コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


大神家の一族【第1章・東京編】
●オープニング【0】
 LAST TIME 『大神家の一族』――。
 草間興信所にて、帰りの遅い草間武彦を待っていた草間零。その零に悪い知らせが飛び込んできたのは、5月1日夜9時前のことだった。大慌てで瀬名雫が事務所に飛び込んできたのだ。
 雫が抱えてきたノートパソコンで見せたのは、今まさにパトカーへ乗り込まんとする草間の姿。とある大型掲示板に張られていたというのだ。しかも、同日起こった金沢の殺人事件の重要参考人として……。
 雫から連絡を受けて駆け付けてきた月刊アトラス編集長の碇麗香が矢継早に零へ尋ねるが、零だって何が何やら分からない。何故草間が金沢に居たのか、それすら分からなかったのだ。
 そうこうしているうちに、日付が変わった深夜3時のこと。事務所に意外な訪問者があった。監督の内海良司である。過去に依頼などしていて草間とは縁がある訳だが、何故この時間に突然やってきたのか。麗香や雫をはじめ、残っていた者たちは不思議に思った。
「……あいつに頼みたい仕事があって来たんだ」
 現れた内海は真顔でそう言った。
 その内海の様子に何かを感じた麗香は、草間が不在であることを前置きしてから、自分たちでよければ話を聞くと言った。内海は少し考えていたが、やがてこう頼んできた。
「明日からあるタレントの護衛についてほしい。名前は石坂双葉、知ってるかもしれんがモデル上がりの新人タレントだ。今度、秋からの俺のドラマに出てもらうことになった」
 石坂双葉!?
 一同はその名前にはっとして顔を見合わせた。しかし内海は気付かなかったようで、そのまま話を続ける。
「実はだ、彼女曰く近頃視線を感じるというんだ。誰かに見られているというか……1度や2度じゃないらしい。襲われたとかそういうことはないんだ。しかし近頃物騒だからな、何か起きてからじゃ遅い。だから今のうちに、調べてもらおうと思ったんだが……あいつが不在じゃなあ」
「……一応留守の間の権限は預かってるけど?」
 突然、麗香がとんでもないことを言い出した。そこまでの権限は預かっていないはずなのだが、内海はそれを信じてしまったようだ。麗香に感謝して、明日の午後にここへ来てほしいとスタジオの住所を残して帰っていってしまった。
「いいの、勝手に受けちゃって?」
 不安そうに雫が麗香へ尋ねた。
「受けなきゃダメでしょ。何たって、石坂双葉絡みなんだから。東京組は、こっちの線を調べてみましょ。何か分かるかもしれないわ」
 さてさて、そう上手くゆくのだろうか。
 ともかく、草間のことは気になるが、新人タレントの護衛という仕事が発生した訳だ――。

●些細な記述【1】
 5月2日昼前、東京・月刊アトラス編集部。
「……ということなのよ。取材も済んで手が空いているなら、こっちの方を手伝ってもらえないかしら」
「は、はあ……とりあえず事情は把握しましたが」
 月刊アトラスの記者である藤岡敏郎は、とある取材を終え記事も書き上げて一段落していた所、編集長である麗香に呼ばれて何やら話を聞かされていた。草間が重要参考人として拘束された件に始まり、内海の依頼で双葉を護衛することになった経緯まで。
 その様子を、ソファに座っていた高ヶ崎秋五と守崎啓斗がちらちらと見ていた。2人は双葉に関する報告書のコピーへ目を通している最中であった。
「……頼みじゃなくて、命令だよな」
 ぼそと啓斗がつぶやくと、秋五も小さく頷いた。麗香の口調こそお願いだが、その立場からすると敏郎にとっては間違いなく命令である。まあよっぽどのことがなければ拒否など出来るはずもなく。
「さ、それはそれとして……こちらも面白いことになってきましたね」
