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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ちびっここっくりさん

「はい、どうぞ。一日三回、食後に飲んで下さいね。……では、お大事に。お気をつけて」
 腰の曲がった老婆が何度も何度も頭を下げて出て行くのを見送り、玲焔麒は1つ大きな息をついた。
 直射日光を嫌う種々の生薬を詰めた瓶が並ぶ店内は、ほどよく薄暗い。ここ、東京の片隅に佇む漢方薬の専門店はそこそこ軌道にも乗っているし、焔麒もその天狐という本性を隠し、人の理に従って生きて行くのに何の苦も感じていない。
 さて、後は馴染みの客に頼まれていた香の調合でもしようか、と立ち上がったその時だった。店の片隅で、電話が鳴った。
「ああ、草間だ、悪いんだが、ちょっと頼まれて欲しいことがあってな」
 電話の主は、草間興信所所長、草間武彦だった。
 この男の頼み事というのは、ちょっと漢方薬を用意して欲しい、とかそういうたぐいのものでは絶対にあり得ない。
「何でも友達がこっくりさんにとりつかれたとかいう小学生が来てな……、あんた、こういうのイケるクチだよな?」
 怪奇探偵との別名をとる彼のこと、やはり用件はどこかから持ち込まれた怪奇事件の手伝い要請だったらしい。
「さあ? 私はそのへんの至極平凡な一介の薬剤師ですが……」
「なっ、おまっ……」
 軽く微笑んでからかってやれば、電話の向こうの草間は絶句した。
「で、こっくりさんですか。また古典的ですねぇ」
 たっぷりと数秒程間をおいてから、焔麒は切り出した。
 まあ、相手は小学生ということだし、好奇心からこのようなものに手を出したのだろう。本当に稲荷に取り憑かれたのだとしても、焔麒なら立場上、――できればでしゃばった真似はしたくないのだが――交渉して引き取ってもらうのは容易なことだ。本人たちが二度としないと約束するなら、手を貸してやってもよい気には最初からなっているのだ。
「ああ、そうなんだ。でな、依頼人は小学生の女の子が4人」
 焔麒が事件に興味を示したと察したらしい草間は、たたみかけるように話を続けた。とりあえずしまいまで言ってしまえば勝ち、とでも思っているらしい。
「こっくりさんに憑かれたというのはそいつらの友人のミカという子で、狐にでもなったかのように四つん這いで生活、人の言葉も話さなくなり、『きゅん、きゅん』と鳴き声のようなものを発するのみ。食事もとらず、皿に入れたミルクを飲むだけ。時に人の頬をなめたりするらしい。とまあこういう状態というわけだ」
「なるほど……」
 確かに聞くだに、動物の霊が取り憑いているかのような行動だ。とはいえ、このくらいの子どもは多分に暗示にかかりやすく、実際は霊など取り憑いていないということも十分にあり得る。
「というわけで事務所の方に来て欲しいんだが……、っておい、そこは勝手にいじるなよ! ああ、済まない、こっちの話だ。というわけだ、よろしく頼む」
 向こうは向こうで「非常事態」らしい。慌ただしく言いおいて、草間からの電話は切れた。
「これは……、すぐに来い、ということでしょうねぇ」
 受話器を置いた焔麒は、その端整な唇に微苦笑を浮かべたのだった。

 草間興信所の入っている無愛想な雑居ビルの近くまで着いた時、焔麒は前方の人影に気づいた。男性と見まがうほど長身の女性。もちろん、ただの人間でないことは一目でわかる。その証拠に、彼女が連れているたくさんの気配は、明らかに普通の生き物ではない。
 そして、彼女の目的地もどうやら焔麒と同じらしい。となると、ほぼ十中八九、彼女も草間に泣きつかれたクチだろう。
 そう考えた時、当の女性がこちらを振り向いた。
「あなたも草間氏に呼ばれて?」
 焔麒はこの際とばかり、女性に向かって声をかけた。
「ええ」
 やはり想像は当たっていたらしい。女性は口元を緩めて頷いた。
「玲焔麒と申します」
「陸玖翠(りくみどり)。よろしくお願いしますね」
 互いに名乗ると、翠と焔麒は揃って興信所事務所の前に立ち、ブザーを押した。不必要なまでにけたたましい音が鳴り響く。
「はぁい」
 ここの事務員だろう、コケティッシュな雰囲気の黒髪の女性が、手慣れた動作でドアを開けてくれた。
「こんにちは」
「お邪魔しますよ」
