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<東京怪談ノベル(シングル)>


椅子、ひとつ

 これは…何処から話したら良いだろうねぇ。
 うちの店に来た可愛らしい女の子と、たったひとつの椅子のお話さ。

 その子――海原みなもってうちの常連の嬢ちゃんが来たのは、ちょうどあたしが店から目を離していたところでね。そりゃあ、あたしは店を開けている以上、普段はカウンターの中にちゃあんと居るんだけど…その時はちょいと野暮用で奥の倉庫に引っ込んでたのさ。…どうせこんな店だからね、泥棒なんか入りゃしない――入ろうと思ったって入れやしない。入った方が莫迦を見る。店番みたいな警戒は大して必要なもんじゃない、と思ってたのさ。
 でもそれが、悪かった。
 ちょっと考えが甘かったみたいなんだよ。
 まぁ、泥棒って意味じゃなくてさ。
 …その逆。
 店の『商品』の方がお客人に迷惑懸けちまう可能性を、綺麗さっぱり失念していたよ。
 嬢ちゃんには悪い事したねぇ、本当に。





 そのみなもって嬢ちゃんも、普段通りのつもりでうちの店に来てたんだろうね。
 でもその時は、普段とは少し違ってた。
 …違うのは、他ならないあたしがカウンターに居なかった、って事さ。
 それだけの事がどうなんだ、って思われるかもしれないけど、これが結構大きかったみたいでね。
 うちの店の事ならその筋にゃ結構知られてるだろ。薄闇が好きな連中だったら尚更だ。何だかんだと曰くの付いた品ばっかりがある骨董屋。それがここアンティークショップ・レンって訳さ。
 あたしも承知でやってるし、客も承知の客しか来ない。
 ただね。
 やっぱり甘く見過ぎてたって事なんだと思うよ。
 うちの『商品』を。
 …あたしも、嬢ちゃんもね。

 嬢ちゃんはその日も何か…掘り出し物は無いかって思ってうちの店に立ち寄っていたらしいんだ。からころとドアベル鳴らして入ってきて、カウンターにあたしの姿が無いのに途惑いつつも――結局店内を見て回ってた。…ま、色々と好奇心旺盛なお嬢ちゃんだし不思議な事にもそれなりに慣れてる子でね。実際にちょっとした…中学生の小遣いで手が届く程度の物だけど、商品を買っていった事もある正真正銘の顧客でもある子なんだ。

 だから、嬢ちゃんの方でもまたわかっていた筈なんだよ。
 うちの商品にまともな物は何一つ無いって事を。

 店番が、誰も居なくてもね。
 誰からも注意、されなくても。

 不用意な行動を取れば何が起きるかわからない、ってね。





 椅子がひとつあったんだ。
 詳しいところは端折っとくが、某輸入雑貨取扱の店から流れてきた物でね。封印技術を持つある工芸家が作り上げた魔物を封印する為の呪具だって話付き。
 そこまでならまぁ、うちの商品としては有り触れた類になる。

 ただ、さ。
 …今の話を聞いて、どうして椅子なんだろう、って疑問は起こらないかい?
 ほら、魔物の封印だけが初めッから目的だって言うなら、もっと『らしい』形に幾らでも作りようがあるだろう? 籠なり何なりさ。
 ま、初めはその工芸家の気まぐれか何かでそんな深い理由は無かったのかも知れないが…とにかく同じように思った奴が居たらしいんだ。
 それで、ろくでもない使用法を思いついた。
 本来の魔物を封印するって用途にじゃなく、ちょっとした『玩具』としても使ってみたのさ。
 魔物の異形としての形を椅子にそのまま封じ、妖しい美しさを活かす事で観賞用の家具にする。それが取り敢えずの最終目的。で、封印の際にもまた違ったお楽しみがある、って寸法さ。
 封印するその過程でじわじわと対象に苦痛を与え、その反応を見て愉しむ、って言うね。
 まぁ、真っ当な趣味じゃないとは思うが…この椅子の出所を辿ると作者も使用者もどうやらそれで当然、普通って考えるような連中みたいでね。勿論、あたしらみたいな『こちら側』の世界で普通に生きてる分には出会う事も無いような連中さ。退廃と享楽に満ちた堕落し切った社会とでも言うのかな。この椅子の出所はそこで、作者も使用者もそこの連中。この椅子は本来『そっち側』に存在して当然の物になる。まぁ、何にしろどろどろしたもんさ。…詳しい事は知らない方がいいだろう。…縁遠い方が真っ当な幸せを掴めるさ。
 …まぁ、身体も心もブッ壊れちまいたいってンならこの『椅子』含め『向こう側』に客人を紹介するのも別に悪いたァ思わないが…みなもの嬢ちゃんはそういう子じゃなさそうだしね?
 ただ、どうも嬢ちゃんの反応見るに、今回だけじゃなく今までも時々『そっち側』に片足突っ込んでるらしいと来た。…ちょっと意外に思ったね。
 …まぁ、可哀想だがその筋から見れば堕とし甲斐のある恰好の玩具、ってとこなのかもしれないか。言われてみればあたしもわからないでもない気がするよ。
 見た目の通りに可愛らしい嬢ちゃんだし、性格も真面目で穏和で純真で――何か仕掛けたらいちいちイイ反応してくれそうだ。

