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記憶の迷宮 ２
ある日の仕事帰り、碇麗香と偶然出会った草間武彦は、彼女からイベントのチケットを譲り受けた。東京湾の沖合いに、人工島を造って建設されているテーマパークの、開幕前夜のイベントチケットだという。
当日、草間は零と友人たちと共に、その人工島へと向かった。
だが、その島で気づいた時、彼は名前以外の記憶の全てを失っていた。
『キングを倒せ』
その脳裏に、不可解な声が木霊する。
失われた記憶を取り戻すためと、言葉の謎を解くため、草間は互いの素性を知らないまま、巡り合った零や友人たちと共に、手掛かりを求めて島をさすらった。
そうしてたどり着いた先は、空き家となった白い館だった。
そこで得られたのは、この島の地図と、キングについての伝承めいた文章だった。それによれば、キングはこの島の王であり、記憶と時間を操る存在であるという。また、キングを倒すことができなければ、記憶は奪われたままで、いずれ彼らはこの地の住人になってしまうらしい。
この先に進むことを決めた草間たちは、その館の中で、それぞれ眠りに就いた。
＋ ＋ ＋
翌日。
館を後にした草間たちは、半日近く歩き続けて、小さな集落に到着した。うまく交渉して、水や食糧を分けてもらおうと考えたのだが、村人たちは旅人を歓迎するムードではないようだ。
「あの……何かあったんですか？」
青白い顔をして行き過ぎようとする村人の一人をつかまえ、草間は尋ねた。
「あんたは、よそ者だな？ 外から来た人に、こんな話をしてもしかたがないが……聞きたいなら教えてやる。今夜、村長の娘がキングの花嫁になるんだ」
村人は言って、ぽつぽつと事情を語る。
「花嫁」といってもそれは、実質的には人身御供のようなもので、村がキングの軍隊に襲われないよう、何年かに一度、村の娘を差し出すのだそうだ。だが、そのせいで村にはもう若い女は十七になる村長の娘しかいない。そしてその少女も、今夜、キングの元へ差し出されるのだという。
「花嫁」としてキングの元へ行った娘たちは、以後戻って来ることはない。噂では、奴隷同然の扱いを受けた後、二十を越えたらキングの館の地下に幽閉され、飢え死にさせられるのだともいう。
「なんて話だ……」
話を聞いて、怒りに燃える草間は、仲間たちと共に、少女を助ける決意をするのだった。
【１】
ササキビ・クミノは、出されたお茶をありがたく口にしながら、室内を見回した。
彼女と、同行者であるシュライン・エマ、法条風槻（のりなが ふつき）、シオン・レ・ハイ、草間零、タケヒコの六人は今、地図に「イチの村」と記載されている村の、長老で産婆でもあるというトヨという老婆の家に招かれていた。
この村にたどりついたものの、通りすがりの村人から、旅人を泊めているどころではない事情を聞かされ、宿もなさそうな村の様子に途方にくれていた彼女たちを、トヨは今夜泊めてやろうと申し出てくれたのだ。
イチの村は、真ん中にある小さな広場の四方から延びた道に沿って、両側にレンガと藁葺き屋根のみすぼらしい家が並ぶばかりの集落だ。東側の村の入り口から広場に向かって伸びる道の両側には、小さな店がいくつか並んでいる。また、西の道の突き当たりには、立派な建物があったが、それ以外、取り立てて何もない村だった。
トヨの家は、その中ではいくらか立派な方だろうか。今クミノたちがいるのは、入り口を入ってすぐの所にある小さな食堂兼居間のような部屋だった。床は板張りで、長方形の木のテーブルと椅子が何脚か置かれてあるだけの、質素な一室だ。
「あの……さっき、今この村は大変なんだと聞きましたけれど……私たち、泊めていただいて、いいんでしょうか」
幾分おずおずと尋ねたのは、シュラインだった。
「かまわないよ。じたばたしてみたところで、どうなるものでもないしね」
トヨは、小さく肩をすくめて、あきらめ顔で言った。それへ、タケヒコが告げる。
「実は俺たちは、事情があってキングを倒すために旅をしているんだ。だから、できたらこんなことはやめさせたいと考えている」
「キングを倒すね……」
トヨは、面白そうにタケヒコと、クミノたちを見やって笑った。
「キングとその軍隊を倒して、この村から花嫁を出す必要がないようにしてやろうっていうのかい？ 若い者は威勢がいいね」
「そんなことをしても、無駄だって言うんですか？」
幾分ムッとしたように、風槻が尋ねた。
「でも、やってみないとわからないんじゃないですか？ このことを教えてくれた村人は、村に若い女は、もう花嫁になる村長の娘だけだって言ってましたよ。ていうことは、この村、このままだと衰退しちゃうってことでしょう？」
「私も、そう思います。それに、どっちにしろ私たちは、キングを倒しに行かないと、どうにもならないんです……」
シオンが、おずおずと彼女に賛同する。
トヨは、そんな彼らを今度は少し驚いた顔で眺めやった。
それへ、シュラインが駄目押しとばかりに言う。
