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<東京怪談ノベル(シングル)>


オニごっこ

「なんとかしてほしいんです」
 平日の真っ昼間という「普通なら」あり得ない時間帯に、その男子高生はやって来た。一言ポツンと言ったきり、無表情にこちらを見てくるだけのその少年に、草間はわずかに顔をしかめる。
「なにをなんとかしてほしいんだ?」
 あまり聞きたくはないが、とりあえず訊ねてみる。
「俺は、霊感がある」
 ホラ、きた。
 なんとなくそんな気はしていたがやはり「その手」か。今度はあからさまに眉をひそめた。
「どうも強すぎるみたいで、なんでもかんでも引き寄せてしまうみたいなんです。殴って追い返すことも出来るけど数が多すぎて…。なんとかしてください」
 少年はまるで「風邪で喉が痛いんです〜薬出してください〜」と訴える患者のように草間をじっと見つめて言った。
「…あのな、少年よ。ここは興信所だ。そういうのは管轄外だ。他を当たれ」
「ここは怪奇・幽霊の類ならなんでもオッケーと聞いてきたんですけど?」
「…誰から?」
「いろんな人から」
「………」
 参った。最近は特にそういうのが多いな、と思ったらやはり噂になっていたのか。
 ガクリと肩を落とす草間。フッと、そこで小さな影が目に入った。
「………?」
 少年の後ろ…本棚の陰から、何かがそっとこちらを伺っている。幼稚園児くらいの背丈で、頭に大きな唐笠を被った妖怪。そう…そこにいたのは紛れもない妖怪だ。
「じゃあ…そこにいるのも君が連れてきたのか?」
 草間が指差し、少年もそちらを見やる。普通に己を発見されて驚いたのか、妖怪は目を丸くして体を固くした。
「多分…。草間さんが同じ体質じゃないなら」
 向き直り、肩を竦める少年。少年が背を向けると、妖怪はおずおずと本棚から離れこちらへ近寄ってきた。机の横に立つと、不思議そうに草間と少年を見上げてくる。
「………」
「それで、草間さん。なんとかしてくれませんか」
「うーん…」
 チラリとそれに視線を投げただけで、少年はまた何事もなかったかのように話を続ける。なるほど、こういう類が見えることに慣れているだけのことはある。気にしても仕方ないから無視するのだ。草間も同様に話に戻るが、やはり妖怪はそれは不満だったらしい。
 サッと指を振る。すると少年の前に出されていた麦茶のコップが浮かび上がり、そして。
「っ!!」
 バシャリ、と少年の頭にぶちまけられた。水…もとい、麦茶もしたたるイイオトコ。
 あっけに取られる二人を他所に妖怪は楽しそうに顔を綻ばせている。
「…………」
 何も言わないけれど、少年が怒っているであろうことはブルブル震えている肩でよくわかる。
「…遊んでほしいんじゃないか、この子?」
「…ほぉ…?」
 搾り出された声は低い。キッと妖怪を睨みつけた少年の顔は、さながら鬼の形相。
「だったら遊んでやろうじゃねぇか!!」
 椅子を蹴り飛ばさんばかりに乱暴に立ち上がり、妖怪に掴みかかろうとする少年。妖怪は一瞬怯えた表情を見せ、そのまま素早い動きで少年の手から逃れると部屋を飛び出していった。
「待ちやがれこのぉっ!!」
 妖怪を追う少年の背中を見送りながら、草間は「若いねぇ…」と一言呟いた。





