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コピー機退治
三下・忠雄は、コピー用紙の束を抱えて固まっていた。
「ど、どうしたんだろ、このコピー機……」
彼の目の前にある、コピー機とFAX、そしてプリンタが一体になった複合機は、先ほどから白紙を吐き出し続けている。
自分のパソコンから、プリントアウトをしたのは三下だ。
資料を印刷したはずなのだが、出てくるのは白紙ばかり。
なにか操作を間違えたかと思って何度かやり直したのだが、結果は同じ。
ちなみにコピー以外も出来るのに、わかりやすいからと皆コピー機としか呼ばない。
「ちょっとさんしたくん、プリントアウトにどれだけ時間かかってるの? 資料まだ?」
「え、あ、あぁ、はい、すいません! で、でもこれおかしくて……」
月刊アトラス編集部の編集長、碇・麗香に叱られ、三下は慌てて返事をする。
碇はヒールの音を立ててやってきて、三下の手元を見る。
「やだ、故障? これって新しいやつじゃないの? ちょっとどいて、邪魔よ」
「んがっ」
言いながら碇は三下を押しのけ、コピー機を調べ始めた。
「別にエラーは出てないわね。再起動してみたら?」
「それが、その、電源はもう切ってるんです」
「は?」
眉をしかめた碇が見ると、確かに電源スイッチはオフになっている。
が、コピー機は変わらず動く。
「故障ね」
言い切った碇は、電源プラグを抜いた。
が、コピー機は変わらず動く。
「……どういうこと?」
碇がいぶかってコピー機に手を伸ばすと、突然、上部の蓋が大きく開いた。
そしてまるで何かの生物のように身をくねらせると、碇に向かって倒れこんできた。
「ちょっ、何よこれっ!」
間一髪避けたが、コピー機は蓋を口のように開閉させながら、バネのついた玩具のようにキャスターを鳴らて跳ね回る。
「さんしたくん、どうにかしなさい!」
驚きで固まっている三下を、碇はコピー機に向かって突き飛ばした。
「――ぅわぁぁっ! た、助けてぇぇ!」
見事に突っ込んでいった三下は、待ち構えていた蓋にがっちりと胴体を咥えられた。
と、コピー面が光り、三下のからだがその中に沈んでいく。
「だだだ誰か、助けて、助けてくださいいっ」
三下は必死に叫んだ。
■■■
シュライン・エマがアトラスの編集部に立ち寄ると、いつになく騒々しかった。
ここは締め切り前になると、人が激しく動き回ったり切羽詰った怒声が飛んだりして、それはいつものことなのだが、
(悲鳴?)
いつもと違うのは、恐慌ともいえるような騒ぎだったこと。
編集部の奥に人だかりができていて、そこが騒ぎの元のようだった。
と、人だかりから距離を取って立っていた麗香を見つけ、声をかける。
「なんの騒ぎ?」
「あらシュライン。いいとこにきたわ」
麗香は笑みを浮かべる。
悲鳴を背にした笑みに、シュラインはわずかに嫌な予感がした。
「ちょっとあれ、どうにかできないかしら」
言って親指で背後を示すと、人だかりの中から叫ぶ声がした。
「編集長、駄目です! こいつ、ぜんぜん開かないっす!」
「あああぁ、か、体が沈むぅぅぅ」
男性編集員の声と、そして知っている情けない声。
シュラインは急いで人だかりを掻き分け、そして目にした光景に一瞬動きを止めた。
わりと新しいらしいコピー機。
そのコピー面に三下が挟まれて、なぜか胴体部分がそこに沈んでいるように見える。
複合機の周りには知っている顔の男性編集員が三人いた。
三人がかりで複合機を押さえつけ、三下の足を引っ張ったりコピー面の蓋を開けようと、悪戦苦闘している。
「痛い痛い痛いっ、そんなに足を引っ張らないでくださいぃぃ」
「ちょ、三下くん? 大丈夫?」
「あぁ、シュラインさんっ! 助けてくださいっ、僕、コピー機に食べられますっ!」
なるほど、とシュラインはとりあえずの危機を理解する。
そして集まっている編集部と野次馬の面々を見回した。
「誰か、香辛料をもってない?」
「あ、俺、一味なら持ってるっす!」
