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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「いただきます」
 遅めの昼食を取りに、デュナス・ベルファーはいつものように蒼月亭へと来ていた。今日のメニューはチキンカツに、温野菜のサラダ、それに焼きたてのパンがついている。ここのランチは、マスターであるナイトホークの気まぐれでいつも一人一人メニューが違うが、不思議とその時食べたいものが出てくる。そして料金も良心的だ。
 ただ、それだけが理由でこの店に通っているのではない。もっと大事な理由は…。
「ゆっくり召し上がって下さいね」
「はい…」
 この店で昼間働いている、立花香里亜のことがデュナスはずっと気になっていた。彼女と初めて出会った日に大きな瞳で見つめられてから、その姿が頭から離れないのだ。
 いつもここに来てランチを食べたり、コーヒーを飲みに来たりしているのだが、奥手なデュナスはなかなか香里亜と話すきっかけが掴めない。
 昼下がりの店の中は人がほとんどいない。そんな中、ナイトホークはカウンターの隅でシガレットケースから煙草を出し、香里亜はカウンターに飾ってある花瓶にバラを生けている。それを見てデュナスは、今がバラの見頃なことを思い出す。
 仕事で色々調べていたときに良さそうなバラ園を見つけた。バラの種類もたくさんあり、きっと香里亜を連れて案内したら喜ぶだろう。
 それに…この前買ったプレゼントも渡したい。
「あの、香里亜さんちょっとよろしいですか?」
「はい。お水のお代わりですか?」
 香里亜が花瓶から顔を上げてにっこり微笑む。
 デュナスはその微笑みに戸惑いながらも、何とか言葉を吐き出した。今勇気を出さなければ、何だか一生後悔しそうな気がする。
「いえ…もし良かったら、今度のお休みにでも一緒にバラを見に行きませんか?素敵な庭園を見つけたんで、是非香里亜さんを案内してあげたいと思うんですけど」
「えっ?バラ園ですか?」
 バラ園という言葉に、香里亜は両手を胸の前で組み目をキラキラさせる。デュナスはその仕草を可愛いと思いながら、持っていたフォークを皿の上に置いた。
「ええ、確か香里亜さんは花が好きと聞いていたので…もし良かったら、ですけど」
「東京だと今ぐらいがバラの見頃なんですか?北海道だと七月ぐらいにやっと見頃なんで、何か驚いちゃいました。でも、私なんかでいいんですか?デュナスさん、彼女とか…」
「い、いえっ、そういう人はいないんです…っ」
 その会話をカウンターの隅で聞いていたのか、ナイトホークが二人の方に近づいてきた。そして、香里亜と自分を見てくすくす笑う。
 …どうやらこの様子だと、ナイトホークにはすっかり気付かれているらしい。
「せっかく案内してくれるって言うんだし、お前方向音痴だから誰かいないとたどり着けないだろ、行ってこいよ。それともこいつと一緒は嫌か?」
 あまりに直球なナイトホークの言葉に、デュナスは思わず赤くなりながら狼狽えた。ここで「嫌」と言われたら立ち直れる自信がない。だが、香里亜はそんな自分に気付かないかのように、笑いながら頷く。
「そうですね、じゃあ私来週の火曜日がお休みなんで、デュナスさんよろしくお願いします。何時頃待ち合わせますか?」
 あまりにすんなりと行くことが決まったので、デュナスは慌てて胸ポケットから手帳を取り出して調べていた項目を見た。行こうと思っていた場所は午前九時から開園しているが、あまり早い時間だと大変だろう。
「香里亜さんは何時頃がいいですか?」
「えーっと、私は十時頃だと嬉しいです。デュナスさん、嫌いな食べ物とかあります?」
 突然の質問に、デュナスは首を横に振った。とりあえずどうしても食べられないものはない。
「じゃあ、来週の火曜日十時に迎えに来ます」
「ありがとうございます。じゃあ、お弁当作りますから楽しみにしてて下さい」
 そう言いながら微笑む香里亜と一生懸命頷くデュナスを見て、ナイトホークは笑いながら「良かったな」と言っただけだった。
 それがどちらに向けられた言葉なのかは分からないが。

 その当日は、デュナスが作ったてるてる坊主がきいたのか、梅雨の合間のいい天気だった。
「デュナスさん、おはようございます」
 十分前にデュナスが店の前に行くと、香里亜は手を振りながら店の前で立っていた。片方に白い日傘をさし、胸元があまり開いてない清楚なピンクのワンピースに白いカーディガンを着ている。そして手には可愛らしいバスケットとバッグを提げていた。
 デュナスは少し小走りになりながら、香里亜の前に行く。
「おはようございます。待たせちゃいましたか?」
「今出てきたばかりだから大丈夫です。雨じゃなくてよかったですね…私、楽しみすぎててるてる坊主作っちゃいました」
