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<東京怪談・PCゲームノベル>


■悪魔の指紋−テンゴク−■

 小屋の中、何もかけられていない壁に。
 まるで映画館のように映像が映し出されていた。
 それは、まごうかたなき偲愛の記憶。
 まだ、狂気に陥る前の───全ての歯車がまだ狂い揃ってはいない頃の。


 まーま・ぱーぱ

 小さな2〜3歳ほどの偲愛が、穏やかな若夫婦に抱っこされて笑っている。
 若夫婦は「見所のある自分達の赤ん坊」を総帥に奪い取られてから、この小屋で暮らすことを義務付けられた。そう、それはかつて縁志の兄夫婦がされていたこととまったく同じように。
 けれどこの若夫婦の顔に、苦労など微塵もなかった。全てを受け入れたうえでの幸福(しあわせ)が、そこにはあった。
 奪い取られても奪い取られても、偲愛は自らの能力で、無意識に両親の元へ時折帰って来ていた。
 水が海に回帰するように。
 時が未来に回帰するように。
<偲愛、今日はたくさんいろいろなものをパパやママと見たね。そろそろお帰り、総帥に怒られるぞ?>
 おどけた感じでがお、と獣の真似をする父親に、あどけなく笑い声を立てて逃げ回る偲愛。
<マドレーヌが焼けたわ。これを食べてからでもいいじゃない、ねえ偲愛?>
 優しく穏やかな母親の声がくすくす笑いながら偲愛を包み込む。

 やさしいぱぱ やさしいまま
 だいすきだった
 ううん だいすきだよ
 なのに、
 ───どうしてころされなくちゃいけなかったの?
 ぼくがなんどもナイショであいにいったから?
 ぼくのせいなの?
 おねがい、サキちゃん
 このおもいでの・いえだけは
 そっと・して・おいて───

 炎の中で泣く小さな偲愛が、誰の目にも痛ましく。
 そして一同は気付き始めた。

 前希は何故、偲愛の「後継者」に選ばれたのか? 力のこともあるだろう、けれど。
 ここまで顔も瓜二つで、年齢も同じ事を考えるとそればかりではない気がする。
 偲愛と前希、
 ───この二人の関係も調べる必要がありそうだった。
 もっとも───武彦が「人質」にとられている今、そして追われている今。
 偲愛が結界のようなものを張ってはくれているのだろうが、それも時間の問題。
 迫り来る総帥達が歩んでくる間に、何か対策を考えなければならなかった。



■ヒトガモトメルモノ■

 ねえ
  テンゴクって・しんじる───?

