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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


赤い睡蓮の咲く場所 + 上條 更紗編 +



◆ Opning ◆



 その日、草間興信所に訪れた少女はいつになくいたってまともな依頼を武彦に持ちかけた。
「兄の行方を追って欲しいんです」
「・・・それは、なにか霊的な事が関わっているのか?」
 そう訊いたのは、もはや反射の域に達していた。
 怪奇探偵の異名を持つ武彦は、望む望まざるに関わらずそのような類の依頼がほぼ大半を占めていたのだ。
 勿論、残りの大部分は浮気調査や猫探しだ。
「霊?・・・え??関わっているんですか??」
 少女は黒目がちの瞳を丸くさせて、逆に武彦に問い返してきた。
「すまない・・・続けてくれ・・・」
 どうやらそう言う類の話ではないらしいと、武彦はほんの少しだけ安堵すると話しの先を促した。


 少女の名前は上條 更紗(かみじょう・さらさ)神聖都学園の1年生だと言う。
 捜して欲しいと言う兄の名は上條 隆志(かみじょう・たかし)更紗とは3つ違う。
「お兄さんが失踪するにあたって、何か・・・前触れのようなものはなかったか?」
「いいえ。何も。その日も、普通に大学から帰って来て・・・友人の家に遊びに行くからと言って、それっきり・・・」
 聞けば、更紗と隆志は随分と長い間離れて暮らしていたのだと言う。
 更紗は父の仕事の都合で3歳から13歳までの間、アメリカに住んでいたのだそうだ。
「兄は、母親の実家で過ごしたんです。母も兄も、父のアメリカ行きに凄く反発していたのを覚えてます」
 育った場所を離れるのがイヤだったんですかね?私は小さくて覚えていないんですけど・・・
 そう言って、更紗は視線を落とした。
「それで、その・・・遊びに行くと言っていた友人って言うのは・・・?」
「あ、はい。何度かお会いした事があって・・・北浦 浩志(きたうら・こうじ)さんって言うんです」
 それじゃぁ、その北浦 浩志とやらをあたれば何か分かるかもしれないな。
 そう思っていた武彦の考えは、無残にも砕かれた。

  何故ならその日、北浦 浩志も上條 隆志と同様に姿を消していたのだ―――


◇ Refusal ◇


 シュライン エマは、更紗の細く儚気な肩にそっと手を乗せると優しく微笑んだ。
 兄の失踪の理由はまったく分からないと言って俯く彼女は、年齢よりも幼く見えた。
 背にかかる栗色の髪はふわりと柔らかく、子猫の毛並みのようだった。
「・・・兄は、今まで無断で外泊したことなんてなかったんです。もし外に泊まりに行くのなら、私に必ず一言残して行ったんです」
「それが今回は何もなかったのね?」
「はい・・・」
「普段はどこに外泊していたのか、分かるかしら?」
「・・・浩志さんの家だと思います。あともう1人、仲の良いお友達がいたようですけれど・・・確か・・・」
 更紗の視線がしばらく宙を彷徨い、何度か唇を薄く開いては閉じてを繰り返した後で、やっと1人の名前に思い当たったのか、ふっと顔を輝かせた。
「確か、下野 玲人(しもつけ・れいと)さんって言っていたと思います。兄と浩志さんと同じ学部で・・・」
「お兄さんは何学部だったのかしら?」
「民俗学専攻でした。各地の伝承とかを調べていて・・・でも、兄は別にそう言ったものに興味はないようでした」
「そうなの?」
「はい。ただ、その大学で一番入りやすい学部だからって・・・不純な理由・・・ですよね」
 更紗が小さく困ったような笑みを浮かべ、首を傾げる。
「とりあえずシュライン。その・・・北浦浩志とやらに話を聞いた方が早くないか?」
「今なら、大学の方にいると思います。まだ講義中ですけれど、携帯の番号は知っているので・・・」
 そう言って携帯を取り出してメールをうとうとする更紗の手を止めると、シュラインはふっと心に浮かんだ事を口に出した。
「更紗さんとお兄さんは、今は何処に住んでいるのかしら?」
「・・・えぇっと・・・ここから2駅先の・・・」
「あぁ、そうじゃなく・・・。お母様と一緒に住んでいるのかしら?お父様は・・・」