 とは秋五の言葉。本当なら今朝の一番で秋五も金沢に向かうはずだったのだが、内海の登場で急遽予定変更。東京に残って、こちらの依頼を追ってみることにしたのだ。
「面白いんだか何だかな」
 溜息混じりで啓斗が言った。
(巻き込みたくないから単独行動と、単独行動に走ったゆえに事態悪化とどっちが最悪なんだろうな……)
 啓斗が遠い目になる。これが誰のことを指しているかは言わずもがな。
 だがすぐに元に戻り、報告書のコピーに啓斗は視線を戻した。1年近くかけて調べられているだけあって、内容は結構細部まで記されていた。
「……どんなドラマだ?」
 ふと気になって、啓斗は麗香に尋ねた。そういえば双葉が出演するドラマは、どういった内容であるのだろう。
「ああ、それね。サスペンスだかホラーだかのテイストが入ったミステリーらしいわ。で、彼女の役所は物語の鍵を握るかもしれない謎の少女だそうよ。今朝電話した時にそう言ってたわ」
 答える麗香。あの監督らしいといえばらしい内容だろうか。
「そして今日は、そのドラマのCMスポット撮影……といっても彼女だけみたいね、今日の撮影は」
「だから午後にスタジオに来てほしい、なんて言っていた訳ですよ」
 麗香の言葉に秋五が続けた。撮影だということは内海が現れた場に秋五も居たから聞いていたのだ。
「だったら話をした時に言ってくれ」
「あら、言わなかった?」
 啓斗の言葉にとぼける麗香。聞いてないのだから、麗香が言い忘れたに決まっている。
「……おや?」
 その時、熱心に報告書のコピーを読んでいた秋五が何かに気付いた。
「母親は金沢出身なんですか」
 それは雑多な内容に紛れ、ほんの僅か触れられているだけだった。じっくり目を通していなければ、ついつい見落としてしまっていただろう。
「ちょっと、それ本当?」
 麗香が聞き逃さなかった。
「ええ。書かれている内容が真実なら、という前提がつきますが」
 と言ってから秋五は、草間のことだから十中八九問題ないだろうと付け加えた。
「金沢の人間が調べていた相手の母親が金沢出身ねえ……」
 思案する麗香。するとそれまで黙っていた敏郎が、ちょっといいですかと断ってから話し始めた。
「……ある仮説が浮かんだんですが」
「どんな? とりあえず言ってみて」
「金沢の事件の被害者である大神氏は相当な資産家でしたよね。もし、石坂双葉にその相続権がくるとしたら? 今の話だと、大神氏と彼女の母親は同じ金沢といった接点があります」
「……なるほど、ね。続けて」
 麗香は敏郎の話に頷いてから、先を促した。
「大神氏が草間さんに石坂双葉の調査をさせたのは、その相続権についてではないのでしょうか。その場合……相続権を持つ親族が、石坂双葉の相続権が法的に認められる前に大神氏を殺したという可能性が高くなります。つまり、彼女を調べれば草間さんの潔白の手がかりになる可能性もありますね」
「相続争いはよくある話ね。分かったわ、その仮説を金沢組の耳にも入れておきましょ」
 麗香はそう言ってから、敏郎にこう言った。
「じゃ、あなたも彼女の護衛しながら、その線を調査しなさいよ」
「え」
 敏郎絶句。当初はお願いだった麗香の口調は、ここに至って完全に命令に入れ替わってしまったのだった……。

●楽屋にて【2】
 午後・島公園スタジオ。そこの楽屋の一室に双葉の姿はあった。まだ撮影は始まっていない……というか、楽屋に入った早々なのでそもそもメイクすらまだである。
「お腹は空いていないか? 弁当が用意されているんだが」
 付き人――腰まである綺麗な髪をした女性だ――が弁当を手に双葉へ声をかけた。
「少しでも食べた方がいい……んですよね。撮影は体力使うんだし」
 双葉が自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「でも緊張で、胸がいっぱいで……。ドラマなんて初めてだし……私」