「とにかく、キングの軍隊の規模や、花嫁を差し出す時間など、詳しいことを教えていただけませんか。もし、村に迷惑をかけられると困るというなら、私たちは邪魔にならないようにやります。でも、詳しいことを知らなければ、避けようもありませんから」
「あ……。もしご存知なら、キングの外見や戦力、それにその館の場所も教えていただければ、うれしいです」
思いついたように、後を続けたのはシオンだ。
彼女たちの言葉に、トヨは根負けしたように溜息をついた。そして、話し始める。
村長の娘ルカが、花嫁として連れて行かれるのは、明日の日没のことだという。キングの館は、この村の北に広がる森の奥にあって、そこに百人ばかりの兵士と共に住んでいるらしい。ルカの迎えには、ここから何人かの兵士が車でやって来る。対してルカの方は、一応、彼女が花嫁としてキングの館に入ったことを確認する、立会人として村の女二人が共に行くことになっていた。もっとも、この女たちは、キングの館の前まで付き添うだけで、そこで彼女が中に入るのを見届け、また兵士に送られて村へ戻って来るそうだ。
ちなみに、この村にはキングがどんな人物かを知っている者は、一人もいないという。
「花嫁として連れて行かれた者たちは、知っているだろうけれどね。誰も戻って来ないし……キングは、わしらのような者の前には、姿を現さないからね」
「では、男か女か、それとも若いのか年寄りなのかも、わからないというわけか」
クミノは、じっと話に耳を傾けていたが、むっつりと口を開いた。
「まあそうだね。けど、若い娘を花嫁に欲しがるんだから、男なんじゃないかねぇ。それも、二十を過ぎたらお払い箱で、地下に監禁してしまうというから、それほど若くもない……まあ、中年かそれ以上の年の者だろうよ」
トヨは軽く肩をすくめて、自分の憶測を口にする。
（たしかに、話を聞く限りでは、そうも思える。……だが、記憶や時間を操る力のある者が、こんなやり方をするだろうか。たとえば、若い娘をさらうにしても、記憶を操作して、最初からそんな娘はいなかったと村人に思い込ませることも、可能ではないのか……）
クミノは、胸の内でそんなことを考えていた。だが、やはりこれは放ってはおけない話だし、彼女たちにとってもキングを倒す恰好のチャンスではあった。
他の者たちも、そう考えたのだろう。
「その村長の娘と入れ替われば、すんなりキングの館へ連れて行ってもらえそうじゃない？」
言ったのは、風槻だ。
「もちろん、こちらもきっちり準備は整えなくちゃいけないけど」
「そうね。ベタなやり方だけど、それが一番無難かも」
シュラインもうなずく。
「ああ、なるほど。……入れ替わってしまえば、村人が花嫁を渡すのを拒んだとは見えませんから、そのことで、この村に危害が及ぶ心配もありませんよね」
シオンが、小さく手を打って言った。そして、思いついたように付け加える。
「相手が武装している可能性も考えて、武器も用意しないといけませんね」
武器という言葉に反応してか、彼らは全員、クミノを見やった。前日一泊した館の中で、彼女がいきなり懐中電灯を呼び出したのを見たせいだろう。それに、移動の間にタケヒコが、彼女と初めて会った時のことを話していた気がする。
（あの時は、とっさにマシンガンを呼び出してしまったからな）
胸に呟き、小さく肩をすくめると、クミノはトヨをふり返った。
「その兵士たちというのは、どの程度の装備をしている？」
「以前の時には、銃だけだったと思うが……詳しいことはわからないね。なにしろ、わしらは日ごろ、そういうものとは縁がないし、見えない所に武器を持っていたら、気づかないからね」
トヨは、記憶を探る目をして答える。
クミノはそれを聞いて考え込んだ。花嫁一行と自分たちが入れ替わるにしても、まずは村の人々、せめて村長にぐらいは話を通すべきだろう。それと、キングがこの地の支配者であるというのが本当ならば、村の中に間諜がいるか、あるいは周辺を兵士らに見張らせている場合もあるかもしれない。それらを考えると、村長に話を通すにしても、普通にやったのでは作戦が外に漏れる可能性もある。
（まず、一芝居打って、間諜の類に煙幕を張っておくか）
クミノは胸の中でうなずくと、仲間たちを見やって、武器についてはやってみないとわからないので善処してみると告げた後、自分の考えを話し、策を講じてみるつもりだと付け加えた。
「策？」
タケヒコに問い返されて、クミノはうなずく。そして、全員に傍近く寄るよう言うと、彼女は小声で、自分の考えた計略を話し始めるのだった。
【２】
トヨの家で簡単な食事をご馳走になった後、クミノたちは彼女に案内されて、村長の家へと向かった。
あの、西側の道の突き当たりにある、立派な建物がそうだ。
そこは、外観に違わず、中身もずいぶんと立派で、大正末期か昭和初期の洋館といった雰囲気だった。
「他の家と、すごい落差ね。……何か妙な商売でもやって、がっぽり儲けてるのかも」
風槻が、シュラインに囁いているのがクミノにも聞こえた。
「妙な商売って、どんなものでしょう？」
それを聞きとがめたのか、シオンが目をぱちくりさせながら、彼女に尋ねている。