人だかりの中から手が挙がり、すぐに一味唐辛子の赤い瓶が差し出される。
マイ一味なのか、マジックで名前が書いてある。
「ちょっともらうわね」
言ってシュラインはコピー機に近寄り、中蓋を外した一味の瓶を逆さに、コピー面に突っ込んだ。
赤い粒子は光るガラス面に吸い込まれる。
と、甲高いエラー音がして三下がコピー面から弾き飛ばされた。
「うわぁぁぁっ!」
飛んでくる三下を、なぜか皆避ける。
狙ったかのように机と机の間を転がった三下は、三回ほど回転して止まった。
コピー機は一味が効いたのか、蓋を激しく開閉させながら、これもまた床を転がっている。
その動きはなにかの動物のようだった。
シュラインは視界にコピー機を置きながら、三下の側に膝をつく。
「三下くん、大丈夫?」
「あ、え、はいぃ、なんとか……」
そうは言うが回転した勢いで眼鏡はゆがみ、コピー機に食われてしまったのかジャケットの脇が削れたようになくなっている。
シュラインはその様子をざっと見て、
(ん、問題ないわね)
判断してコピー機に向き直った。
ひとまず三下は助けたが、これを放っておくことはできない。
「三下くん、事情を説明してくれない?」
いつでも対処できるようにしながら、シュラインは三下から話を聞いた。
プリントアウトが白紙だったこと、それから突然コピー機が暴れ始めたことを聞いて、シュラインはすぐにいくつかの可能性を考えた。
(まだ新しい機械ってことだから、付喪神の線は薄いわね。あとは新手のキメラか、なにか動物関係の憑き物ってとこかしら?)
キメラだとしたら、どこかに生命体としての反応があるはずだった。
シュラインは改めて、転げ回ってるコピー機の音≠ノ耳を澄ます。
コピー機本体が床に当たる音、パーツのあわせが軋む音、金属部品の擦れる音、中に入っている紙が動く音。
細かい音を拾うが、その中に生物的な音はない。
(キメラじゃない、のかしら)
ならば、憑き物関係の可能性がある。
そう思って、足元に散らばる白いコピー用紙を見る。
確か三下がプリントアウトしたと言っていたものだ。
シュラインは、顔だけで三下を振り向く。
「三下くん、なにをプリントアウトしたの?」
「えぇ、あの、編集長に渡す資料を……」
「だから、それが何なのかシュラインは聞いてるんでしょ?」
麗香が後ろから口を挟む。
「さんしたくんに頼んだのはね、ネットで拾った、その名もあなたにもできる! 超初心者のための簡単召還魔術・第一弾!≠諱v
「……果てしなく怪しいわね」
タイトルも、ネット上で公開されていたというのも、全てがいかがわしい。
「さんしたくん、内容!」
「は、はいぃっ!」
麗香に鋭く命令され、ようやく起き上がっていた三下は背筋を伸ばす。
「え、ええと、僕が印刷したのは、そのサイトにあった、お試し用の召還陣でした。召還と帰還の二種類があって、その召還の方を印刷したら、紙が白紙で出てきて、コピー機が変になったんです」
「召還、ね。なら召還されたなにかが、機械に憑いた可能性が高いわね」
得心したシュラインの背後で、叫び声と悲鳴が上がった。
向き直ると、再びコピー機が暴れ始めている。
とりあえずこれをどうにかしないと、とシュラインは一考。
先ほどは一味で反応があった。
ならば味覚はあるということだ。
シュラインは回りの編集部員たちへ呼びかける。
「誰か、お神酒かお酒を持ってないかしら?」
「ちょっとシュライン、まさかアレに飲ませる気? 壊れるんじゃないの?」
麗香が眉をひそめて言ってくるのに、シュラインは静かに答える。
「でもこれ以上被害が広がると、大変よ」
言うと麗香が周囲を見回す。
改めて見るまでもなく、惨状が広がっていた。
コピー機が暴れまわった床は傷だらけ、机や書類棚も傷やへこみが目立ち、ファイルや紙が散乱している。
何人かの編集部員は、巻き込まれて怪我も負ったようだった。
「……わかったわ。誰か、アルコール類持ってたらすぐに頂戴!」
麗香はすぐに頭を切り替えたのか、手を叩いて呼びかける。
すぐに、一人の男性社員が箱を抱えてきた。