 おやおや、不安やら何やらが双葉を包み込んでいるようである。しかし、無理もない話だろう。何せ新人タレント、経験はまだまだ足らないのだから。
「食べられるなら少しでも口に入れるべきだろう。この仕事はある意味体力勝負だしな」
 付き人の女性、黒冥月がそう双葉へ言った。
(それに毒味も済ませて問題はない)
 冥月は心の中でつぶやいた。能力で金沢から東京へ戻ってきた冥月は、双葉の護衛の話を聞いて付き人として潜り込んでいたのである。毒味などはその一環だった。
「分かりました。食べられるだけ食べますね」
 にこっと笑って双葉は冥月から弁当を受け取り、椅子に座って食べ始めようとした。
(素直な娘だ)
 食事を始めた双葉の姿を見て、冥月はそう思った。実際に顔を合わせてみる前、ひょっとしたら芸能界によく居るわがまま言い放題な娘ではないかといった懸念もあったのだが、そんなことはまるでなく、いい娘であった。
(ふうむ……男性に人気が出そうだな)
 ふとそんなことを思う冥月。直後脳裏に草間のニヤリと笑った顔が浮かんだ。
(もう1発殴ってくればよかったか)
 冥月がこぶしをぐっと握る。実は東京に戻る前、草間を影の内から陣中見舞いしていたのだ。そこで双葉を調べることを伝えると、しばし押し黙ってからこう言ってきたのである。
「ま、好きにするがいいさ。だが、可愛いからって手を出すなよ」
 直後に草間が思いっきりぶん殴られたのは言うまでもなく。
(さて……何が出てくるか……)
 冥月は美味しそうに弁当を食べる双葉の姿を見つめていた。

●角を曲がれば【3】
 腹ごしらえも済み、衣装にも着替え、メイクも終えた双葉は楽屋を出てスタジオに向かう。ちょっと早くスタジオに入って、雰囲気に慣れようというつもりらしい。
 後には当然冥月もついてゆく。と――廊下の角を曲がった所で、双葉が誰かにぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「おっと。これはとんだ失礼を」
 若干後ろへ跳ね返ってしまいそうになった双葉の肩を、角から出てきた男性ががしっとつかんで謝りの言葉を口にした。
「大丈夫でしたか?」
 男性――露樹故が笑みを浮かべて双葉へ尋ねた。こくっと頷いた双葉が、故の顔を見てはっとした。
「あっ」
「おやおや、ご存知でしたか」
「はい! 確か奇術師の……時々、マジックの特番にも出ている人ですよね?」
 双葉のその言葉に、今度は故が頷く番だった。
「でもどうしてここに……」
「それはもちろん、そういった特番の収録があるからですよ」
「あ……」
 双葉の顔が赤くなる。スタジオという場所は、ドラマだけではなく様々な番組が収録されている訳で。そのことをすっかり忘れていた双葉は、だいぶ緊張しているのかもしれない。
 そんな中、2人のやり取りを黙って見ていた冥月が、すっとその場を離れてゆく。と同時に、故はポケットから1組のトランプを取り出していた。
「ぶつかったお詫びに、簡単な手品を披露しましょう」
 故はそう言って、廊下にて双葉を相手にトランプマジックを披露した。内容は簡単だ。最初に双葉に1枚引かせてカードを覚えさせ元に戻す。それからよくシャッフルし、もう1度双葉に1枚引かせる。そこで先程覚えたカードが何であったか聞き、今引いたカードを見させた。
「えっ? 何で? どうしてですか?」
 驚く双葉。そこには彼女の覚えたカードがあったからである。
「これで終わりじゃつまらない」
 故は双葉の手にする1枚のカードと、自分が持っていたその他のカードの山を交換した。
「ワン・ツー・スリー!」
 マジックお決まりの言葉とともに、手にした1枚のカードを双葉の前でふっと振る故。するとどうだろう、1枚だったカードは4枚のAと1枚のジョーカーに早変わりしてしまったではないか!