「う〜ん。たとえば、人身売買とか麻薬の密売とか」
天井を見上げて、風槻が適当なことを言った。
「でも、こんな人の少ない所で、それはないんじゃない？」
苦笑しつつ口を挟んだのは、シュラインだ。
クミノも、風槻の言うようなことはないだろうと思った。地図で見る限り、この周辺には他に集落があるようでもないのだ。むしろ、村長ということでこうした立派な家を与えられているのではないかという気が、クミノにはした。
やがて、応接間らしい一室に通された彼女たちは、村長と顔を合わせることとなった。相手は、四十代半ばぐらいだろうか。長身でがっしりとしたいかにもリーダー然とした雰囲気の男だ。
クミノたちは村長に、キングのきたないやり方から、村と少女を助けるため、手を貸したいと告げた。ところが、村長はそれを頑なに跳ねつけたのである。
「キングに逆らうなど、何を血迷ったことを言っている。あんたらは、よそ者だからわからんのだろうが、この地に住む限り、キングに逆らうことは許されないんだ！ さあ、もういいから、帰れ！ 帰ってくれ！」
凄まじい剣幕で怒鳴られ、彼女たちは全員、追い出されてしまった。
しかたなく、そのまま悄然とトヨの家に戻って行く。
トヨの家では、彼女たちは再び男女に分かれて、部屋を借りた。といっても、小さなトヨの家には、彼女らの人数分のベッドはない。そこで、クミノたち女四人は、トヨが普段は妊婦らの診察や、相談事を聞くために使っている部屋に雑魚寝することになった。一方、シオンとタケヒコは、物置兼薬部屋の一画を開けてもらって、そこに同じく雑魚寝である。
そう広くもない部屋なので、距離を置くのは難しかった。だが、クミノはなるべく他の三人からは離れ、以前の廃屋の時と同じように壁を背にしてうずくまった。ポシェットから携帯電話を出して、膝の上で握りしめる。バイブレーターの方にしてあるので、こうしていれば、眠っていても連絡があればすぐに気づくはずだ。
（それにしても、この村の状態は、劇的すぎて受け入れ難くさえあるな。……総じてあまりに嘘臭い。いったい、私たちをここへ送り込んだ人間は、何が目的なんだ？）
目を閉じて、彼女は考えを巡らせる。それとも、あのチケットの半券から考えると、これはただのゲームなのだろうか。
（だとしても、ここまで綺麗に記憶を消せる技術が、今の世に存在するのか？ それも、たかがゲームのために）
どう考えても納得がいかない。
クミノはそんなことを考えながら、ただひたすら携帯電話が振動し始めるのを待った。
【３】
翌日の日没近く。
クミノは、風槻と共に村長の家の一室にいた。さほど大きな部屋ではないが、壁際には等身大の姿見が置かれ、薄青いワンピースが二着、傍のソファの上に並べられている。クミノと風槻は、今それに着替えようとしているところだった。
実は、前夜の村長の態度は全て芝居だったのである。
あの時、応接室の窓は開いていた。小さな村のことでもあるし、村長の怒声は外まで響き、村中に旅人が手助けを申し出たのを村長が断った噂が、昨夜のうちに広がっただろう。
だが実際は、事前にそうした芝居を打つ旨を、トヨからその孫経由で、村長に伝えてもらっていたのだ。また、村長の家に行った際には、クミノがその招喚能力で呼び出したトランシーバー機能付き携帯電話を、使い方を書いたメモと共に、極秘で村長に渡して来た。だからクミノは昨夜、村長からの連絡が来るのを待っていたのである。
夜半、村人の誰もが寝静まったと思われるころ、村長からの連絡はあった。ちなみに、クミノの持つ携帯電話も特殊なもので、呼び出したものと同じく、トランシーバー機能がついている。その他にも、圏外にあるなしに関係なく、他の携帯電話やＰＨＳをリンクさせ、無線として使える機能もあった。つまり、携帯が全て圏外であるこの地でも、彼女のそれがあれば、仲間内での連絡網は万全だということだった。
ともあれ、彼女たちは昨夜のうちに村長と連絡を取り合い、今日の作戦を立てたというわけである。
その計画にしたがって、クミノたちは朝になると一旦村を出た。そして道をはずれて村の周辺へとそれぞれ潜んだ。
花嫁の身代わりは、零がやることになっており、午後にはシュラインと共に支度のため、村長の家に入ったはずだ。他の者も、日没前には村長の家に集まる手はずになっていた。それまでは、なるべく目立たないよう、バラバラに行動することになったのだ。
クミノは、間諜を見つけ、敵の通信網を分断するために、日没までは村の周辺をひそかに探索していた。その甲斐あって、昼前、村の女の一人が、村の南側のはずれでひそかに鳩を飛ばすのを目撃することができた。むろんそれは阻止した。鳩を招喚したボーガンで撃ち落し、その足につけられた通信文を奪ったのだ。そこにはやはり、昨夜の村長がクミノらの申し出を断った一件がしたためられていた。
ちなみに鳩は、傷を負わせた羽根を手当てしてやり、近くの木の空洞へと隠した。可哀想だが、事が終わるまでは、飼い主に姿を見られるわけにはいかない。
その後も、彼女は周辺を探索して回ったが、結局外に彼女たちのことを連絡しようとしていたのは、その女一人だけのようだった。