「えっ…私もです」
 その言葉を聞き、香里亜は可愛らしく笑う。デュナスは香里亜が持っていたバスケットをそっと手に取った。確かに持ち手の部分に小さなてるてる坊主が下げられている。
「これは私が持ちますね。じゃあ、出かけましょうか」
「はい。今日はよろしくお願いしますね、デュナスさん」

 デュナスが案内した『旧古河庭園』は、JR駒込駅から約十分ほど歩いたところにある。入り口で入園料を払おうと香里亜がバッグから財布を出そうとするのを、デュナスはそっと止めた。
「今日は私が誘ったので、ここは私に払わせて下さい」
「いいんですか?」
 小首をかしげる香里亜に、デュナスは悪戯っぽく微笑む。
「なんて、ここの入園料は安いんです。東京都が国から無償で借りている公園なんですよ」
 それを聞くと香里亜は安心したように頷いた。
「じゃあ甘えちゃいますね」
「どうぞ。じゃあ行きましょうか」
 入り口からゆっくりと歩きながら、二人はまず洋館側にあるバラ園に向かった。一番満開の時期である五月の下旬は過ぎてしまったが、またつぼみがふくらみ花を付けていた。洋館の正面や横にもたくさんの種類のバラが咲いている。
 花の側に近づくと、香里亜は花に顔を寄せ一輪ずつ香りを楽しんだ。
「たくさんの種類があるんですねー、素敵です」
「喜んで頂けて嬉しいです」
 花びらに触れないように、そっと顔を近づける香里亜を見てデュナスは思わず微笑んだ。花が好きと聞いていたので、喜んでもらえるだろうとは思ってはいたのだが、こんなに楽しそうにしていると誘った自分も嬉しくなってくる。
「バラって、お姫様の名前がついてるのが多いですよね。ここにもありますけど『ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ』とか、『プリンセス・ミチコ』とか」
 クリーム色にピンクのグラデーションが美しい『ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ』の前で香里亜が立ち止まり、デュナスの方を向いた。デュナスはその姿を見ながら、同じようにバラを見る。
「そうですね、この『ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ』は、苗を求める事でダイアナ基金などに寄付されるんですよ。そう思うと、在りし日の彼女を思い出させますよね」
「デュナスさん、博識なんですね」
「いえ、私の国…フランスでは皆バラが好きですから。私の実家の庭にもこの花が咲いてました」
 そう言いながらデュナスは自分の祖国のことを思い出した。今見ている花と同じ物が、庭でも綺麗に咲いているのだろうか…。何だかひどく遠い昔の出来事のようで、上手くそれが思い出せない。
 そんなデュナスを見て、香里亜も日傘を回しながら話す。
「そうなんですか。私の家にもつるバラがあったんですよ。あんまり手入れしてないのに綺麗に咲いてくれてて、すごくいい香りで…確か『カクテル』って名前の花なんです。北海道だとまだ早いかな…」
「『カクテル』ですか。きっとナイトホークさんが聞いたら喜びそうな名前ですね」
 デュナスが微笑むと香里亜は傘を回すのをやめ、またいつものように笑った。
「そうですね。でも、お店の前にアーチ作っちゃったりしたら、きっとナイトホークさんのことだから『店の雰囲気に合わねぇ』って言うんですよ」
「…っ」
 その『店の雰囲気に合わねぇ』というナイトホークの真似が思いもよらず似ていたせいで、デュナスは不意をつかれて思わず吹き出した。
「あはは…すごい似てます。そんな喋り方しますよね」
「似てますか?この前本人の前でやったらものすごい不評だったんですよ。今度他の人にも見せようかな…あ、デュナスさんおなかすきません?」
 時計を見ると十二時近い。確かに駅から歩いたりしたせいで、少し小腹が空いている。
「もうそんな時間なんですね…この先に芝生がありますから、そこに行きましょうか」
「今日はいなり寿司とのり巻きを作ってきたんですよ。デュナスさんおいなりさんとか好きですか?」
 聞かれなくても答えは一つだ。デュナスは手に提げたバスケットの重みを感じながら、そっと頷く。
「ええ、大好きです…」

 芝生の上で香里亜の作った昼食をゆっくり食べ、今度は日本庭園の方に二人は足を伸ばしていた。二枚橋付近では花菖蒲が紫や白の花を咲かせており、アイガモ達が水の中をゆっくりと泳いでいる。
「バラも素敵ですけど、日本の花もいいですよね」
 遠くの菖蒲をまぶしそうに眺めながら、香里亜は一生懸命アイガモに向かって手を出す。
「そうですね。日本に来たときちょうど春で、桜が満開だったのが印象的でした…フランスだと桜桃の花はあっても、桜の花は珍しいので」