 挨拶をして中に入れば、応接ソファには小学生くらいの女の子が5人ちょこんと座っていた。そのうちの1人は肩までの銀髪を揺らし、体格も一際小さい。とても依頼人たちと同級生に見えないあたり、この子も草間に声をかけられた方だろう。
「おや、これは可愛らしい依頼人たちで」
 少女たちを見回して、焔麒は目を細めた。が、少女たちはぽかんと口を開けて焔麒を見上げている。
 まあ無理もないかと焔麒は内心苦笑した。何せ焔麒の髪は青、瞳は金色ときている。この日本で普通に日常生活を送っている限り、まず目にすることはないといっても良い容姿だ。もっとも、焔麒の本性を知ればその時はぽかんと口を開ける程度では済まないだろうが。
「お、揃ったな。これで全員だ」
 草間の声で、一同は応接室のソファに腰掛けた。とりあえず、といった流れで自己紹介が始まる。まずは、先ほど応対してくれた事務員の女性がシュライン・エマと名乗り、続いて銀髪の少女が元気よく海原みあおだと自分の名を告げた。焔麒と翠もそれぞれ簡単に自己紹介をする。
「よろしくお願いします。どうかミカを助けて下さい」
 依頼人側は、リーダー格の少女がマユリと名乗り、アイサ、ユイ、ミサキと仲間たちを紹介した後で、焔麒たちに深々と頭を下げた。
「こっくりさんみたいに霊を呼ぶことは誰でもある程度はできますがね」
 焔麒はゆっくりと口を開いた。
「望んだ相手がくることは滅多にありませんし、帰すには訓練が必要です。今後二度とこのようなことをしないと約束するのであれば手を貸しましょう」
 一応の反省はしているようだが、念を押しておくに越したことはない。焔麒が少女たちの顔を静かに見つめると、皆、唇を噛んで俯いた。
「はい……。よくわかりました」
「うん……。やっぱりダメって言われてたもんね」
 少女たちの反応を見定めると、焔麒は他の調査員たちと軽く顔を見合わせて頷き合った。
「それじゃあこっくりさんやった時の状況を教えてくれる? こっくりさんをやった日とミカちゃんが狐になっちゃった日って同じ? こっくりさん途中で止めちゃったからそうなっちゃったとかそういうことはない? あと、こっくりさんがダメって言ってたのはそのミカちゃんかしら? それとも先生とか周りの大人の人?」
 シュラインが立て続けとも思える調子で、質問を始めた。
「こっくりさんは3日前、学校が終わった後で、みんなでミカの家に集まってやりました。ミカのお家は広いし、お母さん、お仕事でいないので……。こっくりさんは学校で禁止されてるんですが、その、しゃべっているうちに男の子の話になって……」
 と、それまではきはきと説明していたマユリが言い淀んだ。その隣でユイの顔が青ざめる。どうやらこっくりさんをやろうと言い出したのは彼女なのだろう。
「その……、好きな男の子の気持ちが知りたいね、こっくりさんに聞いてみようっていう流れになって……。ミカは学校で禁止されてるからやめようって言ってたんですけど、『怖いの?』っていう風になっちゃって」
 焔麒は心中密かに溜息をついた。この年頃の少女が知りたがって降霊術を行うのは、たいてい「想い人の気持ち」なのだ。そんなこと、霊が知るはずもないし、知りたいなら本人に聞けば良い。なのに、なぜわざわざ益のないリスクを冒すのだろうか。
「それで結局はミカとユイとでこっくりさんをやることになったんです。10円玉に指を置いてこっくりさんを呼んだ後すぐに、ミカの様子がおかしくなっちゃって……。それからずっと狐みたいになっちゃったんです」
 焔麒がそんなことを思っている間にも質疑応答は続いていた。
「それは誰の前でもそんな感じかしら?」
「はい」
「そう……。ミカちゃんって元々どんな子? 感受性が強いとか……」
 シュラインのこの問いには、他の少女たちが口々に答えた。
「真面目で勉強も運動もできて……」
「結構気も強いよね」
「うん、負けず嫌い」
「そう、ありがとう」
「ねえ、とりあえずはそのミカに会ってみようよ」
 シュラインが少女たちに礼を言うと、みあおが待ちかねたとばかりに口を開いた。
「そうですね。行ってみれば何かわかるでしょう」
 翠もそれに頷いた。
「ええ……。でもその前にマユリちゃんたちは一度お家に帰った方がいいんじゃないかしら? ランドセル持ってるってことは学校の帰りよね? お家はこの辺りかしら」
 シュラインが言えば、少女たちはそれぞれに頷いた。
「じゃあ一度お家に帰って、またここに来てくれる? それでミカちゃんのお家に案内してくれるかしら?」