日が傾き、村長の家へ向かい始めた彼女は、途中でシオンと出会った。
「クミノさん、いいところで出会いました。あの、少し相談したいことが……」
「なんだ？」
歩み寄って来る彼に、クミノは立ち止まり、尋ねる。それへシオンは言った。
「その……クミノさんなら、武器を用意することができるんじゃないかと思いまして。探してみたんですけれど、この村の周辺ってほんとに何もないみたいですし、村人からお借りするのも、どうかと思いまして」
「別に私はかまわないが……どんな武器がいい？」
こんな事態になって、彼が武器を欲しがるのも当然だろうと、クミノはあっさりうなずき、問い返す。
「そうですね。なんとなく、槍が一番しっくり来そうな気がします」
少し考えてから言う彼に、クミノは頭の中に槍を思い浮かべた。途端にそれが、空中から現れ、足元の草の上に落ちる。
「ありがとうございます！」
シオンはうれしそうに言って、それを拾い上げようとした。ところが、槍は持ち上がらない。
「クミノさん……。これ、ものすごく重いんですけど……」
必死に持ち上げようとして、額に汗を掻きながら、シオンがクミノに訴える。
「重い？ そんなはずはないだろう？」
クミノは首をかしげて、それに手をかけた。そのまま彼女は、軽々とそれを持ち上げる。そもそも槍がそんなに重いはずもない。木の柄に刃先を差したものなのだ。剣や銃に較べれば、ずいぶんと軽いはずだった。
そんな彼女に、シオンは目を丸くする。それへクミノは、槍を差し出した。が、受け取った途端にシオンは、妙な声を上げてそこにうつ伏せに倒れる。それはまるで、槍の重みに耐えられず、ころんだというふうに見えた。
そのまま、起き上がれなくてじたばたしているシオンを見やって、クミノは首をひねる。だが、考えるうち、次第にこれがどういうことなのか、飲み込めて来た。おそらく、彼女が招喚した武器は、彼女だけにしか使えないのだ。もっとも、例の携帯電話は村長にも使うことができたから、武器でなければ問題ないのかもしれないが。
「槍から手を離せばいいだろう」
まだじたばたしているシオンに声をかけ、今自分が考えたことを告げる。
ようやく槍を離して起き上がったシオンは、吐息をついて残念そうに言った。
「そうですか。クミノさんにしか使えないのなら、しかたがないですね。私は、もう少し武器を探してみます」
そうして彼は、そのまま立ち去って行った。
それを見送り、クミノは村長の家へと急ぐ。
村長の家にたどり着いた彼女は、裏手から中に入り、今こうして風槻と一緒にそこに用意された服に着替えようとしているのだった。
ちなみに二人は、花嫁の立会人である。
薄青いワンピースに着替えた後、二人はそれぞれ、長い髪を結い上げた。それが終わって、姿見に姿を映す。風槻の提案で、クミノは本当の年齢がわからないように、濃く化粧を施し、目の下や頬などに、思いきりよく濃い影をつけた。おかげで鏡に映る姿は、小柄な中年の女とも見える。
支度をしながらクミノは、風槻から彼女が集めた情報を聞いた。
この村がキングに花嫁を差し出さなければならなくなったのは、十五年前からだという。だいたい、半年から一年の間に一人という割合だそうなので、連れて行かれた娘たちの数は、かなりのものだろう。
支度が終わったころ、村長が夕食がわりのサンドイッチを持って来てくれたので、その皿を手にクミノは、風槻と共にシュラインと零のいる部屋へと向かった。場所は事前に聞かされている。
行ってみると、すでに零の支度も終わっていた。小柄な体に白いドレスをまとい、長い黒髪は結い上げている。その上から、裾を引く白いヴェールをかぶり、顔もヴェールを下ろしてほとんどわからないようにしていた。
その隣に立つ村長の娘ルカは、こうして並ぶとまるで零と姉妹のようだ。彼女はこの後、念のため、この家の地下に隠れることになっている。
クミノは彼女たちにサンドイッチの皿を差し出しながら、そろそろ迎えが来るらしいと告げた。そのことは、村長から聞かされたのだ。
やがて食事を終えると、彼女たちは部屋を後にした。
シオンやタケヒコと共に迎えの車に潜む予定のシュラインと別れ、クミノは風槻と零、それに村長の妻と一緒に、家の玄関へと急ぐ。その途中で彼女は風槻から、何かあった時の非常食代わりだと、木の実をいくつか渡された。彼女はありがたく、それをワンピースの下に潜ませたポシェットに入れる。
外に出てみると、すでにあたりはかなり暗く、わずかに残照が残る程度になっていた。玄関前には、彼女たちと村長夫婦の他に、トヨや村人たちも集まっている。
ほどなく、ずいぶんと古びた感じのするマイクロバスがやって来た。どうやらこれが、迎えの兵士たちの乗る車らしい。
バスからは、兵士が三人ほど下りて来た。迷彩柄の軍服に同じ柄のベレー帽をかぶり、肩からは自動小銃を吊るしている。腰にも何かぶら下げているようで、たしかに一般人が太刀打ちできる相手ではなさそうだった。
「村長の娘ルカ、及び立会人の女二名、相違ないな？」