 同じように手を差し出すデュナスに、香里亜は橋の上でスカートを気にしながらちょこんとしゃがんだ
「そうなんですか?じゃあフランスの春の花って何なんですか?」
「うーん、マグノリアですかね」
「マグノリア…あ、私その練り香水持ってます。ちょっと待ってて下さいね」
 そう言うと香里亜は立ち上がり、バッグの中から小さな缶を出した。その缶には「EAU du VAL」と書いてあり、開けるとほんのりと甘いが香りがする。
 その優しくて控えめなマグノリアは、香里亜にとても似合っているような気がした。それを香里亜はそっと指先に取り、デュナスの耳元に手を伸ばす。
「うーん、届かない」
 小柄な香里亜が一生懸命手を伸ばしているのを見て、デュナスはそっとかがんだ。耳の裏に付けられた香りがそっと鼻をくすぐる。
「ありがとうございます。いい香りですね」
「良かった。男の人に香水って変かなって思ったけど、マグノリアは何だかデュナスさんに似合ってるような気がします」
 香里亜に似合っていると思っていた香りが、香里亜からは自分に似合っていると言われたことに、デュナスは思わず香里亜の顔を見た。香里亜は同じように香水を少し指に取り、自分の耳の裏に付け、くすっと笑う。
「お花を見に来たのに、何か香水の話になっちゃいましたね。でも、さっきのバラもいい香りでした…菖蒲もいい香りなんですよ。近づけないのが残念です」
 そういえば、さっき香里亜に触れられたのに全然顔が赤くならなかった。なのに、今触れられたところがほんのり暖かい…そんなことを思いながら、デュナスは橋を歩く香里亜の姿を目で追いかけていた。

「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
 日も傾き、家の前まで一緒に歩いてきたデュナスに、香里亜はぺこりとお辞儀をした。
「私こそ楽しかったです…」
 楽しい時間は過ぎるのが早い。そんなことを思いながらデュナスはスーツのポケットに手を入れる。指に触れるリボンの感触…この前露店で買ったロザリオの入った箱を、デュナスは香里亜に差し出した。
「これは?」
 ピンクのリボンがかかった小箱を見て、香里亜が小首をかしげる。
「開けてみてください」
 その中に入っていたのは、数珠の部分が淡水パールで、メダルの部分に聖母マリアの横顔が刻印されているアンティークのロザリオだった。デュナスはあの時老婆に言われた『今は渡せなくても、きっと渡せる時が来ますよ』という言葉を思い出しながら、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「これはその…いわゆる『お守り』です。あなたを悪しき物から守ってくれますよ」
「いいんですか?もらっちゃっても」
 その言葉にデュナスはゆっくり頷く。
 すると香里亜はにっこりと笑った後、持っていたバッグをデュナスに預けた。
「ちょっと待ってて下さいね」
 そう言って自宅の方まで階段を一気に駆け上がり、何かを手に持って帰ってきた。香里亜はその包みと、デュナスが持っていた自分のバッグとバスケットを交換する。
「これ…今日持って行ったお弁当の残りなんですけど、良かったらお家で食べてください。冷蔵庫に入れてあったから大丈夫ですよ」
「いいんですか?頂いちゃっても」
 あっけにとられるデュナスを見て、香里亜は笑いながら頷く。
「はい。その代わり、今度お店に来るときに入れ物持ってきてください。じゃあ、今日はありがとうございました。今度は秋のバラを見に連れて行ってくださいね」
 そう言いながら小さく手を振る香里亜を何度も振り返りながら、デュナスは家への道を歩いていった。そして香里亜が見えなくなったところで今までのことを思い出し、あまりの恥ずかしさに思わずしゃがみ込む。
「ゆ、夢じゃありませんよね…」
 膝に乗せた包みの冷たさと、耳の後ろの熱さを感じながら、デュナスはしばらくそこで幸せをかみしめていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6392 /デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
今回は「香里亜をバラ園に誘う」ということで、プレイングに書いてありました『旧古河庭園』にお出かけしてみました。参考にサイトを見たのですが、本当にたくさんのバラがあって素敵でした。本当はお土産にバラの花びらが入った「薔薇羊羹」を買わせたかったのですが…(笑)
前のシチュノベに書いたロザリオのことも覚えていただいて嬉しいです。お守りとして大事にさせていただきます。
祖国であるフランスの話にも少し触れさせていただきました。リテイクなどがあれば遠慮なく言ってください。
またこういう機会がありましたら、香里亜を誘ってやってくださいませ。