「凄い凄ーいっ!」
 パチパチパチ、目を丸くしたまま双葉が故に拍手を贈った。故は軽く会釈してから、手にあった5枚のカードを双葉へ差し出した。
「記念にどうぞ」
「……いいんですか?」
「もちろん」
 戸惑う双葉に笑みを見せる故。双葉は礼を言ってからその5枚のカードを受け取った。そこへ冥月が戻ってきて双葉に声をかけた。
「ショーが済んだなら、スタジオへ急ごうか」
「はい!」
 元気よく答える双葉。そして故に改めて頭を下げてから、今度こそスタジオへ向かった。
「もう気配はないなあ……」
 双葉たちの後ろ姿を見ながら、故がぼそっとつぶやいた。
(誰かが見ていたのは間違いないが……逃げ足の早い奴だ)
 冥月はそう思いながら双葉の後ろを歩いていた。
 どうやら今さっき、何者かが様子を窺っていたようである。

●撮影スタジオにて【4】
 スタジオでの撮影はブルーバック撮影だった。つまり背景で何か合成を行うのだろう。秋開始のドラマでこの時期にCMスポット撮影を行うのだから、スケジュールの都合か、あるいは何か凝ったことでもするつもりか。
 内海の指示で、双葉の色々なカットを撮ってゆく。かなりのアップ、かなりのロング、上から、下から、後ろから、前から、果てにはハンディカメラを回転させながら撮ってゆく。使う使わないは別にして、とにかく様々な素材が欲しいに違いない。その素材の山をパズルのように組み合わせ、作品を構築してゆくのだろう。
 多彩なのは撮影のカットだけではない。内海は双葉に多様なポーズを指示していた。傍から見ていると、最初のうちはただ内海の指示に従ってポーズを取るのが精一杯だったようだが、何度も何度も動いているうちに徐々にだが余裕が感じられるようになっていた。それでもまあ、ドラマの経験を積んだ俳優や女優などにはまだまだ及ばないのだけれども。
 やがて撮影は30分ばかり休憩に入る。それまで2時間以上は撮っていただろうか。途中にメイク直しや照明チェックなどが入るとはいえ、ここらできちんと一息つくのは集中力を落とさないためにも必要であった。
 ADの青年がさっそく休憩用に椅子を用意する。それは双葉の護衛のため、内海に頼んでADとして現場に潜り込んだ敏郎であった。
「お疲れさん。喉乾いたろう?」
 撮影の様子をスタジオの片隅で見守っていた冥月が双葉のそばへ行って、自らが管理していたスポーツドリンクのペットボトルを差し出した。撮影で汗もかいているこんな時は、適量のスポーツドリンクは効果的だ。
「お、緊張がとれてきたようだな」
 内海が双葉へ声をかけた。さすがは監督、双葉の緊張などお見通しであった。
「あ、はい。少しずつ身体が動くようになってきた気がします」
 にこっと笑って答える双葉。
「そうかそうか。なら休憩の後は、もっと動きを激しくしてみるか」
 内海も笑う。冗談か本気かちと判別しにくいが、内海のことだからたぶん後者と思われる。
「内海監督」
 と、内海に声をかける者が1人。秋五である。
「来てくれたか、待ってたぞ」
「調べ物していたら遅くなりまして」
 言葉を交わす内海と秋五。双葉がきょろきょろと2人の顔を交互に見ていた。内海が声をひそめて言った。
「こないだ話した時に、視線を感じると言ってたろ。それを調べてもらうための人だ」
「初めまして、高ヶ崎秋五といいます。どうぞよろしく」
「あ……えっと……初めまして」
 よく分からないままぺこんと頭を下げる双葉。
「でも監督、私の気のせいかもしれないのに……」
「そうならそうと分かった方がすっきりするだろ。いい環境で撮りたいだけだ、気にするな」
 申し訳なさそうな双葉へ内海がさらりと言う。この言葉に偽りはない。ただ肝心なことを伏せているだけだ。あくまで『護衛』ではない、視線が気のせいかどうかを調べるための存在ということにして。
 ともあれこの時点の双葉の認識では、内海が雇ったのは秋五のみ……となる。
「いや〜、私あなたの大ファンで〜」