兵士たちの一人が、村長に促されて進み出た零とクミノ、風槻を見やって尋ねる。
「はい、相違ございません」
背後で村長が答えるのが聞こえた。
「よし。来るがいい」
また同じ兵士が言って、他の二人に顎をしゃくる。どうやら、この兵士がリーダーのようだ。兵士二人は、黙って零を挟むように左右に並ぶ。それを確認し、リーダーの兵士はクミノたちの後ろについた。
「行け」
命じられて、一行はマイクロバスへと歩き出す。
バスには、運転手を務める者ともう一人、二人の兵士が残っていた。
零は一番後ろのソファ状の席に、両側を兵士二人に挟まれて座る。クミノと風槻はその前の席に並んで座るよう言われ、座席からの出入りを塞ぐように、リーダーの兵士が通路に立った。
（さすがに、軍隊というだけはあるな）
クミノは大人しく言われたとおりにしながらも、彼らの基本に忠実な行動を、幾分感心しながら眺めていた。
やがてバスのエンジンがかかり、動き出す。こうして彼女たちは、キングの館へと向かったのだった。
【４】
マイクロバスが動きを止めたのは、それから三十分ほどが過ぎたころだった。
バスは、村の北側に広がる森の中を進み、やがて大きな門扉に遮られた広い庭の中へと入って行った。そして、その一画でエンジンを停止したのだ。
下りるよう言われ、クミノたちは再び兵士らに前後左右を挟まれるようにして、バスから出た。先頭は、あのリーダーの兵士だ。その後に零が続き、左右を二人の兵士が固める。クミノと風槻は彼女の長いヴェールを掲げ持って、その後ろを並んで歩いた。彼女たちの後ろに、残り二人の兵士が続く。
騒ぎが起こったのは、彼女たちがバスを離れて間もなくだった。背後で、ひそやかな戦いの気配があり、彼女らのすぐ後ろを歩いていた兵士が、それに気づいたのか、ふり返った。
「なんだ、おまえたち……！」
倒れた仲間と、見知らぬ男女――シュライン、シオン、タケヒコの姿に、とっさに声を上げる兵士に、クミノは背後から素早く襲いかかった。獲物は、スタンガンだ。むろん、たった今招喚したものだった。
それを兵士の体に押し付け、一気に電流を流す。たちまち兵士は昏倒した。
残りの三人も、風槻と零、タケヒコの三人が素早く昏倒させる。
その後、彼女たちは兵士らの軍服を剥ぎ取ると、それに着替えた。どちらにせよ、立会人の女二人は、キングの館の中には入れない。クミノと風槻も、兵士にすり変わる方が、何かと便利だ。
全員が兵士と入れ替わると、衣服を剥ぎ取った兵士らは念のため、縛り上げてバスの影にころがして置き、花嫁の扮装のままの零を連れ、いよいよ彼女たちは、館の中へと踏み込んだ。
マイクロバスが停まった駐車場から玄関までは、少し歩く。
粗く削った石を組み上げた、妙に遺跡めいた階段を登り詰めた先には、重い鉄の二枚扉があって、両脇には二人づつ、計四人の兵士がその扉を守っていた。
だが、花嫁姿の零を連れたクミノたちは、特別咎められることもなく、そこを通り抜ける。問題は中へ入ってからだった。しかし。
「安心して。一階部分だけなら、地図があるから」
風槻が、笑顔と共に彼女たちに囁く。もっとも、彼女たちには、その言葉の真相を聞く暇はなかったが。
扉の向こうは、広々としたホールになっており、そこに彼女たちを出迎えに来たとおぼしい男が一人、立っていたのだ。
「ご苦労だったな。キングがお待ちかねだ」
言って、ついて来いというかのように、踵を返して歩き出す。クミノたちは、とっさに顔を見合わせたものの、黙って後に続いた。
男は、ホールの奥にある階段室へと足を踏み入れた。そのまま、その階段を上へ上へと登って行く。男が足を止めたのは、三階だった。階段室を出ると、広い廊下が真っ直ぐに続いている。一階のホールは玄関同様の遺跡めいた石造りだったが、この階は違うようだ。床には薄い絨毯が敷かれているが、壁は白いコンクリートだ。左右には、いくつか扉が並んでいるが、男はそれには目もくれずに、ただ廊下を歩いて行く。
やがて何度か角を曲がり、ようやく男は突き当たりの二枚扉の前で立ち止まった。
「キングはこちらにおられる。失礼のないようにな」
男はクミノたちをふり返って言うと、扉を軽くノックし、中に向かって花嫁が到着したことを告げる。中からは、低い声で入るよう答えが返った。男が扉を開け、先に立って入って行く。クミノたちも、後に続いた。
扉の向こうは、書斎か執務室といった雰囲気の部屋だった。床には、赤い絨毯が敷かれ、やや左手寄りに、どっしりとした机が置かれている。部屋の隅には観葉植物が配置され、壁にも小さな風景画が掛けられていて、重厚だが居心地のいい雰囲気に整えられていた。
部屋の主は、机の後ろにかけられた絵を眺めていた。その後ろ姿は軍服をまとっていたが、それは他の兵士たちとは違い、ダークグリーンのスーツめいたものだ。帽子はかぶっておらず、長く伸ばした栗色の髪が、その背をおおっていた。
「キング、イチの村からの花嫁を連れて参りました」
クミノたちを案内して来た男が、その背に声をかける。
「ご苦労だった」
（え？）
その声に、クミノたちは虚をつかれた。返って来たそれは、明らかに女のものだったからだ。