 桜井瀬戸は怒っていた。それはもうブチ切れんばかりに怒っていた。
 霊感体質で小さい頃から、不必要に人外のものを呼び寄せてしまっていた。中には凶悪な奴もいたが拳で黙らせてきた。うっとうしいな、とは思っても、今まではそんな妖怪たちに腹を立てることはなかったが…今回は違った。
 襲い掛かられたりするのは平気だが、あんな子供じみた悪戯をされるのは気に入らない。微笑ましい?頭から茶をかけられておいて、そんな平和なことは思えない。妖怪と言えども、子供にはシツケが必要だ。
 とにかく桜井は今、そんな大人気ない怒りから目の前の妖怪を追っていた。妖怪はピョンピョンとはねるように走り、時々こちらを振り返っては桜井の剣幕に圧倒され足を早める。
「くそ…っちょこまかとっ」
 距離が縮まり、殴ろうと手を伸ばすとすんでのところで避けられる。桜井は運動神経が悪い方ではないが、やはり妖怪のすばしこさには適わないらしい。
 いい加減、体力の限界を感じ始めていた頃。やみくもに逃げ回っていた妖怪はとうとう狭い袋小路の終点に入り込んでしまっていた。行き止まりにぶち当たって立ち止まっているその後姿に、桜井はそっと心の中で笑みを浮かべる。
「もう逃げ場はないぞ」
 ゆっくりと近付き…そして素早く拳を繰り出す。しかしまたしても避けられた。一発ゲンコツを…と思い、何度も妖怪の頭のてっぺんを狙うがことごとく逃げられる。そのこともますます、遊ばれているようで腹が立ってきた。
「この…っ!てめー、マジで腹立つっ!!」
 どんなに怒鳴っても妖怪はヘラヘラと笑い、ヒョイヒョイと避けては時々こちらの脛に蹴りを入れたりしてくる。いい加減堪忍袋の緒が切れ掛かってきていた(というより、既に殆ど切れていたが)桜井の背に、不意に草間のノンビリとした声がかかった。
「おー、まだやってたのか」
 その声で一瞬妖怪に生まれたスキを見つけて、桜井は素早くそいつを捕獲せんと手を伸ばした。
「とうとう捕まえたぜ!」
 ムニッと、頬の肉を両側からつまんでやる。妖怪はびっくりしたように目を丸くして桜井を見やる。
「よくもこの俺をさんざん遊んでくれたな…。そういう悪い奴にはお仕置きだ!」
 その頬は、幼稚園児のそれのようにプニプニムチムチでさわり心地もよく、なんと言っても弾力があった。そして妖怪らしく、思い切り両端を引っ張るとどんどん伸びた。
「おらおらっ」
 ウニ〜と伸ばして上下に揺すってやると、妖怪は手をジタバタと動かした。けれど。
「………」
 その顔にはお仕置きを痛がるとか、桜井を怖れるとか、そういった表情はなくて…むしろ、赤子があやされているかのように微笑んでいた。わずかに目尻に涙が滲んでいるのは、それでもちょっとばかり痛いからだろう。
「…なんでおまえ、そんな笑ってんの」
 桜井の問いかけへの答えは、背中から返って来た。
「妖怪・雨降り小僧の子供だな。こいつらは人間が好きで人懐こいんだが、あまり妖力が強くないから自分でこっちには来れないんだ。こいつはたまたまお前と波長が合ってこっちに来れた上に、自分を見ることができる人間と会えて嬉しいんだろ」
 あれから調べたのだろう、草間が静かに解説する。なるほど、そういえばこいつは時々驚いて怯えた様子はあったけれど終始ニコニコしていた。遊んでもらえて嬉しかったのだろう。
「………」
 そっと頬から手を放すと、伸びた頬がゴムのようにパチンと元の位置に収まる。そして不思議そうに桜井を見上げてきた。
「怒って悪かったな」
 妖怪は首を傾げる。
「仕方ないから、もう少し遊んでやる。そしたら、お前の世界に帰してやるからな」
 その帰す方法が力いっぱい殴ること、だということは秘密だ。
 妖怪は満面の笑みを浮かべてうなずいた。
「よし、じゃあ遊ぶか!ね、草間さん!!」
「え、俺も?」
 その後、イイ年した男二人が公園ではしゃいでいた、という目撃証言が町中で飛び交ったのだった。