 4人の視界から「過去の映像」が消えたのは、間もなくのことだった。
 それだけが壊れていないどこか懐かしい懐中時計が、古ぼけた机の上でカチコチと音を立てている。
「偲愛」
 小さなイチの呟きに、初瀬日和(はつせ ひより)、羽角悠宇(はすみ ゆう)、セレスティ・カーニンガム、シュライン・エマの視線が車椅子の青年に集まった。
 白い顔に、怯えたような表情が皮肉にも美しく張り付いている───神城偲愛。
 震えるその手を、イチがしっかりと握っている。
「……『どう読みますか?』」
 セレスティが、おもむろに口を開いた。心持ちステッキに重心を置き、仲間達三人を見渡して。
「でも……」
 日和が気遣うように偲愛をちらと振り返る。
「こいつの神経は今『あっちだけに行ってる』。大丈夫だ」
 イチが察したように、偲愛から目を離さず敏感に応じた。
「安心したわ。私から意見を言ってもいいかしら」
 シュラインが、手に持ったままのバッグの中、そこにある武彦のライターを握り締める。
「聞かせてくれ」
 悠宇が遣る瀬無さそうに腕組みし、机に寄りかかったままぼんやりと懐中時計を見下ろす。
 この時計だけが、偲愛の両親が生きていた証とでもいうかのように時を刻み続けているのだろう。
「前希は偲愛くんの双子、あるいはクローンじゃないかってこと。身体を潜伏するにも何故『母親』を選んだのか……前希は本当は親が恋しいんじゃないかしら」
 いつ『その時』がやってくるのか分からない。短く、それだけをシュラインは口早に言った。
「私も似たような考えです。前希と偲愛君は二人で一つのような存在ではないのかと思います。……間で邪魔をしているのが総帥で。隔てる物が無ければ対立する事があってもすぐに解決したと思うのです。前希の矛先が総帥に向かえば良いのですが」
 セレスティもほぼ間髪おかずに口を開く。視線は眩しそうに、窓の外をしきりに気にしている。森の中ならば湖か池か、ないだろうか───いざという時のために。
 それを知ってか知らずか、心配そうに見つめながら日和。
「何故前希さんと偲愛さんがここまで似ているのか……総帥が後継者として前希さんの身体を準備し、いざという時の保険として前希さんの身に何かあっても、偲愛さんの身体があるから大丈夫……と考えても不思議はないと思います。あの時……偲愛さんは、自分と前希さんの事を知り、総帥に縛られている前希さんを解放しようとされたのでは、と……それが何かの行き違いで命を奪う結果に終わってしまったのかと」
「俺とセレスティさんの目の前で偲愛が前希を殺した時か」
 悠宇は思い返す。
 否───あの時確かに、偲愛は自我を完全に喪っていた。
「例えばそうだとしても、だ。ずっと生き続けることって、そんなにいいものなんだろうか。だってそうだろう、自分の周りの人が皆永遠に生き続けるわけじゃないし、多分大切な人達は次々と自分を残していなくなる……そんな孤独に俺だったら耐えられない。限りある命だからこそ、大切に日々を送ろうと思うだろうし……永遠の命なんていつかきっとそれに倦む。自分を残していなくなる人達を哀しみ、やがてその哀しみが憎しみに転じてしまうかもしれない。偲愛は……前希をそうしたくなかったのかもしれない、だから止めようとしたんじゃないか……?」
 俺はそう考える。
 そう締めくくった悠宇の言葉を慎重に聴いていたシュラインだが、「でも」と真剣な面持ちで此方も思い返す。
「総帥は戦争で大切な人達をたくさん喪って、だから狂って─── 一族の中で『究極の人間』を作ろうとしたのよね。不老不死が最終目的だったとしても、それでも自分も誰も独りになることがないよう『作っていた』……敢えて言うならば『もう誰も死なないように』。それを偲愛くんが『邪魔した』から殺された総帥は憎しみを抱いたんでしょうけれど」
「だとすると、シュラインさんはまだ前希のほうには『救いがある』と見ていますか?」
 セレスティの鋭い突っ込みに、「ええ」とシュラインは頷く。
「武彦さんの心音がなかったことも、以前乱安君がされていたような仮死状態かもしれないわ。解決法を考え付いてはいるけれど、それには偲愛君の力が必要なのよ」
「私も出来るだけの事はしたいです」
 切実な思いでシュラインに続く、日和。
 そんな日和の手を、ぎゅっと護るように握り締める悠宇。
 その時、

 ───ぴく、

 偲愛の身体が震えを増した。
 その意図をイチと4人は察する───思ったよりも早い。
 ふ、と日和は意を決したように偲愛を抱きしめた。
「大丈夫……大丈夫ですから」
 偲愛が驚く間もなく日和はすぐに離れ、窓を開けて森の木々に向けて唄い始めた。
「日和……」
 悠宇には分かっていた。けれど、彼女のやろうとしていることが彼女にとって危険と分かっていてもその意思を曲げようとは思わなかった。そのかわり、心に決めたのだ。自分が彼女の盾になる、と。
 ざわざわと、唄に誘われるように森の木々がぐんぐん成長を始める。まるで小屋ごと護るかのように。
 事実、木々に同調したのか、偲愛の結界は強くなったようだった。
「セレスさん、湖か池か分からないけれど水音が向こうのほうから聞こえるわ」
「有り難うございます」
 窓を開けたことで更にきこえがよくなった聴覚を生かしていたシュラインの言葉に、セレスティはこんな時にも微笑をたたえて礼を言う。
「イチさん、すみませんがこの部分、一瞬だけ『道が開く』ように切れますか?」
「ああ、それくらいなら」
 余計な言葉はこの非常時に必要ない。
 偲愛のセンサーに、遠からず前希と総帥の気配が引っかかっているのだ。
 イチは日本刀をすらりと抜き、ザッと風を切るようにして窓の外へ突き出した。すらりと綺麗に一筋の道が出来、美しい湖が姿を見せ、日本刀が引くと同時に木々を伝って吸い込まれるように小屋の中へ一筋の水路を作った。
「助かります」
 セレスティはその期を逃さない。
 水路が引いていかぬうちに指に浸し、巧みに操る。切れた木々は元通りになっていくが水との繋がりは、これで出来た。
 シュラインがすかさず、持っていたままのお神酒をセレスティの指と繋がる水路にかける。これで「強化」されたはず。