（まさか……キングというのは、女なのか……？）
驚き、混乱する彼女らの前で、キングがゆっくりとふり返った。
クミノは、思わず眉をしかめる。内心に、小さく息を飲んだ。
ふり返った姿は、たしかに女だった。年齢は四十代半ばというところか。見るからに意志の強そうな吊り上がった眉と、くっきりとマスカラに縁取られた目の、気性の激しそうな女だ。
彼女は、ゆっくりとクミノたちの方へ歩み寄って来た。そして、ずっとうつむいたままの零の顔にかかるヴェールを、無造作に捲り上げる。
「あ……！」
零が、驚いたように顔を上げた。キングはその零の顎に手をかけて、無理矢理上を向かせると、食い入るようにその顔に目をやる。そのまなざしは、どこか狂気じみた光を放っていた。
「なんという、きめ細かで美しい肌をした娘だ。……イチの村の村長め、娘によほど手をかけていると見える」
低く呟き、彼女はしばし零の顔を眺め続けた後、手を離して男の方を見やった。
「今度の花嫁は、一級品だ。だが、小柄だからな。血は、少しずつ絞り取れ。肉は、そうだな。指などの、切り取っても問題ない部分と、胸や腹のような脂の多い部分を優先しろ。どちらにしろ、できるだけ長く生きていてもらわねばならないからな。致命傷にならないよう、気をつけろ」
「は」
命じられて、男は即座にうなずく。
だが、クミノたちにはいったいキングが何を命じているのか、理解できなかった。とはいえ、それがあまり楽しいことではなさそうだという予想はつく。
（なんだか、雲行きが怪しいな。……キングが女だという時点で、差し出された娘たちが、文字どおり『花嫁』だという前提も崩れたわけだが……）
更に険しく眉根を寄せるクミノの前で、男がふり返った。
「おい、おまえたち。花嫁を地下へ連れて行け。すぐに身を清めさせ、採血と肉の一部を切り取る作業を始める」
とんでもない命令だった。どうやらこれ以上、兵士のふりをしているのは、無理だろうと察して、クミノは肩にかけた自動小銃にそろそろと手をかける。
その時だ。
「冗談じゃないぜ。こんな命令に、従えるわけがないだろう！」
喚いて肩からかけた自動小銃を素早く下ろし、構えたのはタケヒコだった。
「お、おまえたち……！」
男が、ぎょっとしたように目を見張る。まさか反抗されるとは、思っていなかったのだろう。だが、相手が虚をつかれているのは、こちらにとっては都合がいい。クミノは、とっさにタケヒコに習った。自動小銃を素早く下ろし、構えてタケヒコの横に並ぶ。そうしながら彼女は、胸の奥から湧き上がって来る強い何かに突き動かされるように、仲間たちにだけ聞こえる低い声で囁いていた。
「零さんを連れて、この部屋から出ろ。タケヒコさんもだ。私にもよくはわからないが、私に対して害を成そうとする者は、ことごとく死ぬことになる。そんな感じがするんだ。だから、皆は外に出ろ。できるだけ、ここから離れるんだ」
そして彼女は、銃を乱射し始める。
それを合図に、タケヒコたちは全員、身を翻して部屋を飛び出して行った。
それを見届ける暇もなく、彼女はひたすら銃を撃ち続ける。だが、銃弾は全て弾かれていた。彼女とキングの間に、防弾ガラスが立ちふさがっているのだ。もっとも、彼女に近い側にいた男は、とっくにその場に絶命してころがっている。が、キングは部下の死など、なんとも思っていないようだ。そのまま身を翻し、壁の絵の後ろの文字盤を操作すると、そこに現われた扉の向こうへと消えて行く。
その後を追おうとしてクミノは、直感的に外に出た仲間たちが危ないと感じた。と、ふいに視界が広がり、廊下を走って行くタケヒコたちと、その後を追う兵士らの姿が見える。
（兵士らを、止めなければ）
思ったのとほぼ同時に、彼らが手にした自動小銃が勝手に爆発した。
「なっ……！」
さすがの彼女も声を上げ、その場に立ち尽くす。
考えてみれば、彼女の体は戦うことにも慣れているようだ。
（いったい私は、記憶を失うまで、どんな人生を歩んで来たんだ？ この妙な能力といい……）
思わず自分で自分に問いかける。
だが、すぐに彼女は我に返った。部屋の外には、新たな敵の気配がする。それに、たった今の疑問に答えるためには、キングを倒して記憶を取り戻すしかないのだ。
彼女は、行く手を遮る防弾ガラスに目をやった。
（割れろ）
念じると、銃弾さえ弾くガラスが、粉々に砕け散った。彼女は手の中の銃を握り直して、そのガラス片をまたぎ越え、キングの消えた扉の方へと向かった。
【５】
隠し扉から続く細い通路を抜けると、クミノは広々としたホールのような場所へ出た。見上げる頭上には天井がなく、どうやらヘリコプターの発着場らしい。床には太陽を抽象化したような図柄が描かれ、その中央に、キングがいた。
「おまえ……どうやってここへ……」
クミノの姿に、キングは驚いたように、声を上げる。
「そんなことは、どうでもいいだろう。私はただ、キングを倒すためにここへ来た」
言ってクミノは、手にした銃を構える。
「くっ……！」
