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<東京怪談・PCゲームノベル>


Crossing ―カノジョが帰ってきた日―



 草薙秋水はカレンダーを確認する。
 大きく赤マジックで丸がしてあるのは今日だ。
 昨日からそわそわしていた秋水は何度も何度もカレンダーを確かめる。これではかなり神経質な感じだ。
 実は今日、秋水の恋人である遠逆月乃が半年の上海遠征を終えて帰ってくる。
 そもそも秋水は月乃と恋人らしいことなど、まともに何一つしていない。彼女と両想いになった矢先、仕事の都合で彼女は上海へと旅立ってしまったのだ。
 時々くれる連絡に秋水は喜んでいたが……それだけで満足できるはずもない。自分も男だ。遠距離恋愛よりは、近いところに彼女に居て欲しいと思ってしまう。
 彼女の為に物置と化していた部屋が片付けられ、いつでも彼女を受け入れる態勢はできている。
 秋水は自分のマンションの部屋の中をうろうろとした。月乃が使うであろう部屋を何度も覗く。……ちょっと変態みたいだなと自分でも思った。
(ほ、本当に月乃がうちに来るのか? 本当に?)
 自分に問い掛けても仕方がないというのに、さっきから何度も同じことを繰り返しているのだ。
 彼女が半年前に借りていたアパートは引き払われているのだが、実家に帰る気のない月乃はまたそこに部屋を借りようとしていた。
 それを聞いた瞬間、秋水はついつい「うちに空いてる部屋があるぞ」と言ってしまったのだ。
 親切心で言ったのだが、電話口の彼女は黙りこくってしまった。ハッとして秋水は慌てた。
「いや、居候も居るし! 俺だけじゃないから! それに部屋も余ってるし!」
 途中で自分の頭の中が混乱し、めちゃくちゃなことを言っていた気がする。
 月乃が黙ったのは、一緒に暮らす、ということに対してだと秋水は思ったのだ。その推測は間違ってはいない。
「お金も勿体ないし! で、でもおまえが嫌なら仕方ないけど」
<…………いいえ、有難い申し出です。感謝します>
 何かを決意したような月乃の声に、秋水まで緊張してしまった。
「い、嫌なら本当に……その」
<嫌ではありません。迷惑でなければ……その申し出、受けさせていただきたいです>
「えっ、ほ、本当か?」
<はい>
 なぜ彼女の声が強張っていたのか、秋水にはわからない。彼女は彼女で、何か思うことがあったのだろう。
 そんなやり取りがあって…………そして今に至る。
 秋水としては、すでに居候が一人いるのだから平気だと月乃に気軽に申し出たことだったが、よくよく考えれば大変なことだ。
 好きな女の子が一緒に暮らすというのだから嬉しいし、期待もしてしまう。
(ドッキリだったらどうしよう……)
 そんなことまで考えていた秋水は、時計を確認する。
 月乃を迎えに行く時間まで、あと三時間。



 月乃は飛行機の中で、上海で世話になった者たちに持たされた土産を開けているところだった。
 お菓子の詰め合わせ。誰がくれたか予想ができて月乃は軽く吹き出す。
 次の袋を開けてから彼女はこめかみに青筋を浮かべた。白のチャイナドレス。下着まで入っていた。
 チャイナドレスを広げて見るわけにもいかず、月乃は眉をひそめて袋に入れる。下着も堂々と出すわけにもいかないので、袋の中で広げてみることにした。
(…………紐)
 赤色の下着を袋の奥底にぐいぐいと押しやり、月乃は最後の一つを開ける。
 お茶の葉のセットだ。
 ほー、と安堵してから二番目の袋を睨みつけた。上海から離れた今、怒るに怒れない。



 突然入った依頼によって、秋水は慌しく走っている最中だった。
 依頼が長引いてしまって予定が遅れそうなのである。
 渋滞している車道を横目に走る秋水は、腕時計を見遣った。
(やっ、やばい! 上海からの便、そろそろ着くんじゃないか!?)
 どうしよう!
 焦る秋水だったが、ぎくっとしたように目をみはった。
 前方の道に、倒れたまま泣いている少女がいる。通り過ぎるわけにもいかず、秋水はすぐさま停止して女の子を助け起こした。
「大丈夫か?」
「うええええーっ」
 大泣きする幼い少女の衣服の汚れを払ってやる。
「お父さんとお母さんは?」
 秋水の問いかけに少女は首を激しく横に振る。どうやら迷子のようだ。
 うぐ、となってしまうがここで放っておくわけにもいかない。
「よ、よし! 少しくらいならなんとかっ!」
 少女の手を引っ張って秋水は両親探しを開始したのである。

 迷子の少女を母親に引渡し、秋水は腕時計を見て青ざめた。
(ま、まだ本気で走れば……)
 再び走り出そうとした矢先、見てはならないものを見てしまう。
(あ、あぁ……!)
 なんでだ。
 なんでこんな時に限って……!
(ば、婆さんが倒れてる……っ)
 周囲を見回す。こういう時に限って周囲に誰もいないのは反則だ。
(ち、ちくしょう……)
 なんだこれは。嫌がらせか!? 俺に嫌がらせして何が愉しいんだ!?
 秋水は老婆に駆け寄って声をかける。
「おい、大丈夫か?」
 老婆は小さく「うぅ」とうめいた。痛みを堪えているようで、とても動ける状態とは思えない。
 救急車を呼ぶべきかと思ったが、そういえばこの近くに病院があるのを思い出した。
 老婆を背負い、病院に向かおうとしてハッとする。
(し、しまった……病院は空港と反対方向だ……!)
 秋水は空港のある方向へと顔を向ける。勿論、ここから空港が見えるはずもない。
 空港には月乃が居る。秋水が迎えに行くと言った時、彼女は喜んでいたというのに……!
<わかりました。では、楽しみにしておきます>
 彼女の、嬉しいのを少し我慢したような、独特の声。あの時の電話の声が今、脳裏に響く。
 秋水は口元を引きつらせ……ぐ、と唇を噛み締めた。
 空港方面に背を向ける。
(すまねぇ、月乃。迎えに間に合いそうにねぇ、や)