「偲愛」

 声が聞こえてきたのは、その時だ。
 遠くから、木々の向こうから。
 総帥の───前希を利用して罪なき母親の命を奪い身体を乗っ取らせた悪魔の声が、恐いほどに優しく。
「やっぱりここに来ていたんですね。無駄なのに」
<無駄なのに───ねえ偲愛>
 先ほどのように、前希の声も頭の中に響く。
「足音は二人分よ。武彦さん達は別の場所にいるんだわ」
 シュラインが耳を澄ませる。
「解放されたわけじゃないと思う。多分どっかで眠らされてるとか、黄泉部屋とやらに」
 日和から集中を解かずに、悠宇。
「同感です。
 さて───私達の声も聞こえているのでしょうね。神城聖さん、神城前希さん。
 無駄かどうかは試してみなければ分かりませんよ」
 セレスティはそして、かたかたと車椅子ごと震えている偲愛を必死に抱きしめているイチを背に扉を開けた。
 丁度日和と悠宇のいる窓とは反対側だ。
 そこには、
 日和とセレスティ、そして偲愛とで作り上げた強大な森の木々の結界があった。



 だって
   そこには、偲愛が・いたから



 もう少しで肩に風穴が空くところだった。
「セレスさん!」
 偲愛が震えながら何かを探し始めたのをイチにかばってもらいつつ手伝っていたシュラインが、ひやりとする。
「水壁を作らなければ大変な事になっていましたね、大丈夫です」
 正直、自分は戦闘には向いていない。
 だが今回は相手が相手だ。そうも言っていられない。一瞬偲愛の結界を突破してきた気弾をよく防いだと自分でも思う。
「俺達全員で作った結界が一瞬ずつでも破られるって事は……相手も相当マジになってるって事だよな」
 悠宇が、いつでも戦えるように戦闘体勢に入ったまま眉をしかめる。
 日和は未だ、集中して唄い続けている。木々はどこまで天へと昇るのだろう。
 それこそ天国まで届けばいい、とシュラインはらしからぬことを思った。
 天国まで行って、偲愛の危機を告げて。前希の哀しい心を汲んで。そうして、両親を連れてくればいい、と。
「偲愛君は能力を使う余裕もなく結界に力を注いでいるんですね……どんなものを探しているのでしょう」
 もしかしたらそれが鍵になれば、と、イチが再び襲ってきた気弾を日本刀で気合いの声と共に跳ね返すのを目の端に捉えつつセレスティは尋ねる。
 それが聴こえたのだろうか。
 偲愛の手が止まり、形の良い唇が開かれた。
「……ら…る……みの…はて……」
 紡がれる、不思議な優しい調べ。
 ふと、日和が耳ざとく振り返る。
「それ……唄、ですよね? 何かの……」
 尋ねたその瞬間を狙ったかのように、気弾が容赦なく襲いかかる。避ける暇もなかった。
「!!」
 そう、……避ける暇はなかった。
 ───石の翼を広げそれを盾にする余裕も。