 秋五はそう言ってどこからともなくサイン色紙とペンを取り出した。
「えっ!」
「してやれしてやれ、サインの1つや2つ。これから否応なくしてくことになるんだ、この世界でずっとやってくつもりならな」
 戸惑う双葉に、ニヤニヤしながら内海が言った。サイン色紙には双葉のぎこちないサインが記される。『高ヶ崎秋五さんへ』と名前付きなのは余談。
 そして休憩開始早々、スタジオに新たに1人やってきた。
「監督!」
 元気な男の子の声だ。振り返る内海。
「ん? あれは……」
 声の主が誰だか分かった内海は、男の子に向かって手招きをした。
「まあこっち来い。でもどうした、呼んでなかったろ?」
 内海はやってくる男の子――月代慎へそう声をかけた。すると慎は笑顔でこう答えた。
「今日撮影があるって聞いて、共演者の人に会ってみたくって来てみたんだよ!」
「そりゃ感心なことだ。ちょうどいい、紹介しとこう」
 内海が双葉へ向き直って慎を紹介する。
「今回のドラマの共演者の1人、月代慎だ。どれだけ絡むことになるかはまだ分からんが、よろしく頼む」
「よろしく!」
 慎が先に挨拶をした。慌てて双葉も挨拶を返す。
「よ、よろしくお願いしますね」
 かくして慎も交えて休憩時間を過ごすこととなる。話題は他愛のない話から、最近のプライベート話になっていた。
「でもテレビに出たりすると、街で顔を指差されたりするよね? 何度かあったよ。双葉ちゃんはあった?」
 下から双葉の顔を覗き込み、興味津々といった様子で慎が尋ねた。一見すると話の流れから自然に出た言葉のように思えるが、実はそうではなく。慎は事件のことを麗香経由で知っていたのである。もっともそのことを知っているのは現状麗香他数人で、内密にしているのだけれども。
「あ……う、うん」
 躊躇しながらも答える双葉。秋五がすかさず突っ込んだ。
「ちなみに初めて視線を感じたのはいつでした? 最近だと、いつどこで」
「視線を感じるようになったのは……CMが流れ始めてからかも。最近だと先々週……?」
 首を傾げながら双葉は答える。
「髪の毛がこう……もあっとしてて……眼鏡かけてたかなあ……どうだっけ……? 街中だし、何人か居たから勘違いかな……?」
 なるほど、街中のことで何人か居たのなら気のせいだという可能性も十分あるだろう。だがこの時に重要だったのは、双葉が語った人物像である。何となく、草間を連想させる風体ではないだろうか?
(見られているって意識が高まったのかな)
 双葉の話を聞いていて慎はそう感じていた。テレビカメラはある意味魔力を持った装置である。それを通して非常に大勢の人間が見ている訳だから。カメラも同様だが、そこはそれ、テレビカメラの凄さだ。
 ゆえに見られている意識が高まり、今まで何てことなかった視線まで気になってくるというのは十分考えられることであった。仮に双葉が語った人物像が草間であるのなら、たまたま双葉の視界に引っかかったのであろう。……街中という油断が草間にあったのかもしれないが。
 それから話題はまた転がってゆき、やがて今回のドラマの話に入ってきた。
「ところで監督。彼女演ずる役は、どういった設定になっているんですか?」
 敏郎がそれとなく内海へ尋ねた。
「一言で言えば、謎……だな」
「謎ですか?」
「そうだ、序盤で出てるのは名前くらいになるだろうな。どこに住んでるか、家族構成、その他諸々はまるで不明だ」
「私みたいに、1人暮しだったりするんですか?」
 これは双葉からの質問。
「それも謎だ」
 内海が笑って答えた。
「1人暮しされているんですか」
 敏郎が双葉へ尋ねる。
「はい、モデルからタレントになった時に、事務所の人の勧めもあって東京で1人暮しすることになりました。実家は千葉の遠くなんですけど、そこは父親が今も1人で住んでいます」
「そうですか……都会は物騒ですから、戸締まりには十分気を付けてください」
「はい!」
 敏郎の心配する声に、双葉が元気よく答えた。