「母とは一緒じゃありません」


 ピシャリ
 シュラインの言葉を遮って、更紗は冷たい口調でそう言った。
 その瞳は先ほどまでの弱々しい色を掻き消し、鋭いソレは敵意を含んでいるようにさえ見えた。
「2人で住んでいるのかしら・・・?」
「はい。父は今はアメリカに行ってます」
 ふわり――――――
 再びの笑顔に、シュラインは困惑した。
 どうやら更紗にとって、母親の話はタブーのようだ。
 けれど・・・何故・・・??
「エマさん。私、母とは3歳の時から会ってないんです。ですから、一緒に住むなんて・・・」
「でも、更紗さんが帰国された時、お母様は?」
 それは最もな疑問だった。
 10年も離れて暮らしていた夫と愛娘の帰国を、まさか祝わないはずがない。
 空港のターミナルまで、迎えに来ないはずがない・・・。
 けれど、更紗の答えは意外なものだった。
 言葉においても、口調においても、その表情においても――――――


「知りません」


 たったそれだけの言葉なのに、興信所の空気はヒンヤリと温度を下げた。
 その表情はいたって穏やかで、それなのに口調には有無を言わせぬ威圧感があった。
 更紗は何かを知っていて、それを隠している・・・。
 シュラインはそれを感じながら、あえてそこには何も言わなかった。
 更紗からは母親についてはこれ以上探りを入れられそうにない。そう悟ったからだ。
「・・・親戚とか、いるのか?」
 ややあってから、武彦が遠慮がちにそう尋ねた。
 少々上目遣いになりつつ、それはある意味で更紗の様子を窺おうとしているようだった。
「えぇ。いますよ。・・・確か、父には姉がいたと思います。イギリスだかフランスだかに家族で住んでいるようです」
 いたって穏やかに言った後で、更紗がふっと俯いた。
 そうすることによって、こちらからでは表情が窺えなくなった・・・。
「母方の親戚は、よく分からないんです。兄なら詳しいと思いますけれど」
 素っ気無い言葉は、先ほどまでのように棘棘としたものではなかったけれども、やはり何かを含んでいるように思えた。
「・・・そうなの・・・」
「どうしてエマさんは、母の事なんて急に?」
「以前、隆志さんがお母様と一緒に実家に居たがったと・・・そう、言っていたから、少し気になって」
「そうですか」
「お母様に、お2人が実家に居たがった理由・・・特に、隆志さんが執着していた理由などをお伺いできないかな?と思っていたの」
「理由・・・ですか?」


 クスリ――――――


 更紗は小さく微笑んだ。
 まるで愚かなものを見詰めるかのような、上の立場のものが下の立場のものを蔑む時独特の瞳の色をしながら、更紗が薄く口を開いた。


「何か、大切なものでもあったんじゃないんですか?あの島に・・・」


 島・・・?
 隆志と母親は、どこかの島の出身なのだろうか?
 そうシュラインが質問を投げかける前に、更紗がガラリと話題を変えた。
「もし宜しければ、兄の部屋を見ていただけませんか?特に何もなかったように思うのですが、私では見落としているものもあるかも知れませんので」
 その申し出を断る理由はなかった。
 最も、シュラインもその事については後々更紗に交渉するつもりでいたのだ。
 ・・・けれど・・・
 更紗が隠しているものは何なのか、母親に何があるのか、そして・・・隆志と母親が住んでいた島とは・・・??
 渦巻く疑問の中で、それでも更紗にソレを問う事は出来なかった。
 あの、完全な拒絶を前にして・・・