 ぽたり

 木の床に、赤い雫が次々に落ちていく。
 日和の悲鳴が上がり、文字通り自分の盾となった悠宇の肺を貫いた穴を塞ごうとでもするかのように、彼女は彼を抱きしめた。
 皮肉にもその隙にセレスティは、偲愛が探しているものを能力で読み取って探り出し、手に取っていた。
「……総帥も前希も気の毒な奴らだよな……」
 ごほっと唇から血を流しつつ、悠宇はそれでも日和をかばい続ける。視界が次第にぼんやりとしてくるが、まだ大丈夫。まだ自分は「護ることが出来る」。
「握り拳を振り上げるより、同じその手を開いて差し出しさえすれば……これほど淋しい生き方をしなくてもすんだだろうに……」
 声は確かに、総帥と前希の両方に届いているはず。けれど悠宇はそれを意図していたかは定かでない。なにしろ意識も朦朧としてきている。
 怒ったかのように、気弾が次々に飛んできた。急いでセレスティとイチが跳ね返すが追いつかない。小屋にどんどん穴が開いてゆく。
「日和、……唄ってくれ。唄い続けてくれ」
 哀しいあいつらのために。偲愛のために。
「セレスさん、それをこっちに!」
 シュラインがセレスティの手から「それ」を受け取り、机の上にあった黒いテープレコーダーにかける。
「くそっ……!」
「イチさん、暫くお願いします」
 矢継ぎ早の攻撃に思わず悪態をついたイチに声をかけ、セレスティは悠宇の傷を診る。流れ出る血液を水路を保っている手とは逆の手で触れ、体内へ正常に押し戻していく。穴を塞ぐことは出来ないが、これで出血多量は防げるだろう。
「サンキュ、セレスティさん」
 青白い顔で悠宇は笑って礼を言い、次には表情を引き締めて前方を睨みすえた。
「一度受けたらどの程度のものなのか分かる。相手はかなり難しい代物だけど、次からはやられない。重力操作で落としてやる。
 だから唄ってくれ───日和」
 日和は涙ぐんでいたが、今度はこくんと気丈に頷いた。
 その時、シュラインがかけたテープレコーダーから唄が流れてきた。
 素人レベルだがかなりうまい。美しく穏やかな女性の声の、優しく穏やかな唄だった。
 そう───偲愛が探していたのは、テープ。
「……偲愛君の母親の家に代々伝わる、偲愛君にとっては思い出の唄……だそうです」
 セレスティが水壁を再び作り出しながら、解説を入れる。
 日和は暫くの間、繰り返し繰り返し聞いていたが、やがて唄い始めた。
 今までは自分の知っている限りの唄だったが、今度は。
 この、偲愛の母親の唄を。
 偲愛の思い出の家を包む森の木々よ、ほんの少しでいい───私に力を貸して。この哀しい人達を、気の毒な彼らを抱きしめてあげるまで───私の身体が砕けないように、大切な人達が倒れないように……護ってほしい……。
 そう、願いながら。

<だって>

 戸惑うような、前希の声。

<だって、偲愛がいたんだ>
 もう、「そこ」には偲愛がいたんだ───ぼくに与えられるものは何もなかったんだ───
<偲愛を独占さえすれば、手に入ると思った>
 でも───それも不可能だった、だから───総帥に手を貸して───

 スクワレルト・オモッタ カラ

 前希の心を、初めて聞いた気がした。
 偲愛の震えはなくなっていた。先ほどよりも結界が強化されているのか、僅かに白く、小屋の周囲が輝き始めている。
「ですが前希君。全てを仕組んだのは貴方達を操り続けた総帥そのものですよ」
 セレスティが、読んでいた通りだったことにため息をつきたくなりながら強く言う。
 シュラインも言葉を添えた。
「あなたは偲愛君の双子? いいえ、ご両親が知らなかったのならばクローンか何かでしょうね」
「だからなんだという」
 言葉を遮るように、総帥の不機嫌な声。多少焦りのようなものを感じるのは、気のせいだろうか?
「私は偲愛という究極になり得る身体を使ってクローンを作り出した。前希というクローンは完璧だった。それを殺したのは偲愛、お前ですよ」
「もうお前の言葉なんか、偲愛にはきかねーよ」
 悠宇がせせら笑う。
「そう、羽角君の言うとおりよ。偲愛君にはご両親から受けた愛があるから。今、それを感じているから。
 でも前希君、聞いてちょうだい」
 シュラインが、続ける。
「ご両親はクローンだった貴方の存在を知らなかったのだわ。今の総帥の言葉で分かったでしょう? いいえ、何よりもあなたが分かっているはずだわ。
 でもね、前希君。対象が二つになったからといって、一つが半分ずつになるわけじゃない。
 想いは二倍になるもの。偲愛くんへの想いは彼のもの。それとは別に前希君だけへの暖かな想いも得られるはず。
 あなたも……何かのスペアではないもの」
 その、瞬間だった。
 輝きが増し、木々が本当に目にも見えなくなるほど空へと昇った瞬間、
 そこから何かの光が二つ、
 降りてきた。