キングは小さく唇を噛みしめると、こちらも銃を構えた。彼女が持っているのと同じ、自動小銃だ。それを乱射するが、彼女には効かなかった。まるで何か不可視の壁があるかのように、銃弾は全て弾かれてしまうのだ。
「バカな……！」
キングは、一瞬呆然としたように叫ぶ。
だが、驚いたのはクミノ自身も同じだった。
（いったい、これは……）
思わず自分の周囲を見回した。その脳裏に、突然鮮明に、一つの事実がよみがえる。
（私は……私の周囲には……）
彼女の周囲には、半径二十メートルにわたる、不可視の障壁が存在するのだ。それは彼女に対する物理的攻撃を完全に無効化すると共に、彼女に害を成すものを約二十四時間後に即死させる。
つまりキングは、彼女をけして傷つけることができないかわりに、二十四時間後には、確実に死を迎えることになるのだ。しかもその死は、なんの前触れもなく、突然訪れる。
なおも攻撃して来るキングに、クミノはそのことを告げた。
キングは最初、クミノの言葉が信じられないようだった。だが、攻撃が通じていないのも事実だ。やがて彼女は、銃を取り落とすと、その場に力なく膝を折った。そして、必死の形相で叫ぶ。
「助けてくれ、お願いだ！ 私はまだ死にたくない。キングの名前を詐称し、イチの村から娘たちを連れて来させたことは、謝る！ 謝るから、どうか助けてくれ！」
「キングを、詐称していただと？」
聞き捨てならない言葉に、思わずクミノは声を上げる。
それへキング――いや、それを騙っていた女は、話し出した。
彼女の名前は、キヨラといった。キングによってこの周辺の統治を任され、軍勢を預けられていたという。ところが彼女は、たまたま捕らえた村の子供が、自分をキングと勘違いしたのをいいことに、その名を騙るようになったのだ。そして、自らの美貌を保つため、花嫁と称して若い娘を差し出させ、その生き血を絞って化粧水がわりにしたり、体の一部を切り取って脂を絞らせ、保湿クリームやパックなどの基礎化粧品を作らせていたのだという。
それを聞いてクミノは、険しく顔をしかめた。なんともぞっとしない話だ。犠牲となった娘たちの恐怖を考えれば、キヨラが今から二十四時間、死の恐怖を味わうのは、当然の報いとも思える。
「そんなことをして、よく兵士らが反抗しなかったものだな。ここの兵士たちは、キングからの預かりものなんだろう？」
クミノは、顔をしかめたまま、尋ねた。
「そうだ。だが私は、兵士の反抗をけして許さなかった。逆らう者は、拷問の末、なぶり殺した。キングへの報告は、脱走しようとしたので処刑したとしておけば、問題はないからな。そうするうちに、誰も反抗する者はいなくなった。そして兵士たちは私を、『キング』と呼ぶようになったのだ」
キヨラは、幾分誇らしげに答える。クミノは再び、嫌悪に顔をしかめた。
それから彼女は、キングの本当の居所をキヨラに訊いた。キヨラは助かりたい一心でか、問われることになんでも答えた。その姿は、どこか哀れを催す。だが、障壁による死は絶対だ。クミノ自身にも、それを解除するすべはない。だからこそ、仲間たちからも距離を置こうとしたのだ。たとえ一時の怒りや勘違いであっても、彼女に害意を抱けば、それでアウトだと無意識に悟って。
キヨラから、必要なだけの情報を引き出すと、クミノは命乞いする彼女をそこに放置して、一階へと下りた。おそらく、他の者たちも探しているだろうが、もしまだ捕らわれたまま生きている娘がいれば、助け出すつもりだった。
途中、出くわした兵士らを捕らえて地下室の場所を聞き出し、彼女は教えられた場所に下りた。だが、そこにあったのは、死体ばかりだった。どれも血を抜かれ、肉を切られたり削がれたりした、なんとも凄惨な死体だ。
クミノは、それらを見やって、唇を噛む。こんなものを、あの善良そうな村人たちには、とても見せられないと思った。
（この館ごと、全て粉々にしてしまうべきかもしれないな。……あのキヨラという女への報いは薄くなるかもしれないが、これをそのままにしておくよりは、きっとずっといい）
クミノは胸に呟くと、時限爆弾を招喚した。この館を一気に粉々にできるほどの威力を持つものだ。
それをその部屋にしかけると、彼女は携帯電話のトランシーバー機能で仲間たちに連絡を取った。爆弾を仕掛けたことを告げ、三十分以内に玄関で落ち合い、退避行動に移ることを話す。そして彼女も、玄関へと急いだ。
途中、兵士らと何度か遭遇したものの、それは彼女の敵ではなかった。
やがて玄関へたどり着いた彼女は、ほどなく仲間たちと再会した。彼らは、痩せ細りボロボロの服に身を包んだ女たちを何人か連れていた。どうやら、まだ無事な花嫁たちがいたようだ。
駆け寄って来る仲間たちに、クミノは叫ぶ。
「話は後だ。とにかく、ここから退避する。少し離れてついて来い」
そのまま先頭に立って、外へと走り出た。途端に、銃が連射される。外にも兵士たちが待ち構えていたのだ。だがやはり、彼女の敵ではない。彼らの放った銃弾は全て、彼女の体に触れることなく、弾かれてしまう。対してクミノは、確実に敵を倒して行く。仲間たちが外に出て来た時には、彼女の周囲には、屍の山が築かれていた。