◆ Photograph ◆


 隆志が失踪前に最後に姿を見せたのは、更紗が興信所を訪れる前日の夕方5時過ぎだった。
 既に帰宅していた更紗に、友達の家に行って来るとだけ言い残し、そのまま夜遅くまで帰って来なかったのだ。
 電話の1本も寄越さない隆志に妙な不安を覚えた更紗は、浩志の家に電話をかけたのだが・・・。
 浩志は驚いたような声で、今日は隆志は来ていないし、来るような予定もなかったと告げた。
 隆志は更紗に嘘をついていたのだろうか・・・??
 浩志の家に行くと言うのは家を出るための口実だったのだろうか?
 いや、もしかしたら、浩志の家にたどり着く前に何かの事件や事故に巻き込まれてしまったのかも知れない。
 けれど、事故ならば警察から電話が来てもおかしくない。
 隆志は確かに財布を持っていたし、その中には運転免許証も入っていたはずだ。
 それならば、事件に巻き込まれたのだろうか・・・??
 けれど・・・・・・・
 一晩考えた結果、更紗が出した答えは1つだった。
 隆志は、自らの意志で行方をくらました。
 そう・・・考えるしか出来なかった・・・。

 シュラインは、長い長い更紗の話を聞き終わると、1つの扉の前に通された。
 隆志が使っていた部屋だと説明し、ゆっくりと扉を押し開ける。
 更紗の手つきは慎重で、まるで壊れやすい何かに触れている、そんな雰囲気だった。
 開いた扉の先は質素な部屋で、真正面に取り付けられた大きな窓から太陽の光がまぶしいほどに室内を明るく照らしている。
 右手にはシングルベッド、左手には机とパソコン。
 左の壁には大きな本棚が取り付けられていた。
 本棚に並ぶ本の背表紙を指でなぞる。
 どれもこれも、小難しい専門的な用語が羅列されている。
 恐らく、大学で使うものなのだろう。
 『世界の伝承』『知られざる村々の生活』『古より伝わる呪術』
 他にも、英語やフランス語の辞書が並んでおり、なかなかに頭の良さそうな本棚だった。
「私、下に居ます。ですから、どうぞ・・・お気の済むまで」
「えぇ、有難う」
 シュラインは簡単に礼を言うと、早速隆志の部屋を調べ始めた。
 壁にかかっているカレンダーを見詰め、机の引き出しをゆっくりと開けていく。
 地図や写真、メモなどがあればと思いつつ、グルリと部屋の中を見ていく。
 地図は、世界地図に日本地図・・・流石は民俗学専攻と言うのだろうか?様々な地図があった。
 けれど、そのどれもに怪しい印などは書かれておらず、シュラインは地図を元の場所に戻した。
 ―――――と、ハラリと地図の間に挟まれていた何かが落ちた。
 小さな四角いソレを取り上げ、裏返してみる。
 それは1枚の写真だった。
 背景はこの部屋で、3人の男性が映っていた。
 一番左端、机の前の椅子に腰掛けて小さく笑顔を浮かべている男性・・・きっと、この人が隆志なのだろう。
 どことなく、更紗と面影が似ている。
 真ん中には、俯いた1人の男性。
 前髪が長く、その顔はよく分からない。
 右端には、明るい茶色の髪をした今時っぽい男性が1人、満面の笑顔でピースサインを突き出している。
 左耳にした真っ赤なピアスに目が行く・・・・・・・
 この2人が、更紗の言う“北浦 浩志”と“下野 玲人”なのだろうが・・・どっちがどっちなのか分からない。
 シュラインは再びザっと部屋を見渡すと、隆志の部屋を出た。
 トントンと階段を下りて行き、リビングでくつろいでいた更紗に写真を手渡す。
「あぁ、これは・・・真ん中が玲人さんで、右が浩志さんです。これ、私が撮ったんですよ」
「そうなの?」
「はい。3人が来ている時に、パシャリと・・・」
 楽しそうに笑っている浩志と、はにかんだような笑顔の隆志。そして、俯いている玲人・・・。
 3人とも似通ったような身体つきをしており、背中を向けられたら誰が誰だか分かりそうもなかった。
 もっとも、浩志は髪の色がやたら明るく、赤いピアスをつけているので一発で分かってしまいそうだが・・・。 
 ・・・それにしても・・・
 ふと、シュラインは先ほど隆志の部屋で感じたことを思い出してみた。
 最初に入った時から感じていた、ある1つの点。それは、シュラインがこの道のプロであると言う事にも由来しているとは思うが、勘の領域を出ていないのも確かだった。
 あの部屋は、あまりにも出来すぎている・・・。
 どこか、故意に作られた部屋な気がしてならなかった。
 机の上に並んだペンも、本棚に綺麗に入れられた本も、壁に貼られたポスターも、全ては整然としすぎている気がしたのだ。
 まるでモデルルームのようだと、シュラインは感じざるを得なかった。
 あの部屋で、生活をしていたようには思えなかったのだ・・・。
 勿論、それには決定的な証拠なんてあるはずもなく、ただ何となく思うと言う、ソレだけの事だった。
 けれど・・・・・・・・・
「シュラインさん、今から行けば、浩志さんに会えるかも知れません」
「大学は・・・」
「ここからそう遠くはないです。・・・あ、でも、その前に浩志さんに連絡を入れたほうが良いですね。もう授業も終わってますし」
 更紗はそう言うと、傍らに置いたポーチの中からベビーピンク色の携帯を取り出し、手馴れた様子でボタンを押した。
 耳に携帯をつけ、暫く押し黙り・・・
「ダメですね、電源が切られてるみたいです」
 本来電源を切る人ではないのに、おかしい・・・そう更紗が呟き、その言葉に、シュラインは一抹の不安を覚えた・・・。


