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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


渋谷幽霊騒動

「三下くん、ちょっと渋谷まで行ってくれないかしら」
「えっと、それは取材ですか?」
「当然でしょ」
 なにを決まりきったことを聞いているのだ、とでも言わんばかりの口調で麗香が言った。その言葉に三下の表情が少し強張る。
「渋谷のホテル街でちょっとした幽霊騒ぎが出ているらしいのよ。調べてきてちょうだい」
「ぼ、僕がですか?」
「他に誰がいるの?」
 その言葉に思わず三下は編集部を見回すが、誰一人として三下と目を合わそうとする人間はいなかった。編集部にいる誰もが理解しているのだ。三下と一緒に取材をするとロクなことにならないということを。
(みんなの裏切り者……)
 胸中で恨み言を吐きつつ、三下は麗香の命令に従うより仕方なかった。
「ああ、三下くんだけじゃ不安だから、誰かついていってあげて」
 編集部に麗香の声が響き渡った。
「それでは、私がご一緒いたしましょう」
 そう言ってソファーから立ち上がったのは、黒のスーツを身に着けたジェームズ・ブラックマンであった。そのテーブルには誰が淹れたのか、コーヒーが置かれている。その香りから察するに、インスタントではないようだ。
「そう。あなたが行ってくれるなら安心だわ。よろしくね、ジェームズ」
「わかりました」
 麗香に答えてジェームズは三下へ微笑んで見せると、三下の顔が激しく引きつった。

「野郎2人でホテル街というのも、なんだかぞっとしませんね」
 不満そうな言葉だが、どこか嬉しそうにも聞こえる口調でジェームズは隣を歩く三下へ語りかけた。そんなジェームズの言葉にこたえられる余裕もなく、三下の表情は問題のホテルが近づくにつれて青白くなって行く。
 渋谷の道玄坂から円山町にかけては、いわゆるラブホテルと呼ばれる施設が多く、ホテル街などとも呼ばれている。新宿の大久保界隈や池袋1丁目に匹敵するホテル街だ。
 昼間であるにも関わらず、ホテルを出入りする人間の姿を見ることができた。大学生と思われるカップルや、親子ほども歳の離れた中年男性と二十歳前後の女性まで。ここで人間観察をしているだけでも充分に暇潰しになりそうだ、とジェームズが思ったほどだ。
「あ、ここです」
 そう言って三下が一軒のホテルの前で立ち止まった。比較的、新しそうな建物だった。入口にはリニューアルオープンの文字が見えた。
(そう宣伝するほどのものでもないでしょうに)
 入口の文字を見てジェームズは思わず胸中で苦笑を漏らした。確かにラブホテルの激戦区ではあるが、一般のホテルとは客層が異なるので宣伝したところで、どれほどの効果があるのか、と疑問を抱いたのだった。
 2人の男がラブホテルの前に立っているのを見て、通りを行く人々が奇異の視線を投げかける。1組のカップルがひそひそと噂をしているのがジェームズには聞こえた。
「さて、行きましょうか」
 三下へにっこりと微笑みかけ、肩を引き寄せてカップルへ見せつけるようにすると、そのカップルは驚いて逃げるように立ち去った。
「ちょ、ちょっとジェームズさん!?」
 反射的に三下は振り解こうとするが、それをさせずにジェームズはそのままホテルの中へと入った。ホテルはオートメーション化されており、入口では空いている部屋を選んで金を支払えば、自動的に部屋の鍵が開くようになっているようだった。
 恐らくホテル内部の監視を兼ねた従業員が操作しているのだろうが、受付で誰にも会わずに済むというのが最近の常識となっているらしい。
「どの部屋ですか?」
「えっと、この部屋です」
 メモ帳を取り出し、麗香から聞いた部屋を指差しながら三下が答えた。料金を払い、2人は廊下を進んで目的の部屋へと向かった。その部屋は3階の廊下の突き当たりの右側にあった。鍵はすでに開いており、ジェームズはドアノブに手をかけて扉を開けた。
 次の瞬間、部屋に入ろうとしたジェームズの動きが止まった。正面にあるベッドの脇に1人の女性が立っていたのだ。普通の人間でないことは明らかだった。生きた人間なら、顔の左半分を血で赤黒く染めたまま平然と立っていられるはずがない。
「どうかしたんですか?」
 不意に立ち止まったジェームズを訝るように、背後で三下が声を上げた。
「三下くん。あれが見えませんか?」
「え? なにがですか?」
 ジェームズは体を横にずらして三下に部屋の中を見せるが、なにも見えていないのか三下は疑問符を顔に浮かべたまま室内を見回した。部屋に立つ女性の姿が見えていれば、極度の怖がりである三下が耐えられるとは思えなかった。
(三下くんに見えないということは、そう怨念が強くないということでしょうか?)