それに絶句する仲間たちに、かまわずクミノは言った。
「皆は、来た時使ったマイクロバスで行け。私は、待っている間にバイクをみつけたから、それで行く」
それは、嘘ではない。タケヒコたちがうなずき、助けた女たちを連れて、来る時に使ったマイクロバスの方へ走り出すのを見届け、彼女は新たに庭に飛び出して来た兵士たちと対峙する。
だが、その兵士ら全てを倒すと、彼女も駐車場の方へと走った。あらかじめ見つけてあったバイクにまたがり、もはや追って来る兵士らには構わず、エンジンをスタートさせる。鍵は、必要なかった。念動力でエンジンに点火したのだ。
彼女が庭と森を隔てる門扉を抜け、森の細い道へ続くカーブを曲がった時、背後で凄まじい轟音が響いた。熱い爆風が、背後から追いかけて来る。彼女はエンジンが焼き切れそうなほど、激しくバイクを噴かした。耳元で風がうなりを上げる。
遠く、木々の陰の向こうに、仲間たちの乗るマイクロバスらしい影が、ちらりと見えた。彼女はそれを追うように、ひたすらバイクを駆り立て続けていた――。
■ ■ ■
翌朝。
クミノたちは、村で分けてもらった食糧を手に、トヨや村長、ルカらに見送られて、イチの村を後にした。
あの後、どうにか村に帰り着いた彼女たちは、娘たちを連れ帰ったことで、村長以下の村人たちから大歓迎を受けた。もっとも、彼らの中にはまだ、キングの報復を恐れる気持ちは、けしてなくはなかっただろう。
それをクミノは、きれいに払拭した。
あの館の主が、キングではなかったことを、人々に告げたのだ。
「何それ、気持ち悪い。そんなので、美容なんて保てるわけないじゃない。バカ？」
話を聞くなり、顔をしかめて辛辣に吐き捨てたのは、風槻だった。それへクミノも言う。
「私も同感だが……彼女は血液に、他にも何か混ぜたものを作らせて使っていたようだ。いくらかは、レズっけもあったのかもしれないな。私たちが助け出した女たちは、飢餓状態で弱ってはいたが、無傷だった。だが、私が調べた他の部屋には、いくつも死体がころがっていたからな。おそらく、好みの女からだけ血肉を奪い、そうじゃない者は地下に閉じ込めて、飢え死にさせていたんだろう」
だが、とりあえずこれで、この村の人々にとっての憂慮の種は来えた。それに、彼女たちにとっても一つだけ、良かったことがある。キヨラから、本物のキングの館の位置を聞き出せたことだ。
「キングはここにいるらしい」
クミノは地図を前にして、二つ並んだ小高い丘の、西側のものの頂上を示した。そして続ける。
「ただし、ここへ行くためには、このもう一つの丘との間にある、関所を通過しなければならないらしい。手形がなければ、ここは通してもらえないようだが……そのかわり、ここは一種、砦の役目も果たしていて、武器庫があるらしい」
「つまり、ここに行けば、キングを倒すのに必要な武器も、手に入るってことね」
確認するように言ったシュラインに、クミノはうなずく。
こうして、ようやくキングの居所を知ることのできた彼女たちは、村人たちからの謝礼がわりの食糧を受け取って、そこを後にした。
目指すは、本物のキングの館に続く、関所だった。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【1166 ／ササキビ・クミノ ／女性 ／１３歳 ／殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】
【0086 ／シュライン・エマ ／女性 ／２６歳 ／翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員】
【6235 ／法条風槻（のりなが・ふつき） ／女性 ／２５歳 ／情報請負人】
【3356 ／シオン・レ・ハイ ／男性 ／４２歳 ／紳士きどりの内職人＋高校生？＋α】
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■ ライター通信 ■
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『記憶の迷宮 ２』に参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
今回は、みなさまからいただいたプレイングを、
充分に生かし切れなかった部分もあるかと思います。
まことに、申し訳ありません。
なお、自動小銃は別としまして、それ以外の武器や食糧など、今回入手したものは、
次回以降、そのまま各ＰＣ様の所持品として描写されます。
それでは、少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
●ササキビ・クミノ様
いつも参加いただき、ありがとうございます。
今回はこんなふうになりましたが、いかがだったでしょうか。
よろしければ、次回も参加いただければ、うれしいです。
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