◇ Disappearance ◇


 隆志と浩志、そして玲人が通っている大学は、確かに更紗の言うとおりそう遠い場所ではなかった。
 広いキャンパスの中、迷わないで下さいねと告げて更紗が進んで行く。
 大学と言う場所は、それほど警備が厳しいわけではない。
 開け放たれた正門には、警備員がちらほらいるのが見えるだけで、いちいち学生証の確認などはしない。
 チラリと更紗とシュラインに視線を向けただけで、すぐに視線をそらした。
 広大なキャンパスには学生たちが犇いており、真っ白なベンチに腰掛けて話す学生たちは楽しそうだ。
「普段、浩志さんたちはラウンジにいるんです。学生ラウンジ・・・あそこです」
 更紗がそう言って1つの棟の2階部分を指差した時だった。
 目の前にぬっと、1人の男性が姿を現し・・・その人は、シュラインも見覚えがあった。
「玲人さん??」
「あ・・・さ・・・更紗・・・ちゃん・・・あの・・・」
「今日はお1人なんですか?私、浩志さんにお話しがあって・・・」
「そのことなんだけどね・・・あの・・・浩志・・・その・・・今日、学校・・・来てなくて・・・」
「どう言う事なの?」
 そう言って更紗と玲人の間に入ったのはシュラインだった。
 驚いたように肩を竦ませた玲人に、更紗が簡単な紹介を入れる。
「そっか・・・隆志の・・・ことで・・・」
「それで、浩志さんが来てないって、どう言う事なの?」
「そ・・・それが、今日・・・授業入ってたはずなのに・・・来て、なくて・・・電話入れても・・・電源・・・入ってなくて・・・」
「私も電話したの!」
「今まで・・・こんなこと、無かったのに・・・」
「・・・とりあえず、浩志さんの家に行ってみる必要があるわね」
「浩志さん・・・ただの、寝坊とかだったら良いんだけど・・・」
 隆志が失踪してからそれほど時は経っていない。
 何か嫌な予感でも感じたのか、更紗が心配そうにそう言って俯いている。
「ぼ・・・僕、浩志の・・・住んでるアパート・・・知ってるんで・・・」
「案内してくれるかしら?」
「は・・・はい。ここから・・・歩いて行ける距離・・・です」
 そう言うと、玲人は先に立って歩き始めた。
 その足は心持急いでおり、シュラインは早足になり、身長も低く歩幅も小さい更紗は、半ば走るようにして歩いていた。


 玲人に連れられてきたのは、なかなかお洒落なアパートの前だった。
 全てが横文字で書かれたそこは新しく、真っ白な外壁は初夏を感じさせる太陽を反射して目に痛いほどだ。
 暗証番号を入力してからアパートの中に入り、2階へと上がると“北浦”と書かれたプレートの掛かったドアの前で足を止める。
「僕も隆志も・・・浩志から、暗証番号と・・・合鍵を、預かってるんです・・・」
 玲人がそう言いながらポケットから鍵を取り出して、躊躇なく鍵穴に差し込んだ。
 カチャンと錠が外れる音がして、ドアを押し開ける。
「浩志・・・!?入るよ・・・??」
 玄関で靴を脱ぎ、中へと入り――――――
 すっきりと整理されたそこには誰も居なかった。
 外と同じ温度の室内は少し蒸し暑く、ジットリとした空気がやけに不気味だった・・・。
「嘘・・・浩志さんまで・・・」
 更紗がそう言って、ペタンとその場に座り込んだ。
 信じられないと言った表情で固まる更紗の向こう、玲人も呆けた様子でその場に立ち尽くしていた・・・。