 とにかくね。そんな壊れた使い方をした奴が現れて以来、そっちの用途で主にこの椅子は使われ始めたらしい。
 まぁ、ひょっとするとこの椅子を作った工芸家も、そういう風に使われる事を密かに期待していたのかもしれないけどね?
 それで形が『椅子』だったのかもしれない。
 本当はそっちを本来の用途にしたかったのかもしれない、そんな風にも思えてくるよ。

 だってそうだろ、魔物を封印する為の呪具、それだけの為の物だって言うなら…――。
 ――…何だってそんな、間違えてつい座っちまいそうになるくらい、何でも無いようなただの椅子に見える形に作ってあるのさ。

 …むしろ、端から何も知らない誰かに間違えられる事を狙っているような気さえして来ないかい?
 そう、ちょうどみなもの嬢ちゃんみたいな子にさ…――。





 今回の件に関しては、あたしが椅子を置いといた場所も悪かったかもしれないね。
 まぁ、こんな物騒な物でもあるからね、目立たないようにと思って奥の方に並べておいたのさ。…奥って言っても見えないところに仕舞ってある訳じゃ無くて、商品として陳列してあった。
 でもそれが却って、嬢ちゃんの目にはちょうど休憩用に置いてある椅子にでも見えちまったみたいでねぇ。…確かに形は何でもない形なんだ。ごく普通の単なる椅子。それもどういう訳か、何処に如何置いても妙に場所に馴染むようなところがある。商品には見えなかったのかもしれない。

 その時、みなもの嬢ちゃんは多分、置かれている商品の――古びた器物の雑多な念にあてられて気疲れしてたんだろうね。
 幾ら常連だ、慣れてるって言っても、限度ってものがある。
 この店の雰囲気は…常連でもきつい場合があると思うからねぇ。
 ましてや、こんな年若い嬢ちゃんともなれば。
 あてられて当然さ。

 …にしても。
 ちょいと俄かに憶えの無い「苦悶の表情をした少女の彫像」が付いた形の退廃趣味な椅子――変わり果てちまったみなもの嬢ちゃんの姿を見付けた時は――あの椅子仕舞っておけば良かったとしみじみ思ったよ。

 思ったより早く倉庫での野暮用が済んで店の方まで出て来られたから――そこで、椅子になっちまってた嬢ちゃんをあたしが偶然すぐに見付けられたから、まぁ、どうにか事無きを得たけれど。
 でも比較的すぐに見付けられたのも…もう本当、奇跡的な偶然だよ。みなもの嬢ちゃんが店に来てたのもあたしは知らなかった訳だし、椅子自体が結構奥に隠すように置いてあった訳だから、一つ間違えば全然気付かないでずっとほったらかしになってたかもしれない。いや、むしろほったらかしになる可能性の方がずっと高かったんだ。…うちの商品は滅多に捌けやしないンだからね。
 もしあたしが気付かなけりゃ嬢ちゃんは…生きたまま永遠に肉体を椅子に封印されて…アンティークショップ・レンの片隅に眠る、って憐れな事になってたかもしれないよ。…冗談じゃなく本気でね。

 うちの品物を甘く見た報い、って簡単に言うにも…嬢ちゃんの場合、物が物だけにちょいと酷過ぎる事になってたような気がするね。この椅子のせいで椅子になっちまってたって事は――その『過程』の方はもう全部余さず味わった後だって事になっちまうからさ。
 椅子の彫像になっている時の表情を見れば――余程の目に遭わされた事はあたしじゃなくともすぐわかる。
 …何とか封印解いて解放してあげた後、みなもの嬢ちゃんはぶるぶる震えっちまっててねぇ。
 こっちが介抱するのにも――ちょっと触るだけでも過敏に怖がっちまう始末だったんだ。

 全く、自分の店の商品、甘く見過ぎていたよ。
 …本当に、ね。





 ただちょっとそれ以来ね、困った事が起きてるんだよ。
 …その椅子、仕舞おうとした…とは言ったよね。
 実際にその件があって以来、何度も確り片付けた。
 なのにその椅子、どういう訳か…本当の意味で仕舞えないんだよねぇ。
 何度倉庫に仕舞ってもどういう加減でか…気が付けば店の中、同じ場所に何でも無いように自然に置いてある。
 まるで、誰か何も知らない生贄が座るの待ってるみたいにね。
 ひょっとしたら、みなもの嬢ちゃんの件で味をしめたのかもしれない。…そんな気さえするよ。

 だからさ。
 あんたもみなもの嬢ちゃんみたいに間違って座らないように、くれぐれも気を付けとくれ。


【了】