 幽霊などは死んだ時の怨念の強さによって実体化の度合いが変わると言った霊能力者がいる。その幽霊が抱いている怨念が強ければ強いほど、それまで霊を見たことがない人間にも見えるようになるのだという。
 ジェームズには幽霊などの存在を感知できる能力が備わっている。それゆえに女性の姿を見ることができるのだろう。それにしても、ここまではっきりと見えるということは、霊感の強い人間には見える可能性が高い。騒ぎになっているのは、そのためと見て良さそうだ。霊感のない人間にも見えるようなら、騒ぎはこんなものではなかっただろう。
「なにかいるんですか?」
 少し顔を青くしながら三下がおずおずと訊ねた。
「ええ、いますよ。ほら、そこに」
 そう言ってジェームズはベッドの付近を指差した。ジェームズには顔に血をべったりと貼りつけ、どこか悲しげな目をした二十歳前後の女性が見えるのだが、三下から見ればなにもない空間である。ベッドの脇を見やり、三下は口許を引き攣らせた。
「い、嫌だなあ。ジェームズさん、僕をからかわないでくださいよ」
「別にからかっているわけではないのですが……」
 わずかに苦笑しながら言ってジェームズは部屋の中へ入った。ジェームズは自分が見えていると理解しているのか、女性がジェームズの動きを目で追いかける。
 ベッドの縁に腰を下ろし、ジェームズは改めて女性と対峙した。生きていた頃は美しかっただろうと想像できる。今は顔の半分を赤黒く染め、長い黒髪を張りつかせているために不気味な印象を受けるが、たいして恐怖は感じなかった。
「あなたは、なぜここにいるのですか?」
 ジェームズは女性に問いかけた。
「えっ?」
 自分が話しかけられたと思ったのか、部屋を見回していた三下が声を上げた。
「三下くんにではありませんよ」
 再び苦笑しながら答えてジェームズは女性の瞳を見た。虚ろな感じもするが、どこか悲しみを孕んでいるようにも見える。
「あなたは、なにを訴えようとしているのですか?」
 だが、女性は答えようとはせず、ただ黙って首を振るだけだった。もしかしたら喋ることができないのかもしれない。
「なにか力になれることがあるなら、協力しますよ?」
 やはり女性は黙って首を振るだけであった。なにもない空間に向かって語りかけるジェームズの姿になにかあると感じたのか、三下がさらに顔を青白くさせながら近づいてきた。
「あの……やっぱり、なにかいるんですか?」
「三下くんは少し黙っていてください」
「は、はい……」
 ベッドから少し離れたところにいる三下のほうを向いてジェームズが言うと、三下は少し怯えたように答えて黙り込んだ。しかし、ジェームズが再び女性のほうを振り向いた時には、つい今まで見えていたはずの女性の姿はなくなっていた。
 彼女がなにかを訴えようとしていたことは明白だ。喋らなかったために、その訴えがなんなのかはわからないが、女性はこの2人ならば良いようにしてくれると判断して消えたのだろう、とジェームズは考えることにした。
「三下くん。この部屋を調べましょう」
 そう言ってジェームズはベッドから立ち上がった。

 こうしたラブホテルの間取りは複雑なものではない。廊下から入ってすぐに12畳ほどの部屋があり、その真ん中にキングサイズのベッドが置かれている。一昔前に流行った回転ベッドなどは廃れてしまったようだ。部屋の隅にはシャワールームが備えつけられている。ホテルによってはバスタブもあるが、ここはシャワーだけのようだ。
 ベッドの裏やサイドボード、モニターやカラオケ機材、シャワールームの排水口に至るまで丹念に調べたが、これといった物は発見できなかった。もとよりなにかを隠せるようには造られていない。あの女性にとって、なにか重要な物が部屋のどこかにあるのかと考えたジェームズの勘は、今回ばかりは外れたようだった。