◆ Telephone ◆


 一先ず更紗と玲人を部屋の隅にポツンと置いてある黒革張りのソファーに腰を下ろさせると、シュラインは部屋の中を見渡した。
 もしも浩志が隆志と同様に失踪したとするならば、何か手がかりを残しているかも知れない。
 浩志の自室を覗き、隣の書斎も覗き、キッチンまで調べてみる。
 しかし、手かがりらしいものは何も見つけられなかった。
 隆志の部屋同様、この場所も・・・どこか、モデルルームのような雰囲気があった。
 人が住んでいた雰囲気が、まるでないのだ。
 シュラインは部屋から出ないようにと2人に声をかけた後で、アパートの上下、左右の部屋の扉を叩いた。
 恐らく浩志が失踪したとするならば・・・隆志が失踪した後から今に至るまでの間だ。
 その間に、ドアの音や話し声などがしなかったかと聞いてみるのだが・・・誰もが首を横に振った。
 昨日は北浦さん、帰って来てないですよ、多分。
 そう言って首をかしげている。
 確かに、郵便受けを覗いてみれば、昨日の夕刊と今日の朝刊が突っ込まれている。
 郵便物にもサっと目を通してみるものの、携帯料金のお知らせやらガス料金の請求書やら、そんなものばかりだった。
 シュラインは何の有力な情報も得られないまま、再び浩志の部屋に舞い戻ってきていた。
 見れば放心した更紗の前には薄い水色のカップが置かれ、玲人がキッチンで何かを作っている途中だった。
「玲人さん?」
「・・・あ・・・。更紗ちゃん・・・疲れてるみたいでしたんで・・・勝手知ったる浩志の部屋・・・で・・・」
「そう・・・。有難う・・・」
 遠めに見ても更紗の落ち込みようは激しく、俯いているその姿は、一見すると泣いているようだった。
「隆志に続いて・・・浩志まで・・・どうしたんでしょう・・・」
「分からないわ。でも、上下左右のお部屋にお伺いしたところ、浩志さん、昨夜から戻ってないみたいなの」
「そうなんですか・・・??そう言えば僕、昨日・・・浩志から・・・電話貰いました」
「それ本当なの!?」
「えぇ・・・。更紗ちゃんから連絡があって・・・隆志が戻って来てないんだって・・・」
「他には何か言ってなかった?」
「今、外に居るから・・・捜してみるって・・・。だから、俺も・・・捜しに出て・・・」
「その時は浩志さん、どこにいたのかしら?」
「・・・外だったと・・・思います。電話の向こうで、車の・・・クラクションとか、聞こえてましたし・・・」
「電話が来た、正確な時間、分かるかしら?」
「・・・確か・・・10時過ぎ・・・だったと、思います」
 玲人はそう言うと、コーヒーの入ったカップをシュラインに手渡した。
 それに礼を言って受け取り、一口だけコーヒーを啜る。
 2人同時に姿を消した・・・もし隆志を自らの意志で失踪したと仮定するならば、浩志はどうして?
 捜している途中で何らかの事件・事故に巻き込まれた?それとも・・・隆志と一緒に失踪した?
 考えてはみるものの、証拠が何もない現段階ではどうにでも考えられる・・・。
「ねぇ、玲人さん。2人がいなくなる前に、何か計画をしていたりとか・・・なかったかしら?」
「計画、ですか?」
「そう。どこかに遊びに行くとか・・・」
「いいえ・・・」
「それなら、共通の趣味なんてなかったかしら?」
「・・・趣味・・・は、どっちも・・・たくさんありましたけど・・・別に、コレと言っては・・・なかったと思います」
 そう言ってから、玲人は考え込むように俯いた。
 もともと表情は見えないが、俯くとさらに見えなくなる。
「読書とか、映画とか・・・音楽とか、趣味・・・色々ありましたけど・・・聴く音楽ジャンルとか・・・被ってなかったですし・・・」
 話はよく合うが、趣味に似通ったものはなかったと思うと、玲人は続けた。
 シュラインはそれとなく玲人から大学での授業内容なども探ってみたが・・・それほど有力な情報は得られなかった。
 3人は同じ学科なだけあり、取っていた授業のほとんどが一緒だったが、それも特に問題はなかった。
 どこにも手がかりらしいものは何もない。
 どうしていきなり姿を消してしまったのか・・・特に、隆志はどうして・・・?
 考え込むシュラインの耳に、電話の呼び出し音が聞こえて来た。
 どうやら部屋の隅に取り付けられている黒い電話が鳴っているらしい。
 玲人が少し考えた後で受話器を取り、どもりながらも「北浦ですけれども・・・」と言って受話器を耳に押し当てる。
「いえ、ここの部屋の住人は帰って来ていなく・・・下野 玲人と申します。はい・・・上條 隆志は友人ですが・・・」
 不意に出てきた兄の名前に、更紗がピクリと反応して顔を上げる。
 何があったのだろうか?電話の相手は、誰なのだろうか・・・?
「はい、はい・・・え・・・??そんな・・・!!嘘ですよね!?・・・えっ・・・」
 ポロリと、受話器が手から落ちた。
 カツンと音を立てながら床の上を跳ね、受話器はそのまま横たわった。
「どうしたの!?玲人さん!?」
 走りよったシュラインの顔を見詰めながら、玲人がポツリと・・・言葉を紡いだ。
「警察から・・・電話で・・・隆志の・・・。隆志の遺体が・・・発見されたって・・・」


