コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

 昼下がりの蒼月亭…ランチタイムの客も引け、そこにはゆったりとした時間が流れていた。
 黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)は週に二回ほど蒼月亭で午後のティータイムを楽しんでいる。
 美味しい紅茶に添えられているお菓子。小さくかかっているジャズと静かで落ち着ける雰囲気。そして…。
「魅月姫さん、いつもご来店ありがとうございます。これ、英国風のパンケーキなんですけど、よかったら味見して下さい」
 そっと差し出された焼きたてのパンケーキ。それはあまり大きすぎず、英国風にレモンと粉砂糖、そしてブラックベリーのシロップが添えられていた。それを出した立花・香里亜が少し恥ずかしそうに笑う。
「ありがとう、頂くわ」
 魅月姫は遙か昔に参加したティーパーティーを思い出しながら、パンケーキにレモンを搾り粉砂糖を振りかけた。そして焼きたてのそれを食べゆっくりと紅茶を飲む。
「どうですか?今日初めて作ってみたんですけど…」
 甘酸っぱいパンケーキに、アールグレイの香り。魅月姫は優雅に微笑みながら、香里亜に向かって満足げに頷いた。元々無表情気味な魅月姫であるが、香里亜の前では自然に表情が出る。そしてその微かな違いを彼女は分かってくれる。
「とても美味しいわ。このパンケーキは英国で出しても喜ばれる味よ」
「ふふっ、良かったです。魅月姫さんのお墨付きなら安心です」
 この店に通っているのには理由があった。店の雰囲気が静かで落ち着けるだけでなく、ここで昼間働いている香里亜が入れる紅茶を、魅月姫はとても気に入っているのだ。ちょっとしたお喋りと紅茶を楽しむため、多いときには一日おきに来ることもある。
「マスターはどうしたのかしら…」
 マスターであるナイトホークの姿が見えないことに気がつき魅月姫がそう言うと、香里亜はカウンターの奥を指さした。
「紅茶を楽しむお客様がいるときは、煙草の煙がが邪魔になるからって裏で吸ってるみたいです。私がここに来てから『さぼれるから楽だ』とか言ってるんですよ、ナイトホークさん」
 そう言いながらくすくす笑う香里亜を見ると、何だか楽しい気分になってくる。初めて会ったときから思っていたが、彼女がいると自然に周りが和む。その雰囲気も魅月姫が心地よいと思う理由の一つなのだろう。
「そう…じゃあ、ゆっくり紅茶を頂くわ」
 ベルガモットの香りが鼻をくすぐる。
 その清々しい香りを嗅いだとき、魅月姫はこの前の事件のことを思い出した。
 花泥棒ギルフォード…いや、花泥棒で済んだだけで良かったのかも知れない。自分の楽しみのために犯罪を行う快楽犯罪者。そのギルフォードが悪戯のように何処かから花を盗み、香里亜の元に届けていた事件。芥子の花などを贈るなど、悪ふざけにも程がある。
「そう言えば、あれから変なことはない?」
「あれからって?」
「あの花泥棒よ。香里亜に何もしていなければいいんだけど…」
 去り際にギルフォードが言った『また何処かで会おうぜ。香里亜ちゃん』と言う言葉が、魅月姫はずっと気になっていた。明らかに香里亜は、あの快楽犯罪者に目を付けられている。何もなければいいのだが、もしまた悪さをするようであれば…。
 持っていたティーカップを置き、魅月姫は香里亜の顔を見た。だが、香里亜は肩をすくめるようにしてくすっと笑う。
「今のところ、何もないみたいです」
「そう?何かあれば、私で良ければ相談に乗るから遠慮しないでちょうだいね」
「はい。あの時は皆さんにいっぱい心配かけちゃいましたから、今度何かあったらすぐに相談しますね…っと、私もそろそろ休憩しようっと」
 香里亜が時計を見てそう言いながら、カウンターの裏に声をかける。
「ナイトホークさーん、休憩に入りますねー」
「はいはい、お疲れ」