 その日
 ぼくは愛を見た
 そう、それは 流れ星のようだった



 偲愛が無意識に「呼んだ」のだろう。
 光を象る両親の姿を見て、無邪気な子供のように微笑む偲愛。
 両親は微笑み、偲愛を一頻り抱きしめたり頭を撫でたりした後、扉のほうを振り向いて両手を広げた。
『おいで……前希』
『いらっしゃい……私達のもう一人の、抱きしめられなかった子』
 天から見ていたのだろう、恐らくは全て。
 誰にも「呼ばれ」なかったから、抱きしめたくても抱きしめられなかった。こうして救うことができなかった。けれど今は、……違う。
 イチと偲愛、そして何よりも武彦達の大事な仲間である4人がいたからこそ、この奇跡のようなきっかけが生まれたのだ。
「前希! 行くな!」
 完全に自我を喪った総帥の声がしたかと思うと、
 ───結界に迎え入れられるように、青白く光り輝いた前希の霊体が呆然と、戸惑うように歩いてきた。
 偲愛は笑っている。
 その様子で分かる───もう、警戒する必要はなかった。
 イチも悠宇もセレスティも警戒をとき、日和も唄うのをやめ、シュラインも見守った。
<ぼくは……『いいの』?>
 恐る恐るのような前希に、両親は笑って二人がかりで彼を愛しそうに抱きしめた。
『私達の、大事な子』
『ああ───やっと抱きしめることができた』
 前希の瞳から、光る涙が次から次へと零れ落ちる。
<だってぼくは───殺した、のに>
 殺したのに───「パパ」も「ママ」も。たくさんの命も。
「ひき うける から」
 無邪気な微笑みのまま、偲愛がかすれ声で言った。
 全部引き受けるから───あとのことは、任せて。前希。
 恐らくは、その意味だったのだろう。
 前希は泣いた。
 生まれて初めて、彼はようやく───死してからようやくのこと、愛というものを得られたのだ。
 そしてそれは、総帥の「完全な死」をも意味していた。
 とてつもないほどの悲鳴を聞き、イチが木々を切りつけて道を作ると───そこに、身体を黒い煙に変えてゆく女の姿があった。細胞が煙にかわるごとに、今まで「閉じ込められていた」黄泉部屋の剥製達が甦ってゆく。森の中に息衝いてゆく。
「武彦さん!」
 その中に武彦の姿を見つけ、シュラインは駆け寄った。セレスティもイチに支えられながら、ようやく疲労を外に出しつつステッキをついて縁志と乱安の元へ歩いていく。
 日和は、どっと疲れたような悠宇が崩れ落ちるのを慌てて支えようとして一緒に床に座り込んだ。
「ん…………」
 武彦はシュラインに抱き起こされ、ぼんやりと瞳を開け───開口一番、こう言った。
「もう朝か……?」
 涙ぐんだシュラインは、思わず笑った。恐らくは今頃零も、興信所で「元の状態」に戻っていることだろう。
 セレスティはその間に携帯電話を使って現在位置を調べ、迎えの車を呼んだ。
 やがて目覚めた縁志と乱安もイチと共に、偲愛と前希、そしてその両親の姿を目にしたのだった。
 それはまさに、人の命の「テンゴク」の風景に他ならない。