 空港に到着した月乃は、首を傾げた。
 確か秋水が迎えに来ているはずだ。
 しかし出迎えの者たちの中に彼は見当たらない。
(…………遅刻、ですかね)
 彼が時間前に来るなんてことを期待した自分が……バカだったのだ。
 時間にルーズというわけではないが、彼はどうにも時間に正確に動けないのだ。
 月乃は試しに空港の外に一度出てみるが、やはり秋水の姿は見当たらなかった。
 落胆した彼女は空港内に引き返す。うろうろしていては、彼と入れ違いになってしまうだろう。
 ロビーのところにあるイスの一つに腰掛けて、月乃は嘆息した。



 やっと空港に到着した秋水は荒い息を吐き出す。
「はぁ……は……っ」
 額から流れる汗を拭い、秋水は空港のロビーへと進んだ。
 腕時計の時間を確かめるまでもない。軽く一時間は過ぎているはずだ。いや、もっとかもしれない。
(婆さんを家まで送り届けてりゃ、当然か……)
 いいことをしたはずなのに、なんだろうこの重い気持ちは。
 よろよろとロビーにやって来ると、秋水は見回した。
(たぶん……居るとすればこのへんだと思うんだが……)
 あちこち探してみるが、月乃の姿はない。
 便が遅れているのかと思ったりもしたが、そうではないらしい。とっくに着いているようだ。
(い、いない……)
 がーんとショックを受ける秋水は軽くよろめいた。
 時計を見ると、もう何も言えない。恐ろしく時間が経過している。これでは彼女が怒ってしまうのも無理はない。
 もしかしたら、元のあのアパートへ行ってしまったのかもしれなかった。
 秋水は「はあ」と深い溜息を吐いて方向転換した。とりあえずアパートのほうへ行って、そこにも居なかったら……どうしよう。
 ぎくっとして秋水はのけぞる。真後ろに立っていた少女に驚いたせいだ。
「あ、つ、月乃……」
 冷たく見てくる月乃を前にして、秋水はたじろぐ。
 これはかなり怒っているようだ。
(そりゃそうだよな……)
「言い訳はしないっ! 俺が不甲斐ないせいだっ」
「…………」
「俺が悪かった。すまん!」
 頭を勢いよく下げる秋水。しかし月乃は口を開こうとはしない。
 全面的に悪いのは自分なのだ。
 途中で色々あったとはいえ、遅れたのは事実。その結果、彼女は随分長いこと一人で待っていたのだから。
 引っぱたいてもらったほうがまだマシだった。この冷ややかな視線……それがまた、かなりチクチクとする。
 頭を下げたままでいた秋水に、彼女の声が届く。
「……もういいです。怒ってませんよ」
「え?」
 顔を上げた秋水は、月乃が呆れたような顔をしていることに驚いた。
「事情があったから遅れたんでしょう? なら、怒る理由はありません」
「月乃……」
「ですが、事情も説明しないのではちょっと怒ってしまいます。反省しているなら、荷物を持ってください」
 どうやら彼女は全てお見通しだったようだ。秋水は喜んで彼女の手荷物を受け取った。
 柔らかく微笑んだ彼女を見て、秋水はやっとそこで照れ臭そうに「おかえり」と声をかけた。



 そこで終われば今回の話は一応「めでたしめでたし」だったのだろうが……秋水の不運は最後まで続いた。
 月乃が、彼女の為に用意した部屋から出てこなくなったのだ。
 原因はわかっている。誤解だ。彼女の誤解なのだ!
「月乃! 誤解だっ!」
 部屋のドアの前で秋水は叫ぶ。
「私が居ない間……よろしくされていたようで……。
 そうですか……。ええ、そうですよね。半年も留守にしましたしね」
 ドアの向こうから月乃の、押し殺したような低い声が響く。
「しかし……殿方というのは本当に、なんというか……堪え性がないのですね。失望しました」
「だから違うって〜!」
 うっかり同居人のことをきちんと説明していなかったため、彼女は現在激怒中なのだ。
 彼女が怒る理由もわかる。見知らぬ女が秋水のマンションに居れば、それは怒るに決まっている。
「二股とは……。私は一昔前の女ではありません! 好きな人が、他の女に手を出していると知っても我慢できるほど寛容でもないっ!」
 好きな人、という部分で秋水はうっかり嬉しそうにしてしまうが、慌てて顔を引き締める。
「本当に誤解なんだ!」
「いいんです。私は身を引きます。どうぞその方と楽しく過ごしてくださいっ。明日には出て行きます」
「違うっ! 違うんだ!」
 それから秋水が誤解を解くまで、彼女は一切口をきいてくれなかった。勿論、夕飯は作ってもらえずにカップラーメンだったという。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、草薙様。ライターのともやいずみです。
 やはり恋愛には障害が付き物ですね。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!