 シュラインの言葉に少女たちは再び頷いて、元気よく事務所を飛び出して行った。
「おや、元気なことですね」
 焔麒はその後ろ姿に小さく笑った。やはり無邪気な者は可愛らしい。
「それにしても、そのミカの様子からすると、狐じゃなくても犬でもいいようなリアクションしてない?」
 いかにもうずうずしていました、というような口調でみあおが口火を切った。
「狐とは限りませんがなにかしらの動物が憑いてしまったみたいですね」
 翠もそれに頷いた。
「けれど、この手の多感な子どもは暗示にかかりやすく、実際には霊等ついていない場合もありますからね」
 最初から動物霊だと決めつけてかかるのは危険だ。焔麒は自分の印象を口にした。
「ええ……。それにもし低級霊がついていても、彼女がもともと激しい悩みやストレスを抱えていて、こっくりさんがきっかけで今回の事態に発展したのだとしたら、霊を祓っても根本的解決にはならないもの」
 シュラインがさらに慎重な意見を重ねる。
「なるほど……」
 シュラインの意見に、翠が嘆息しつつ頷いた。みあおもきょとんとした顔をシュラインに向ける。
「まあ、どちらにせよ行ってみないと、ですね。霊が憑いているなら対話する手段はありますし」
 翠が言って、軽くため息をついた。

 数十分後。焔麒たちは依頼人の少女たちと共にミカの家にいた。少女たちと共に訪れた焔麒たちを、ミカの母親は少々の驚きを見せながらも、快く迎えてくれた。どこか背筋の伸びた、凛然とした雰囲気を感じる女性だが、今はさすがに疲れたような表情を浮かべている。
 母親は、少女たちから話を聞くと、焔麒たちに頭を下げて、ミカの部屋の前まで案内してくれた。
「ミカ? 入るわよ」
 母親が優しく呼びかけて、ドアをノックする。
 そっとドアが開くと、ベッドの上で丸まっていた少女がゆっくりと顔を上げた。シュラインたちの後ろから中を覗き込んだだけだが、焔麒の目はすぐに、ミカの身体に入った子ぎつねの霊を捉えていた。それは、何の変哲もない、いわゆるただの動物霊だった。
 ミカは母親の顔を認めると、ぱっと顔を輝かせ、両手を床についてベッドを降り、母親に自分の顔をすり寄せた。まさに、幼い子ぎつねが母親に甘えている姿そのものだ。
 心地よさそうに母親にすりよっていたミカは、ふと気づいたように顔をあげた。翠たちに視線を向けると、きょとんとした顔をする。が、その視線が焔麒を捉えた段になって、その顔に怯えのような色が差した。焔麒の本性をおぼろげながらに感じ取ったのだろう。
 と、そこへ翠の連れていた黒猫の猫又――おそらくは式神だろう――が、子ぎつねへと話しかける。子ぎつねは、1つ2つ瞬きをした後で、改まったように座り直す。
「敵意や悪意はないようですね。少し話を聞いてみましょう」
 翠の言葉に、母親は怪訝そうに目を見開いた。
「わあ、翠、この子と話せるんだ」
 みあおは驚いたような声を上げる。
「私が会話できるわけではないのですが……、話をする手段ならあります」
 翠は軽く苦笑を浮かべた。
「よろしく……、お願いします」
 それがかえって信憑性を感じさせたのか、母親が深々と頭を下げた。
 しばしの間、張りつめた沈黙が部屋の中を支配した。
「狐の……、子どもの霊のようですね。呼ばれて……、ってこっくりさんのことでしょうが……、来てみたら、このミカ殿に吸い寄せられるように同調してしまったのだそうです」
 翠の報告に、母親が息を呑む。
「どうやったら、ミカは……」
「離れてくれるように頼んでいるのですが……」
 翠は言葉を濁した。
「どうも『向こう』でも人間の呼びかけに応えるのは禁止されているそうで、戻ったら叱られると……」
「やれやれ、ですね」
 焔麒が溜息をついた。最悪の場合には稲荷と交渉することも視野に入れていた焔麒だが、このままでは「悪戯な子ぎつねをあまり叱らないでやってくれ」と交渉するハメになりそうだ。
「それに……、どうやら、周りの人が優しくしてくれるし、何と申しましょうか……、相性が良いのか居心地が良いようで……」
 翠も困ったように息をついた。どうやら子ども特有の「甘え」と「わがまま」に手を焼いているらしい。こういう場合、悪意がないだけにかえってタチが悪い。
「でもさ、それならやっぱり離れた方がいいよ」
 みあおが無邪気に口を開いた。
