見たことはない。残されていた旧帝国陸軍の研究資料を読んだだけだ」
「ヤツらはなんなんだ?」
 黒井は煙草に火をつけ、大きく息を吸い込んだ。
「第2次世界大戦中、旧帝国陸軍は第3ドイツ帝国と共同でいくつかの研究や実験を行った。その中の1つに、呂号計画というものがあった」
 呂号計画、それは恭介が地下で発見したメモに書かれていた文字だ。
「第2次世界大戦の引金ともなった、1939年のポーランド侵攻の際、ドイツ軍はポーランドで奇妙な人間を捕獲した。それは銃を撃っても死なず、切り刻んでも復活したが、太陽の光を浴びると塵となって消えたようだ」
「まさか、吸血鬼だとでもいうのか?」
「それは、わからん。だが、状況から見て吸血鬼のような存在だろう。ドイツ帝国は捕獲した化物の体内から一種のウィルスのような物を発見し、それが吸血鬼に関係することが判明すると、ウィルスを利用して不死の兵団を創り上げようとした。そして、その技術が同盟国であった日本へも渡された」
 黒井は一本の煙草を灰にしてコーヒーに口をつけた。
「しかし、日本での研究は成功しなかった。ウィルスを注入された人間は人格が崩壊し、やがて人間を襲うようになった。理性は失われ、会話をすることもできなくなり、化物となった連中を制御することができず、そして簡単に始末することもできないまま、旧帝国陸軍は地下施設の封印を決定した」
「そして、最近になって発見されるまで、その存在は秘匿されたというわけか」
「そうだ。旧帝国軍部の悪行は、今の日本政府にとっては忌むべきものだからな。公表しないで済むのなら、そのままにしておきたいと思うのが日本人の考え方だ」
「ところが、そうも言ってはいられない。すでに存在を知り、潜った人間がいる」
 恭介の言葉に黒井は小さくうなずいた。
「今のままでは、そう遠くないうちに多くの人間が地下通路のことを知るようになるだろう。だが、そうなる前に手を打つ」
「どうするつもりだ?」
「近々、掃討作戦を展開し、地下通路を清掃するつもりだ」
「あなたたちが?」
「そうなるだろう。しかし、我々では人員が不足している。外部にも協力者を求めることになるかもしれない」
 黒井はサングラスを外した。その瞳を見た恭介はわずかに息を呑んだ。
 銀色の瞳。まるで作り物のようにも見える瞳は、奇妙な雰囲気を漂わせていた。
「そこで、1つ提案がある」
「提案?」
 黒井の言葉に恭介は反射的に声を出していた。
「我々の準備が整うまで、地下通路には手を出さないでほしい」
「それは無理だ。上が納得しない」
「我々が君の上司に話をつける。2日後には作戦を開始する」
「2日後に地下通路へ攻め込むと?」
「そうだ」
「取引をしてもいいが、俺たちへの見返りはなんだ?」
「旧帝国陸軍が行っていた実験情報の譲渡ではどうだ? 恐らく、君の上司もそれを狙っていたはずだ」
 恭介は思案した。確かに上層部が彼に今回の仕事を命令したのには、そうした思惑もあると薄々ながら感づいていた。役員の老人連中の中に、この呂号計画へ携わっていた人間がいるのかもしれない。
 現状では、地下の化物を倒す術はない。黒井の証言が正しいとするなら、太陽に当たれば灰になるようだが、あの地下へ太陽光を取り入れることは不可能に近い。吸血鬼は紫外線に弱いという話は有名だが、地下にいる化物が伝承と同じ吸血鬼であるかは怪しい。
 黒井たちが準備を整えるというのなら、それに乗じるのも1つの手だ。なにも1から10まで自分の手を煩わせることはない、と恭介は思った。
「いいだろう。そちらが、俺の上司を説得できるのなら、その条件で取引に応じよう」
「わかった。取引成立だな」
 再びサングラスをかけると黒井は立ち上がった。
 店から出て行く黒井の背中を眺めながら、恭介はコーヒーを飲み干した。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 2512/真行寺恭介/男性/25歳/会社員

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■         ライター通信          ■
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 毎度、ご依頼いただきありがとうございます。
 遅くなりまして申し訳ありません。
 今回は調査をメインに書かせていただきました。そのため、キャラクターの動きがの少ない話になってしまい、逆に会話が多くなってしまいました。
 リテイクなどございましたら、遠慮なく申し付けください。
 では、またの機会によろしくお願いいたします。