◇ Police ◇


 隆志の遺体が発見されたと言う現場にたどり着くと、1人の男性が3人を呼び止めた。
 瀬田 聡と名乗るその刑事は、更紗の方をチラリと見た後で玲人に視線を向けた。
 遺体は損傷が激しく、ズボンのポケットに入っていた財布の中の免許証から隆志だと分かったのだが・・・
「一応、確認して欲しいんだ」
「ぼ・・・僕が・・・ですか??」
「本来なら妹さんに頼むべきなんだろうがなぁ、流石に・・・ま、お前がやってくれや」
「・・・はい・・・」
 あまり気乗りしない面持ちで頷くと、玲人は瀬田に連れられてブルーシートの張られてある奥へと行ってしまった。
 シュラインはそっと、目の前で落ち流れる滝を見上げた。
 あの上から飛び降り、そして・・・こちらの岸に流れ着いていたところを散歩中の男性が発見したそうだ。
 それにしても、遺体が見つかったのは幸運と・・・言うのかも知れない。
 流れ落ちる水圧に負けて、浮上できないことが多々あるのだ。
 暫くした後で、ブルーシートの向こうから顔色の悪い玲人が出てきた。
 どうやらその遺体は隆志本人のものに間違いはなく・・・更紗が真っ青な顔をしてふらりとその場に倒れこんだ。
「そうだ・・・刑事さん・・・あの、1つ聞きたい事があるんですけど・・・」
「あん?」
 更紗同様に真っ青な顔をした玲人がおずおずと瀬田を見上げ、ゆっくりと・・・言葉を紡ぐ。
「隆志の友人の、北浦 浩志も行方が分からなくなっていて・・・」
「はぁ!?そりゃ、どう言う事だよ!?」
「・・・分からないんです・・・ただ、刑事さんが電話を下さった時、僕たち・・・浩志を捜しに来ていて・・・」
「おいおい、まさかその・・・北浦浩志も上條隆志と同様自殺したなんてことはねぇよな」
「上條隆志さんは自殺なんですか?」
 凛とした口調で口を挟んできたシュラインに、瀬田が妙な視線を向ける。
 その視線に気付いた玲人がすかさずフォローをいれ・・・
「遺書の類は見つかってねぇが、滝の上んとこに靴が脱がれてた。キチンとそろえてな。自殺としか思えねぇ」
「でも、彼には自殺をする理由がありません!」
「・・・それはどうだかなぁ・・・っつか、まぁ・・・後々調べれば分かる。今は北浦浩志を・・・」
「あれ?瀬田さん、どうして北浦浩志を知っているんです?」
 不意にそう言って、瀬田の背後から1人の若い刑事が顔を覗かせた。
「なんだ?北浦浩志になにかあるのか?」
「今、遺体を探しているじゃないですか。あの、波の高い自殺の名所の崖の上で・・・靴とバッグが見つかったとか言って」
「・・・は?」
「は?じゃないですよー!あそこって、滅多に遺体があがらないことで有名なんですよねー」
 非常に困ったと言う風な顔をして、刑事はそう言った。
「うそ・・・浩志さんまで・・・!?」
 更紗が口元に手を当てて、驚きの表情で固まっている。
 その背後に居る玲人が、フラリとよろけたと思うと・・・そのままバタリとその場に失神した。
「玲人さん!?」
「うわ・・・!!大丈夫か!?おい、おい!!??」