「三下くん。このホテルで幽霊が目撃されるのは、この部屋だけですか?」
「ちょっと待ってください」
 三下は手帳を取り出し、パラパラとページをめくる。
「えーと、幽霊を見たと客が騒いでいるのは、この部屋と隣の部屋だけらしいですね」
「隣の部屋も?」
「はい」
「幽霊が目撃されるようになったのは、いつ頃からでしょう?」
 三下がまた手帳をめくる音が聞こえた。
「3週間前からみたいです。ちょうど、このホテルの改装が終わった頃からですね」
「改装?」
 その言葉でジェームズはホテルの入口にリニューアルオープンと書かれていたことを思い出した。ふと気になってジェームズは廊下へ出た。部屋の入口に立って廊下を眺める。右側は突き当たりで壁があり、左側には長い廊下が続いている。
 なんともいえない違和感があった。それがなんなのかはわからない。ただ、この廊下は造りがどこかおかしいように感じられた。
「どうかしたんですか?」
 三下が怪訝そうに言った。
「三下くん。隣の部屋が空いているか確認してきてください。もし空いていたら、そこも借りてきてください」
「わ、わかりました」
 三下は小走りにホテルの入口へ向かって行った。三下が戻ってくるまでの間、ジェームズは隣の部屋の入口まで歩き、隣の部屋の扉の前で立ち止まると、さらに隣の部屋まで歩き、そして引き返すという行為を何度か繰り返した。扉と扉の間は7歩。ジェームズの歩幅が1メートルとすれば、その距離は7メートルということになる。
 しばらくして三下が戻ってきた。
「どうでした?」
「あ、空いてました」
 平日の昼間であるため、利用者があるといっても全室が埋まるほどではない。
 ジェームズは扉を開けて隣の部屋に入った。突き当たりの部屋とまったく同じ造りをしている。ベッドなどの配置も一緒だった。
 1度、部屋の中を見回したジェームズは、突き当たりの部屋との壁に向かってゆっくりと歩き始めた。1歩、2歩、3歩、4歩、5歩、6歩。そこで壁にぶつかった。踵を返して、やはりゆっくりと入口まで戻る。何度やっても、6歩は変わらなかった。
 再び廊下へ出て、隣の部屋まで歩測する。こちらは7歩。ようやくなにが隠されているのかを察したジェームズは、思わずため息を漏らした。
「ど、どうかしたんですか?」
 不安そうに三下が訊ねる。
「お客さん。さっきからなにやってるんすか?」
 三下の問いに答えようとジェームズが口を開きかけた時、廊下を歩いてきた1人の若い男がジェームズに声をかけた。20代半ばくらいの青年で、どうやらホテルの従業員のようだ。監視カメラでジェームズの行動を見て、不審に思ってきたのだろう。
 青年は訝しそうに2人を見詰めている。こうしたホテルでは無用なトラブルを避けるために受付近辺には当然ながら、各部屋の入口や廊下にも監視カメラが隠されている。一時、ラブホテル内部での殺人事件などが多く発生したことが理由だろう。
「ここの従業員ですか?」
「そうっすけど。さっきからうろちょろとなにやってるんすか?」
 全身が黒ずくめで身長も高いジェームズに訊かれ、青年は少しひるんだように答えた。
「このホテルで幽霊騒ぎがあるのは知っていますか?」
「ああ。なんだか、そんな噂があるみたいっすね。でも、そんなんいるわけないじゃないすか。見間違いかなんかじゃないんすか?」
 馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに青年は吐き捨てた。
「あなたは、いつ頃からここで働いているんですか?」
「ここがリニューアルしてからっす」