「よし、そろそろ撮影再開するか。皆、準備しておけよー」
 内海がスタッフへ声をかけた。休憩も間もなく終わりである。

●怪しき影【5】
「自宅は……こっちの道か」
 啓斗はメモを見ながら歩いていた。双葉の自宅マンションへの道順が記されたメモである。内海を通じて双葉の事務所に許可を取って教えてもらったのである。
(ベランダで警戒だな)
 双葉が狙われているとして、自宅が分からなければそこでの護衛は出来ない。なので、こうして教えてもらったという訳だ。
 今はまだ双葉はスタジオで撮影中だ。啓斗も清掃員に扮して潜り込んでいたのだが、一足先に切り上げて双葉の自宅へ向かっているのだった。それは後から思えば、虫の知らせであったのかもしれない。
(少なくとも、本人に非は見られないようだし……)
 そんなことを思う啓斗。実は啓斗、他にも色々と調べていたのである。双葉の最近1週間のスケジュール、病院通いの有無などだ。
 スケジュールを調べたのは金沢の被害者、大神大二郎との接点がなかったかということだ。これは金沢組の調査によりないことがはっきりとした。大二郎は金沢を離れていないし、双葉も金沢には行っていないのだから。
 病院通いの有無というのは、以前似たようなシチュエーションの事件があったからだ。確かその事件も内海絡みで、薬に細工をされていた……という記憶が啓斗にはあった。なので啓斗がそれを疑うのは自然なことだった。が、残念ながら今回は違う。ここ1週間どころか、半年以上は病院と無縁だということだ。
 やがて啓斗は双葉の自宅マンション、ベランダが見える道へと差しかかる。
「確か2階の一番端……うん?」
 その時、啓斗は目にした。双葉の部屋と思しきベランダから、黒服の男が飛び降りようとしていた所を。
 咄嗟に駆け出す啓斗。怪しい男を捕まえるべく急いだ。急いだのだが――。
「うっ!?」
 背後から迫り来る気配を感じ、ひらりと身をかわす啓斗。今まで居た場所の少し前にこぶし大の石がどすんと落ち転がっていた。
(仲間かっ?)
 石が飛んできた方を見ようとする啓斗だったが、その前にまた別の方向から同じほどの大きさの石が飛んできた。これも見事にかわす啓斗。
「3人以上……」
 壁を背に啓斗は辺りの様子を窺った。しかしもうそれ以上、石が飛んでくることはなかった。ベランダに居た男も、もう逃げてしまったことだろう。
 追いかけようと思えば追いかけることは出来た。だがそれよりも、怪しい男が双葉の部屋で何かしていたのか、その方が気にかかっていた。
 啓斗は双葉の部屋へ急行した――。

●嫌な匂い【6】
 夕方、無事に撮影も終わって、双葉は島公園スタジオの外へ出てきた。これから後は、行きと同じ事務所の車に乗って帰るだけだ。そばには冥月と、秋五の姿もあった。
「お疲れさまでした」
 秋五が労いの言葉を双葉にかけた。照れ笑いを浮かべ、双葉はぺこんと頭を下げる。そして早足で車へ向かおうとしたのだが……冥月がぐっと腕をつかんでそれを止めた。
「待った。……嫌な匂いだ」
 そう言って双葉を後ろ、秋五の方へ下げて、冥月は慎重に車に近付いてゆく。そしてゆっくりと車体の下を見て――。
「バーベキューにはちょっと時期が早いだろう……」
 冥月が忌々し気につぶやいたような気がした。車からオイルが漏れていたのである。
「煙草はしばらくお預けですかね」
 やれやれといった様子で秋五が溜息を吐く。ちょうど煙草を取ろうと思っていた所だったのだ。
「…………」
 その時、双葉は明後日の方を向いていた。今見えているビルの屋上で何か光ったような気がしたのだが、どうも気のせいだったようだ。
 どこからともなく現れた金色の蝶が、ふらふらとそのビルの方へと飛んでいった。

●物語の1つ【7】
 同じ頃、月刊アトラス編集部。麗香がふらりと現れた故と話をしている最中であった。
「……悪いけど、もう1度言ってくれる?」
「ですから、双葉さんは大二郎さんの隠し子ではないかと」