「だってさ、お母さんもお友達も、ミカに優しいんだよ? 狐さんに優しいんじゃないんだよ?」
 それは何ともきっぱりとした物言いだった。子どもには子ども、ということだろうか。
「一緒にいたいならお人形とかでもいいじゃない」 
 みあおの言葉に、ミカの中の子ぎつねは黙り込んだ。
「ええ、きっと人形の中でも皆さん、親切にしてくれますよ」
 焔麒は穏やかな口調で後を押した。ここが最後の落としどころだと、暗にプレッシャーをかける。
 どうやら、子ぎつねもそれで了解したらしい。
「けれど、どうやって出たら良いかわからないそうです」
「では、香を調合しましょう。香りで誘導します」
 まあ、この未熟な子ぎつねなら仕方あるまい。焔麒は道具一式を取り出した。
「んじゃ、狐さん入れるお人形は……」
「ミカ殿のお気に入りのがあればそれが良いですね」
 翠の言葉に母親は頷いて、戸棚の中から大きめの女の子の人形を取り出した。丸洗いできるように作られたのだろう、柔らかな布でできたそれは、少しくたびれた感はあるが、その分暖かみを感じさせた。
「さて、香の準備ができました。それでは誘導しますかね」
 さして苦労することもなく、香ができあがる。焔麒はゆっくりとした動作でそれを焚いた。すっと香りが立ち上り、ミカと人形の間に道を作り出す。子ぎつねが、それを伝ってミカから抜け出し、人形へと入り込んだ。
 やがて、ミカがぐったりとその身を床に沈めた。そして、今度はゆっくりと身体を起こす。片手を額に当て、上体を起こすその所作は、まぎれもなく人のものだった。
「……お母さん」
 ミカはまだぼうっとした様子ながら、母親の顔を認めて小さい声で呼んだ。
「ミカっ」
 母親はひしと娘を抱きしめた。
「ミカ!?」
 ドアの前で聞き耳を立てていたのだろう、依頼人の少女たちがどやどやと中に入り込んでくる。
「ミカ、よかった……」
「ごめんね、ごめんね、ミカ」
 一気になだれ込んできた彼女たちは押しつぶさんばかりの勢いでミカを取り囲んだ。
「この子も忘れないで下さいね」
 そんな彼女たちに、翠が子ぎつねの入った人形を差し出した。
「ええ、皆さんでたくさんかわいがってやって下さい。そうすればもう悪さはしないでしょうから」
「は、はい……」
 ミカは神妙な顔をしてそれを受け取った。
「あと、ミカちゃんも、あまり我慢しすぎちゃダメよ」
 シュラインがそっと頭をなでると、ミカは照れくさそうな顔をして頷く。
「はい、じゃあ記念写真撮ろう! 狐さんも入れてね」
 みあおがデジカメを構え、元気な声を上げた。
「ああ、翠もうちょっと右に酔って、焔麒はもうちょっとかがんで……、はい、ミサキはこっち向いて……、じゃ、タイマーセットしたから動かないでね!」
 慌ただしく指示をした後で、みあおが列に加わる。
 数秒後、電子的なシャッター音が響いて、今回のこっくりさん騒ぎに幕を下ろした。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1415/海原・みあお/女性/13歳/小学生】
【6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師】
【6169/玲・焔麒/男性/999歳/薬剤師】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、『ちびっここっくりさん』へのご参加、まことにありがとうございました。納品がぎりぎりになってしまい、誠に申し訳ございません。
今回は人間の子どもと狐の子ども(の霊)の引き起こしたお騒がせ事件でしたが、皆様のおかげで無事解決に至りました。本当にありがとうございます。
なお、例によって(?)おまけ程度ですが、皆様にほんの少し違うものをお届けしています。お暇でお暇で仕方ないときにでも、間違い探し気分で読み比べていただければ幸いです。

玲焔麒さま

初めまして。お会いできて非常に嬉しいです。今回はちびっこたちの後始末、お疲れさまでした。
落ち着いた雰囲気ながら、少し悪戯心もお持ちの方とお見受けしたのですが、見当はずれなら申し訳ありません。
今回は、アクションは少なめながら、後ろでしっかりとサポートしていただきました。人間側、狐側双方に、しっかり釘を刺していただけて助かりました。

ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。