「なるほど」
 まだ1ヶ月と経っていないことになる。ジェームズはため息混じりに部屋の中を見やった。この部屋になにがあるのかを考えると少し憂鬱な気分になりそうだった。
 ジェームズは部屋へ戻ると、シャワールームにあったタオルを右手に巻きつけ、突き当たりの部屋との境にある壁を殴り始めた。それを見た三下と青年が驚きを顔に浮かべ、青年は思わず悲鳴にも似た声を上げた。
「ちょ、ちょっとなにしてるんすかっ!?」
 だが、そんな言葉など無視してジェームズは壁を殴り続ける。特殊警棒かなにかを持ってくれば良かったと少し後悔したが、この手のホテルはたいして頑丈には造られていない。十数発も殴ると壁の一部が崩れ始め、石膏ボードの屑がぽろぽろと床に落ちた。
「ちょっと、あの人なんなんすか!?」
 ジェームズに言っても無駄と思ったのか、青年は三下に詰め寄る。三下は戸惑いの表情を浮かべ、青白い顔をしたままおろおろとするばかりだった。
 やがて拳大ほどの穴が開き、ジェームズはそこに指を挿し込んで壁を引き剥がした。その瞬間、なんともいえない悪臭が室内に漂った。
「やはりね」
 引き剥がした壁の中を見たジェームズは小さく吐き捨てた。
「ひっ……」
 何事かと思って壁のほうを見た三下が息を呑んで、そのまま気絶した。青年も顔を真っ青にして凍りついている。
 壁と壁の間には1メートルほどの隙間があり、そこには腐敗した女性の死体が、座るようにして収められていた。あの幽霊は壁の中に埋め込まれてしまった自分の死体を見つけて欲しくて、2つの部屋を訪れる客の前に現れていたのだろう。
「警察へ連絡してください」
 酷い死臭に顔を顰めながらジェームズが言った。
 恐らく、改装工事の時に何者かが壁の中へ死体を隠したのだろう。このホテルで殺されたのか、どこかで殺されたのを運ばれたのかはわからない。それは駆けつけた警察が調べることになる。
 ふと気配を感じてジェームズが振り向くと、ベッドの脇に先ほどの女性が立っていた。女性は深々と頭を下げ、そして消えた。
(これで成仏してくれると良いのですが)
 消えた女性のいた場所を見詰めながらジェームズは思った。
 問題は警察への証言だ。果たして警察はどこまで信用してくれるのだろうか。いっそ、このまま姿を消してしまおうか、とすらジェームズは考えた。

 後日、喫茶店でコーヒーを飲んでいたジェームズは、新聞で死体を隠した犯人が逮捕されたことを知った。
 犯人は、殺された女性と付き合っていた建築業者の若い男で、痴情のもつれで反射的に手をかけてしまったのだという。そして、自分が改装の仕事で入っている現場の壁に死体を隠したと記事には記されていた。
 当然、この事件を探り当てたアトラス編集部は、事件の経緯をオカルト風味に仕立てて雑誌に載せたが、肝心の三下が気絶してしまったため、現場の写真が1枚もなく、なんとも精彩を欠いた内容となったしまった。
 そのことで、三下が編集部に君臨する女帝の怒りを買ったことは言うまでもない。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??

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■         ライター通信          ■
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 毎度、ご依頼いただきありがとうございます。
 今回は良くある都市怪談的な話となりました。
 リテイクなどございましたら、遠慮なく申し付けください。
 では、またの機会によろしくお願いいたします。