 香里亜がエプロンをはずし、自分用のティーポットを持って魅月姫の隣にちょこんと座った。焼きたてのパンケーキも目の前に置き、嬉しそうに紅茶を注ぐ。
「ふふっ、ご飯とおやつの時間が楽しみなんですよねー。いただきまーす」
 そんなことを言い、香里亜がパンケーキにレモン汁をかけるために俯いたときだった。
 いつもは服に隠れていて見えなかったのだが、首に何かひものようなものを下げているのが魅月姫から見えた。アクセサリーなどの類ではない。それは手作りで、かなり長いこと使われているようだ。
 それからは何かを一生懸命押さえるような、それでいて包み込むようような力を感じる。
 魅月姫はそれが何だか気になった。
「ねえ、一つ聞いてもいいかしら?」
「何ですか?」
 パンケーキを嬉しそうに食べながら、香里亜が魅月姫の方を向く。
 おそらく首から下げた『何か』について聞いたとしても、香里亜はいつものように笑って答えるだろう。ただ、それが触れられたくないことだとしたら…。
「嫌だったら答えなくてもいいのだけれど、首から何を下げているのか気になったの。いつもはこうやって隣でお茶を飲んだりしないから、見えなかったのだけど…」
 遠慮がちに魅月姫がそう聞くと、香里亜は紅茶を一口飲んだ後、照れくさそうに笑いながらカップを置いた。
「あ、これ『お守り』なんです。おと…父が作ってくれたんですけど、首から下げられるように自分で袋を作ったんですよ」
「お守り?」
 魅月の言葉に香里亜が頷く。
「はい。大事な物なんです」
 本当に大事なのだろう。香里亜は何かを思い出すように、ちょうど『お守り』のある位置を服の上からそっと触れる。
「もし良かったらそれを見せてもらえるかしら。首から下げたままでいいのだけれど」
「いいですよ。魅月姫さんはお客様ですから」
 ごそごそと胸元からお守りを出し、香里亜はそれを魅月姫に手渡した。手作りの袋の中に、力の込められた何かが入っている。
 それを興味深げに見ている魅月姫を見ながら、香里亜はゆっくりと話し始めた。
「信じてもらえるか分からないけど…私、人じゃない者が見えたりその声が聞こえたりするんです。それを上手く払えたり出来たらいいんですけど、どうしても感情移入しちゃって…」
 魅月姫はそれを黙って聞いていた。
 初めて香里亜に会ったときから彼女には何かあると感じていたが、これで納得した。
 香里亜は、人間と闇の存在である自分達の境目に立っているのだ。もしかしたら人間よりも、自分達に近しいのかも知れない。
 だが、普通に人として生まれた香里亜にそれは辛いことだったのだろう。人が見えている世界と、香里亜が見る世界は全く違う。しかも、それらがすべて友好的な存在ではない。自分で「悪しき存在」と「好意的な存在」を見極めなければならないのだ。
「だから、それに振り回されないようにって父が作ってくれたんです。でも本当は、これがなくても、自分で何とかしなきゃならないんですけどね…」
「そんなことないわ」
 ゆるゆると魅月姫は首を振る。
 元から自分のように闇の存在であれば、生きていくのはもっと簡単だったのだろう。香里亜の力なら、その辺りにいる弱い存在であれば充分に押さえつけられる。
 魅月姫が香里亜の側にいると心地よいと思うのも、お守りだけで押さえられない力が周りに溢れているからなのだろう。だがその代わり、虫たちが強い光に引き寄せられるように、ギルフォードのような者に目を付けられてしまうのだ。
「香里亜は優しいから、きっと声を聞くと何かせずにいられなくなっちゃうのね」
 少し俯き何かを考えた後、魅月姫は自分の右の小指と香里亜の小指を絡めた。
「でも約束よ。そういうときは一人で何とかしようとしないで、私に相談してね。私達、友達なのだから」
 香里亜はそれに一瞬驚いたが、次の瞬間またいつものように微笑んだ。
「そうですね。東京に来てからたくさんお友達も出来ましたし、魅月姫さんも大事なお友達なんですよね…分かりました、今度何かあったらすぐに相談します」