◆ Who died? ◆


 瀬田の運転するパトカーで、玲人は近くの病院に担ぎ込まれた。
 どうやら疲労と睡眠不足がたたったらしく、玲人はその病院に緊急入院をする事になった。
 更紗も貧血の気があったらしく、病院で増血剤を貰うと紙コップにミネラルウォーターを注いでカプセルを流し込んだ。
「それにしても、こんなに自殺者が続くとはなぁ・・・」
 頭を掻きながら、上條更紗に色々と聞きたいことはあるんだが・・・と呟く瀬田。
 勿論、現在の更紗はとても話を出来るような精神状態ではない。
 また後日うかがうからと言い残し、瀬田は病院を後にした。
 おそらく、まだ捜査の続きがあるのだろう。
 シュラインは病院の前まで瀬田を送ると、2,3言葉を交わしてから別れた。
 更紗の元へ戻ろうと踵を返し、病院の中に戻る・・・と、不意に背後から肩を叩かれた。
 振り返ってみればそこには美しい白衣姿の女性が立っていた。、真っ白な肌は石膏のようで、とても血が通っているとは思えない。
 思わず閉口してしまうほどの美人だった。
「時に、嘘に惑わされることがある」
 形の良い唇を薄く開くと、外見同様美しい声で彼女はそう言った。
「え・・・?」
「見たこと、聞いたことでも、その全てが真実だと言う確証はない」
「あなたは・・・?」
「私は椚 華乃(くぬぎ・かの)」
 華乃はそう言うと、すっとシュラインの向こう、椅子に座る更紗を指差した。
「あの子のお兄さんを知っている。そのお友達も・・・」
「隆志さんと知り合いなんですか?」
「えぇ、昔からの・・・知り合い・・・」
 昔からの知り合い・・・!?それはつまり、更紗がアメリカに行っている間の隆志を知っていると言う事なのだろうか?
 もしかしたらこの人なら、隆志がアメリカ行きを嫌がった理由を知っているかもしれない。
 そう思い、その質問をしようとして・・・華乃が不思議な笑顔を浮かべながら意味深な一言を呟いた。


「誰が、死んだ・・・の?」


「はい?」
「誰が・・・死んだ、の?」
 ニッコリ――――
 それは、全てを見透かしているような笑顔だった。
「隆志さんの遺体が・・・確認されて、あと・・・浩志さんも・・・」


   「誰が、死んだ、の?」


 華乃はからかうように再びそう言うと、シュラインの言葉を聞かずにふいと踵を返して病院の奥へと歩いて行ってしまった。
 ・・・どこかざわめく心の中、どうしても・・・華乃の言葉が胸の中で引っかかった。


―――誰が、死んだ、の?





              ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0086 / シュライン エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『赤い睡蓮の咲く場所 + 上條 更紗編 +』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 失踪中の兄の行方探しですが、残念ながら隆志の遺体が発見されたそうです。
 さらには、北浦浩志まで・・・。そしてそして、椚華乃なる人物の不思議な台詞・・・。
 誰の言葉を信じ、誰の言葉を疑うかはシュライン様の自由です。
 今回登場したのは『上條更紗』『上條隆志』『北浦浩志』『下野玲人』『瀬田聡』『椚華乃』の6人です。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。