 麗香の言葉に故はさらりと答えた。
「真偽の程は不明ですけど、それを知った……あるいは最初から知っていた春太氏が大二郎さんを強請っていた可能性もないとは言えないでしょう。で、真偽を確かめるため大二郎さんは草間さんに依頼をし、経過報告をするまでになった。大二郎さんが真相を知ると不味いので、何者かに頼んで毒殺をした……という物語は描けませんか?」
 そこまで言って苦笑いを浮かべる故。
「無論、矛盾点もありますが」
 分かってて言ってるのだ、故は。あくまで今回の主体は、可能性の提示ということだろう。
「ただ、彼女の家庭経済事情と父母の出身地、それから春太さんの職業を調べておいて損はない……俺はそう思いますよ」
「経済事情はさておき、出身地と職業は分かっているのよ」
 故の提案に対し、麗香はそう答えた。秋五が他の情報屋に調べてもらった結果が手元にあるのだ。
「母親の出身地は草間の報告書にあった通り金沢、父親は千葉……千葉市内ね。職業は地元の小さな会社の総務課長さんだそうよ。ついでに言うと、血液型は全員A型。戸籍も2人の娘らしいわ」
「おや」
「……隠し子説を完全に否定する材料にはならないわよね」
 そう麗香がつぶやいた時だ、編集部の電話が鳴ったのは。番号は秋五が頼んで用意させてプリペイド携帯電話の1つだった。この番号は啓斗からだろうか。
「もしもし。ああ、何、どうしたの?」
 次の瞬間、麗香の表情がさっと変わった。
「侵入者ですって!? ベランダから……うん……それで盗られた物とかは……まだ分からない? そう、うん、分かったわ……」
 電話を切る麗香。故がその背中に向かって声をかけた。
「危険な状態なら、どこかに匿うのも手だと思いますよ」
「……考えなきゃいけないみたいね」
 麗香がぎりりと歯ぎしりをした。そしてまた電話が鳴る。今度は秋五から、車のオイル漏れの報告であった……。

【大神家の一族【第1章・東京編】 了】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0604 / 露樹・故(つゆき・ゆえ)
                / 男 / 青年? / マジシャン 】
【 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)
     / 女 / 20 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒 】
【 2975 / 藤岡・敏郎(ふじおか・としろう)
    / 男 / 24 / 月刊アトラス記者 キャプテンブレイブ 】
【 6184 / 高ヶ崎・秋五(たかがさき・しゅうご)
               / 男 / 28 / 情報屋と探索屋 】
【 6408 / 月代・慎(つきしろ・しん)
            / 男 / 11 / 退魔師・アイドルの卵 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。『大神家の一族』の第2話・東京編をここにお届けいたします。東京は東京で何やらきな臭くなっていますが……次回辺りが東京は重要かもしれません。
・本文中でフォローしきれなかった情報を1つ。双葉のCM決定もドラマ決定も、オーディションを受けた結果だったりします。だいたい同時期、CMの方が少し早いといった所でしょうか。なのでコネとかでなく、それなりに彼女の魅力・実力が評価された結果ですね。
・黒冥月さん、3度目のご参加ありがとうございます。付き人として双葉のそばに居たのはよい判断だったと思います。ちなみに何も知らず車に乗ってたら危険だったかもしれません。爆発物が仕掛けられたりなんてことはなかったのですけれどね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。