「こんにちは」
「こんにちはーっ」
 後日、新しい施設に移った偲愛の元、武彦達は集っていた。
 既にシュラインは武彦と共に、ピクニックがてらお弁当を作って待っていたのだが、予定通り病院から退院してきたばかりの悠宇とお見舞いついでの日和を乗せ、セレスティは車でやってきた。
「珍しく晴れましたね。梅雨だというのにあの日から随分と晴れ間が続いている気がします」
 身体の弱いセレスティは、しっかりと日傘をさして施設の庭へと歩いてくる。
 まだ胸の痛い悠宇を支えながら、日和は眩しそうに天を仰いだ。
「前希さん達の仕業かもしれませんね」
 ふふ、と口元をほころばせる日和のぬくもりを、改めて感じる悠宇。
「顔が赤いですよ」
 小声ですかさず言ってきたセレスティに、思わずムキになって「う、うるさいよセレスティさん!」と真っ赤になる純情少年なのであった。
「怪我しててもその様子じゃ大丈夫みてェだな」
 縁志や乱安と話していたイチがやってきて、反対側を支え、にやにや笑っている。シュラインも微笑ましくお弁当を等分に分けた。
 あの日縁志や乱安には事情を説明し、その間に偲愛の仕業かそれとも自然の成り行きか、前希と両親は再び天へと還っていった。
 もう少しいてもいいのに、と誰かが言ったがきっとこれでいいのだろう。
「偲愛君の様子はどうですか?」
 持参のクッキーと紅茶を広げつつレジャーシートに座ったセレスティが尋ねると、偲愛が彼を向いて微笑みかけてきた。だいぶよくなっている証拠だ。
「今回は本当に迷惑をかけた」
「ホントだな、申し訳ないよ」
 縁志と乱安はそう言い続けているが、何しろこうなると分かっていて拘った者ばかり。いずれ彼ら二人にも完全に笑みが戻るだろう。
「さ、みんなで乾杯しましょう」
 偲愛を含む全員の手に紙コップが行き渡ったのを確認し、シュラインが笑う。
「乾杯の理由はないようでいてたくさんありそうだけど、何に乾杯する?」
 武彦が、尋ねる。
「決まっているでしょう」
 と、セレスティは微笑む。
「ですね」
 同じく、日和。
「だな」
 続いて、イチと悪戯っぽく笑い合いながら悠宇。
 そしてほぼ全員の口から、声が上がった。
「未来に!」



 不思議なことに、今もあの偲愛達の暖かな思い出の家は、
 淡く暖かな光を放ちながら、森の木々達に抱かれるようにしてそこにある。
 夜にそこを歩くと、時折楽しげな家族の笑い声や唄が聴こえるのだという。
 しかして、その家は永久(とこしえ)の眠りにようやく就いたのである。



《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、「悪魔の指紋」という、一話完結タイプのシリーズものの第五弾、いわゆる最終章です。
今回は前回が苦しかったせいかさくさくと進み、皆様のプレイングもほぼ全て生かすことが出来、自分の中ではとても納得のいくものとなりました。
全て書き終わってみると期間的にも長かったですが、最後まで無事に書き終えることが出来て、そして救いのある終わり方ができて本当によかった、と一息ついています。こんなにハッピーエンドに出来たのはひとえに皆様のおかげです。
今回は分岐する場面があるとおかしなことになりそうだったので、文章は皆様統一してあります。
それでは、短いながらも皆様にコメントをさせて頂きます。

■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 日和さんの思いが唄を通じて天へと届いた一因だと思います。暖かなプレイング、有り難うございます。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は日和さんの盾、ということで唯一怪我を負わせてしまいましたが、悠宇さんとしては色々な意味で納得のいく行動になっていればいいな、と希望しています。
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv 一度矛先を本当に総帥に向けようかとも考えながら書いていたのですが、ある意味これが一番「矛先が向いた」報いかな、と思います。
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 結界にシュラインさんのお神酒も混じっていたのもご両親を「呼ぶ」ことができた一因だと思っています。草間氏も無事で本当によかったです。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込む事ができ、本当に感謝しています。
今回のシリーズを通して、やっぱり私は「愛情」を書きたかったんだな、と痛感しました。
因みに最後まではっきりとしなかったシリーズタイトル「悪魔の指紋」ですが、後日また何かの折にまったく別ノベルの中のお話として意味を明かすかもしれません。其々皆様のご想像通りで間違いないとも思いますが。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2006/6/25 Makito Touko