なにかの祝いでもらった日本酒だという。
シュラインは礼を言って素早く包装紙を解き箱を開ける。
中身は言葉どおりの一升瓶。
「誰か、少しだけ抑えてて」
蓋のフィルムを破りながら言うと、数人の編集部員がコピー機に飛び掛る。
すかさずシュラインも駆け寄り、コピー機の口と思しきガラス面に、一升瓶を逆さに突っ込んだ。
数秒暴れていたコピー機だったが、少しすると動きが鈍くなり、気のせいかその白い本体がわずかに赤みを帯びてきたように見えた。
これでひとまず大丈夫だろうと、シュラインは再び三下へと向き直る。
「こ、これが、しょ、召還の陣です」
三下が示した画面には、確かに魔法陣のようなものが表示されていた。
その下には、日本語ではない文字でなにかが書かれている。
「何語なのかわからなくて、読んでないんですぅ」
「これは、ラテン語だわ」
情けない声を出す三下に、シュラインは短く答える。
画像表示のため手書きの癖が強くて読みにくいが、概要は読み取ることができた。
「初歩的、召還の術、迷宮の魔物、下級=\―ミミック=H」
読み上げながら首を傾げると、三下が、あ、と声を上げた。
「あの、あれですっ。ゲームとかによく出てくる、宝箱のお化け!」
言われてみれば、どこかでそんなものも見た気がする。
かすかに記憶にあるのは、ゲームかなにかで見た映像だが、確かに動きは似ている。
なるほど、と思いながらシュラインは三下に聞く。
「帰還の術っていうのはどれ?」
「あ、こ、これです。このフォルダの、このファイル」
言ってクリックすると、似たような魔法陣の描かれたHTMLファイルが開かれる。
その下にはやはり癖字のラテン語で、これが帰還の術であるとの説明。
「これ、あの機械で印刷できるかしら」
「え、ええと、い、印刷……あ、アイドルになってる……で、できるみたいです」
「じゃあ、お願いね」
「は、はいぃっ」
悲鳴のような返事を上げて、三下がエンターキーを押す。
二秒ほど間があって、不意にコピー機が大きく一度震えた。
と、固まったように動きが止まり、排紙口から白い紙が吐き出された。
A4の紙が一枚、床に落ちる。
それきり、なにも動かなくなった。
全員が沈黙している中、それを破ったのは麗香だった。
「さ、皆片付けるわよ。これで原稿落としてみなさい、容赦しないわよ」
一斉にあたりが騒がしくなった。
コピー機の様子を恐々と調べる者、掃除道具を持ってくる者、ファイルや紙を拾い集める者、皆慌てて元の仕事に戻ろうとする。
幸いコピー機に異常はなかったようで、何人かで元の場所へ直し始める。
そんな中、ノートパソコンを抱えたまま、そっと立ち去ろうとした三下の襟首が掴まれた。
掴んだのは笑顔の麗香だった。
「さんしたくーん、この落とし前はちゃーんとつけてもらうわよ?」
「ひぇぇぇっ、ご、ごめんなさいっ」
泣きそうな三下を、麗香は容赦なく襟首を掴んだまま引きずっていく。
あらあら、とシュラインはその光景を見送った。
途中、麗香が振り向く。
「シュラインはちょっと待っててね。終わったらお礼するから」
「そんな、いいのよ」
「駄目よ。こういうことはちゃんとしないとね」
言ってまた、三下を引きずって奥の部屋へと消えていく。
「た、助けてくださいぃぃっ」
悲鳴をあげる彼に、シュラインは同情を交えた笑みを浮かべながら、「頑張ってね」と手を振った。
助けを求めた三下の手は、ドアの向こうへ消えた。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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いつもありがとうございます、ライターの南屋しゅうです。
今回は久方ぶりの依頼となりましたが、
ご参加いただき本当にありがとうございます。
多少文字数が多めになりましたが、
楽しんで頂けましたら幸いです。
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