「それならいいの。さあ、冷めないうちにパンケーキを頂きましょう。これは暖かいうちに食べるのが一番なのよ…このシロップは香里亜の手作りかしら?」
 ブラックベリーのシロップをパンケーキにかけながら、魅月姫がそっと笑う。
「そうです。最近古いレシピの載っている英国のお菓子の本を買って、色々作っているんです。今度、すずらんのケーキとか、はちみつのタルトに挑戦しますね。そしたら、また味見しに来て下さい」
 すずらんのケーキ…懐かしい言葉に、魅月姫は紅茶を飲みながらゆっくりと思い出す。
 メレンゲとバターを使ったクリームのたっぷり乗った、まだ生クリームがなかった頃の古いレシピ。
 きっとそれは優しくて、紅茶をゆっくり味わうのにぴったりの味だろう。
「楽しみにしてるわ」
 ブラックベリーのシロップを堪能しながら、魅月姫は満足そうに頷いた。

「また来て下さいね」
 帰り際、店の外まで見送りに来た香里亜に、魅月姫は持っていたレースのバッグから真紅の石が嵌ったブローチを差し出した。それは周りの葉っぱなどの部分が銀で出来ており、石の部分が薔薇の形に彫刻されている上品な物だった。
 それを受け取った香里亜は、きょとんとしながら魅月姫の方を見る。
「あの、これは…?」
「香里亜は何かと心配だから、私からもお守りにこれを」
「いいんですか?だってすごく高そう…」
「いいのよ。私が香里亜にあげたかったのだから」
 それは魅月姫の魔力を結晶化した宝玉を嵌めたブローチだった。あのお守りだけでは、そのうち香里亜の力を受け止められなくなるだろう。そんなことがないよう、お守りの後押しをするべく魅月姫がそっと作り出したのだ。
「貸してちょうだい、私がつけてあげる」
 ブローチを受け取り、魅月姫は香里亜の服の胸元に薔薇を一輪飾った。それはそこがずっと定位置だったとでもいうように、胸元で静かに光っている。
「よく似合うわ。お守りだと思って毎日つけてちょうだいね」
 香里亜は胸元のブローチを見て照れくさそうに笑って、それから何かに気付いたように魅月姫の顔を見た。
「ありがとうございます…あっ、ちょっと待ってて下さいね」
 そう言うと香里亜は大急ぎで自宅の方に向かい、また魅月姫の方に戻ってきた。手には白いレースで出来た何かを持っている。
「これ、薔薇のポプリなんです。サシェも自分で作ったんですけど、良かったらブローチのお礼にもらって下さい」
 それは、ほんのりと薔薇の香りがする可愛らしい作りのサシェだった。気など使わなくてもいいのに、こういうのが香里亜の可愛いところだ。魅月姫はくすっと笑いながらそのサシェを受け取る。
「ありがとう、大事にするわ。それじゃあ、ごきげんよう」
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」
 今日はこのポプリの香りと共に、ゆっくりとした夜を過ごせそうだ。魅月姫は歩きながらサシェを頬に当てそっと呟く。
「また来なくちゃね…」
 ゆっくりと紅茶を楽しむために。
 そして香里亜と楽しくお喋りをするために。
 夕暮れの街並みの中を、魅月姫は飛ぶように去っていった。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4682 /黒榊・魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
今回は香里亜とのお話と言うことで、一緒にお茶を飲んだりしながらお守りや香里亜の力について触れさせていただきました。真紅のブローチは大事に身につけさせていただきます。きっとお守りがなくなったりしても、いつでも魅月姫さんの力があれば大丈夫そうです。
昔のことをよく知っているようですので、英国の古いレシピからお菓子の作り方などを出させていただきました。お気に召していただければ幸いです。
また蒼月亭にお茶を飲みに来て下さいませ。